16 結婚騒動
マルセルはカリマに従い、ラテーヌ領主の城があった、かつての都にたどり着く。
古い都を大きく直すこととなり、鍛冶屋としての本領を発揮した。
カリマを慕う人々が、修復中の城に次々と訪れる。
氏素性のしれぬ薄汚れた身なりの者が多かったが、カリマは人々を受け入れた。
訪ね人の多くは、カリマの従者として仕えた。
その中には、かつてのラテーヌ領主の流れを組む者、不本意ながらネクロザールに仕えた高官、古の聖王に仕えた一族の末裔もいた。
彼らはマルセルやカリマのような小さな村の出身者とは違い、王国の政をよく知っていたため大臣に任命された。
「女王様! 都の修理や税の取り立て、ましてや悪人退治など女王様が自ら行うことではありません」
彼らは、なにかと動き回る女王に諫言を繰り返す。
女勇者カリマにとしては、罪人の捕縛は最も得意とするところであり、彼女はいつも城を留守にして都じゅうを走り回っていた。
「で、でもあたしが捕まえた方が早いし」
「魔王ならいざ知らず、その辺の盗人まで女王様が捕まえてはキリがありません。瑣末事は我らにお任せください」
粗末な木のテーブルを囲み、大臣たちが女王に詰め寄る。
その場にいたマルセルは、オロオロするばかり。カリマの性分はわかるが、大臣たちの言うことはもっともだ。
「で、でもさあ、あたしにできることなんて他にないし、みんなが忙しく働いてるのに、椅子にふんぞり返ってるなんて無理だよ」
「いいえ! 女王様には、女王様しかできない大切な務めがございます」
大臣たちは詰め寄った。
「一日も早く王配を迎え、跡継ぎを儲けることです」
女王の幼馴染は、目を剥いた。
「な、なに言いやがるんだ!」
マルセルは当事者のカリマより、激しく反発した。
「まだ魔王をやっつけて三月も経ってないんだぞ! 城は穴ボコだらけで、道もガタついて、金は全然足りない。カリマ……女王様はまだ、結婚なんて無理だろ!」
「そ、そうだよ。あたしには男がいない。そんなことより、やることいっぱいなんだ! 遠くからやってきて、あたしに会いたがってる人たちが、今も待ってるんだ!」
しかし田舎出身の男女の主張を、大臣たちはあっさり斥ける。
「他の勇者はみな殿方です。四十や五十になっても跡継ぎを儲けることは可能。しかしカリマ様は女性であり、御年二十四。残されたときは十年ほどかと」
マルセルの耳が真っ赤に染まった。
「冗談じゃねえ! カリマ……女王様は、全然若いじゃないか! 年増のババアみたいに言うな! 結婚なんて、女王様がしたいときにすればいい!」
「失礼ですが女王様、マルセル殿。ラテーヌ国民のために、カリマ様の結婚は必須です。このまま跡継ぎが決まらなければ、次の王位をめぐって争いが起きましょう」
女王の幼馴染は「冗談じゃねえ、冗談じゃねえ」とブツブツと繰り返す。
カリマはバンと机を叩いて立ち上がった。
「わかった! 結婚のことは考える! じゃ、これ以上、お客さんを待たせるわけにいかないから行くよ! マルセルも早くしな」
いきり立つ女王を、幼馴染は小走りに追いかけた。
「あたしが結婚かあ……女王って面倒だなあ」
ラテーヌの女王は、ラサ村にいたときと同じように、夜、幼馴染とワインを酌み交わす。ただしワインは、床下に隠していたものではない。女王に堂々と献上されたワインだ。
ネクロザールは酒の醸造を厳しく制限した。一方ラテーヌでは、酒の醸造を盛んに起こし、その代わり税を徴収する方針を固めたところだ。
「カリマ! あんなやつらの言うこと聞くんじゃねえ。結婚なんてお前の好きにすればいいんだ」
「でもさあ、跡継ぎを巡って争うと言われると……今のうちに決めるのもありかなって」
「俺は、そんなんでお前が結婚するのは嫌なんだよ!」
「なんで? マルセル」
カリマの鋭いまなざしが突き刺さる。
「お前……エリオン様のこと、忘れたのか?」
「……わかってるよね? あたしとエリオン様は結婚できないって……」
「ああ、あの人は魔王城から離れられないんだろ? でも、お前がエリオン様を忘れて他の男に惚れるまで、無理することない」
カリマはワインのカップを口に含む。
「忘れる前にあたしが子供を産めなくなったら? あと十年しかないってさ」
「そんときは……お前が跡継ぎを決めればいい。勇者であるお前が選ぶんだ。誰も文句言わねえだろ?」
女王は幼馴染の頭の帽子に目を向ける。
「マルセルは……姉ちゃん、忘れないよね」
「……シャルロットさんのことは、一生忘れちゃいけねえ」
勇気のない自分が、愛する人とその家族を見殺しにした。決して忘れてはいけないとマルセルは、常日頃自分に言い聞かせている。
「俺、難しいことわからねえ。でも、エリオン様が言ってただろ? 結婚は聖なる誓いだって。跡継ぎを産むために惚れてもいない男と結婚するってのは、エリオン様の教えに反するんじゃねえの?」
カリマの鋭い目が輝き始めた。
「女王様がエリオン様の教えを破るって、ラテーヌの国としてヤバいだろ?」
女勇者は立ち上がった。
「そ、そうだよね。あたし……やっぱり結婚したくない。無理なのわかってるから。ありがとマルセル」
女王が微笑む。幼馴染のどこか寂しげな微笑みは、マルセルの全身に抑えきれない衝動を引き起こす。
彼は、椅子をガタンと鳴らして立ち上がった。
「じゃ、俺はそろそろ部屋に戻るぜ。さすがに女王様の部屋に朝まで入り浸るわけにいかねえからな」
夜。マルセルはランプを手にして、タイルが散らばった通路を進む。
なぜ、カリマの結婚が嫌か?
理屈ではない。嫌といったら嫌なのだ。
彼女が、遠くのエリオンを想い続けることは、我慢できる。でも……見知らぬその辺の男だろうが、今日、説教をかましてきた大臣たちだろうが、他の男のものになることは到底受け入れられない。
そんなことになるぐらいなら自分が……マルセルは頭を思い切り振った。
それはありえない。カリマとマルセルが夜遅くまで飲み明かせるのは、彼女がマルセルを幼馴染として信頼しているからだ。
彼女の薄い唇を奪いたいという邪な願いが知れたら……今度こそ彼女は、本心から軽蔑し、目も合わせなくなるだろう。いや、城から追いだされるに違いない。
翌日、女王は居並ぶ配下の者に「愛のない結婚はエリオン様の教えに反する」と宣言した。
なおも大臣たちは食い下がるが、その後、問題は、ある意味あっさりと解決する。
カリマとマルセルが城に移って三か月が経った。
いつものように粗末なテーブルを囲み、マルセルと大臣たちが国の行く末を話し合っていたとき、ラテーヌの女王は宣言した。
「あたし、子供ができたよ。聖王様と聖妃様に祈りを捧げたら、尊い子を授かったんだ」




