15 勇者の帰還
カリマが最後に村を訪れてから三年、村長マルセルは、いつものように鍬を鍛えていた。
汗を拭おうと鍛冶場から出て、空を見上げる。
「あれ? 空ってこんなに青かったか?」
教会から師司が飛び出した。
「ついにやったのです! エリオン様とカリマが、魔王ネクロザールを倒したに違いありません!」
マルセルは、胸を膨らませ空気を吸い込んだ。胸が洗われるような心地を覚えた。
一月後、カリマが戻ってきた。老若男女何十人も従えて。
付き従う人々はカリマを「あたしたちの女王様!」と崇め奉る。
マルセルは、女勇者の生還に安堵しつつも寂しさを覚える。
「はは、もう、気軽に名前を呼べなくなっちまったなあ」
人々から歓声を受ける幼馴染を遠くから見つめる。
遠くのカリマと目があった。
マルセルは大きく手を振った。こんな風に気軽に接していいのかと、戸惑いつつ。
「マルセル!」
勇者が人混みを割って、駆け寄ってくる。
「あたし、やったよ! 仇、取った!」
飛び跳ねるように、マルセルの首にしがみついてきた
「うわああん、姉ちゃん! 姉ちゃん! 姉ちゃん!」
赤ん坊のように泣きじゃくる女を、マルセルは受けとめる。
「やったな! すごいぞお前!」
抱き合う二人を、カリマが連れてきた人々と村人が取り囲む。世界を救った勇者の泣き声につられ、誰もが涙を堪えることができなかった。
夜、勇者のために宴が開かれた。カリマの周りを多くの人が囲み、飲めや歌えや踊れやの大騒ぎ。
以前、カリマを見送ったときは、ラサ村の人たちでささやかな宴を開いてやった。
しかし今は、村の外から多くの人が入りこみ、比較にならない賑わいを見せている。
もう、カリマは小さなラサ村に収まる女ではない。
もともと騒ぎが苦手なマルセルは、宴を早々に引き上げ、ひとり家で寝転ぶ。
寝入ろうとしたところ、戸を叩く音に邪魔された。
大方酔っ払いが、家を間違えたのだろうと、憮然と戸を開ける。
そこには、世界を救った女が立っていた。
「おい、カリマ……お前のための宴をほっといていいのか?」
村の広場から、賑やかな笛や太鼓の音が流れてくる。
「あんたに助けてほしいんだ」
「お、俺にか? お前はもう、ただの狩人じゃない。世界を救った勇者だ。女王様って呼ばれてるじゃないか。俺はちっぽけな村の村長で、なにもしてやれない」
カリマはマルセルの袖にしがみついた。
「マルセルしかいないんだよ!」
カリマを含む七人の勇者は、魔王の城でネクロザールを滅ぼした。
七人は、ゴンドレシア大陸の今後について話し合った。
「それでね、あたしたちがそれぞれ故郷に帰って、王になろうって決めたんだ」
勇者たちは『ネクロザールの暴虐は、大陸を強引にひとつの国にまとめようとしたこと』という結論に至った。
このため勇者たちは、魔王を倒したという正当性をもって王に即位し、大陸を七つの王国に分けて治めることに決めた。
また五年に一度、魔王の城に集まり、ゴンドレシア大陸の平和のため話し合うこととなった。
「そうか……お前、本当に女王になったんだな……」
女王様とこんな汚い小屋で夜中に話し込んでいいのか? とマルセルは案ずる。
「あたしは女王なんて柄じゃないさ。でもまた魔王みたいな奴が現れたら、戦わなきゃいけない。だから、昔ラテーヌの領主様のいた城に移って、都を造り直すんだ」
マルセルには予感があった。世界を救ったカリマが、ずっとこの小さな村で暮らすわけがない。
一度でもこの村に戻り、無事を知らせてくれただけで、充分だ。
「だからマルセル! あんたに着いてきてほしい。あたしひとりじゃできないよ」
「へ? 俺が? いや、俺……」
「みんな、あたしをすごい女王だって言うけど、その……あんたみたいに話せる仲間はいなくて……」
カリマはマルセルにすり寄った。
鍛冶屋は幼馴染の赤い髪を撫でる。
世界を救った勇者。新たな女王。が、誰もが彼女を神のように崇めるが、対等に話せる仲間は少ないのだろう。
「わかったよ。お前の愚痴を聞くぐらいなら、いくらでも付き合ってやる」
「助かる! へへ、マルセル……姉ちゃんが殺されて八年か……長かったなあ」
マルセルはカリマの肩を優しく撫でる。そして、誰も話題にしないことを尋ねた。
「エリオン様はどうなったんだ?」
カリマの肩がピクっと動いた。
「あ、あのね、エリオン様は、魔王城にいるよ」
「え! ま、まさか……」
魔王ネクロザールに殺されたということなのか? とマルセルは眉を寄せる。
「違うって! セオドアがネクロザールにとどめを刺したんだ。そこでエリオン様は、ネクロザールの魂が復活しないよう、魔王の城を封印するため残ったんだ」
「じゃあ、エリオン様は今でも魔王の城にいるのか?」
「うん、エリオン様は死ぬまで魔王城を封印し続けるって」
カリマの顔が暗くなった。マルセルは、エリオンと彼女の仲睦まじい様子を何度も見ている。
「お前はいいのか? だって……お前、エリオン様に惚れてるんだろ?」
「うーん……でもさあ、魔王の封印はエリオン様でなければできない。あたしにラテーヌの女王なんて無理なのわかってるけど、あたしが女王になるしかないよね」
カリマの寂しげな笑顔が、マルセルの胸をチクチクと刺す。
「お前……すごいな……」
「へへ……マルセルもさあ、ずっと姉ちゃんが好きだよね……ボロボロになっても帽子外さない」
カリマは、マルセルの頭に目を向ける。男の胸は痛みを増した。
「そうだなあ。俺、シャルロットさんには本当にひどいことをした」
「まだ、後悔してるんだ。でも、姉ちゃんはマルセルを恨んじゃいないよ。村をずっと守ってくれたって……そろそろ生まれ変わってるんじゃないかな」
「今度こそリュシアンさんと赤ん坊の三人で、仲良くしてくれるといいな」
二人はただ肩を寄せ合う。
マルセルの中に、シャルロットに対する罪悪感は残っていたが、恋情はすっかり思い出と化していた。
彼の心は、となりで眠っている新たな女王が大きく占めていた。
かつては、村一番の美女に恋焦がれた。恋を打ち明けることなく彼女は人妻となり母になろうとしていた。
いま想うは、世界の救い主。彼女の心は、勇者たちの指導者である美しい青年でいっぱいだ。
「俺って、絶対手に入らない女に惚れるよな」
マルセルは、眠るカリマにブランケットをかけ、部屋を出た。
満月が草むらを輝かせている。彼は思い切り月夜の空に手を伸ばす。
あるじ不在の宴は、いつまでも終わることがなかった。




