14 決戦を前にして
一年に一度、エリオンの一行は、ラサ村を訪れた。カリマはマルセルらに笑顔を見せる。彼女はエリオンと親しげに振る舞い、同じ部屋に寝泊まりした。鍛冶屋はその都度、幼馴染のために作った鏃を渡した。
村は何度か魔王軍の攻撃を受けたが、マルセルらの奮闘で持ちこたえた。そして徐々に魔王軍は弱体化してきた。
エリオンたちがラサ村を救ってから四年が経った。村にカリマが一人でやってきた。
幼馴染を村の入り口で迎えたマルセルは、首を傾げる。
「おい、エリオンさんたちはどうした? はは、お前まさか、クビになったのか?」
マルセルは内心、そうであればいいと願う。
「馬鹿! あたしは、史師エリオン様が束ねる七勇者の一人だよ」
いつしかエリオンは史師と崇められ、彼の率いる七人の戦士は勇者と呼ばれていた。
「ラサ一番の弓名人がクビになるわけないか。でも他のお仲間は?」
カリマは唇をキッと引き締めた。
「しばらく村には戻れないから……ホアキンたちみんなも、一旦故郷に帰ったんだ」
女狩人の真剣な顔つきから、ただごとではないとマルセルは察する。
「魔王から大陸中の領地をあらかた取り返した。これから魔王の都に攻めこみ、城に乗り込むんだ」
マルセルは目を輝かせた。シャルロットとリュシアンが殺されてから五年、ネクロザール打倒はもう夢物語ではない。
「やったじゃないか! よし、今夜は前祝いだ!」
鍛冶屋の村長は村中を走り回り、カリマ歓迎の宴を開いた。
人々は広場で火を囲み、女勇者の冒険譚に耳を傾けた。
「エリオン様はね、間違った伝説を正しく伝え直したいんだって。だから、史師って呼ばれるんだよ」
「大昔の聖王様の都に行ったんだ。すごく大きな壁画があったんだけど、エリオン様が『魔王の邪気の元だ』とおっしゃるから、壊したよ。あれは大変だったなあ」
「聖王アトレウス様はね、聖妃アタランテ様を大切にされて、妾を持たなかったんだ。だから、魔王がアトレウス様の生まれ変わりのはずないって、エリオン様は言ってるよ」
「エリオン様はすごく真面目なんだよ。夫婦になるのは、聖王様と聖妃様に誓ってからだって。あたしも浮気男は嫌いだもん」
ひたすらカリマは、恋するエリオンを讃えている。マルセルは頷きつつも、疑問を抱く。
エリオンとカリマはいかにも親しげで、同じ部屋に寝泊まりする仲だ。しかし二人は夫婦として誓い合ったわけではない。
他人に貞節を押し付ける癖に、カリマと関係するのは矛盾してないか? と突っ込みたくなる。
しかしカリマの笑顔は、野暮な突っ込みするなよ、と語っていた。
「じゃ、今夜は先生いなくて残念だが、ここで休みな」
宴が終わると、マルセルはカリマを村長の館の空き部屋に通した。幼馴染のために寝具を整えてやる。
「マルセルはさ、お嫁さんもらわないの? 世話してくれる女はいないの?」
幼馴染の唐突な問いに、男は目を丸くする。
「はあ? 俺なんかの嫁にさせたら、女に悪いだろ」
「……姉ちゃんの帽子……だいぶくたびれてるね」
カリマはマルセルの頭に目を向ける。
「あ、ああ、ずっと被ってるから、ないと落ち着かなくてさ……」
男はすっかり色落ちした毛糸を撫でる。
ブランケットをベッドの上にかけて「じゃ、ゆっくり休みな」と、マルセルは立ち去ろうとする。
しかし、チュニックの背中を引っ張られた。
「マルセル、今夜はこっちにいてくれないか?」
振り返ると、今にも泣き出しそうなカリマがいた。
マルセルは、幼馴染の心に思いを馳せる。女勇者は、これから魔王の都を攻めに行く。もしかすると二度と故郷に戻れない……決死の覚悟を秘めて帰ってきた。
「昔はよく、同じベッドで寝たよね」
「ははは、俺もお前もガキだったからな」
そんなふうにすごしたのは、二十年近く前のこと。
「いくら俺とお前でも、そんなことしたらエリオン様に叱られるぞ。そういうのは、聖王様と聖妃様に誓った夫婦だけ許されるんだろ?」
泣きそうな幼馴染の肩をポンと叩き、二人でベッドに腰かける。
「わかった。お前が寝るまで、ここにいてやるよ」
男は女の赤毛をくしゃくしゃに撫でる。カリマはマルセルの肩に頭を寄せてきた。
「怖がることはねえよ。お前はひとりじゃない。強い勇者さんがいっぱいいるじゃないか」
小さな勇者は無言で頷く。
「なによりお前にはエリオン様がいる。惚れあった二人が一緒にいれば、なんも怖くねえ」
こんな言葉で魔王への恐怖を克服できるわけない、とマルセルはわかっているが、他にかける言葉が見つからない。
「……だからマルセル、ずっと姉ちゃんと一緒なんだね」
「そうだ。俺たち、お前が産まれたときから一緒だっただろ?」
マルセルはカリマの両肩を強く揺さぶった。
「カリマ、絶対に生きて帰れ! シャルロットさんとリュシアンさんみたいにお前まで死んだら、俺は本当にひとりだ」
「マ、マルセル……あたしを待っててくれるかい?」
「当たり前だ! 魔王をやっつけたら、この村で、先生と結婚式やってやるよ」
「あははは。それは絶対ないって!」
カリマにようやく笑顔が戻った。
「あたしは村に戻るけど、エリオン様は、教えを広めるために旅に出ると思う」
「そうか。だったらお前も先生に着いていけばいい。今みたいに時々村に遊びに来いよ」
「そうだねえ……でもそしたら、マルセルがひとりぼっちだよ」
またカリマは寂しげな表情に戻った。
「俺のことは気にすんな。お前がこのゴンドレシアのどこかで生きてくれればいいさ。でも……」
マルセルはギュッとカリマを強く抱きしめる。
「俺よりも先に、聖王様と聖妃様の元に逝くんじゃねえ。それだけは絶対だ」
「……マルセルが百歳まで長生きしても?」
「当たり前だ。お前は俺より五つも若い」
「無茶言うなよ」
小さな勇者は男の腕の中で、カラカラと笑った。
翌朝カリマは、広場で村人に別れを告げる。マルセルは例によって鏃を、他の村人は衣服や食料の乾パンを渡す。
女勇者は、荷袋を地面に置いて、中身をゴソゴソとあさりだした。
「そうだ、大事なものを忘れてた」
カリマは、腕の長さほどの木像を取り出した。
ドレープの豊かなキトンを纏った女性が、月桂樹の冠を被っている。
「これね、聖妃アタランテ様の像。フランツの爺さんが彫ったんだよ」
マルセルは同じ鍛冶屋として、勇者の中でも特にフランツには親しみを感じていた。
「へええ、あの爺さん、なんでもできるんだなあ」
聖妃アタランテは、アトレウスと同じように長い髪をまっすぐ垂らし、穏やかに微笑んでいる。聖王が深く愛した慈悲深さが伝わってくるよう。
「聖王様もひとりぼっちじゃ可哀想だろ?」
「教会の聖王像のとなりに置いとくよ」
「今、ゴンドレシア中で、アタランテ様の像を彫ってるよ」
「エリオン様の教えか。あの人は、ただ魔王を倒すだけではなく、もっと大きな考えがあるんだな」
「そうだよ。エリオン様は、お年寄りや子供、体が不自由な人、女の人、弱い者に優しくなければ勇者じゃないって言ってんだ」
カリマが顔を輝かせている。恋しい人が誇らしくて仕方ないのだろう。
(俺は、なにもかも敵わねえな)
マルセルは自嘲しつつ、最後の旅に出る幼馴染に手を振った。
(敵わない? 敵わないって、なんだ?)
男は手を振りつつ、生まれたばかりの感情をどう扱ったらよいのか、頭を巡らせた。




