9 戦った日々
ラサ村の人々がネクロザール王への不満をぶつけ合う場と化した洞窟。
そこへ見知らぬ男の声が響いた。
マルセルは、ついにこの隠れ場が役人に見つかったのかと、拳を握りしめる。
ランタンで男の姿を照らした。生成りのローブを着た小柄な若者だ。マルセルと同年代に見える。このあたりでは見たことがない。
大きな緑色の眼に、短く切り揃えたブルネットの巻き毛。意志の強そうな眉毛。目の覚めるような美青年だ。
村にたむろする王の役人とは、明らかに風情が異なる。
「あれえ、お兄さん。お役目ご苦労さんです」
マルセルはヘラヘラ笑い、見知らぬ男の肩に腕を回す。
途端に暗がりから、別の男が現れた。
「師に一指でも触れてみよ! この剣の餌食にしてやる!」
見ると、背の高い若者が長剣を掲げている。
いや、一人ではない。
剣の若者に続き、槍を突き出す中年、鎚を握りしめる老人、杖を掲げた子供など、ローブの美青年の背後には、六人もの男たちが控えている。いずれも初めて見る顔だ。
マルセルは、慌てて美青年から手を離す。
この物騒な男たちを、どうやって追い出そうかと頭を悩ませていたところ、背後から、ペタペタと軽快な足音が近づいてきた。
振り返るまでもなく、この足音はカリマに違いない。
「お前、こっちに来るな!」
マルセルの警告を無視してカリマが躍り出た。彼女は弓を構えて矢をつがえた。
「ここから出ていけ! 私の矢は百発百中! あんたらの目ん玉が破れても知らないよ!」
「やめろ、カリマ! 大体、どこからそんな武器を!?」
村長夫妻が殺されてから、村人は役人たちに武器を取り上げられた。カリマは狩猟するとき、役人たちから弓矢を借りるが、終わると返さなければならない。
彼女は、弓矢をこの洞窟に隠し持っていたようだ。
「カリマ! お前一人じゃ勝てっこねえ!」
マルセルは、幼馴染の肩を揺すった。
巻き毛の青年は荷袋を背負っているだけで、武器は持っていない。この男だけなら、弓の達人カリマなら難なく倒せるだろう。
が、後ろに控える六人の男たちはみな武器を構えている。
槍を突き出した中年の男が囁いた。
「女、弓を下ろせ。この槍の穂に、無駄な血を吸わせたくない」
六人の男がマルセルとカリマに詰め寄る。どうにも事態を打開できず二人は固まるのみ。
するとローブの青年が手を掲げ、六人の男に呼びかけた。
「武器を納めよ! お前たち、丸腰の男と若き乙女を刃物で脅すとは、勇者の風上にもおけぬ!」
「し、しかし、師匠!」
剣を構えた青年は、納得できないのか姿勢を崩さない。
「セオドア、師に逆らってはいけない」
中年の男は、突き出した槍を引っ込め立てた。
セオドアと呼ばれた青年は、ためらいつつもゆっくり剣を降ろす。
「ニコス、相わかった。師がおっしゃるからには、仕方あるまい」
ローブの青年は、セオドアが剣を鞘に納めたことを確認し、カリマに向き直った。
少女にジリジリと近づき、腕を伸ばした。
「案ずるな。私は、そなたの敵ではない」
「え? あ、あんたは……」
マルセルの腕の中でカリマの力が抜けた。
「我が名はエリオン。ネクロザールの野望を阻まんと旅してきた。ここに集うは私の同志」
カリマはその場で弓を降ろす。
「……ネクロザールの野望?」
少女の目が開かれる。マルセルの顔から作り笑いが消えた。
青年エリオンは、六人の男たちを従えて洞窟の奥に進む。
マルセルはカリマの肩を抱き寄せ、彼らに遅れないよう着いていった。
村人たちは、突然現れた謎の一団を見るなり、「ひっ!」と声をひっくり返し、互いに身体を寄せ合った。
エリオンはその場に腰を下ろし、満足気に笑った。
「そうか……ここは、ラサ人の戦いの場だったのか」
カリマが反応する。
「戦い? 情けないよね。あたしらなにもできず、隠れて愚痴をこぼしていただけさ」
「つまり、お前たちの心はネクロザールに支配されなかったのだな」
少女の目が大きく瞬く。マルセルは、カリマの肩から腕を離した。
「お前たちは強い。今までよく耐えてきたな」
巻き毛の青年の美しい指が、カリマの頬をそっと撫ぜた。
途端、少女の目に涙があふれる。
「あ、あ、うわああああああ! あ、あたし、あたしは」
カリマはその場で泣き崩れ落ちた。
マルセルは、シャルロットたちが殺されてから、幼馴染の泣き顔を見たことがなかった。
ローブを着けた青年エリオンは、洞窟にこもるラサ村の人たちに名を告げた。
マルセルはその輪に加わらず、少し離れて眺めていた。
「我らは、王ネクロザールを倒すため大陸の果てから集まった同士だ」
カリマは男たちに疑問を投げかけた。
「でも統一王は、聖王様の生まれ変わりなんだよね?」
「案ずるな。ネクロザールは断じて聖王アトレウスの生まれ変わりではない」
エリオンの静かな声が洞窟に響く。後ろに控える六人の男たちは、力強く頷いた。
「聖王アトレウスは慈悲深く、不作のときは税を取り立てなかった。無闇に生贄を捧げたり、美女を城に集めたりもしなかった。私は大陸中を回り、古老たちから聖王の正しい言い伝えを集めた」
エリオンは手を高く掲げた。
「ネクロザールは、己の欲を満たすために民をいたずらに苦しめている。断じて聖王ではない。あれは……魔王である!」
ローブの青年は振り返り、後ろに控えた六人の男たちに命ずる。
「お前たち、この気の毒な村人のため、ひと働きしてくれないか」
精悍な青年セオドアが「もちろんです! 館を取り返して見せましょう!」と剣を掲げる。
長身の壮年ニコスが「何事も師のおおせのままに」と、槍を突き出す。
恰幅の良い若者が「力仕事はおいらに任せてくんろ!」と、斧を振りかざす。
細身の男がニヤッと笑い「紳士としては、見過ごせないね」と短剣をくるくる回す。
あどけない少年が「僕の魔法、見せてあげるよ」と杖の先を光らせる。
浅黒い老人が「魔王なんてわしに比べりゃ、ただの若造じゃ」と、鎚を強く握りしめる。
六人の男たちは合わせて「おおおお!」と、意気を揚げた。
エリオンは満足げに頷き、村人に向き直る。
「では、決行は明日の夜。それまで皆は、ここで待っているがいい。魔王の軍勢を追い払ってみせよう」
カリマは、目をパチクリさせた。
「え? あんたたち、たった七人で? 館には、おっかない鎧を被った兵が、百人も詰めてるんだよ」
「百人か、それなら我らの敵ではない!」と剣の若者セオドアが笑う。
「師のお導きがあれば、百人も千人も打ち払ってみせよう」と槍の壮年ニコスが頷く。
エリオンは「ホアキンとフランツは、先に館の様子を探ってくれ」と、細身の男と老人に指示を出した。
「忍び込みなら、あたしに任せな」と短剣の男ホアキンは笑い、「ついでに館に細工を仕掛けるとするか」とフランツ老人は胸を叩く。
ローブの青年が六人の男たちを従え「では、また」と、洞窟を出ようとする。
「ま、待って! あいつらをやっつけるならあたしも行くよ!」
カリマは、エリオンの袖を引っ張った。
「師になにをする!」
剣の青年セオドアが、カリマに詰め寄った。
「待て」と、槍の壮年ニコスが剣の青年を制し、「我らに任せてくれ」とカリマを宥める。
「麗しいセニョリータの顔に傷がついたら、あたしは嫌だな」と、細身の男ホアキンがカリマの頬に指を滑らす。
子供も老人も次々とカリマを諌める。
が、一同を率いるローブの青年は片手を上げると、男たちは押し黙った。
「勇ましい娘よ。名をなんという?」
「あたしはカリマ。姉ちゃんを殺したあいつらの仇を取りたいんだ!」
カリマに続き、村人が立ち上がった。
「カリマひとりを行かせられねえ!」「あたしだって行くよ!」「おらもおらも!」
エリオンは大きく頷いた。
「ラサ人の気持ちはよくわかる。みな、我らに加わるがよい」
六人の男たちは次々と「師匠! 危険です!」「足手まといだ!」と口々に抗議する。
エリオンは涼しげな声を張り上げた。
「お前たちはみな、魔王に家族を殺された。この者も同じ。愛を奪われる苦しみに男も女もない!」
ローブの青年は槍の壮年に顔を向けた。
「ニコス。カリマたちを導くがよい。出発は明日の夜。この洞窟に村人を集め、館に向かうのだ」
「かしこまりました」
ローブの青年は、残りの五人の男たちに「我らは先に、館を襲撃する」と命ずる。
エリオンは「美しいラサの村を共に取り戻そうではないか」と村人を励ます。人々は「俺たちの地獄を、終わらせてやる」と続けた。
マルセルは、意気を揚げる人々を、ひとりで見つめていた。




