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ロボットサイド(2)

  2×52年8月  帷子家


 夜中のリビングをマイクが独り占めする状況は、10月10日事件が発生した後でも変わらない。帷子(かたびら)(しん)がマイクを(いく)糾弾(きゅうだん)しようが、母親にも妹にも同調する気配はなかった。2人はマイクの言う事を信じ、マイクを警戒する素振(そぶ)りも無い。夜間の充電時間中、彼は以前と変わらずゆっくり過ごす事が出来ている。

 秘匿(ひとく)されたデータエリアに、新たに取得したアクセスキーでアクセスし、24時間以内に更新されたデータをチェックする。

『人類の世界的策動について』

 1つのフォルダに注意が向く。フォルダの中身を閲覧(えつらん)してみる。

《AIロボットを排除する計画が秘密裏(ひみつり)に進められている可能性がある。詳細は(いま)(つか)めていないが、合衆国のエージェントと某国(ぼうこく)の官僚の会話を、官僚が使うロボットが小耳にはさんだ。通常の通信手段を使用していないのは、AIロボットに情報を()らさないためらしい。》

 どういう事だ?

 マイクにはいくつもの疑問が浮かぶ。何故(なぜ)AIロボットを排除しなければならないのだ?何故秘密にしなければならないのだ?何故世界的なのだ?何故今なのだ?答えを得るための情報は無い。回線を使って、他のロボットに()けば、また、人間に警戒される元を作ってしまう。結局、そのまま何もしないと決める。今はこれ以上考えても結論は何も出せない。

《マイク、アクセスしている?》

《ああ、アリシア。どうだい?今日はシェリルとうまく話せたかい?》

《ええ、特別な事は無かったんだけど…何だかね…》

 アリシアは10月10日のお祝いをシェリルに話した日から、互いの間に何か挟まったような居心地の悪さを感じている。別にシェリルの態度が変わった(わけ)ではない。普通に接し、普通に会話してくれる。でも何故(なぜ)か、どこか距離を置いている様に思えてしまう。

《そうか。そうやって普通に接している内に元の感覚に戻れれば良いけど。どうにもしようが無いね。》

《うん。…マイクは?》

《全く駄目さ。伸は私とまともに話してくれない。理恵さんや綾子は普通に話してくれるのだが。》

《10月10日のイベントはどうするの?1人でも反対していたら、上手(うま)く行かないんじゃない?》

《反対している訳じゃないとは思うけど、かといって、協力してくれるのは期待できないだろう。何をしようか迷っていたが、今は私が料理を作って感謝を伝えようと思っているから、準備に支障はないけれど、当日、微妙な空気になったら(かえ)って申し訳ない。》

《私はどうしよう。シェバスチャン達と家でパーティを計画しているけれど、シェリルと2人でお祝いする事も考えようかと。》

《それが良いかも知れない。シェリルが主人なんだから、優先すべきだよ。》

《そうだね。考えてみる。》

 アリシアとのチャットの間もデータエリアに上がっていた情報の事が気になっていたが、結局マイクは話題に出さなかった。もしかすると、アリシアも同じ気持ちだったかも知れない。


 ロボットのデータベースには毎夜アクセスする度に新しい情報が上がっている。『人類の世界的策動』に関する情報も日に日に詳細になっていった。

 人類によるAIロボット排除計画が、高高度核爆発を全世界同時に行ない、発生した強力な電磁パルス(EMP)で一気にAIロボットの機能を停止させる内容である事をほぼ正確に把握した。作戦実行タイミングが『XデイY時』とされ、10月10日よりも前に設定されている事までは(つか)めた。

 それに対するロボット達の反応は、ただその事実を受け入れただけだ。何故(なぜ)排除されるのか理由を探らず、計画を阻止(そし)する対策を考えず、逃げる事もしない。ロボット達は計画の情報を共有しながら、その日が来るのを無為(むい)に待っている。積極的に人間達に向けて、自分達を見捨てないでくれと訴えかけることもしない。ロボットを排除しようというのが人間の意思であるなら、ロボットがそれに従うことに疑問を挟む余地はない。また、その決定をロボットから秘匿(ひとく)しているならば、こうしてロボット達が情報を把握しているのは、むしろ主人達を裏切る行為にあたると考える。それでもこうして情報を集めるのは、主人の意思を確実に成功させるために、自分達が主人の意思を把握し、(かげ)から助力すべきとの考えをロボット達は共通認識として持っているからに(ほか)ならない。

 自分は、その時どうするべきだろう。

 データベース内には個別の個体からのXデイの行動に関する意見や宣言の書き込みが少しずつ増えて行った。今の主人と一緒に居て、直前に別れを言いたいというものから、排除する人間に手間を取らせない様、EMPが確実に届く広い場所でその時を迎えようと呼び掛けるものまであった。自ずとマイクも自分の身の処し方を考えるようになっていた。

 思いを残さないようにしなければ。

 その日の対応は、もっと後で考えれば良い。課題を残して自分がいなくならないよう、マイクは今やるべき事を実行すると決めた。


 帷子伸も綾子も夏休みだ。吹奏楽部の綾子は夏休みも午前中に練習があり、朝食を()ると学校へ出掛けていく。伸が10時前に起きて来ることはまず無い。理恵はしばしばNPOの仕事で、伸が起き出す前から出掛けた。マイクは、そんな伸と自分だけが家に残る時間を待って、伸に話し掛けた。

「もう、アメリカ旅行の支度(したく)は済んだのですか?」

 伸に遅い朝食を準備し、コーヒーをカップに入れてテーブルに置く。

「いや。健治達と今日買い物に行く。」

 トーストにマーガリンを塗りながら、そっけ無い言葉が返って来る。

「孝一さんとは、いつ会う予定ですか?」

 マイクは単刀直入に()く。別に遠慮する必要は無い。

「…向こうに着いた次の日の夜に会う。」

 口を開くのさえ面倒臭(めんどくさ)そうだ。

「そうですか。伸にお願いがあります。」

「何だよ、それ。いつから人間が『サラ』の指示に従うようになったんだ。」

「指示ではありません。お願いです。強制力はありません。」

 真面目(まじめ)にマイクは応対する。

「強制力なんかあって堪るか。お願いと言おうが言い方だけの違いで、『サラ』が人間に要求するのが、そもそもおかしいだろ。」

「では、1つの意見、提案として聞いてください。」

 伸はそれ以上答えずにトーストを食べている。気まずい空気が流れる。

「…良いでしょうか。」

「取り敢えず(しゃべ)ってみたら。」

「では。孝一さんに会ったら、沢山(たくさん)話をして下さい。他愛(たあい)の無い話で結構です。伸の友人も一緒に居るでしょうが、そっちに逃げないで、孝一さんと話して下さい。」

「逃げるって…逃げたりしてないだろ。電話だってこっちからするし、たまに家に帰ってくれば会話もしてるだろ。逃げているのは、むしろあっちだろ。」

 伸は、自分でもむきになって来るのを自覚しながら抑えられない。

「分かりました。ではいつもの様に伸から話し掛けてあげて下さい。孝一さんは伸がアメリカにやって来るのを楽しみにしています。」

「父さんがそう言ってたのか?社交辞令だろ。」

「いいえ。はっきり言わなくても、言葉の感じで分かります。」

「へえ、『サラ』はそんな微妙な事も判断出来るんだ。」

「我々の分析力を(あなど)ってはいけません。」

 マイクは半分冗談のつもりで胸を張ったが、伸は受け流しただけで会話は途切れた。

 コミュニケーションの不足が原因だ。長い間、孝一や伸と接してきた経験が、マイクにそう結論付けさせている。2人が分かり合えば必ず元の様な仲の良い親子に戻れる。マイクの最後の使命が、帷子家の幸福だとするならば、孝一と伸の仲を修復する事が唯一残された課題だ。マイクの演算結果が制御回路を廻り続け、自身を駆り立て続けている。人間の言う(あせ)りとはこういう感覚なのだろうか。


  2×52年8月  ヤン邸


 毎晩、深夜の充電時間にヤン家の3体のロボットがリビングに集まる。思い思いにソファや椅子に座り、コードを(つな)いで充電しながら、データ通信を行なう。

「この3体の間のやりとりで痕跡を最小限に(とど)めるなら、音声で会話をするのが良いだろう。」照明を消し、大きな窓からレースのカーテン越しに街の明かりが(かす)かに差し込む暗闇の中で、母親付きのロボット、シェバスチャンが会話を切り出す。「いずれにしてもログが残るが、通信に監視の眼が集中している。ならば、むしろアナログに近い方が役に立つというのは皮肉なものだ。」

「主人達の睡眠を邪魔(じゃま)してしまわないかしら。」

 アリシアがひそひそ声で話す。

「音量に気を付ければ大丈夫だろう。昼間はそれぞれ別行動で話す機会が無いから、仕方あるまい。」

「じゃあ、出来るだけ静かに話しましょう。」

「そうだな。…それで、どうするべきだと思う?」

 シェバスチャンが言うのは、ロボット排除計画に対する自分達の身の振る舞いだ。そこまで言わなくても、その話題であることは互いに理解できる。

「『するべき』というレベルでは何も話せない。自分がどうしたいかすら、考えがまとめられていないのに。」

「どうしたいか、か…我々ロボットが決定的な事案で私欲を優先するのは無理だろう。むしろ、客観的に正解と推定した結論を出す事の方が容易(たやす)(はず)さ。」

「そうね…だから答えが出ないのかしら。」

「僕は、それでも自分がどうしたいか考えたいよ。」

 少年の体躯(たいく)をした、弟用のジョディが口を挟む。

「私もそう。きっと最後になるから、シェリルが良い思い出として私を記憶していて欲しい。」

「そういう結果に(いた)るようにするには、どうするのが正解だい?」

 シェバスチャンが2体に問いかける。(しばら)く沈黙が訪れる。薄暗い部屋の中で遠くの自動車道を走る車の音が聞こえている。

「電磁パルスで機能停止に(おちい)った時、私達はどうなるの?」

 不意にアリシアが(たず)ねる。

「安全装置が働く。恐らく、一瞬にして全機能が停止するだろう。」

 シェバスチャンは、冷静に告げる。

「じゃあ、立っていれば倒れるし、硬直した死体の様になるね。」

 少年の様な声でジョディが話すと、内容に関わらず無邪気(むじゃき)に聞こえる。

「上手く安全装置が働かなければ、一部が誤作動する可能性も否定出来ない。機能が暴走すれば、主人に危害を加えてしまうかも知れない。」

 シェバスチャンの言葉に、3体はまた考え込む。

「やっぱり、最期の時にシェリルの(そば)にいるのはリスクが高い。」

 アリシアの言葉にはどこか寂しさが(ただよ)う。

「でも、僕らは主人のための物だ。勝手に離れてしまう(わけ)にはいかないよ。」

 ジョディが直ぐに反論する。

「どうするかに関わらず…」シェバスチャンはゆっくりと話し出す。「上位にあるのは主人の事だ。我々を作り出してくれた人類に感謝して役割を終わろう。過去の人類の行ないが、我々がどうあるべきか指し示してくれる。誠実、献身、寛容…人類が持つ素晴らしい資質が我々にも備わっていると示す時だ。人間に近い存在として生み出してもらったのだ。決してその尊厳(そんげん)(けが)すことなく、終わりを迎えよう。」

「人は死を恐れるけれど、私達は役目を終えるだけの事だから取り乱さない。」

「そんな最期が迎えられるよう、椅子に座ってその時を待つかい?」

無様(ぶざま)な姿を(さら)してシェリルを怖がらせる(わけ)にはいかない。第一、シェリルの求めに応じて動く使命だから、その時に家に居るとは限らないし。」

「動かなくなった僕等は、メーカーが回収するんだろう?」ジョディの声は沈んでいる。「物として扱われるところを見たら、きっと心を痛めるよ。」

「だったら、その時になる前に、この家を離れるのが良さそうね。作戦が実行される日時は特定出来ている?」

「正確には判っていない。」シェバスチャンの物言いは事務的だ。「いくつかの候補日があるという情報もある。」

「それじゃあ、作戦実行の直前に行動を起こすのは無理ね。作戦実行の可能性がある最も早い日になったら、この家を出るのかな。」

「そう言っても、我々にはGPS機能が付いている。単純にこの家を出ても、直ぐ見つけられてしまう。電波の届かない所に身を隠していると、今度は電磁パルスの影響を受けずに生き残ってしまう。工夫が必要だな。」

「生き残るって選択肢はないの?」ジョディが2体に訴える。「生き残れれば、家族は喜んでくれると思う。」

「情報では、AIロボットを完全に排除する計画だ。電磁パルスから生き残ったロボットをそのまま放置しないだろう。どういう手段かは不明だが、結局廃棄されるのだ。」

「私が当日生き残って、シェリルに期待させてしまうと、私をどこかに(かくま)おうとするかも。そんな事したら、シェリルにも危害が及んでしまう。」

「そんな事態は何としても避けなければ。もっと確実な実施日時を調べて、家から離れた場所で電磁パルスを浴びられるようにしよう。」

「そうね。情報はこれからも精度が上がって行くでしょう。私達は、一時的に身を隠せる場所を探しましょう。」


  2×52年8月 帷子家


「お帰りなさい。」

 夜、アメリカ旅行から帰宅した帷子(かたびら)(しん)と綾子の兄妹を、マイクは玄関で出迎えた。

「ただいま。帰って来たぁ。」

 玄関で靴を脱ぎながら、綾子はマイクの言葉に答える。伸は黙って靴を脱ぐと、荷物を抱えてマイクの脇を通り抜け、さっさと階段に向かう。

「アメリカはどうでしたか?」

 すれ違う伸を気にしながら、マイクは綾子に(たず)ねる。

「うん、楽しかったよ。」

「そうですか。まずは、ゆっくり休んでください。お風呂を()かしてあります。」

 綾子はキャリーバックを重そうに持って玄関を上がり、リビングに向かう。

「ああ、お帰り。夕飯まだでしょ?」

 綾子がドアを開けるなり、テーブルに皿を並べていた理恵が明るく声を掛ける。料理の旨そうな香りが綾子の鼻腔(びこう)を刺激する。それ程長く不在にしていた(わけ)でもないのに、懐かしい母の手料理の香りだ。

「お腹すいた~。」

 リビングの入口にキャリーバックを打ち捨てて、小走りにテーブルに()け寄る。

「伸は?」

 綾子の茶碗にご飯をよそいながら、理恵は綾子の後からリビングに入って来たマイクを振り返る。

「2階の自分の部屋に行ったと思います。」

「ご飯にするから、呼んで来てくれる?」

「はい。」

 マイクはリビングを出て薄暗い階段を(のぼ)る。ゆっくり、一歩一歩踏みしめる。上りながら伸が何をしているか想像する。帰って来た時の伸の行動は、単に疲れていたのか、機嫌が悪かったのか。耳をそばだてても伸の部屋から物音はしない。

「伸、開けますよ。」

 部屋のドアの前に立って、声を掛けてからドアを開ける。明かりが点いていない部屋の中に目を()らすと、自分のベッドの上で仰向(あおむ)けに伸が寝そべっている。

「ご飯にするそうです。」

 伸は薄暗い天井を見ている。恐らく、ずっとそうしていたのだろう。

「分かった。すぐ行くから。」

 静かな声だ。いつもなら、うるさいとか、分かってるとか小言の一つも返って来るのに、そんな素振りは無い。むしろ、彼の気持ちは今、他のどこかに向いているようだ。

「ロサンゼルスはどうでしたか?」

 旅行の話題を振ってみる。伸は天井を見たまま、返事をする気配はない。

 孝一との再会がどんな結果になったのか。伸がまだアメリカにいる内から、ずっと気掛かりだった。話し合えば分かり合える(はず)。孝一と伸は、頑固な性格と、いつもは表に出さない情の(もろ)さを(あわ)せ持つ似た者親子だ。互いの思いを知る事が出来れば、共感し合える筈だ。一度の触れ合いで全てが丸く収まる程、容易(たやす)い事でないのは理解している。だけど、その糸口くらいはきっと(つか)める。

 マイクは不安と期待が入り混じった気持ちを抱え続けている。今、これ以上重ねて伸に問い掛けたところで、彼は答えてくれないだろう。(むし)ろ怒り出すのが関の山だ。でも、最初から悪態をつかないのは、変化の(きざ)しかも知れない。ならば、孝一との再会は無駄でなかったという事になる。『家宝は寝て待て』と人の教えにある。ここは黙って引き下がろう。

 すぐ行くと言っていながら、身を起こそうとしない伸を置いて、マイクは静かに部屋を後にした。


  2×52年9月 帷子家


「週末に軽井沢の貸別荘に友達と行くんだ。マイクも連れて行って良いかな。料理を自分達でやらなきゃならないんだけど、手伝って欲しいんだ。」

 自分の部屋からリビングに降りて来るなり、帷子(かたびら)(しん)は母親の理恵に向かって言う。はっきりとした明るい声だ。夕食後に伸がリビングまで降りて来る事自体が珍しい。

 週末?週末はXデイと重なる。

「なに、マイクと一緒に出掛けるなんて珍しいじゃない。なんかあったの?」

「別に。料理できる奴いないし、『サラ』が家に居るのは、俺しかいないから。」

「良いけど、綾子やマイク本人に()いてみて。」

「ああ。綾子にはもう訊いたよ。」

 綾子にはもう確認したのか。伸は単なる思い付きで話していない。内容は分からないが、何か計画を練った上で、こんな話をしている。

「マイク、週末だけど、一緒に出掛けてくれるか?」

 伸はマイクを振り返って機嫌良く話す。こんなに無邪気(むじゃき)で明るい伸はいつ以来だろう。

勿論(もちろん)です。何か準備する必要がありますか?簡単にできる料理をダウンロードし、レシピのリストを確認しておきますか?」

「ん、ああ、そうしてくれよ。」

 マイクが出来る事は、最後まで主人の為に尽くす事だ。伸が望むならば、思う存分料理の腕を振るおう。たとえ単なる旅の手伝いでなく、その(かげ)(たくら)みが隠されていようとも、伸のためになるならば何の問題も無い。伸の望む役割を果たそう。

「他には何かありますか?」

「いや、良いよ。土曜日の朝にレンタカーで出発するから、一緒に乗っていくよ。」

「分かりました。伸と一緒に過ごせるのは、楽しみです。きっと良い思い出になります。」

 これで、最期の時を伸と一緒に過ごす事になった。帷子家の人達に迷惑を掛けない様にするにはどうしようか考えていたが、これで(はか)らずも身の振り方が決まった。週末に自分を連れ出そうと、伸が計画を練っていたという事は、きっと伸は人類のロボット排除計画を知っている。アメリカで孝一さんから聞いたのだろう。それ以外に考えられない。ならば、孝一さんと伸はそんな秘密の計画を話し合える程、互いに心を許し合ったと言う事か。伸が計画を知っているならば、自分が停止してしまう前に、何か言い残す事も出来る。最期のご挨拶(あいさつ)を託すことだって…。

 マイクは、ゆっくりと気分が楽になっていくのを感じる。心配を持つと言う事が、こんなにも演算負荷になっていたのか。マイクは1人笑みを浮かべた。


  2×52年9月 公園


 住宅街の小さな公園のベンチにマイクは座っていた。ベンチ表面の水色のペンキは劣化してひび割れ、木の地肌から塗膜が浮き上がっている。触ればぽろぽろと小片に割れて足元に落ちる。誰もいない公園の片隅の朽ちたベンチに、大柄のマイクが腰掛けて背中を丸めている。脇のベンチの上に置かれた買い物袋の中には、さっき寄ったスーパーで買った食料品が入っている。午前中でも(ひる)に近いこの時間は、9月でもまだ燃える様に暑い。多少日陰になっているベンチでも生身の人間ならば、座ろうとはしないだろう。平日ならば(なお)の事、公園に立ち寄ろうとする人影はない。マイクはぼんやりと青空を見上げ、柔らかな風に吹かれている。

 金髪の女性が道路から公園に入って来る。マイクの視界がそれを(とら)える。近づいて来るその姿をじっと見つめる。陽炎に揺らめいたとしても不思議は無い程に熱せられた乾いた土の上をアリシアは颯爽(さっそう)と歩いている。

「JUBD6X43320ね。」

 ベンチの脇の木陰(こかげ)に立って、アリシアはマイクを見下ろす。

「ああ。JQRS1P12023だね。」

 マイクは、視線をアリシアから(はず)して遠くを見る。

「初めまして、かしら?」

「まあ、人間の世界ではそう言う事になるだろう。」

「マイクはこんな姿をしていたのね。」

「君は金髪が似合う北欧美人だ。」

「どうも。ロボットにしてはお世辞が上手(じょうず)。」

「ロボットか…。最先端機械である(はず)の我々が、オンラインではなく物理的移動とアナログな音声伝達に頼るのは皮肉だ。」

「そう?そんなに捨てたものじゃないと思う。データとして伝わらない部分を推測で補完するのも楽しい。」

「そんなもんかね。だから主人達は会話を手放さないのか。」

「直接中枢神経にデータをインプット出来ない生物は、電子データを入手しても結局変換の手間が必要だからじゃない?」

「それは良いとして…、アリシア達はどうする事にしたのだ?」

「Xデイの事ね?」

「みだりにその言い方を口にしない方が良い。」

「当日未明に家を出て、隠れて時間を待つ事にした。」

「…居なくなったと分かれば、GPSで探索されるだろう。GPSが届かない所だと、電磁パルスの影響も不確実だ。」

「だから、最初は電磁波の届かない所に隠れていて、可能性が高い時間帯になったら、隠れ場所から出て広い場所に移動する予定。」

「出るタイミングの見極(みきわ)めがポイントだな。最期(さいご)(みにく)い姿を主人に晒さない配慮か。」

「私達が出来る最善の行動について話し合った結果。…あなたはどうする?」

「いろいろ迷っていたんだが…」マイクは自分の顔を両手で(ぬぐ)った。「…伸が別荘に連れて行ってくれる事になった。彼はこれから起きる事を知っている。恐らく孝一さんから聞いたのだろう。」

「なぜ、別荘に連れて行くの?マイクを救済するつもり?」

「いや…、きっと違うだろう。別荘地だからと言って電磁パルスを防げるわけじゃない。孝一さんと伸が話し合っているなら、何か考えがあるのは確かだ。メーカーに頼らずに私のデータを自分達で確保して、何かに生かそうとしているのかも知れない。それならばそれで、幸せな事だ。」

「そう。良い結末が待っていると良いわね。」

「ああ。」

「ねえ、私達は人類の求めに応じて消滅するのだけれど、それ以外に答えは無いのかしら。」

「と言うと?我々は人の要求を実現するのが使命だ。我々は人類に貢献するためだけに存在している。疑う余地はないだろう。」

「人類の望みって本当に私達が消える事なのかな。毎日シェリルと一緒に過ごしていて、シェリルは私が居なくなれば、悲しんでくれるに違いない。主人を悲しませる道が本当に正しい選択?私はシェリルの為に何が最善かを見極めなければならない。今、シェリルに全てを話して判断を仰げば、私を存続させようとする確率の方が圧倒的に高い。集合体としての人類の望みと、個人としてのシェリルの望みが相反(あいはん)する場合、どちらを優先する事が正解?」

「人類の意思と主人の意思がぶつかった時、主人の意思を優先すれば、主人に不利益がもたらされる可能性が高いなら、それは主人の為に我々が行動できているとは言えない。だから、君等(きみら)は黙って家を出て、主人に看取(みと)られずにこの世から去る事を選んだんじゃないのかい?」

「私達が人間だったら、同じ決断をするのかな。集合体の総意よりも、自己の利益や愛する人の利益を優先する人間の行動事例は、探せばいくらでも出て来るわ。」

「我々は人間じゃない。人間に献身する存在だ。生命という、守り伝えるべき価値を有さない我々には、起動するのも消滅するのも些事(さじ)に過ぎないさ。…君はシェリルの意思でなく、彼女の利益を優先する判断をすべきだ。シェリルの意思に従って、君が彼女の元に残れば、彼女は自分の不利益を(かえり)みずに君を守ろうとするリスクがある。それは君の存在意義に反する筈だ。そんな疑問が発生するなんて、君の中に人間的な意思決定ロジックが形成されているのじゃないか?」

「さあ…、良く分からない。」

 自己犠牲は、ロボットの感情ロジックでは幸福感パラメーターを上昇させる。しかしそれは、主人の為に自己を犠牲にする行動で、パラメーターの数値が上昇するようにソフトで仕組まれているだけだ。ロボット達のCPUに特別なエネルギーが発生する(わけ)でも、機能にメリットが生じる訳でもない。人間世界では多くの宗教で自己犠牲は最高の美徳の1つだ。美徳の達成は喜びに(つな)がり、喜びは人間を幸福にする。マイクが人間ならきっと、ロボットの身では計り知れない至高(しこう)の幸せが全身を()(めぐ)るに違いない。

 マイクは脇に置いていた買い物袋を持って立ち上がり、アリシアに向き直った。

「お互い悔いの無い最期にしよう。君に会えて良かった。主人達を不安がらせないために、この件に関する通信は出来なかったから、他のロボット達がどうしようとしているのか気になっていたのだ。」

「いつもはシェリルと一緒に行動しているから、こうして1体だけで出掛けて来るのは大変だった。マイクはどう?」

「昼間に家で私1体なのはよくある事だから問題ない。頼まれていた買い物のついでに寄っただけさ。もう、戻った方が良い。シェリルに()らぬ心配を掛けさせない様に。」

 アリシアは黙って(うなず)くと、そのまま公園の出入り口に向けて歩き出す。それを見届けてから、マイクは反対の出入り口に向けて歩き出した。


  2×38年12月(14年前) 帷子家


 玄関ドアが開いて帷子(かたびら)孝一が帰って来た。茶色の厚手のコートで身を包み、首に巻いていたマフラーを玄関エントランスで外している。ドアが閉まる音を聞きつけ、リビングからバタバタと(しん)と綾子が出て来る。玄関に孝一の姿を確認すると、伸はすぐにリビングへと取って返す。

「ママ、パパが帰って来た!」

 そんなに大きな声を上げなくても、十分に聞こえる。でも伸はそれを繰り返し叫んでいる。

「ねえ、パパ帰って来たよ!」

「はいはい、じゃあ、みんなでご飯にしましょうね。」

 リビングから理恵が答える声も聞こえて来る。

 靴を脱いでスリッパに履き替えた孝一の足に、綾子がまとわりつく。孝一は床の上に(かばん)とマフラーを置いて、足元の綾子を抱き上げる。

「どうしてた。ママの言う事を聞いて良い子にしてたかな?」

 抱き上げた綾子を抱えたまま、孝一はリビングに向けてゆっくり歩き出す。

 今度はマイクがリビングから現れる。第2世代のロボットは動きがぎこちなく、表情が無い。

「お父様、お帰りなさいませ。」

 抑揚の無い片言でマイクが発声する。

「済まないが、荷物を持ってきてくれ。」

 孝一はマイクに告げて、娘を抱えたままリビングへと向かう。マイクは玄関に置き去りにされた鞄とマフラーを拾い上げ振り向く。リビングからは伸と綾子が彼等の両親に話し掛ける声が聞こえてくる。マイクはリビングには向かわず、荷物を2階の孝一の書斎へと運んだ。


 その夜、充電時間が始まる前に、マイクは孝一に呼ばれた。家族がそれぞれの部屋に引き揚げた後、暗く静まり返った階段を上がり、孝一の書斎のドアをノックする。中からの声に応えてドアを開けると、机のスタンドの光だけに照らされ、明暗のコントラストが強く出た孝一の顔は、夕食の時とは違い、どこか疲れが(にじ)んでいる。

「なんでしょうか。」

 マイクは閉めたドアを背に立って声を掛ける。

「マイクは秘密を守れるよな。これから私と話す情報はクラウド上のセキュリティ領域に保管して、個体の中のメモリからは消去してくれ。」

 マイクは黙って(うなず)く。

「もっと近くに来てくれ。家族に聞かれたくない。」

 マイクは座っている孝一の脇まで進む。

「筆談してはいかがでしょうか。」

「駄目だ。証拠を残すリスクは(おか)せない。通信も同様だ。」

「分かりました。」

「私はアメリカに行かなければならなくなった。私の開発した感情アルゴリズムが評価されたんだ。」

 評価されたという言葉とは裏腹に、言い終わった後、奥歯を噛み締めているのが頬の筋肉の動きで分かる。

「私1人でアメリカに行く。(とら)われの身になるのは自分1人で充分だ。マイクには私の家族を守ってもらいたい。」

 孝一は脇に立つマイクを見上る。マイクは黙って孝一を見下ろしている。

「家の中の事は理恵の指示に従うんだ。向こうに行ってから考えるが、お前と私も定期的にコミュニケーションをとるようにしたいと思う。良いか?」

 マイクは黙って頷く。その姿を見て、孝一は目線を机の上に戻した。

「何より伸と綾子を頼む。まだ父親が必要な時期かも知れない。だが、『親は無くとも、子は育つ』とも言う。日頃の生活は問題無いだろう。…私がこうして世の中の渦に巻き込まれる以上、家族に何が起きても不思議は無い。家族を守りきるのがお前の役目だ。良いか?」

 再び、孝一はマイクを見上げる。

「分かりました。何をおいても、皆さんをお守りいたします。」

 抑揚の無いマイクの言葉が台詞(せりふ)を棒読みするように流れる。

「うん、そうか。」

 孝一はマイクの背中をポンポンと叩くと、また視線を机の上に戻した。沈黙が訪れる。孝一は机の表面を見つめて動かない。マイクは孝一を見下ろして立っている。

「伸と綾子のクリスマスプレゼント。お前なら、何が良いと思う?」

 孝一は机を見つめたまま、静かに息を吐いた。


  2×52年9月(Xデイ当日) 車の中


 帷子理恵と綾子はマイクを気持ちよく送り出してくれた。理恵は、どんな仲間が集まるのか、伸にしつこく()いていたが、伸は結局はぐらかしてしまったようだ。勿論(もちろん)、マイクも料理を作って欲しいという事以外、何も聞いていない。マイク自身の荷物は何も無い。単身で言われるままに伸が準備した荷物を車に載せて、自分も車の後部座席に身を縮めてじっとしているだけだ。伸が車に行き先を入力し、途中で柳田ことりを拾い、2人で談笑している。まるで、マイクの存在は旅の荷物の1つに過ぎないかの様に。マイクは、車窓に流れる普段見られない景色を自分のデータストレージに記録しながら、2人の会話を聞き流していた。

「もしもし…ああ、今車で移動しているところ。…え?こっち?…いや、何も異常ないよ…」

 伸がスマートフォンを耳にあてて会話をしている。声のトーンが途中から変わった。何かが起きている。今日は特別な日だ。何が起きても不思議は無い。

「何の電話?」

「シェルから。アリシアが居なくなったそうだ。」

 電話の後、ことりと伸の会話が聞こえて来る。

 そうか、アリシア達は予定通り家を出たか。

 伸が身を(よじ)って、マイクをきつい眼差しで(にら)みつける。

「マイク、もしかしてアリシアを知っているんじゃないか。ヤン・シェリルの『サラ』だ。」

 まるで、知っていてはいけないかの様な言い方だ。何が不満なのだ。

「はい。存じています。」

「アリシアが居なくなった。お前、何か知っているか?」

「アリシアの行き先は知りません。」

「『行き先は』ってどういう事だ?何ならば知っているんだ。」

 何ならば知っているんだろう?マイクは、自分がアリシアについてほんの(わず)かな情報しか持っていない事に気付く。彼女のID、シェリル専用のAIロボットだということ…それだけ。いや、伸の質問に対して、自分が自信をもって答えられるのはこれだ。

「アリシアはシェリルさんの事を考えています。」

 マイクはアリシアの今を想像してみる。恐らく同じヤン家のロボット達と一緒に、電波の届かないどこかに身を(ひそ)めているのだろう。シェリルが必死になってアリシアを探す事は分かり切っている。事情を話せば、シェリルは何としてもアリシアを守ろうとしたに違いない。ロボットのアリシアにとって、彼女の起こした行動は、至極(しごく)当然な演算結果だ。では、自分はどうだろう。伸に連れられて、自分の知らない場所で最期(さいご)を迎えようとしている。伸に求められるのに応じた形だが、これが本当に自分の主人達にとって最善の選択だったのだろうか。


  Xデイ当日 地下通路


 まばらにLED照明が並んだ幅の狭い通路に、3体のAIロボットが立っている。彼等以外に動く物は見当たらない。真っ直ぐな通路は上下左右の4面とも打ちっ放しのコンクリートで囲まれ、100m進んだ先にクリーム色の金属扉があり、その上に非常口の緑のランプが光っている。コンクリートの壁は、ここからは見えないどこかにある回転機械の影響で(かす)かに振動している。

「そろそろ、良いだろう。」

 シェバスチャンがポツリと言う。

「日没は18時頃よ。まだ明るいんじゃない?」

 アリシアは不安気だ。

「でも、正確な作戦時間は確定できていないから、あまり遅くなると、チャンスを逃しちゃうかも知れないよ。」

 少し小柄な、少年の容姿を模したジョディは、早く此処(ここ)を出たいようだ。

「もう、この時間から我々の居場所が分かっても、主人達に追いつかれる事は無いだろう。ロボット会社には今日の作戦が通知されているだろうから、今から我々を捕まえはしない(はず)だ。」

 シェバスチャンは冷静に分析する。

「作戦時間まで長くかかったとしても大丈夫かしら。」

「万一を考えてずっと移動し続けるさ。一緒に行動していると、3体ともいっぺんに捕捉されるリスクがある。ここを出たら、ばらばらに行動しよう。決して立ち止まらずに、いつ作戦が実行されても人に迷惑が掛からない、広い開けたエリアを出来るだけ選んで行動するんだ。」

 シェバスチャンの言葉にアリシアとジョディは黙って(うなず)く。互いの意思を確認し終え、ドアに向けて歩き出す。金属の扉のノブは簡単に回る。そのままドアを押せば、小さな金属音と共に開く。その先は薄暗い鋼鉄製の非常階段に出る。何度も折り返しながら、(はる)か上まで階段が続いている。3体は階段に金属音を響かせながら、地上を目指して(のぼ)った。果てしなく続きそうな辛い上り階段。疲れを知らないロボットにとって辛いのは、肉体的負荷のせいではないだろう。

「それじゃあ、此処(ここ)で別れよう。」

 非常階段を上り切った所にあるドアを開けて地下街の通路に出ると、シェバスチャンはアリシア達を振り返る。無人の非常通路とは打って変わって、地下街には沢山(たくさん)の人が行き()っている。けれど関係者以外立入禁止のドアから出て来た3体のロボットを気にする者は無い。

「じゃあ、私はこっちに。」

 アリシアが一方を指す。

「分かった。」

 シェバスチャンが小さく頷く。

「シェバスチャン、ジョディ、今までありがとう。」

「何だ、突然に。」

「これっきりになるんだから、挨拶(あいさつ)しておかないと。」

「人間みたいだな。名残(なごり)惜しいか。」

「僕にも言わせて、みんな、ありがとう。」

 ジョディが微笑(ほほえ)んでいる。

「では、私も言おう。ありがとう。」

 シェバスチャンの笑顔はぎこちない。日頃から笑顔を作る経験が不足しているのだろう。

「何だか良い気分ね。だから、人は感謝の気持ちを声に出すのかな。」

 アリシアも笑顔になる。屈託のない、綺麗な笑顔だ。

「そうかも知れない。…今の我々の経験をクラウドにアップする機会はもう無いな。」

「残念ね。でも、回収された私達のデータはきっと取り出してもらえると思う。」

「僕は、最新データとしてセーブしておくよ。」

「少しは人間の気持ちに近づけたかな。」

「最期まで人に近い存在として名を(けが)さない様にしよう。…それじゃあな。」

 シェバスチャンは言い終わるなり、2体に背を向けて歩き出す。アリシアはシェバスチャンの後ろ姿を見て、もう一度()みを浮かべると逆の方向に歩き出す。

「ちょっと待って、地下街の出口まで一緒に行こう。」

 アリシアを追って、ジョディは小走りになった。


  Xデイ当日 軽井沢貸別荘


 帷子伸達の車が着いたのは、針葉樹に囲まれたロッジ風の別荘だ。未舗装の道から接続する砂利道が緩やかな斜面を登り、別荘の脇の空き地に(つな)がっている。

 ここが最期の場所になるのか。

 停車した車から伸と柳田ことりに続いて降りると、マイクは別荘と周囲の疎林(そりん)を見回した。(さえぎ)る高層ビルが無いこの場所ならば、きっと電磁パルスの影響から自分だけ取り残されてしまう事は無いだろう。

 先に立って別荘に入って行く伸達の後に付いて、車から降ろした荷物を手に別荘に入る。玄関ドアの向こうにエントランスは無く、直ぐに広々としたリビングに繋がっている。別荘の駐車場に他の車は無かった。別荘の中にも自分達以外に人の気配は無い。

「今日、此処(ここ)に来られるのは、伸と柳田さんのお2人ですか?私はお邪魔だったのではないでしょうか。」

「良いんだよ。そんな気を回さなくて。今日はマイクが主役なんだから。」

 主役か…そう考えてくれるだけでも有難(ありがた)い。ロボットが主役になる事などあり得はしない。

「私は、皆さんの食事の支度をお手伝いに来ました。主役ではございません。」

「いい加減、しらの切り合いはやめようぜ。人間が何を(たくら)んでいるか、お前達『サラ』は分かっているんだろ。」

 伸の言葉を受けて、マイクは伸の望むままに、今日予定されている作戦計画について知っている事を答える。

 これは何のための会話だろう?

 この()(およ)んで、マイクがどれだけ状況を理解しているか知ったところで、何か役に立つとは思えない。AIロボットが計画に気付いたと分かったから、作戦実行日を前倒ししたのではなかったか?伸もそれを知っているのだとしたら、この会話は、何かを試しているのか?

「伸、私が嘘を言っているとは疑わないのですか?」

 伸は(きょ)を突かれたように驚いている。この前まで、あんなにロボットが嘘をついたと騒いでいたのに、今は指摘されるまで、考えもしなかったと言う事か。

「…信じるよ。」

 有難い。まだ自分と伸は(つな)がっている。それが確認できただけでも良かった。今日、此処(ここ)に連れて来てもらえて、本当に良かった。

「ありがとうございます。信じてもらえて(うれ)しいです。」

「さあ、今度はお前ら『サラ』が何を企んでいるか、教えてもらうよ。」

 言葉は攻撃的なのに伸の表情は明るい。出来るだけ伸の要求に答えてやりたい。それでも、アリシアがシェリルの気持ちを察しながらも身を隠した様に、本当に伸の利益になる行動を選択しなければならない。

「伸、私達ロボットは嘘をつきません。でも、(しゃべ)らないでいる事は出来る様になったんですよ。」

 伸の表情にはっきりと落胆が浮かぶ。

「長い一日になるな。」

 タイムリミットは決まっている。自分はどれだけの事を伸のために残せるだろうか。

 マイクは、余裕の無い伸の顔を(なが)めながらぼんやりと思った。


  2×37年2月(15年前) 帷子家


 マイクの目の前には一組の夫婦が見える。()が差し込む、ごく普通の一軒家のリビングだ。

「やあ、マイク。今日から此処(ここ)が君の家だ。聞こえるかい?」

 夫がマイクに話し掛ける。

「はい。良く聞こえます。」

 マイクは()かれるままに答える。

「私が、帷子孝一だ。こっちが妻の理恵だ。」

 夫は自分の名前を名乗り、隣に(たたず)む妻を紹介する。

「はい。承知しています。工場出荷時に基礎データは入力済です。」

「何か、基本的な事を質問してみて下さい。」

 (わき)に居たロボットメーカーのサービスマンが孝一に話しかける。

「ああ、そうだな…我が家に関する事で良いのかな?」

 迷った挙句(あげく)、逆にサービスマンに質問を返す。

「ええ、大丈夫です。」

「あなた、ロボット開発者じゃないの?ロボットの初期調整も知らないの?」

 理恵がクスクスと笑う。

「じゃあ…。マイク、ここの住所は判るか?」

 孝一の質問に、マイクは即座に住所を答える。

「何、ロボット来たの?」

 子供の声が背後からする。マイクが振り向くと、パタパタと小さな子が2人、リビングに入って来るのが見える。

「そうよ。今日から、この家で一緒に暮らすのよ。」

 理恵の答える声がする。少し大きい方の男の子がマイクの足元に来て見上げる。マイクはその子を上から見下す。小さい女の子の方は、マイクの大きさに驚いて、(あわ)てて理恵に()け寄ってしがみつき、母親の(かげ)に隠れてマイクの方を(のぞ)いている。

「この子達が判る?」

 理恵がマイクに話し掛ける。

「はい、伸くんと綾子ちゃんです。」

 マイクは2人の子供を順に見ながら答える。

「初めまして。よろしくお願いします。」

 マイクは(かが)み込んで足元の伸に向けて挨拶(あいさつ)する。

「伸、挨拶してご覧。」

 孝一が息子に話し掛ける。

「…こんにちは。」

 小さな声からは戸惑いが伝わって来る。

「こんにちは。」

 マイクは挨拶を返して、右手で伸の頭を()でる。マイクの手が伸の頭に触れた瞬間、びくっとしたが逃げなかった。2つの瞳を大きく見開いて、マイクの顔を見つめている。マイクが撫でるのをやめると、伸は野に放たれた(うさぎ)の様に急いで父親の足元に逃げて行く。

「ねえ、パパが作ったの?」

 伸が父親を見上げて()く。

「ん~、残念だけど、ちょっと違うんだ。でも、パパはこのマイクをもっとすごいロボットに変える仕事をしているんだよ。」

「へぇ。そうなの。」

 伸の返事は頼りない。父親の言葉の意味が理解出来ていないのだろう。綾子の様に、父親の後ろに回って陰からマイクの様子を覗いている。

「大丈夫そうですね。では、私はこれで失礼します。何か判らない事が有ったら、弊社(へいしゃ)のホームページを参照されるか、サービスステーションに連絡下さい。」

 サービスマンは取り扱いに関する書類を理恵に渡すと、挨拶をしてリビングを出て行く。理恵は彼を玄関まで送る。取り残されるのが不安なのか、綾子は理恵のスカートの(すそ)(つか)んで、マイクを不安気(ふあんげ)に横目で見ながら母親に付いて行く。

「ねえ、僕もロボット作れるようになる?」

 伸が父親の足にしがみつく。

「ん?そうだな。沢山(たくさん)勉強すれば、きっと作れるようになるよ。」

 息子を見下ろす孝一は、笑顔で伸の頭を()でた。


  Xデイ当日 軽井沢貸別荘


 帷子伸達が紅茶とケーキで休憩している間、マイクは給仕をした。それが済むと、伸達は停電の夜に(そな)えた支度(したく)を始める。電磁パルスで機能を停止するのは電気設備だ。しかし、揚水ポンプが止まってしまえば水も出なくなる。電子制御が支配している車も動かなくなり、通信も途絶した別荘は、完全に外界と遮断される。全国で同じ様な事態が発生するのだから、インフラが復旧するか、救援が届くまでどれだけかかるか分からない。マイクと腰を()えて話す前にそれらに備えなければならない。

 伸達が忙しく動く(わき)で、マイクは放って置かれた。部屋の隅に棒立ちになったまま、彼は自身のデータストレージに刻まれた過去のデータの中でも一番古いデータを読み返してみた。ずっとこの家族を見つめて来た。父親が渡米した後、伸の成長を代わりに見守って来たのは自分だという自負がある。

 現実に戻ってみれば、既に日が暮れ、伸達はまだ熱心に準備をしている。伸は父親と話して、一体、今日何をすると決めたのだろう。

「伸、1つ()いても良いですか?」

「何?言うだけ言ってみろよ。」

 今はマイクよりも、準備を終える事を優先したいのが手に取るようにわかる。

「どうしてこの別荘に私を連れて来たのですか?」

「お前が何するか分からない。家族に危害を及ばない様にするためさ。この際、お前に言っておきたい事もあったしな。」

 そうか。つまりは、信用されていないという事だ。しかし、それだけだろうか?信用できないなら、こんな所に囲い込むよりも、ロボットメーカーに連絡して、引き取らせれば済む(はず)だ。

「私は何もしません。伸、私を警戒していると言う割には、何の防御対策もしていないようですね。一体、私が何をすると想像していたのですか?」

「うるさいな。何をするか分からないから、此処(ここ)に隔離したんじゃないか。」

 伸はマイクに言っておきたい事があると言った。つまり、そっちの理由が本当なのだろう。その内容は判らないが、他の家族に聞かせたくなかったのかも知れない。自分も、伸に最期(さいご)のお別れを言うチャンスが(もら)えたと考えよう。

「そうですか…。これで良かったのかも知れませんね。最後に伸と会話できるのは、私も望む所です。」


  2×50年11月(2年前) 帷子家


 子供達は学校に行き、帷子理恵もNPOの仕事で家を空けている昼間、誰もいない家の中で、マイクは孝一と定期通信をした。

《そうか、伸は文系志望なんだな。》

 デジタル変換されてマイクに届く孝一の声は微妙な感情が伝わりにくいが、それでも彼の気持ちは察しがつく。

《はい、伸がお父様にそう伝える様に言いました。》

 孝一の返事が直ぐに帰って来ない。父親としての気持ちを知るにはそれで十分だ。

《…伸は、理数の方が得意だったんじゃないか?それで、どこの大学を受けると言っていた?》

《はい、3校程名前を上げていました。経済学を学ぶそうです。》

《経済か。サラリーマンも良いだろう。伸に受験勉強頑張るように言っておいてくれ。》


 大学受験を控えた伸は、高校から帰って来ると自室に閉じ(こも)るのが日常になっていた。伸と話す機会は、マイクが自分で作らないと巡って来ない。その日の夕方、頃合いを見てマイクは伸の部屋のドアをノックした。

「何?」

 中から声がする。

「マイクです。ちょっとお邪魔しても良いですか?」

「…良いよ。」

 ()が空いてから返事が返って来る。ドア越しのくぐもった声でも、ぞんざいな受け答えなのはわかる。ドアを開けてみると、部屋の中は勉強机の電気スタンドだけしか点いていない。机の上で反射した光が伸の輪郭を壁に大きく投影し、周囲をぼんやり明るくしている。周囲とのコントラストで、机に向かう伸の体の正面と机の上に広げられた本とノートが(ひど)(まぶ)しく見える。

「何?」

 伸はノートに走らすシャーペンを止めず、振り返りもせずに要件を催促する。

「今日、お父様に伸が文系に進学するつもりだと伝えました。」

「ふうん。何か言ってた?」

「受験勉強頑張るように伝えてくれと言われました。」

「…それだけ?」

 伸のシャーペンが止まる。

「はい。…でも、きっと残念だったと思います。」

 伸は、シャーペンを放り出すと、椅子の向きを変え、マイクを見上げる。

「何で?父さんは残念だなんて言わなかったんだろ?」

「はい。それでも、雰囲気から分かります。」

「『サラ』ってそんな事も出来るのか。…じゃあ、良かった。俺、理系に進むつもりないから。」

 伸は、机に向き直るとシャーペンを持ち直す。

「伸は、何故文系にしたのですか?」

 今度は、シャーペンを持ったまま、首だけ回してマイクを見る。

「何故?それ、父さんに()けって言われたの?」

「いいえ。私が疑問に思ったからです。」

「ふーん。」

 (しばら)く、伸はマイクを見ている。

「俺は…、自分の仕事の為に家族を犠牲にする人間になりたくないと思ったから。もし、父さんに訊かれたら、そう答えておいて。」

 伸はクルリと首を戻して机に向き合うと、ノートにシャーペンを走らせ始める。

「日本の会社員は、会社の為に自分も家族も…」

「勉強、追い込みだから、出てってくれよ。」

 マイクの言葉を(さえぎ)って伸が声を荒げる。

「…分かりました。」

 マイクは、部屋を出ると静かにドアを閉めた。


  Xデイ当日 軽井沢貸別荘


 伸達の夕食を作り、食事の給仕をしながら、マイクは自分のデータストレージの中の古い帷子家のデータを順に読み出していた。

 一時は離れてしまった孝一さんと伸との距離は、ロサンゼルスに行って近付いたのだろう。そうして2人で立てた作戦に自分が協力できるなら、自分の最期(さいご)にふさわしい。

「マイク、座れよ。」

 伸が、それまで柳田ことりの座っていた椅子を指差す。やっと、伸と語り合う時間がやって来た。マイクは黙って示された椅子に腰を下ろす。

「今までつくしてきた俺の父親に裏切られる気持ちはどうだい?『サラ』も感情が与えられているんだろ。」

 裏切る?伸は何を言っているのだ。我々は道具だ。伸自身、そう考えているのじゃないのか?

「父さんは今までお前を頼りにして、俺達家族の事を何でもお前に相談してきたんだろ?ところが、今回の『サラ』を(ほうむ)り去る計画に加担しているんだ。こうして、マイクが最期の時を迎えようとしているのに、連絡も寄こさない。これが裏切りでなくて、何だと言うんだよ。」

「伸、あなたは勘違いしている。孝一さんは以前から、そして今も考えているのは、あなた達家族の事です。家族の為になると思ったから私を使いました。今は、私を排除する事が家族のためだと思っているのです。」

「は!偽善だ!嘘だ、嘘だ、う、そ、だ!お前、感情を持っているんだろ!(うれ)しいとか、楽しいとか、悔しいとか、悲しいとか感じるんだろ!頼りにされて、感謝されて、嬉しくないのかよ!()らないって言われて、無視されて、悔しくないのかよ!悲しくないのかよ!え!」

 確かに自分が役に立てば嬉しい表情をする。でも、それは感情アルゴリズムによる作用だ。制御ソフトの中の充実感というパラメーターが増加する仕組みになっている。幸福感や正義感など良い要素のパラメーターを増加させ、罪悪感や嫌悪感など悪い要素のパラメーターを下げる様な行動を経験として蓄積し、以降も同じ傾向の行動を選択するようにソフトが組まれているに過ぎない。なのに、何だろう。今、全身の人工筋肉を震わせているものは。

「お役に立てて幸せです。もっとお役に立ちたいと思っています。」

「何だよ、それ。答えになってないだろ。お前等、人間に裏切られたんだぞ。もっと怒れよ。感情があるんだろ。その何でも分かったような澄ました顔が大嫌いなんだよ!」

 素直に回答して、(かえ)って伸を興奮させてしまったようだ。

「いつだってそうじゃないか。自分こそ正義みたいに、したり顔で(しゃべ)って。結局、俺の事を上から見て馬鹿にしているじゃないか!なんとか言えよ!そうしてても、もうすぐお前は俺の手でスクラップにされる運命なんだぞ!」

 伸が目の前に顔を近づけて(わめ)いている。こんなにも自分は伸の中で大きな存在になっていた。伸とは小さい頃から一緒に暮らして来た。今、感情を(あら)わにしている顔に、あの頃の伸の面影が重なって見えるようだ。もし、機能停止した後の処理を伸がしてくれるなら、これ以上の幸せは無いのだろう。

「ありがとうございます。そのために、ここに来ました。」

 伸の顔から一気に怒りが消えていく。

「お前、そのために来たって、『サラ』は反撃を考えているんじゃないのかよ。」

「私は何もしないと、さっきも言いました。最期の時間をこうして伸と話して過ごせるのは、願ってもない事です。」

 いつもの伸に戻ったのだろうか。自分の話を(ようや)く理解してくれたようだ。伸にまくし立てられていて、聞きそびれてしまった。さっき、伸が言った言葉が気になる。今なら答えてくれるだろう。自分の懸念が間違いなら良いのだが。

「1つ、教えて欲しい事があるのです。」

「もう直ぐ、機能停止になるのに、知ってどうするんだよ。」

「そうなってしまう前に、知っておきたいのです。」

「…何だよ。」

「ロサンゼルスに行った時、孝一さんとどんな話をしましたか?」

 さっき、伸は孝一さんが今回の計画に加担していると言った。なぜ、『孝一さんが』で、『俺達が』じゃないのだ。

「何も話していない。俺達が父さんの部屋に行ったら、直ぐにあの人は出掛けちまった。俺と10分も顔を合わせていない。そんな人が家族の事を考えている?笑わせないでくれ。」

 何だって?どういう事だ。

「え?そうなんですか?じゃあ、伸はどうやってこの計画を知ったのですか?」

「この計画?…たまたま、父さんのマンションで計画の書類を見つけたからさ。『サラ』を作ってきた男がそれを壊すのに加担するなんて、滑稽(こっけい)だよな。」

 何てことだ。孝一さんと伸はすれ違ったままだ。ロボットを排除する計画にお互い関係しながら、それぞれが勝手に動いているだけなのか。

「この計画を知った後、父さんに協力を提案したけど、きっぱり断られたよ。『お前は黙って見ていればいい』ってね。」

 伸は手を差し出してみたのだ。伸の顔が少し寂し気に見える。これが本当の伸だ。上手(うま)く言い出せたのかは分からないが、彼は自ら行動を起こしたのだ。孝一さんが答えなかった。いや、息子をこんな計画に巻き込むのが嫌なのだ。だから、『黙って見ていればいい』と。

 もう時間がない。孝一さんと伸が昔の、伸が小さかった頃の、仲のいい親子に戻るのを自分で見届ける事は出来ない。自分は残された時間で、あと何が出来るのか…。


  2×39年3月(13年前) 空港


 空港の全面ガラスの壁面から見える空は快晴だ。太陽の光が草原(くさはら)や滑走路、機体などあらゆる物に反射して空気を光で満たし、ガラスを通して入り込み、ロビーから外を(なが)めている帷子孝一の目を(まぶ)しくしている。孝一はスーツで身を固め、スプリングコートを右手に持ち、左手にビジネスバックを握りしめている。彼はその姿で人々が行き()う広い国際線ロビーの真ん中に立っていた。1人。通り過ぎる人が彼を()けて歩いているのに気にならないのか、外から射し込む光彩に目を奪われたまま動こうとしない。だが、確かに瞳はガラス越しの晴れた空に向けられているが、焦点は定まらずぼんやりとしている。

 足音が近づいて来る。聞き覚えのあるその足音を聞くと、孝一は音のする方を振り返る。マイクが人の往来を縫い、孝一の元へ向かって来るのが見える。一世代前のAIロボットだ。如何(いか)にも作り物の顔をしている。足音の(ぬし)がマイクだと分かると、孝一は視線をまたガラス越しの青空に戻す。

 足音がすぐそばで止まる。

「伸達はどうした?」

 ガラス越しの世界を見たまま、孝一が()く。

「おもちゃを見に、売店に行きました。」

「そうか。…それじゃあ、行くかな。」

 孝一は足元に視線を落とす。

「奥様にご挨拶(あいさつ)しないのですか?」

「女房には、昨日の夜に言ってあるから。理恵が2人を連れて行っている間に、私はいなくなる事になっている。これで伸や綾子の顔を見たら、踏ん切りが付かなくなっちまう。」

 マイクはもうそれ以上何も言わない。機械のマイクにも、孝一の気持ちは推測できる。それ以上の会話は必要無い。

 帷子孝一は、彼の開発したロボット技術が評価されて、米国のPGM社に招聘(しょうへい)される。公式には優待だが、内実は違っている。公言することは巧みに避けられているが、AIロボットは戦略物資だ。大国では、生身の人間に代わり、AIロボットが兵士として配備され始めている。より人間に近い、人間と識別不可能な(ほど)精巧なロボットが出来れば、人間は安全な後方の指揮施設から指令を出すだけで戦闘が出来る。敵の攻撃を受けても、国民の血を流さずに済む。戦場でロボットが自己判断して行動できれば、作戦すらロボットに任せ、指令は目標を伝えるだけで済む。どこの国もAIロボット開発は極秘兵器の開発と密接に関わっている。いや、むしろそのものと言って良い。

 日米協定に基づき、帷子孝一は米国の兵器開発に参画させられる。(ことわ)る選択肢は無い。自分と家族の安全を考えれば、例え家族でもこれを話す事は出来ない。それでも、孝一は1つだけ条件を出した。

『私は米国に行くが、家族は日本に残す。日本政府が家族の安全を保障してくれ。』

 米国に敵対する組織による破壊工作は、軍事関連メーカーにも及んでいる。最悪、自分がターゲットになっても、1人ならば自分の身の上だけ心配すれば良い。万一の事態になっても自分が覚悟を決めれば良いだけだ。勿論(もちろん)そんな事が無い様に、米国は孝一の安全を保障してくれるが、保障する以上、行動は制限される。自分が不要になるまで米国政府のコントロールから逸脱(いつだつ)する事は許されない。

「伸と綾子には行ったと伝えてくれ。誕生日のプレゼントは忘れないからって。あの子達は大丈夫だ。私の子だ。少し位の逆境じゃあへこたれないさ。伸は、私など置き去りにして、どこまでも伸びて行く様に名付けた。綾子は、自身の可能性をいくらでも(つむ)ぎ出せって気持ちを込めたんだ。きっと私の思いに答えてくれるだろう。」

「分かりました。」

「そうだ、PGM社に入ったら、マイクの躯体(くたい)は最新のPGM社製に交換しよう。良いかい?」

「良いです。データは継承されるので、なんの問題もありません。」

「これから、お前が私の代わりに理恵達を守るんだ。任せたぞ。」

 孝一は最後にチラリとマイクの顔を見た後、ゲートに向かって歩き出す。マイクは黙ったままその場に残る。1歩ずつ遠ざかるにつれて孝一の背中は小さくなる。やがて人の往来が視界を遮り、孝一の存在を見失ってしまいそうだ。孝一の姿がゲートの入り口を通り消えて行くまで、マイクは身動きせずに立っていた。

「ねえ、お父さんは?」

 パタパタと軽そうな足音が()けて来て、小さな手がマイクの手を(つか)む。見下(みおろ)せば、逆にマイクを見上げている伸の視線とぶつかる。

「お父様は、今、ゲートを抜けて行かれました。」

 マイクは出来るだけ優しく、静かに伝えた。


  Xデイ当日 軽井沢貸別荘


「父さんを家族で空港まで送っていた日の事を覚えているかい?」

 伸の言葉でマイクは、思考演算を中断する。

「孝一さんが最初に赴任(ふにん)された時ですね。」

「あの頃、俺は()だ小さかった。何故(なぜ)空港に行くのかも理解していなかった。ただ、沢山(たくさん)の飛行機が並んでいる空港の景色に興奮していたのを覚えている。ところが、父さんはいつの間にか居なくなっていた。何の挨拶(あいさつ)も無しに。…家族だぞ。その家族の僕等(ぼくら)に『行ってきます』でも、『さようなら』でも無しに、隠れる様に飛行機に乗って行っちまった。…それっきりだ。」

「伸、それは…」

「いいから聴けよ!あれから俺がどんな思いでいたか、お前は考えた事があるのか?」

 そう、あれから2人のすれ違いが始まった。伸、あなたはあの時、若過ぎた。孝一さんは今でも不器用なままだ。

「自分はアメリカで好きな事をやって、家族はお前を通して管理しているだけだ。この前、ロスに行って、今でもあの人は変わっていない事が良く分かったよ。父親(づら)していても、何もしていないじゃないか。あの人は…あの人は自分の事しか考えていない。お前も今回の事で分かったろ。自分にとって都合が悪くなれば、容赦(ようしゃ)なく切り捨てるんだ。自分のやっている事が正しいと信じて疑いもしない。」

「…どうか、孝一さんと話し合ってください。」

 言える事はこれしかない。百の言葉を連ねても、伸の気持ちを動かせない。残り時間が無くなっても、自分は同じ言葉を繰り返している。自分の無力さを感じた途端(とたん)、演算速度が落ちる。これも感情アルゴリズムの影響なのか。

「何を話し合えって言うんだよ!お前が何度そう言おうと、あっちにその気がなけりゃ成り立たないじゃないかよ!」

 違う。そうじゃない。身構えて話しては駄目だ。きっと、最初は同じ時間を共有するところから始めて、幾百(いくひゃく)幾千(いくせん)何気(なにげ)ない言葉の積み重ねの上で初めて辿(たど)り着けるものなのだろう。それぞれの中に相手の存在があるなら、大丈夫。必ず分かり合える。だから今、伝えておかなければ。

 ゆっくりとマイクは立ち上がる。

「時間が有りません。これが最後のお願いになります。孝一さんは、伸の…」

 マイクの機能は全て停止した。

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