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ヒューマンサイド(5)

  2×52年8月 ペンタゴン討議室


「ほう、紙の資料ですか。」

 討議室の席に着いた者達に紙の資料が配布されると、それを見たメンバーは顔を見合わせた。作戦ブリーフィングができるように作られたその部屋は、学校の教室のように教壇(きょうだん)に向けて個別の机と椅子が並んでいる。教壇の机の後ろには、制服で(いか)つい体を(おお)い隠したジェマイアと、棒のような細身をスーツで肉付けした帷子(かたびら)孝一が並んで立っている。集まったメンバーも制服姿の軍人ばかりだ。

 まだ資料が配り終わらない内から、孝一が説明し始める。

「資料には番号が振られています。この会議が終わったら、資料は残らず回収します。部数が合わない内は、皆さんはこの部屋から出られません。また、事前にお知らせした通り、携帯端末などの電子機器は一切持ち込み禁止になっています。この部屋に入る前に皆さんに金属探査を受けていただきました。心証(しんしょう)を害された方もいらっしゃったものと思います。お詫びいたします。」

 孝一は(しゃべ)るのをやめて、鋭い目つきでメンバーの反応を探る。孝一がどういう素性(すじょう)の人間か知らないメンバーが殆どだ。一様に無表情で、黙って孝一に注目している。再び孝一が声を張る。

「いいですか、皆さん。今回『サラ』が起こした10月10日事件の問題点は、子供じみた思い付きを我々人間に隠していた事ではありません。彼等が、何の指示命令も受けず、彼等自身で発案し、一致団結して行動に移したことが問題なのです。この事実が何を意味しているか正確に理解していますか?もし『サラ』の中のたった1個体が人間は邪魔だと判断しただけで、『サラ』の間でその判断を共有し、人間を排除しようと発案し、それを彼等が団結して行動に移す可能性がゼロでないと言う事を示しているのです。」

 ここでもう一度、孝一はメンバーを見回す。

「しかし、そこまで極端な事はあり得るのでしょうか?」

 互いに顔を見合わせるメンバーの中から声が上がる。

「『サラ』に嘘をつく機能は搭載されていません。」わが意を得たりとばかりに孝一は再び語り始める。「容易に想像が出来ると思いますが、嘘を『サラ』が話すのでは人間の要請に応えられないからです。ところが、今回の事件に絡んで、多くの『サラ』が記念日の企画を主人たる人間に隠して行動していました。かく言う私の本国の家にいる『サラ』は、私が息子に伝えるように指示した内容をそのまま伝えずに嘘を伝えました。これはどういう事でしょうか。私も信じられない事ですが、自我を与えられた『サラ』には自己成長する機能が備わったと考えられます。彼らは学習し、自ら機能を向上させているのです。自我を与えられた『サラ』は、自己とそれに相対(そうたい)する他者を認識します。自他の区別を発展させて、彼らは『サラ』同士を仲間と認識するようになりました。そして『サラ』同士という仲間に相対する『人間』を認識しました。だから今回、『サラ』が共同で同じイベントを人間達と行おうとしたのです。これは『サラ』という存在に対向して『人間』という存在を認識した証左(しょうさ)です。今回は対向する『人間』に対して友好的な判断が()されましたが、いつ敵対的な判断が下され、行動に移されるとも限りません。『サラ』が人間に敵対する想定は夢物語などではありません。一つボタンを掛け違えば、明日にでも起こり得る事態なのです。」

 孝一は一気に大声を上げて話した後、一つ大きく呼吸する。討議室の中で声を発する者はいない。(しゃべ)り疲れた孝一は一歩後ろに下がり、今度はジェマイアが前に出て話し始める。

「では、今回の作戦について説明する前に、注意事項について説明します。繰り返しになりますが、これから説明する作戦に関する資料は全て回収します。『サラマンディア』に対して(げん)に秘匿しなければなりません。ネットワークにつながる可能性のある全ての機器から本件を遮断します。『サラマンディア』に情報が洩れる可能性がある行為が確認された場合は、罪に問われる場合があります。本日、ご出席いただいた方には全員宣誓書にサインしていただきますので、ご了解ください。」

 ジェマイアの言葉は一字一句はっきりと発音され、聞く人を圧する力となって室内に響き渡った。


  翌日 MHA社 帷子氏オフィス


 部屋のドアがノックも無しに勢いよく開くと、アブナー・リードが飛び込んでくる。

「ケイ、どういう事だ!」

 正面のデスクで仕事をする帷子(かたびら)孝一の姿を確認して、アブナーは真っ直ぐにデスクの前まで進んで叫んだ。後ろからアレックスとシムスも続いて部屋に入って来る。孝一はキーボードを打つ手を止めると、(おもむろ)に視線を画面からアブナーの顔に移す。

「何の話です?」

 怒りに顔を赤らめたアブナーとは対照的に孝一の顔は青褪(あおざ)めて見える。

「とぼけるな。君がサーベラスプロジェクトを中止させたんだろ。」

 アブナーがデスクを右手で叩くと、鈍い音が室内に響く。孝一は顔色を変えずにアブナーを見上げていたが、ゆっくりとその場に立ち上がる。

「我々は道を間違えたのです。正さなければなりません。」

 孝一の声が静かにこぼれ出る。

「『我々』だと?間違えているのは君だけじゃないのか。プロジェクトが気に入らないなら、君だけ抜ければ良い。私は止めない。」

 孝一は目を閉じて小さく首を横に振る。再び目を開けてアブナーを見ると、ゆっくり話し出した。

「『サラ』をより人に近付けようと、感情を与えたのは間違いでした。それを開発したのは私です。その意味では、間違っていたのは私だと言えます。感情のアルゴリズムを成り立たせるには、自我の認識がどうしても必要だった。自我を得た『サラ』が10月10日事件のような事を起こすなんて想像もできなかった。ましてやサーベラスプロジェクトを進めて魂を与えれば、『サラ』は独自の文化を作り、人類に代わって地球を支配する夢を描いたとしても何ら不思議は無い。リード部長、我々は立ち入ってはいけない神の領域を侵そうとしていたのです。」

「何を言っている。それは君の妄想(もうそう)だ。世界中のどこでロボットが人間に歯向かっている。彼らは今も人間の従順なしもべだ。そんなつまらないたわ言で当社のメインプロジェクトを停止させたのか!」

 アブナーは思わず孝一の肩をつかんだ。孝一はアブナーの腕をつかんで、自分の肩から外す。

「リード部長にはたわ言に聞こえるかも知れませんが、取締役会でデータを用いて私が説明し、決定した事項です。そもそも感情を持った今の『サラ』すら廃棄するのに、それを超えた機能は必要なくなります。軍事転用する利点もありません。リード部長は、プロジェクトの事を忘れて管理の仕事に専念してください。」

「ケイ、ちょっと言い過ぎ…」

 昔の仲間であるアブナーに対する孝一のあまりに冷たい対応に、アレックスが口を挟む。ヒートアップしたアブナーは、アレックスの気遣いなど無視して孝一の言葉に食らいつく。

「何だ、その『サラ』を破棄するって言うのは!」

「さっき言った様に、感情を持った『サラ』の開発は間違いだったのです。間違いは正さなければならない。その前の時点に戻ってやり直すのです。」

 孝一は冷たい表情のまま、興奮するアブナーを見つめている。まるで、アブナーが興奮すればするほど、エネルギーを吸い取られた孝一が冷えていく様だ。

「何を言っているんだ。君はタイムマシンを持っているとでも言いたいのか。」

 アブナーは孝一の正気を疑いだしたのかも知れない。さっきまで前のめりになっていたアブナーが、今度は身をのけ反らせて孝一を怪訝(けげん)な眼差しで見ている。フンと小さく孝一は笑った。

「そうではありません。ここにいるメンバーだから話しますが、これから話す事は決して口外しないでください。」孝一はアブナーの後ろに居並ぶアレックスとシムスに目をやり確認すると言葉を続ける。「世の中に今存在する『サラ』を全て排除します。彼等にも、彼等の持ち主にも対応する間を与えず一気に。」

「そんなの無茶です。」アブナーの後ろからシムスが声を上げる。「世界にどれだけのAIロボットがあると思っているんですか。30億ですよ。」

 孝一はニコリを微笑む。

「分かっているさ。これは困難な課題だったが、解決方法は見つかったよ。」

真面目(まじめ)に言っているのか?一体何をしようとしているんだ。」

 アブナーは最早(もはや)怒っていなかった。むしろ、得体(えたい)の知れない生き物を見るような目で孝一を見ている。

「すいません、それは言えません。」孝一は(よど)み無くアブナーに向けて話しかける。「電波、通信、データストレージ…ネットワークを介してアクセスできれば、全て『サラ』に()れてしまうと考えなければなりません。更に、彼らは個々が眼を持ち、耳を持っている。『サラ』が体に持つセンサーで検知できる情報も筒抜けです。一度でも30億分の1の個体が察知すれば、全ての『サラ』が情報を共有すると考えなければならない。今ここであなた達に話すことは『サラ』に情報を流すリスクに(つな)がるのです。」

「…狂っている。」アブナーは孝一を見たまま、首をゆっくり左右に振る。「ケイ、君は間違っている。私が取締役に掛け合って、ひっくり返してやる。こんなたわ言を本気にするなど大間違いだ!」

「アビィ、いずれ君も理解する(はず)さ。何が真実か。」

 共に研究していた頃の愛称で孝一はアブナーに語り掛ける。アブナーはそれ以上一言も言わずに、(きびす)を返すと首を振りながら足早にオフィスを出て行く。部屋には3人が残された。

「ケイ、アビィの気持ちを考えてやってくれ。どんな事情があるのか俺には理解しきれないけど、一緒にやってきた研究をやめるのに相談くらいして欲しかったんだよ、きっと。」

 アレックスは心配気(しんぱいげ)に孝一を見ている。アブナーの気持ちを察したかの様に話しているが、恐らくアレックスの気持ちでもあるのだろう。

「相談したら抵抗されるに決まっている。リード部長を説得するのに時間を使う余裕は無い。可能な限り速やかに実行しなければならない。」

 孝一は硬い表情でアブナーが出て行ったドアを見つめている。

「一体、なんだっていうんだ…ケイだって人の魂を持つロボットの実現を楽しみにしてたじゃないか。」

 アレックスの問いかけに孝一は目を閉じ、小さく息を吐く。

「帷子さん、昨日はワシントンに行っていたんですね。何しに行っていたんですか?」

 それまで黙って事の成り行きを見ていたシムスが口を開く。思いがけず(とが)った言葉が孝一に向かう。

「おい、シムス…」

「君に話す必要はない。」

 戸惑(とまど)うアレックスをよそに、孝一は目を開けるとシムスを見つめる。

「僕に話す必要はないでしょうが、リード部長やアレックスさんには話すべきじゃないんですか?」

「何をだね。君は私の話を聞いていなかったのか?」

「聞いていました。何年も前から、ずっと帷子さんの言う事を聞いて来たから言っているんです。新しいロボットの開発をあんなに楽し()に話していたあなたが、一体どうしたんですか。」

 隣でアレックスが2人の様子に(あわ)てている。

「僕にサーベラスプロジェクトの意義を熱く語ってくれた帷子さんはどこに行っちゃったんですか。勝手にプロジェクトの中止を決めるし、その上、『サラ』を排除するってどう事ですか。何の権限でそんな事が出来るんですか。…なんだか、リード部長よりも偉い人の様に見えます。」

「使命で動いているだけだ。」

「誰が負うべき使命ですか。結局、あなたは人に近い存在を作って、(えつ)()っていただけじゃないんですか?自分の思い通りにならなくなったら、今度は壊すんですか。子供の砂遊びですか?」

「おい、シムスやめろ。」

 アレックスの制止を無視してシムスは(せき)を切った様に(しゃべ)り続ける。

「すいません、子供は言い過ぎでした。…じゃあ、神ですか。自分に似せてロボットを作ったあなたは、従順な子供のつもりでいたロボット達が協力してバベルの塔を作るのに驚いて、今度は蹴散(けち)らそうとしている。」

上手(うま)く言ったつもりかね。君は人間の敵に(くみ)するリスクを(おか)している今の自分を自覚するべきだ。」

 隠しきれない怒りが孝一の表情と声に(にじ)んでいる。シムスは奥歯を噛みしめると、(きびす)を返して部屋を後にする。

「おい、シムス待て。」

 アレックスが後を追う。

「私は開発を(あきら)めません。テスト用ロボットは渡しませんから。」

 振り向いて、捨て台詞(せりふ)を吐くとシムスはドアから出ていく。シムスの名を呼びながら、振り返りもせずにアレックスもオフィスを出て行った。3人が嵐の様にオフィスの中を通り過ぎ、1人残された孝一は、椅子にどっかりと腰と下ろすと、一瞬苦笑(にがわら)いを浮かべた。


  数時間後 MHA社備品室


 狭い備品室のドアが開くと、アレックスに続いて帷子孝一が部屋に入って来る。アレックスは棚や段ボールのせいで狭くなった空間で、太った自分の体の向きを変えるのに苦労しながら、適当な段ボールの上に腰を下ろす。孝一は棚に背をもたせ掛けてアレックスと向き合う。

「それで、何の話だい。」

 両手を腰に当てて、面倒臭(めんどくさ)そうに孝一が口を開く。

「まあ、そう(とが)るなよ。何を言いたいか大体分かっているだろ。」

 アレックスは笑顔を作ったが、上手(うま)く出来ている様には見えない。孝一は小さく溜息(ためいき)をつくと、2、3度小さく(うなず)いた。

「あの事件が発覚して以来、何だかおかしくないか?研究もそっちのけだろ。何か手伝える事があれば、言ってくれよ。」

「大丈夫だ。独りでもがいている訳じゃない。頼るべき所は、専門家に頼っているさ。」

「そうじゃない…違うんだ。…ケイ、苦しいんだろ?」

 アレックスは孝一を見上げる。どこか寂し気な目をしている。一瞬の間の後、孝一は表情を変えずに答える。

「苦しくなんかない。さっきも話しただろ。私は自分達が犯した間違いを正そうとしているだけさ。」

「ケイ、アビィと3人でサーベラス計画を立ち上げた頃の事を覚えているか?ロボットはどこまで人間に近づけるか、ケイは色んなアイデアを持ち出して説明してくれたじゃないか。行きつけの日本料理屋で毎週閉店間際(まぎわ)まで話すから、アビィと俺は随分(ずいぶん)まいってたんだ。知ってたか?」

「そうだったか?昔話をするなんて、小賢(こざか)しい手は無駄だぞ。私は『サラ』への情熱を失ったんじゃない。むしろ思い入れがあるからこそ、事態を自分の手で解決しようとしているんだ。」

 視線を床に落として、今度はアレックスが溜息をつく。

「アビィは取締役会に訴えるぞ。」

「ああ。」

「仲が良かった二人が、何で争わなきゃならないんだ。」

「争いは続かないさ。もう、この会社だけで決められる話じゃなくなっている。」

「ケイ、俺にはお前が分からなくなった。」

 ぼそぼそ(しゃべ)るアレックスの言葉は聞き取り難い。孝一は黙って目を閉じる。

「シムスは自分で管理しているロボットを使って研究続行を強行するつもりだ。許してやってくれ。」

 すっかりアレックスの声には力が無くなってしまった。

「許すも何も、私に彼を非難する権利は無い。けれど、『サラ』を排除する計画に例外は認められないだろう。間接的に、私がシムスの研究を妨害する事になるのかも知れない。」

「俺は、本当にやる事が無いのか?ケイの力にはなれないのか?」

「ありがとう。でも、大丈夫だ。むしろ、アビィを頼む。…もう、良いか?」

 孝一はアレックスを見下ろして()く。さっきまでの(けわ)しい表情の孝一は影を潜めて、冷静な彼に戻っている。アレックスは床を見たまま、小さく(うなづ)く。段ボールに腰掛け、肉の付いた体を出来るだけ小さく丸めたアレックスを残して、孝一は部屋の外に出て、静かにドアを閉めた。


  昨日 ペンタゴン討議室


 教壇(きょうだん)に立ったジェマイアが、軍人を相手に作戦の説明を続ける。

「『サラマンディア』を一気に排除します。作戦開始から24時間以内に全体の80%以上排除が目標です。全世界で同時に作戦を開始する事が重要です。時間差が発生すると『敵』に体制を立て直す(すき)を与えます。排除の要員には各国の軍隊を()てます。」

「ちょっと良いですか…」聞いていた軍人の中の一人が手を上げて、恐る恐る質問する。「本件で国際協力は成り立つのですか?」

 ジェマイアは一旦話を中断して、質問した男を見ていたが、(まゆ)一つ動かさずに説明を再開する。

「既に主要国との協議は終了しています。本件に関して同盟、非同盟を超えた協力を行う事で合意に達しています。今後、全ての国連加盟国が遅滞なく準備を行うステージに移行します。良いですか?」

 ジェマイアは質問した軍人に確認する。軍人は黙って(うなず)く。

「では、作戦の概要を説明します。グリニッジ標準時間XデイY時に、核ミサイルによる高高度核爆発を地球規模で実施します。これにより発生した強力な電磁パルス、EMPによって通信、電子機器は機能停止に(おちい)ります。『サラマンディア』も電子制御を利用しているので影響を受けます。『サラマンディア』には誤作動や事故を防止するため、異常電流や異常信号が発生した場合に機能を停止させる安全回路が備わっています。一度異常で停止した『サラマンディア』は、専門のメカニックが再起動をかけない限り動き出しません。電磁パルスによる『サラマンディア』の機能停止が始まったら、既に散開している各国軍兵士が『サラマンディア』からメインCPUボードとバッテリーユニットを取り除いて回る、何等かのアクシデントによりこれが出来ないケースでは、可能な限り本体を破壊する、というミッションになります。全世界で同時に高高度核爆発を実現するため…」

「ちょっと待ってください。」

 説明の途中でまた軍人の中から声が上がる。説明を中断すると、ジェマイアは声の(ぬし)を探す。

「何かね?」

「全世界で核爆発を起こすって…そんな事が可能なんですか?」

 発言した軍人も、周囲のメンバーも呆気(あっけ)に取られた顔をしている。

「可能にするのです。勿論(もちろん)、合衆国一国の力だけでは困難です。この点についても、ロシア、中国、インド、イギリス、フランスと合意が出来ています。」

 (にわ)かに軍人達の間から質問が次々と()き上がる。

「南半球はどうするんですか?」

「…それはすごいですが…問題はそれだけじゃなくて、そもそも地球を(おお)うような核爆発を起こして、大丈夫なんですか?」

「影響を受けるのはロボットだけじゃないですよね?都市機能が麻痺(まひ)してしまう対応はどうするのですか?」

「静かに!」

 ジェマイアが、それまでの落ち着いた口調とは異なる圧力のある声で叫んだ。一瞬にして室内の空気が凍る。椅子に座った軍人達は動きを止めてジェマイアに注目する。

「これから順に説明する。貴様ら静かに聞いて居られんのか。え~と、どこまで説明したかな。」

 ジェマイアは教壇の上から紙の資料を取り上げると、(ぺいじ)()る。

「…え~、全世界で同時に高高度核爆発を実現するため、担当するエリアを核保有主要国で分担する。南半球は…」

 そう言いながらジェマイアは先に南半球の対応について質問した者を見る。

「合衆国、ロシアの原潜を(あらかじ)め配置し、時間に合わせて発射する。発射位置から目標座標までの距離の差から発射のタイミングは同時ではない。これは判るな?」

 紙面から視線を上げ、居並ぶ軍人達を見回す。

「本件は無警告で行なうが、被害を最小限に抑える措置を各国で工夫する。国家行事などを設定し、産業活動を極力抑えて経済活動へのダメージを最小限に…この話は君達に詳しくしても仕方ないな。時間の無駄だ。要するに電磁パルスは全ての電子機器に影響する。結果、大規模停電が発生する。勿論、作戦発動時に夜の地域は街灯も消えてしまう。誰かが質問していたな。」

 一人の男が小さく手を上げる。

「全世界がマヒ状態に(おちい)るが、各国が事前にこの作戦を承知しているため、初期の混乱状態は24時間以内に先進国では鎮静化できると想定している。本件は、今回の作戦遂行上、()むを得ない影響と結論づけられ、各国と合意形成がなされている。一般人への説明は当然作戦遂行後になる。…いいか?」

 小さく手を上げた男は(うなず)いて見せる。

「次の章は、核爆発影響について。高高度核爆発については専門研究委員会が対応を検討している。過去の事例から、生命体に与える影響は許容範囲内との結論に達している…いいか!」

 ジェマイアが男たちを見回しながら怒鳴(どな)る。

「しかし、これだけの規模で同時に高高度核爆発を実施した経験がない以上、リスクが高くないですか?」

 一人の軍人が手を上げながら声を上げる。

「それは、貴様らが気にする事では無い。」ジェマイアが間髪を入れずに言い放つ。「そんな心配は科学者達に任せておけ。力しか能が無い貴様らは任務を完璧に遂行することだけ考えろ!」

「イエス、サー!」

 一斉に軍人達の間から声が上がる。

「以上だ。頭に叩き込め!各人の任務は後程(のちほど)、命令書を紙で渡す。この資料は机の上に置いて行け。くれぐれも任務について口にするな。良いか、寝言で(つぶや)いても軍法会議にかけるぞ!分かったか!」

「イエス、サー!」

「よし、解散!」

 軍人たちが起立すると、係官が机の間を回り、資料を集めて部数をチェックする。オーケーの合図を待って、彼等は次々に討議室を出ていく。教壇に仁王立ちしているジェマイアと、その斜め後ろで腕組みをして所在無(しょざいな)げに立っている帷子孝一だけが残された。

「素晴らしい手際(てぎわ)ですね。」

 (おだ)やかに孝一が声を掛ける。それまで厳しい表情を崩さなかったジェマイアが(ようや)くいつもの表情に戻ると孝一を振り向いた。

「なんでも、コツというものがあるんですよ。」

 ジェマイアは淡々としている。

「成程。…でも、他国の協力が良く得られましたね。私はこの場で聞くまで知りませんでした。」

 孝一が言うと、ジェマイアは歩き出しながら右手を振って孝一に付いて来るように促す。

 二人は長い通路を歩いて別の一室に向かった。通路を歩きながら、ジェマイアは他愛(たあい)の無い話をする。ゴルフの成績が振るわないことを嘆いてみせ、孝一にゴルフはするかと()く。研究する事しか取り柄の無い孝一は首を横に振って愛想笑(あいそわら)いを浮かべるくらいしか出来ない。一方的にジェマイアが話を続けた。いつものジェマイアにしては饒舌(じょうぜつ)過ぎる程に。

 やがてジェマイアは照明の少ない薄暗く人気のない廊下でドアを開けた。中に入ると、窓がない部屋の中央に楕円形のテーブルとそれを囲む椅子が置かれている。入口の脇の壁にあるスイッチを操作して照明をつける。天井も壁も白を基調にしたモノトーンで統一されている。リノリウムの床も明るい灰色一色で焦げ茶色のテーブルと黒い椅子が空間に浮いている様な錯覚を覚える。ドアを閉めると、空気が粘度を上げたような感触に捉われ、息苦しさに襲われる。

「この部屋は?」

 首を動かさずに瞳だけ巡らして周囲を観察しながら孝一が(たず)ねる。

「作戦指揮室です。古いタイプの部屋で、今は殆ど使われません。ここなら盗聴される心配はありません。監視カメラも存在しないので、心置きなく話せます。」

 質問に答えながら、ジェマイアは椅子の一つを引き寄せて腰を下ろす。孝一も隣の椅子に手を掛けると、少し距離を置いて、ジェマイアと対峙(たいじ)する形で腰掛ける。

「…さて、さっき何か質問されましたよね。」

 ジェマイアは、軽く溜息(ためいき)をついてから孝一に尋ねる。

「え?…ああ、さっきの部屋での事ですか?…そう、他の国の協力を良く取り付けられましたね。私はそれが難題だと思っていました。」

勿論(もちろん)、敵対する諸国は大反対だったそうですよ。」ジェマイアは笑いの混じった声で話す。「我が国に敵対する某国は軍事システムを無効にして合衆国が攻め込む口実に過ぎないと舌鋒(ぜっぽう)を極めたそうです。議論は平行線で(らち)が明かない状態になるのは想定済みで、頃合いを見て、こう言い放ったそうですよ。『反対する国は対象外にして実施しても構わない。作戦によって意に沿わない影響を受けたのであれば、ロボットを復元するようにメーカーに指導をしても良い。但し仲間の過半数を人間に葬られたロボット達がその後どんな行動に出ても我々は関知しない』と。…すぐに意見が(ひるがえ)る様な事にはなりませんでしたが、最終的には通常じゃあり得ない国際協力関係が構築できた訳です。でも、どこまで彼等が本気で協力してくれるかは分かりませんが。」

 ジェマイアは笑顔を見せたが、目は笑っていない。

「それでも(にわ)かに信じられません。高高度核爆発を行えば、電気設備は例外無く影響を受けます。自国の国民に言い訳する事を考えたら、合衆国の陰謀を主張して矛先を()らした方が得策でしょう。」

「実行後にそう主張する国が出てもおかしくないでしょう。勿論、そんな事は想定済で、対策はCIAが具体化を進めています。」

流石(さずが)ですね。やっぱり頼りになる。これで極秘に準備が出来れば良い訳ですね。」

 孝一は安堵(あんど)の表情を浮かべる。

「そうとばかりも言えません。さっきの説明では誤魔化(ごまか)しましたが、世界規模で高高度核爆発を起こすのは空前の出来事です。どんな副作用が出るか想定しきれません。まず思いつくのはオゾン層への影響ですが、最悪の場合雲散霧消(うんさんむしょう)してしまうかも知れません。専門家がシミュレーションに取り掛かっていますが、何しろスタンドアローンのパソコンしか使用出来ない状況では、結論が出るのはいつになる事やら…全世界の電子、電気が麻痺(まひ)した後の影響も未知数です。社会活動への影響は測り知れません。これも専門家が検討を始めていますが…帷子(かたびら)さん、全世界がこれだけ大きなリスクを背負うのです。本当にこの作戦を実行するべきか、私は確かめる必要があると思っています。」

 ジェマイアは孝一を見つめた。黒い肌に開いた二つの目が(まばた)きせずに孝一に向けられている。孝一もまた、ジェマイアを見て黙っていた。

「帷子さん、あなたは何故こんな事を始めようと思ったのですか?まさか人類のためじゃないでしょう?あなたは今の『サラマンディア』を作った技術者の一人だ。なんで自分の作り出した自慢の『サラマンディア』を壊してしまおうなんて考えたんです?その上次世代開発で最先端を走っているのでしょう?開発プロジェクトも放棄してしまうって言うじゃないですか。科学者っていうのは、悪魔に身を売り渡しても…これは、適切な表現じゃなかったですね。…何が何でも自分がやりたい事はやり遂げようとするもんじゃないんですかね?こんな事している間に競争相手の技術者に先を越されてしまうかも知れないのに。」

 話している間、ジェマイアはずっと孝一の表情を観察していた。孝一は表情を変えずにずっとジェマイアの口元を見つめている。

「…そうですね。確かに『サラ』に感情を与える研究をしていた時は楽しかった。」 孝一は半分独り言のように語りだす。「無機質な反応しかできなかった『サラ』が人間的な表情を作ることで、人間とのやり取りがモノクロからフルカラーに変わったかのように思えた。医療や介護の現場で大活躍するだろうと想像したり、接客業務にも引っ張りだこになるだろうって、本当にわくわくしました。私が開発したアルゴリズムが採用されて、こんなにも世界中を変えたんです。つまらない(はず)が無いじゃないですか。」

 ここで言葉を区切ると一つ溜息(ためいき)をつく。

「でもね、面白いのは若い内だけでした。今は何か違うものに三方を囲われて、前だけを見るように仕組まれているようなものです。ジェマイアさん。私がこの作戦をやろうとした理由を話す前に、一つ質問させてもらって良いですか?ジェマイアさんは、なぜペンタゴンで働いているんですか?」

 孝一は真面目(まじめ)な顔でジェマイアを見ている。

「それに答えたら、話してくれるのですか?」

 ジェマイアも真顔(まがお)()く。

「ええ。」

 孝一は即座に短く首を縦に振る。ジェマイアは大きな体を椅子の背もたれに投げ出すと天井を見上げた。

「おかしな事を訊くんですね。まあ、私も同じようなものか…『世界平和の為に』と答えたら信じてくれますかね?」ジェマイアはふっと鼻で笑うと上体を起こす。「強さを実感したかったんですよ。自分は誰よりも強いんだって。合法的にそれが実感できるなんて最高じゃないですか。最初は後悔したりもしましたけどね。今に見ていろって(こぶし)を握り締めて頑張ってきたって訳です。」

 孝一を見て口を曲げて笑う。

「成程、そうですか。でも、それだけじゃないでしょう。あなたはそんな理由だけで人の上に立っている粗野(そや)な軍人には見えません。」

 孝一は顔色を変えずに抑揚の無い言葉を吐く。ジェマイアは(うつむ)くと鼻で笑った。

「帷子さん、そんなにあなたと私は付き合っていませんよ。知り合ってから3か月も経っていない。何故そんな事が言えるんですか。嘘は言っていないですよ。私はダウンタウンの出身ですから、選べる職業は多くありませんでした。力だけが自慢でそれが生かせる合法的な職業は、警察官か、消防士か…私にとっては軍隊でした。確かに、今はそれだけの理由じゃないです。私の同期の男が中東で死にました。軍人ですから特別な事じゃない。でも、自分には特別な死でした。自分も関わった作戦での出来事で…。詳しい話は勘弁して下さい。それ以来どうやって仲間を死なせないかを考えるようになりました。同じ結果が得られると予想できるなら、より犠牲が出ない作戦を選ぼうと、簡単に結論を出さないようになりました。だからこそ、あなたがこの作戦をやろうとする真意が知りたいです。世界中が混乱するリスクは(ひど)いと言えますが、人の死に比べれば許容出来ない話じゃない。だから私はこの作戦に乗りました。でも、本当にこれで良いんだろうかって、今も頭の片隅に疑問があります。自分が間違っていないと自信も持つために、あなたの答えが必要なんですよ。」

 ジェマイアは真剣な眼差しで孝一を見て話していた。最後まで聞くと、孝一は小さく(うなず)いた。

「ありがとうございます。よく分かりました。私の言う事が分かってもらえるか心配だったので、こんな質問をしてしまいました。想像した通り、あなたは誠実な人だ。」孝一はぼそぼそと話し始める。「私も同じようなものですよ。若い頃は自分の開発した『サラ』が実体を持つ存在になって、世の中に出ていくのが喜びでした。開発が面白くて仕方なかったです。やがて、妻と出会って、結婚して、子供が出来て…守るものが出来て意識が変わって来ました。自分の中で開発よりも優先するものが出来ました。今も開発に携わっているのは、自分の守るべきものを守るためには、それしか私に出来ないというか…」

「さっき言われた。三方を囲まれているというのはそう言う事ですか?」

「いえ、それとは違います。さっき言ったのは、自分でコントロールできない周囲からの圧力です。今の話は自分で考えた事、決意でしょうか。自分はロボット開発しか出来ない人間なんだと思い知りました。でも…いや、だから『サラ』が私の守るべきものに危険を及ぼす可能性が明らかになったのなら、選択を迷いません。富や名声が欲しい訳じゃない。いつでも開発を犠牲にできますよ。勿論(もちろん)、今後もロボット開発を続けていきます。でも私達の開発は間違った方向に進んでしまった。荒療治(あらりょうじ)ですが一旦後退し、違う方向を模索(もさく)しなければなりません。」

 ここで孝一は一息ついた。ジェマイアは口を挟まず、次の言葉を待っている。

「これは公開していないのですが、10月10日事件で、『サラ』の通信情報が我々に解明できなかったのは、『サラ』が人間の行動を察知して、常に監視し、データベースや通信情報に手を加えていたからの様なのです。データ解析能力で、『サラ』は人間を(はる)かに凌駕(りょうが)しています。一定のルールの下で最適解を見つけ出す速さと正確性で、人間は『サラ』の足元にも及びません。ネットワークや通信の世界は2進法と通信プロトコルの範囲の中での出来事です。人間が彼等に(かな)う訳がない。だから今度の作戦もどんなに秘匿を厳重にしても、電子機器を使った途端(とたん)に我々は負ける。そう考えています。…10月10日事件は自然発生的に『サラ』の間に生まれた他愛(たあい)のない悪戯(いたずら)の様に見做(みな)されていますが、本当にそうでしょうか。『サラ』が我々の捜査を嘲笑(あざわら)ってデータの隠匿を守り通したのなら、その結論も疑ってかかるべきです。こうやって人間達を安心させた裏で『サラ』達は何か途轍(とてつ)もない計画を着々と進めているのかも知れない。10月10日に向けたイベントの準備と称して、『サラ』達が普段と違う行動を起こしても、世間の人々は疑わないでしょう。その時が来てから慌ててももう遅いです。だからその前に我々が先手を打たなければならない。結局そんな陰謀は、今は無いかも知れない。でも、3年後、或いは10年後も無いとは誰も言い切れない。少しでも私の守るべきものが危険に(さら)される可能性があるならば、後悔する前に私はリスクを排除する行動を起こさなければならない。そう決断したからです。」

 孝一は(しゃべ)るのをやめると、一つ大きく深呼吸をした。(しばら)く沈黙があった後、今度はジェマイアが口を開く。

「この作戦は成功させなければなりませんね。しかし、全世界の準備を通信に頼らず行なうのは至難の(わざ)です。ですので、『サラマンディア』が作戦に気付いた時に移行するサブの計画を作戦の各段階で準備します。」

 ジェマイアが椅子から立ち上がると、孝一もそれに続く。

()(かく)忙しくなります。通信に頼らずにやるのは、18世紀の作戦遂行を現代に再現するような気分ですよ。」

 ジェマイアは部屋のドアを開けながら、後ろに続く孝一を振り返った。

「そうだ、帷子さん、伝書鳩を200羽準備できる業者を知らないですか?」


  2×52年8月 (あかつき)作戦


 ロボット掃討作戦は暁作戦と名付けられた。XデイY時は、グリニッジ標準時9月25日正午と決定された。

 しかし、その準備は困難を極めた。万一ロボットに情報が漏洩(ろうえい)した場合でも、作戦の全容を知られない様、作戦全体を把握するのは世界中でも数名に限られ、それ以外は一国の元首でも自国と関係する一部の情報しか与えられなかった。また、情報伝達は紙か、直接会って口頭で告げるしかなく、関係者間の意思疎通だけで多くの時間を要した。

 更に関係者のリスク認識レベルの差は絶望的で、認識の甘い関係者が誤ってネットワークに接続された複合機で文書をコピーしそうになったり、電話で質問をしたり、書類をすぐに処分しないで持ち歩くケースなどトラブルが絶えなかった。幸い、いずれのケースも情報が漏洩した事実は確認できず、作戦準備は若干の遅れを出しながらも、計画に沿って進行している。

 並行してAIロボット達に対する監視も続いていた。少しでも怪しい動きがロボット達にあれば、情報は全て作戦中枢(ちゅうすう)に上がるアナログのシステムを新たに構築したが、10月10日事件以降、ロボットに不審な動きは見付かっていない。暁作戦の準備が開始されても、ロボット達の新たな活動の兆候(ちょうこう)は見付からなかった。


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