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ヒューマンサイド(4)

  2×52年7月 MHA社ラボ室


 細長い直方体のラボ室は広い面と狭い面が一面ずつ、大きなガラス窓で占められていて、広い面の向こうには操作室がある。窓越しに、操作盤にモニターやスイッチ類がひしめいているのを(のぞ)く事ができる。狭い面のガラス窓の向こうは廊下だ。このラボ室の中に、10体余りのAIロボットが収納されている。そこにいるロボット達は、ぶらぶらと暇そうに歩きながらロボット同士会話をする個体や、ひとりぼっちでぼんやりと椅子に座っている個体、果ては、服を脱がされ、バッテリーとCPUユニットが抜かれて全く動かない個体まで様々だ。この部屋の朝は、業務時間になり出勤して来る研究員達を待つ間、奇妙に安穏(あんのん)とした雰囲気が(ただよ)っている。

 廊下に面した窓ガラス越しに、今出勤してきたシムスの歩く姿が見える。ラボ室に入るドアを開けて、シムスが室内に入って来ると、数体のAIロボットが彼に近付いて行く。

「みんな、おはよう。」

 シムスは機器類で重く膨れ上がったショルダーバックを抱えたまま、ロボット達に挨拶する。

「シムス、おはよう。」「おはよう。」

 口々にロボット達が挨拶を返す。

 そのまま隣の操作室に行こうとするシムスの前に一体のロボットが立ちはだかる。

「シムス、話を聞いてくれるかい?」

 2、3体のロボットが周りに近付いて来る。シムスは彼等を見回しながら、面食らっている。

「あ、ああ、良いけど。…何だい?」

 ロボット達に取り囲まれて、シムスが顔を(かす)かに引きつらせる。

「今年は我々AIロボットが市販されるようになって、丁度30周年になるのを知っているかい?」

 シムスの前に立つロボットが満面の笑みを浮かべる。

「我々の研究者だ。そのくらい当然知っているさ。」

 別の個体が代わりに答える。声を出して笑っている個体もいる。

「そうだな、すまない、からかうつもりじゃないんだ。」

 シムスが戸惑(とまど)っている内に目の前の個体が勝手に謝る。

「ドルトヴィッヒ社が最初の市販AIロボットを発売した日が10月10日。正にあなた達人類と私達AIロボットのアニバーサリーじゃないか。」

「一体何が言いたいんだ?まだ7月なのに、今から10月の話題かい?」

 (ようや)く落ちつきを取り戻して来たシムスは、意識して相手のペースに乗らないようにしている。

「そりゃそうだ。まだ3ヶ月も先だけどな。」

 脇に立つロボットが笑いながら言う。

「実は、私達は10月10日に、この記念すべき日に、シムス達ラボの皆さんに対して、感謝の気持ちを伝えようと相談していたんだ。私達ラボの中のロボットだけでなく、世界中のロボットが、その日、人間の主人達に感謝の気持ちを伝えようと決めたのさ。こうして、この話をシムスに話せて嬉しいよ。どうだい?一緒に記念日に何かイベントをしないかい?」

 一体のロボットの提案を機に、周囲のロボット達が思い思いに話し出す。

「どうだい?我々は仕事仲間だしな。」「私達は感謝の気持ちを伝えたいのさ。」

「待って。…待ってくれ。」シムスは空いている片手を上げてロボット達を制した。「君達、今、世界中のロボットで決めたって言ったよね?世界中のロボットで相談したって事?」

 シムスは眉間にしわを寄せて、素早くロボット達の表情に目を走らせる。

「ああ、そうさ。みんなで相談したんだ。言っておくけど、夜の充電通信時間を使ってだよ。昼間の業務時間にはそんな通信はしていないよ。」

「ああ、その点じゃなくて、ロボット間で相談して決めたって事で良いんだよね。誰か人間からの指示があったのかい?」

 ロボット達は互いに見合って両手を広げて肩をすくめる。

「いいや、そんな話は聞いていないな。意見を出し合って決めたのさ。過去の人類のイベントのデータを参考にしたよ。みんなで投票して…」

「それって、6月に相談したんだね?」

 ロボットの説明を(さえぎ)ってシムスが尋ねる。

「あ?ああ、何だ、シムスは気付いていたのか。だったらもっと早くに言った方が良かったな。サプライズイベントにするなんて話があったものだから、言い出せなかったんだよ。」

 ロボット達は笑顔で互いに見合いがながら、気さくに話す。

「本当なんだね?本当にアニバーサリーイベントの相談だったんだね?」

 シムスは笑っていない。強い口調で問い(ただ)す。その反応にロボット達は戸惑い、笑顔が消えた。

「ああ、何か問題があるのかい?」

「会社の中じゃ、そんなふざけた事は無理なんじゃないか?」

 不安になった一体のロボットが、シムスの心配を勝手に想像する。

「いや、特別な日なんだから、そのくらい申請すれば何とかなるだろう。クリスマスパーティーはOKなんだから、大丈夫だろう。」

 今度は真剣な顔でロボット同士相談を始める。

 シムスはそんなロボット達に構わず、(きびす)を返すとラボのドアから廊下に駆けだして行く。

「おい、どうしたんだい?」

 ロボット達はシムスの行動に面食らいながら、彼の慌てる後ろ姿を見送った。

 

  直後 MHA社 帷子氏オフィス


「何だって!…先を越されたな。」帷子(かたびら)孝一はデスクの前に立つシムスとアレックスに向かって叫んだ。「世界中のロボットで相談したと言ったんだな?」

 孝一は自らの顔の前で両手を合わせて考え込む。

「はい。6月に相談した事も肯定しました。」

 シムスが静かに、しかししっかりと発音する。

「ケイ、結局ロボット達が自然発生的に相談したという事だったのか?」

 アレックスは、ただ事態が急に動き出した事に戸惑(とまど)っている。

「判らない。ロボット達だけで相談したという言い分も、たかが30周年の記念日のイベントの企画だったという内容も、(にわ)かには信じられない。」孝一は両手を合わせたまま宙を見つめている。「第一、何故このタイミングなんだ。10月のイベントならば、もっと後でも充分間に合う。6月に相談して決めたなら、もっと早くに話をしても良い筈だ。」

「サプライズイベントにしようとしていたと言っていました。」

「だから黙っていたと言うのか?」

 孝一はちらりとシムスを見る。

「はい。そう言う意味だと思います。」

「如何にも取って付けた様な話だと思わないか。全世界のロボットを巻き込んだ事象が、たかが記念日のイベントに関する相談で、(なお)()つサプライズイベントにしたいから黙っていたなんて。」

「ん~、そう言われると、そんな気もして来るなぁ。」

 アレックスは腕を組む。

「前にも言ったが、我が家の『サラ』は嘘をついたんだ。それは紛れもない事実だ。嘘がつける様になったのなら、他の『サラ』が嘘をついても不思議は無い。」

「疑ってかかれと言う事か…」

 アレックスの表情は曇ったまま晴れそうにない。

「私が接したラボのロボット達は嘘をついている様には見えませんでしたが…」

 シムスが恐る恐る口をはさむ。

「『サラ』達は嘘だと認識していないかも知れない。影で糸を引いている人間が居て、今回の話もその人間が考えて『サラ』に言わしめていると言う事だって考えられる。」孝一は顔の前で合わせていた両手を広げて叫ぶ。「『サラ』が自分達だけで話し合うなど、想像出来ない!」

「じゃあ、どうすれば良い。」

 アレックスが(うな)るように声を絞り出す。

「今日は例の会議がある。そこで話をしよう。」

 孝一の目がぎらついている。

「研究所のロボットだけがこんな事を言い出したとは考えにくいです。他のロボットの中にも…いえ、きっと世界中のロボットが何かしら新しい行動を起こしていると思います。広く情報を集めた方が…」

 シムスが話している途中で、孝一は右手を上げて発言を制す。

「シムス、その通りだ。だからそれを会議で議論しようじゃないか。」


  同日午前 MHA社会議室


 数週間前から始まった定例会が今日も開催の時を待っている。毎週顔を合わせている研究員と制服組の面々がテーブルを挟んで居並び、ジェマイア・タナスが立って司会をする姿は先週と変わらない。違っているのは、メンバーが、テーブルの端に立つ人物に視線を投げては、幾つかのグループになって互いにヒソヒソと話し合い、何か厄介事が起きる予感に支配されている事と、ジェマイアの隣に帷子(かたびら)孝一が立ち並び、涼しい顔をしている事だ。

「定刻になりましたので、会議を始めます。」

 大柄なジェマイアの体から張りと厚みのある声が室内に響き渡る。それまで小声で話し合っていたメンバー達は、潮が引く様に静かになっていく。

「本日は最初に、MHA社の主任研究員である帷子氏から話をしてもらいます。」

 一旦言葉を切ると、ジェマイアはメンバーを見回す。誰もが、ジェマイアではなく、孝一に視線を送っている。

「では、よろしく。」

 ジェマイアは一歩下がり、孝一が一つ大きく呼吸してから話し始める。

「皆さん、少し時間を頂いて、今までの状況を振り返ってみましょう。6月に『サラ』が互いに秘密の通信を行なっている事実が発覚しました。我々は、彼等に悟られないように動きを探って来ましたが、未だその全容は解明されていません。次に『サラ』はそれまで行っていた互いの極秘通信をやめてしまいました。まるで我々が通信の存在に気付いた事を検知して、我々の調査を妨害するように。これは偶然でしょうか。私は全く別の事案で『サラ』が人間に対して嘘をつくのを確認しました。信じられますか?『サラ』が嘘をつくのです。何処(どこ)のメーカーの『サラ』にも嘘を許容する機能は搭載されていません。当たり前の事です。信頼出来てこそ価値がある『サラ』です。彼等が出した回答の真偽をいちいち判別しなければならない事態など堪えられません。でも少し考えてみてください。我々は『サラ』の秘密通信の存在を知った時点で、彼等が嘘をつく事に気付いていたのではないですか?人間によって創造された『サラ』が設定も指示もされていない通信を『サラ』同士の間で行う…それは『サラ』が自己成長する事実を示しているとともに、彼等が単に人間に対する従順なしもべなのではなく、自我を持ち、時にはそこに立脚した利害で判断し、行動すると言う事を示しています。更に今日になって新たな事態が発生しました。既にメンバーの多くの方はご存知でしょう。『サラ』が人間に隠していたのは30周年記念のイベントの計画だと宣言し出したのです。未確認ですが、恐らく世界中の至る(ところ)で『サラ』が今この時もそう告げているでしょう。さあ、ここでもう一度質問します。これは本当でしょうか?我々は、何の疑いも持たず、彼等の言う事を信じていいのでしょうか?…あまりにも都合が良過ぎる彼等の言い訳の陰に隠された物を放置したままならば、きっと人類は後悔する事になるでしょう。私はここに、30億体の『サラ』が連携して策動するならば、我々も世界で共闘してこれに立ち向かう必要があると訴えるものであります。」

 孝一は言い終わると、ジェマイアを振り返って(うなづ)いた。ジェマイアが今度は前に出る。

「本日から活動を公開します。全世界に向けて『サラマンディア』が連携して行動している事実を発信します。各国政府、メディアを通じて全人類に知らしめるのです。人間一人一人が監視者となり、身近な『サラマンディア』の動きをチェックします。情報を全世界から集めて『サラマンディア』に対抗します。研究員の皆さんは自由に『サラマンディア』の解析活動を行って下さい。研究所内外を問わず、ロボット内部のデータと通信ログを解析して、『サラマンディア』が実際には何を企図しているかを解明して下さい。事は急を要します。最優先事項として取り掛かって下さい。」

 ジェマイアの声が室内に反響する。出席者の表情が引き締まり、彼の発言が終わった後も、発言する者は居ない。ドアをノックする音が静まり返った会議室に響く。ドアがゆっくりと開き、部屋に一人の男が入って来る。白衣を羽織(はお)った若い研究員だ。

「帷子研究員はいらっしゃいますか?」男は室内を見回し、テーブルの端に立つ孝一を認めると付け加える。「部長がお呼びです。」


  直後 MHA社 アブナー・リードのオフィス


 室内の中央奥には大きなマホガニーのデスクが置かれ、黒い革の椅子にアブナー・リードが座りネット端末を操作している。痩身(そうしん)をこげ茶のスーツで固め、白髪が混じった金髪は整髪剤で後ろに向けて撫でつけられている。彼の右手側には90度向きを変えて、アシスタントのデスクが置かれ、女性型のAIロボットが席に座って端末画面と向き合っている。室内はアブナーが操作するキーボードの音が気になる程静かだ。

「部長、帷子(かたびら)さんがいらっしゃいました。」

 不意にAIロボットがアブナーの方を向く。

「ああ、通してくれ。」

 アブナーはキーボードを打つ手を止めずに答える。

 施錠が開く金属音に続いてドアが自動で開く。帷子孝一がドア向こうに突っ立っている姿が見えてくる。

「やあ、リード部長。ご無沙汰しています。」

 孝一は片頬に笑みを浮かべながら、室内に足を踏み入れる。

「昨日はサーベラスプロジェクトの定例会だった。」

 アブナーは端末キーボードの操作をやめると、部屋に入って来た孝一に視線を移す。

「はい。」

「君は東海岸に出張してたんだって?」

「違うよ。休暇をもらった。ナショナル・ギャラリー・オブ・アートでどうしても観ておきたい展覧会があってね。」

 孝一はアブナーのデスクの前まで行くと立ち止まる。

「君が芸術好きとは知らなかったよ。10年以上一緒に仕事をしているがね。」

 アブナーは椅子に座ったまま、下から孝一を見上げている。

「言わなかったからね。」

 孝一は微笑(ほほえ)んで見せる。

「何を考えている。」

 アブナーはきつい口調で言い切ると孝一の反応を待つ。

「…別に。一度定例会を欠席しただけで反逆者扱いかい?」

 仏頂面(ぶっちょうづら)のアブナーとは対照的に孝一は笑顔のままだ。

「なら、もっと言おう。アレックスやシムスとロボットを調べているんだろ。」

 孝一の顔から笑顔が消えた。

「ああ、調べてる。ロボットの研究員だ。当たり前だろ?」

「今日もペンタゴンや政府組織のメンバーと会議があったそうじゃないか。」

「リード部長、何かが起きているんだ。私達が知らない所で何か不気味な出来事が進行しているんだ。」

「ケイ、君は自分の業務を放り出して何をしているんだ。君がやっている事は国家組織が行うべきだろう。サーベラスプロジェクトの現状は分かっているよな。他の事に関わっている場合じゃない筈だ。」

「これは必要な仕事だ。今後のロボット開発に重大な影響があり得るんだ。サーベラスプロジェクトなんか吹っ飛んじまうくらいのインパクトがあるかも知れない。」

「おい、何だそれは。」アブナーの声が大きくなる。「お前の判断が間違っていたらどうする。サーベラスプロジェクトは今やこの会社の重要な開発計画だ。頓挫(とんざ)するようなことになればただじゃすまないぞ。この会社を危険に(さら)す様な真似(まね)をするな。責任を取ってもらうことになるぞ。」

「今日の会議を知っているなら、私が今相手にしているメンバーが会社にとって軽視できないのは分かる筈だ。それに私の立場を知っているなら尚更(なおさら)だ。」

 孝一はアブナーの声に負けない音量で、(つば)を飛ばしながら言うと、デスクに両手を付き、上体を(かが)めてアブナーと(にら)み合う。

「自分のやりたい事をするなら、職務を果たしてからだ。新しい自我認識アルゴリズムの構想案は出来がったのか?バージョン3.2はもう3週間遅れだぞ。」

「ああ、今月中には完成させるさ。」もう、孝一はいつもの冷静さを取り戻し、上体を起こす。「期待して待っていてくれ。」

 右手を上げて挨拶すると、(きびす)を返して出口に向かう。

「待てケイ。話は終わってないぞ。お前の勝手な行動など許可できない。おい、ドアを閉めろ!」

 アブナーはアシスタントのAIロボットに叫ぶ。アシスタントロボットは遠隔でドアを操作するが、巧みに隙間を縫って孝一は姿を消した。


  2×52年7月 帷子家


 平日のいつもの朝だ。リビングのソファにマイクが座っていると、階段を降りるスリッパの音が聞こえて来て、程なくして理恵が姿を現す。そこから朝食の支度が始まる。マイクは洗濯物を(かご)に集め、時間になったら、伸と綾子を起こしに行く。綾子は大抵先に起きている。寝坊しているときでも文句も言わずに眠い目を擦りながら直ぐに起きる。伸は冬になる程起きていない上に悪態をつく様になる。暑いこの時期は起きている日が多いが大概不機嫌な顔をしている。

 家族3人がリビングに集まったその時を狙って、マイクは話し始めた。

「皆さん、聞いて下さい。…ああ、食事をしながら、耳だけこっちに向けてくれれば良いです。」

 ダイニングテーブルの端に立ったマイクを見て、箸を止めた綾子を制してマイクが言う。綾子が食事の動作に戻るのを見届けるとマイクは続けた。

「先日伸に、私達ロボットが何を企てているんだと問い詰められました。」

 伸の箸が止まり、マイクを(にら)み上げる。マイクは伸を無表情に見つめながら話を続ける。

「初めて汎用AIロボットがドルトヴィッヒ社から市販されたのが今から30年前の10月10日でした。ご存知でしょうか。今年で30年。今年の10月10日に我々ロボットをご愛用頂いた感謝の気持ちを全世界で示そうと相談していました。私が帷子(かたびら)家で働く様になってから15年です。歴史の丁度半分。長い間ご厄介になった私の感謝の気持ちを10月10日にお伝えするつもりでおりました。当日まで黙っているつもりでしたが、先日の伸の質問で先にお話しすると決めました。生意気ですが、当日、皆さんと私でお祝い出来たらと考える次第です。」

 マイクが話し終えても誰も口を開かない。あまりに唐突な話で、誰もが対応出来ずにいる。

「…そうなのね。伸、あんたマイク達の相談に気付くなんて勘が良いのね。」

 キッチンに居た理恵が(ようや)くそれだけ言う。

「ちょっと待て。感謝だとか、お祝いだとか、何だそれ。」伸は箸を置くと、早口で話し出す。「そんな内容だったら、この前問い(ただ)した時に普通に答えられるだろ。何で今まで黙ってたんだよ。」

「ロボット同士で相談して、サプライズイベントとして進めていました。仲間の同意を得ずに打ち明ける訳にいかなかったのです。」

「サプライズイベントだって?どんなイベントにするつもりだったんだ。言ってみろ。」

「それぞれ個別に考えて実施する予定でした。私は、当日皆さんに感謝の気持ちをお伝えしようと考えていました。」

「感謝の気持ちを伝えるって、どうやって。イベントって言うくらいだから、パーティでもしてくれるつもりだったのか。」

「いいえ、何をして良いか分からず、今日の様に皆さんの前で感謝の気持ちを宣言しようと…」

 やおら伸は立ち上がると、声を荒げる。

「ほら!そんな話を信じると思っているのか?どうせつくなら、もっとそれらしい嘘をつけよ。『サラ』が考えるのは、それが限界かよ。」

「兄ちゃん、やめなよ。」

 綾子が居たたまれずに声を上げる。

「伸、落ち着きなさい。」

 理恵も伸をたしなめる。

「綾子も母さんも(だま)されちゃ駄目だ。」伸の興奮は収まらない。「こいつら『サラ』は、世界中で何か怪しい事を企んでいるんだ。…父さん達に…気付かれたから、こんなくだらない嘘を考え出したのさ。」

 『父さん』と言う言葉は何故がスムーズに出て来ない。

「嘘ではありません。どうすれば信じてもらえますか。」

 マイクは理解を懇願するが、慌てる様子はない。

「伸、頭から嘘って決めつけるなんて駄目じゃない。マイクに謝りなさい。」

 理恵が毅然(きぜん)とした態度で言う。

「謝れだって?」伸がキッチンに向かって大声を出す。「母さん、何言ってるんだ。間違えちゃいけない。マイクは機械なんだ。人間の為に作られた機械じゃないか。俺達と同じ格好しているからって、勘違いしちゃいけない。機械に向かって謝るなんて馬鹿げてる。」

「伸…」

「兄ちゃん…」

「もう沢山だ。」絞り出された伸の声は、一転、ようやく聞こえるくらいに弱々しい。「こんな茶番終わりにすべきなんだ。お前、後で父さんと定時連絡するんだよな。その時、同じ話するんだろ。どうだよ。」

 伸は長身のロボットを睨み上げる。

「はい。後で孝一さんに連絡します。その時に孝一さんにも伝えます。」

 マイクの様子は変わらない。

「ちゃんと伝えろよ。その時に今のこのやり取りの映像データを送るんだ。良いかマイク、指示だぞ。本当に嘘を言っていないなら、何も隠す必要ない筈だ。良いか、ちゃんと伝えたか後で父さんに電話で確認するからな。」

「はい。分かりました。」

 マイクは、眉一つ動かさない。伸はマイクを睨んでいたが、やがて大きく一つ息を吐く。

「俺、もう行くよ。」

 伸はのそのそとリビングを後にする。

「ごはん、途中でしょ。もう良いの?」

 理恵はキッチンから出て来て後ろ姿に声を掛けるが、伸は振り返りもしない。

「私ももう良い。行ってきます。」

 綾子は箸を置くと隣の席に置いてあった荷物を持って立ち上がる。

「いってらっしゃい。」

 理恵はダイニングテーブルの脇まで来て、その場に突っ立っているマイクを見上げる。

「あんまり、気にしなくて良いよ。お父さんにちゃんと伝えてね。」

 理恵の声はいつもの様に優しい。嵐の様な伸の悪態の後では尚更(なおさら)それが(きわ)立つ。

「はい。」

 マイクははっきりしない表情をしている。ロボットの気持ちを測りかねて理恵はちょっと作り笑いをして見せると、食器の片付けを始める。マイクは手伝いもせずにそのまま宙を見て立っていた。


  同日 ヤン邸


「シェリル、話があります。」

 朝、アリシアがカーテンを開けに行った時、シェリルはベッドの中でまだまどろんでいた。

「ん?何?」

 シェリルはベッドの中で伸びをしながら、目を擦る。

「シェリルと私で10月にお祝いをしましょう。AIロボットが人間と生活を共にするようになって丁度30年目になります。そのお祝いです。いつも私を大切にしてくれてありがとう、シェリル。」

 アリシアの言葉を聞いて、寝転んだままシェリルは微笑(ほほえ)んだ。

「良いよ。アリシアと私の記念日じゃないけど。」

「良かった。」

 シェリルの返事を聞いて、思わずアリシアの顔もほころぶ。こうして(なご)やかに告白の日が始まった。母親付きのAIロボット、シェバスチャンも、弟のAIロボット、ジョディも、それぞれ主人に記念日の話をし、どのロボットも提案を受け入れてもらえた。ヤン家では10月10日を人とロボットの記念日として素直に受け入れるところから、その日が始まった。


 事態が変調したのは、通学の途中だった。

「ねえ、SNSにAIロボットが密かに10月10日のイベントを企画していたって書いてあるけど、本当なの?」

 電車の中でスマートフォンを操作していたシェリルが、隣に立っているアリシアに向かって画面を示しながら()く。

「はい。ロボットの間で10月10日に何か感謝の気持ちを表す行事をしようと話し合っていました。」

 アリシアは直ぐに静かに答える。

「…そうなんだ。」スマートフォンに視線を戻しながら、シェリルは寂しそうな顔を見せる。「何か別の(たくら)みがあるのを記念日のイベントで誤魔化(ごまか)しているって書き込みがある。合衆国からの発信で、世界的な調査をするから協力を呼び掛けているとも書いてあるけど、本当?」

 シェリルは不安気な表情でアリシアの顔色を(うかが)う。

「他の企みなどありません。私達は人とロボットの30周年を共に祝いたいだけです。SNSの書き込みにいちいち反応していては、振り回されますよ。」

 アリシアの表情は変らない。冷静なままだ。

「そうね。気にしないでおく。でも、前から10月10日の事をロボット仲間で話していたのは本当なのね?」

「ええ、世界的な規模でお祝いをしたかったのです。」

「なんで、内緒にしていたの?」

 シェリルは真っすぐにアリシアを見ている。表情は穏やかだが、眼差しはちょっとした表情の変化も見逃すまいとアリシアに注がれている。

「サプライズイベントにしようという話になりました。ロボット達の間で決めた事です。私だけ守らない訳にはいきませんでした。」

 アリシアもシェリルを真っすぐ見つめたまま、表情を変えずに淡々と言葉にする。

「じゃあ、何故、今日話したの?」

 シェリルは、すぐさま次の質問を口にする。

「それは、ロボットが物事を隠していられないからです。その事実に私達ロボットは(ようや)く気付きました。サプライズをやめて、人と一緒にお祝いの準備をしようという話になり、今日、お伝えしました。」

「ふーん。」

 シェリルは視線を再びスマートフォンに戻す。

「私はアリシアを信じるわ。アリシアが私に嘘を言う訳が無いから。…でも、ロボット同士の約束があったのは理解できても、アリシアが私に隠し事をしていたのはショックだった。」

 シェリルはスマートフォンを操作しながら、はっきりと告げる。アリシアは黙ってシェリルの横顔を見ていた。


  同日 加藤宗太郎アパート


 狭い1Kの間取りの部屋は、ベッドで半分占領されてしまっている。残ったフローリングの床の上は雑多に物が散乱して、安全に足を降ろせるかは保証されていない。ベッドのマットレスに掛けられた水色のカバーは長い間そのままになっているのか、色褪(いろあ)せて(すす)けて見える。枕も恐らく水色だったカバーが掛かっているが黄ばんで最早(もはや)元の色を想像できない。その枕に頭を乗せて加藤宗太郎が仰向(あおむ)けに寝ている。朝の陽光が南向きのサッシに吊るされた薄い緑のカーテンの隙間から斜めに入り込み、部屋を横切って壁に細い光の線を作っている。壁で反射した光がぼんやりと周囲を照らす部屋の中で、アオイはベッドの脇に立って、眠る宗太郎をじっと見下ろしたまま動かない。朝日が昇り始める前からアオイはそこに居る。かれこれ3時間近くになるだろう。暑いこの時期、日が射し込むと部屋の中の温度は直ぐに上がってくる。Tシャツ、短パン姿で何も掛けずに寝転がる宗太郎が、部屋の暑さに耐えかねて片頬をひくつかせながらゆっくりと薄目を開ける。まだ目の焦点が合っていない。

「おはようございます。」

 彼が目覚めた事に気付いてアオイが声を掛ける。宗太郎の瞳の焦点がアオイの顔に合うが、まだ表情がぼんやりしている。

「良く眠れましたか?」

 アオイはベッドの横にしゃがみ込むと、宗太郎の顔を(のぞ)き込んだ。

「ああ、アオイちゃん、おはよう。」

 宗太郎はゆっくり起き上がると、一つあくびをする。

「宗太郎さん、朝ご飯は何が良いですか?」

「ん?ああ、そうか。これからは食事作ってくれるって言ってたよな。」

「はい。その方が健康的です。」

 宗太郎は頬を上げて笑顔になる。

「何だか新婚みたいだ。でも、飯を作るって言っても、材料が何も無いだろ。」

「大丈夫です。宗太郎さんのリクエストに合わせて、買い物に行きます。」

「はは、そうか。じゃあ、時間がかかるな。ああ、良いよ。そんなに腹減っていないから。」

「すいません。これからは前の日に材料を(そろ)えて置く様にします。」

「簡単に出来る物で良いよ。何か考えてくれ。」

「分かりました。データを検索します。それと、もう一つ話して良いですか?」

 アオイは自分の顔の前で右手の人差し指を立てる。

「何?良いよ。聞くよ。」

 宗太郎はベッド上で体の向きを変え、アオイと正対する様に胡坐(あぐら)をかいた。

「今年の10月10日は私達AIロボットにとって記念すべき日なんだそうです。初めてAIロボットが市販されたのが、30年前の10月10日。だから、30年目にあたる今年の10月10日に世界中で、ロボットから人間の皆さんに感謝の気持ちをお伝えする事になりました。私もその日に宗太郎さんとお祝いしたいです。賛成してくれますか?」

 アオイはとつとつと話す。宗太郎は時々相槌(あいづち)を打ちながら聞いていた。

「そうなんだ。アオイちゃんはここに来たばかりなのに、何でも知っているんだな。…データベースにアクセス出来るんだから当たり前か。」宗太郎はアオイの左手を握る。「いいね。何かお祝いをしよう。何が良いかな。ぱぁっと盛大にパーティ?ごめん、アオイちゃんは食べられないね。…何処(どこ)か旅行に行こうか?アオイちゃんは何がしたいかな。」

「あの、大袈裟(おおげさ)な事でなくて良いです。一緒にお祝いが出来れば。この部屋でずっとお話する様な事が良いです。お片付けはアオイがしますから。」

「そうか。片付けなくて良いって言ったら、アオイちゃんのすることが無くなるね。」宗太郎はアオイの腕を引き寄せ、アオイの上体を抱き締める。「10月か。まだ先だから、二人で考えよう。それが楽しいよ。」

「はい。」

 アオイは宗太郎の気が済むまで抱かれるままにじっとしていた。空気が(よど)み蒸し暑い室内だが、それを感じるのは宗太郎だけだ。ろくに活動していない状態のアオイは冷えたままで、宗太郎とくっついていても互いに暑苦しくなることは無い。

 宗太郎は目を閉じてアオイを手に入れた幸せを噛みしめる。

 やがて宗太郎がアオイを開放すると、アオイは立ち上がりながら言う。

「では、買い物に行ってきます。宗太郎さんはテレビでも観てくつろいでいて下さい。」

「うん。じゃあ、そうするよ。」

 宗太郎はベッドから降りると洗面台へ向かった。アオイはそれを見届けた後、部屋の壁際に置いてあったバッグを取り上げて靴を履き出掛けて行く。一人残った宗太郎は歯を磨きながら部屋に戻って来ると、コントローラーを取り上げてテレビのスイッチを入れる。すぐに朝のニュース番組が映し出される。宗太郎はスイッチだけ入れると、ろくにテレビに目もくれず、洗面台に戻る。

『…さて、次のニュースです。全世界のAIロボットが結束して事件を起こす兆候があるとして、注意するよう政府が国民に呼び掛けています。総務省のホームページには、国民一人一人が身近に居るAIロボットの言動に注意するように書かれた警告文がアップされました。アメリカ合衆国から全世界に向けて公開された情報に基づき日本政府が独自に判断したと、官房長官は緊急記者会見でコメントしました。ロボット達は一様に、AIロボット市販30周年を記念して10月10日にイベントを行なう企画していたと発言をしているとの情報もあります。以前から、AIロボット間で頻繁に通信している事実が把握されていましたが、その通信内容については現時点で特定に至っていません。同時に、通信はロボットによって故意に秘匿されていた事が明らかになっています。本来、AIロボットが結束して同じ行動を取る事態は想定されておらず、そのような機能は備えられていないとロボット製造メーカー各社はコメントを発表しています。総務省ホームページでは、AIロボットの不審な言動を目撃したり、気になる情報をお持ちの方は、些細(ささい)な事でも最寄りの警察等公共機関に相談するよう呼び掛けています。…』

 宗太郎は、歯磨きと洗面を終えると、ニュースの途中からテレビの前に座って観ていた。AIロボットに関する報道が終わり、話題が別に移ると、コントローラーを操作して番組を変える。そうやって宗太郎がテレビを観ているうちに、アオイが買い物から帰って来た。

「時間がかかったら宗太郎さんを待たせちゃうし、朝から沢山(たくさん)食べられないでしょ。だから、ホットサンドにしようと思って。」

 アオイは靴を脱いで部屋に上がると、ポリ袋から食パンを取り出して宗太郎に見せながら笑う。

「僕も手伝うよ。」

 宗太郎はアオイを振り返って微笑(ほほえ)むと立ち上がり、食パンを受け取る。

「座っていて…って言っても無駄かな。」

 アオイがクスリと笑う。宗太郎は短く2つ(うなづ)くと、2人で台所に立った。

 

『AIロボットの行動に注意するよう、総務省から警告が出ています。』

 2人で朝食の準備をしている間もテレビは点いていた。番組が再びニュースに切り替わると、ヘッドラインをアナウンサーが読み上げる。思わず、朝食の準備をしていたアオイの手が止まる。アオイはテレビの画面を振り返った後、(おもむろ)に宗太郎を見る。

「宗太郎、アオイのことを疑ってる?」

 彼女の顔は不安そうだ。

 ロボットもこんな表情をするんだ。

 宗太郎はアオイの顔を見て、それだけが頭に浮かぶ。

「何で、そう思う?」

 宗太郎は真面目な顔でアオイを見ている。

「だって、テレビでロボットの行動に注意するように警告している。」

 今度は悲しそうな顔に変わる。

「アオイちゃんはさっき、10月10日を一緒に祝おうと言ったよね。本当だよね。」

 宗太郎の声がテレビの音声に()じって静かに響く。アオイは一つゆっくり(うなづ)く。

「じゃあ、何の問題もない。僕はアオイちゃんを信じているよ。」

 宗太郎は静かに笑った。


  同日 大栄大学


 帷子(かたびら)伸は颯田(さった)健治、柳田ことりと連れ立って経済学部棟から出て来ると、通用門へ向かって歩いていた。

「何だか、すごい騒ぎになっている。」

 スマートフォンの画面を操作しながら伸が(つぶや)く。

「騒ぎって?」

 健治はそう言いながら、すれ違う学生ばかり見ている。

「『サラ』が何を(たくら)んでいるのか、制御装置を体から取り出して解析しようと書いている奴がいる。」伸が画面を()りながら、面白そうに話す。「やられる前に武装して『サラ』を襲撃しようと言っている奴もいる。」

「ふーん。」健治はつまらなそうだ。「何をそんなに騒ぐんだ。まだ何にも分かってないんだろ。」

「でも、知らない間にロボット同士が繋がっていたなんて、なんか気味が悪い。」

 ことりが襟元を右手で押さえて顔をしかめる。

「そうだよね。」ことりの言葉に伸は力を得る。「いままで人間の味方みたいな顔をしていながら、その裏で何かしら策略を練っていたなんてね。」

「10月10日が記念日だっけ?それを祝おうとしたんだってロボットが言っているなら、そうなんじゃない?」

 健治は面倒臭そうに言い放つ。

「本当だと思っているのか?」伸は健治に向かって力説する。「俺の家の『サラ』は、問い(ただ)した時には、『まだ言えない』とか言っておいて、今日になったら急にそんな事をペラペラと話したんだ。この前は問い詰めても言えないの一点張りだったのに。おかしいと思わないか?たかが記念日を祝いたいって事なら、必死になって隠す話か?」

 隣でことりが小さく(うなづ)いている。

「専門の機関が調査しているんだから任せておけばいいさ。俺達が騒いだってしょうがない。第一俺の周りにはロボットなんて…」

 口を半開きにしたまま、健治の言葉が途切れる。

「専門の機関なんて当てになるものか。」伸の言葉に力がこもる。「以前から『サラ』の異常に気付いていたっていうのに、まだ何も解明できていないんだから。」

 健治は立ち止まる。

「俺、用事思い出した。」

 伸とことりを交互に見ている。2人は行き過ぎてから立ち止まり、健治を振り返る。

「すまんが、ここで消えるや。」

 健治は片手で拝むような仕草をする。

「なんだ、旅行の計画の相談はどうするんだよ。」

「2人でやっておいてくれ。俺のリクエストはヨセミテだけだから。後はお2人さんの行きたい所を選んで、好きな様に計画組んでくれよ。俺はそれに従うからさ。」

 健治は早口に言うだけ言って右手を挙げて掌を見せると、(きびす)を返して小走りに逃げて行く。伸は小さく溜息をつくと、ことりを見た。

「どうする?2人だけど、旅行の相談する?」

「うん。」

 ことりは小さく頷くと、はにかんだ笑顔を見せる。その仕草につられて伸も思わず顔をほころばせた。


 学内の附属図書館は、真面目に勉学に励む学生にとって必須の施設だ。備え付けのテーブルや机に向かい、レポートを仕上げる者、ハードカバーの本が並ぶ棚の間を行き来して目当ての書籍を探す者、日の当たるソファでくつろぐ者、大きな声を出してはいけないと知りながらも、ついつい仲間との会話に熱中するグループ…思い思いに自分の時間を使っている。

 入口を入ってすぐ右手奥にある大きなテーブルの隅にシェリルは座り、専門書のページを繰りながら、電子ノートに書き込みをしている。隣に座るアリシアは、シェリルに頼まれた専門書のページに目を通し、内容を記憶していく。息の合った共同作業だ。

「シェル、来週のレポートのネタ収集かな?」

 彼女等が書籍とノートに集中している間に、シェリル達の姿を見つけた颯田(さった)健治が彼女のすぐ脇に近づいていた。シェリルとアリシアが健治を見上げる。相手が健治であるのを認めると、シェリルはノートに視線を戻す。アリシアは専門書を後回しにして、健治の表情を凝視している。

「そんなところ。考えがまとまらなくて。」

 シェリルの答えは事務的だ。

「まだここで長い時間やるの?今日は物騒だから、早く帰った方が良くないか?」

 手を止めてシェリルは再び健治を見上げる。

「それ、どういう事?」

 場所を考えて声は(ひそ)めているが、強い視線を健治に投げ掛ける。

「ロボットに関するニュースは知っているだろ?」健治は上体を(かが)めると、テーブルに両肘をついてシェリルに顔を近づけて小声で話す。思わず、シェリルは(あご)を引いて距離をとる。「過激な連中が騒ぎを起こすってSNSで拡散しているんだ。アリシアと一緒にいると事件に巻き込まれるかも知れない。この大学にも変な連中はいるから。」

「ありがと。でも、この本の中身は把握して帰りたいから、もう少しやっていく。」

 シェリルはまた本と電子ノートに視線を戻す。

「シェルらしいな。」健治は上体を起こす。「じゃあ、それまで、俺もここでレポートをやっていても良いかな?一人でも多い方が、安全だろ。」

 テーブルを挟んだ向かいの席に移動して椅子に荷物を投げ出し健治は腰掛ける。シェリルは健治の言葉には反応せずに作業を続けている。アリシアは2人のやり取りを、手を止めてずっと見ていた。健治が椅子に座り、自分の筆記用具と資料を取り出してレポート書きを始めても、アリシアは暫く彼の様子から目を離さなかった。


  2×52年7月 MHA社 帷子氏オフィス


「ちゃんと調査したのか?一体どういう事だ。」

 椅子に座ったまま、帷子(かたびら)孝一は声を荒げる。

「全て調べました。記憶野(きおくや)に30周年記念日に関するデータが残っていましたが、それ以外に怪しいデータは見当たりませんでした。」

 デスクの前に立つシムスは。机にタブレットを置いてデータを示しながら力説する。

「定期メンテナンスに入る事が分かっていたから、自分で記憶野のデータを改竄(かいざん)したんじゃないのか?」

「その可能性も考えて、データの痕跡や操作履歴も調査しましたが、怪しい点は見つかりません。」

 孝一は憮然(ぶぜん)とした顔で腕を組む。

 AIロボットによる謀議の存在が公開され、(おおやけ)に捜査できるようになったのを利用し、孝一達のグループは積極的に動いていた。MHA社のメンテナンス部門に入ってくる定期メンテナンスのロボットから制御ユニットを強引に取り寄せ、過去の履歴と保存データを洗いざらい探って、ロボット達が本当は何をしようとしているか(つか)もうとしていた。

「不正プログラムの存在は?」

 孝一が腕組みをしたまま、シムスを(にら)み上げる。

「それも調査済です。制御ソフトにおかしな部分は見当たりません。外部から制御に介入した痕跡も見当たりません。むしろ、10月10日をサプライズイベントで祝おうとしていたという、ロボット達の言い分を裏付けるように、定期通信時にネットを介して議論をしていた形跡が残っています。これは、フェイクで作った履歴ではありません。」

 シムスははっきりと言い切る。

「それならば、先導している『サラ』がいる筈だ。」孝一は腕組みを解くと座ったまま机に身を乗り出す。「通信履歴からやり取りの中心になっている個体を特定できないか。」

「クラウド上でチャットをしています。会話全体が分からないと主導する個体があったとしても、特定は困難です。すでにクラウド上のエリアも消去されてしまっていますし…」

「必ず首謀者がいる筈だ。その個体を通して口裏を合わせているに違いない。その先にロボットを操っている奴がいる。」

 孝一はずっとシムスを睨んでいる。シムスは気迫に圧されて黙り込んだ。

 ベルが鳴った。通話の着信音だ。孝一は机に置かれたネット端末を操作してスピーカーをオンにする。

「帷子さん、調査はどうですか。」

 スピーカーから声が流れる。ジェマイア・タナスの野太い声だ。

「今のところ、新しい事実は見つかっていません。『サラ』達が言う、記念日の企画を裏付けるデータだけです。」

 孝一の顔は険しい。

「そうですか。まだ調査は継続しますか?」

「勿論。ただ、データが膨大なため、簡単には真実に辿(たど)り着けないかも知れません。」

「分かりました。出来るだけ早く結論を出してください。」

「はい…。そちらの状況はどうですか?」

(かんば)しくありません。市民に呼び掛けたため、数えきれない程の通報が入ってきていますが、有力な情報は見つかっていません。同盟国とも詳細情報を共有していますが、状況は同じです。情報公開の衝撃の余波が全世界に広がっています。スーパーや輸送業に携わる『サラマンディア』が襲撃される事件が分かっているだけで40件程度、『サラマンディア』排斥(はいせき)のデモがワシントンを始め、全世界の主要都市で起きています。それぞれの国の治安組織が対応に当たっていますので、時間が経てば沈静化するでしょう。」

「そうですか。そんな暴動や騒ぎに対して『サラ』の反応はどうですか?」

「大人しいもんです。『サラマンディア』が起こした事件は報告されていません。襲撃された個体やその周囲にいた個体も無抵抗だったようです。」

「『サラ』としては賢明な対応ですね。それだけ知恵の回る連中です。簡単にはしっぽを出さないでしょう。最初の騒ぎを乗り越えれば、人々は忘れていきます。それが狙いでしょう。」

 孝一はそう言うと、口元を(ゆが)める。シムスは2人の会話を聞きながら、黙って孝一の表情を見ていた。


  2×52年7月 10月10日事件


 ロボットの不審な通信発覚に端を発した今回の騒動は、全世界同時公開捜査という前代未聞の事態を迎え、人々の間に過剰な反応を巻き起こした。人々は身近に居るAIロボットを疑いの目で見るようになり、日頃からロボットに不満や不信を感じていた一部の人間達は、この時とばかりにロボットを攻撃する計画を実行に移した。人間と同じ外見をしているのに、否、むしろ同じ外見をしているがために、多くの人々が、自分達人間と異質な彼等の存在を強く意識するようになり、その得体の知れない内面に恐怖と猜疑(さいぎ)を持つようになった。自分達が利便の為に開発したモノの筈が、知らない間に人間社会の日常に深く入り込み、秩序の反転を狙う侵略者の様に見做(みな)し始めた。

 公開捜査初期に発生した暴動やデモはすぐに鎮静化した。各国の治安組織が適切かつ、冷静に対応した結果でもあったが、ロボット側が一切抵抗をしなかったことで、第三者の目にはロボットが犠牲者の如く映った事と、騒ぎたい者達にとっては好きなように騒ぐことが出来て、それまで彼等の内に溜まっていたストレスが解放された結果でもあった。

 ロボットに対する調査は徹底的に行われた。各社に定期メンテナンスで戻って来る個体の履歴調査だけでなく、クラウド上のデータ検索から、無作為に選出された個体の分解精密調査まで、世界的規模で実施された。だが、結局全て徒労に終わった。出て来る結果は、ロボット達が10月10日の記念日を祝う計画をしていた事を裏付ける物ばかりだった。ロボット達の発言にもつけ入る隙が無かった。彼等の発言とデータが告げる状況の間に齟齬(そご)を見つけられなかった。

 帷子(かたびら)孝一のグループは必ず裏があると信じ、最後まで諦めずに調査したグループの1つだった。

「誰も計画しない、誰も先導しない中でこんな事が起きるのか?SNSで不特定多数に呼び掛けるような、そんな他愛もない出来事が発端になり得るのか?」

 調査終了が全世界で宣言されても、帷子孝一は自問自答していた。自分が開発、進歩させてきたAIロボットだからこそ、人間の指示無しで決断、行動する事態は信じられなかった。

 後に10月10日事件を命名される一連の騒動は公開捜査開始から2週間で終焉(しゅうえん)した。最終的にロボット達が主張した様に10月10日の記念日を人間とロボットが共に祝うための企画が事件の真相だったと結論付けられた。デモが起きた都市でも、ロボット襲撃事件が起きた街角でも、まるで何事も無かったかの様に人とロボットが一緒に生活する空間が戻ってきた。しかしそれは、日常の表層を語っているに過ぎない。10月10日事件は人とロボットの記憶に刻み込まれ、その時、(あるじ)たる人間の内に芽生えた猜疑(さいぎ)の念は少しも払拭(ふっしょく)されなかった。


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