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魔族と取引


 

 巨大なゴーレムをだまらせて、ふぅと一息ついたロイスは、ゆっくり振り返った。


「すごい!」

「は?」


 ロイスが言葉を紡ぐより前に、少女が飛び跳ねるようにロイスに近づく。そしてロイスの周りをくるくると回った。


「すごい! すごい! すごい! あんな一瞬で!」


 相当興奮しているらしく、ロイスの周囲を目を輝かせて少女は跳ねる。

 ロイスは若干たじろき、少女を奇異きいの目で見た。


(どうしよう)


 素直に困ってしまったロイスだった。

 ゴーレムから彼女を救うという結果になったとして、だからどうしてやろうと思っていたわけでもない。何かを求めていたわけではなかったのだ。

 なのでここで別れたいところだが、飛び跳ねる少女の様子から、「じゃっ」と別れられる気がしない。ついてきそうな雰囲気がビシビシ伝わってくる。


(かといって遺跡探索中連れ回すのもどうかと……)


 ぐるぐると思考が空回る中、無意識に少女を守ってやらなければいけないと思っていることは、この際考えないことにするロイスだった。

 

(というかそもそも……)


 この少女の正体如何しょうたいいかんによっては遺跡の散策どころではなくなってしまう可能性もある。そしてその可能性は高かった。

 彼女がおとり云々と言い出した時から。そしてその時彼女の顔をまじまじと見つめてしまったその時から、この少女が何者なのかロイスは気づいていた。

 こうして近くで見ればさらによく分かる。

 透明感のあるブルーの瞳。とがった耳、人間ではそうそうお目にかかれない整った顔立ち。


「魔族だな、おまえ」


 なんとなく威圧的に見下ろすと、少女はぴたりと動きを止めた。

 そして、しばらくの沈黙の後、何を思ったのか少女は満面の笑みを浮かべ、


「……聞かなくてもわかっているでしょ」


 予想通りの答えを出してみせた。ロイスは一人声もなく肩を落とす。


(やはり遺跡の散策どころではない。大人の魔族を呼ばれる前に退散しなければまずいだろう、これ)


 魔族とは、魔界の住人。人間とは相いれない存在。昔から争い続けてきた相手。

 それもすべては、互いの能力への嫉妬から。


(いや、嫉妬してるのは人間だけか)


 魔術においても、技術においても、生物としての能力も上をいかれている、唯一人間側に何か勝っているものがあるとしたら、それはおそらく驚異的な繁殖力はんしょくりょく。と魔族ならば答えるだろう。

 人間から見れば、魔族の繁殖能力の低さが唯一の救いともいえる。  

 魔族の大人ともなると、その力は絶大ぜつだい。人間の軍隊を一人で殲滅せんめつすることすら可能だろうと言われる。過大表現の可能性もあるが。ゆえに、魔族を発見したら幼いうちに殺してしまうのが人間たちのだいたいの思考傾向であった。それは古くから変わっていない。

 人間側がそういう対応をとるのだ。当然、魔族たちは幼い子供らを守ろうと必死になった。

 ここ数年は、魔族の子供を見たという話はあまり聞かない。

 ともかく、魔族の子供というのは、遭遇したらもれなく大人がついてくる存在なのである。


 少女は様子をうかがうように上目遣いでロイスの顔をのぞき見て、首をかしげた。


「そういうあなたは人間でしょ? どうして人間がここにいるの?」


 少女はさも不思議そうに首をかしげている。本当に純粋に気になるらしい。


(大人を呼ぶ気はないのだろうか……)


 ロイスは不安を感じながら姿勢を正した。


 ここ、とはおそらく魔界のことを指しているのだろう。真実をいえば、魔王を倒しにきた勇者一行を魔界に連れてきた、だ。

 しかし勇者一行が来ていることを魔族に知られるのはよくないことだろう。勇者なぞどうなってもいいと、結構本気で思っているロイスではあるが、彼らを死なせるような発言をするほど恨んでいるわけでもなんでもない。

 ロイスはわずかに考えて、自分の目的を正直に話すことにした。


「なんだ……まあ遺跡に興味があって」

「それだけ?」

「それだけだ」

「本当に?」

「本当に」

「うっそだぁ」

 

(……軽い)


 ロイスはため息一つつくと、少女と向き直った。


「うそじゃない。遺跡探索されると困るのか?」

「え? 全然。じゃなくて、何か別の用があるんじゃないのかなって気がして……本当に遺跡に興味があっただけ? それとも、魔術に興味があるのかな」


 確信をつく言葉にロイスの瞳が光る。


「どうしてそう思う」

「うーん。なんとなく? 遺跡回って得られる物なんてそのくらいかなって」


 と言うことは、この遺跡には魔術についての情報があるのだろうか。

 ロイスがそのように少女の言葉を解釈したその時、少女が不思議なことを口にした。


「もしかしたら私、力になれると思う」

 

 ロイスは少女の目を凝視した。


(力になる? どう言うことだ?)


 仮になにかロイスの望むことができるのだとして、その目的は何か。

 疑わしいという感情が先に立つ。それを察したのだろうか、彼女が「じゃあ」と前置きして言った。


「私と、取引しましょ?」

「……取引?」


 突然の申し出に首を傾げる。


「そう! 私と取引しましょう。言ったでしょ、力になってあげられるかもしれないって。取引なら平等だし、お互い様でしょう?」

「それはそうだがな……」

「欲しいものがあるんでしょ」


「……なんでそう思う?」


 眉を寄せて胡乱げに見つめると、少女は「勘よ!」と元気よく答えた。


(勘かよ)


 勘も馬鹿にできないことは分かっていながらも、ロイスは肩透かしを喰らう。

 ロイスの呆れた様子に焦ったのか、少女は前のめりにロイスに近寄った。


「とにかく! あなたが欲しいものをあげる。かわりに……」

「代わりに?」


 嫌な予感がロイスを一歩後ろに下がらせた。

 少女は真剣な表情でロイスにさらに詰め寄った。


「代わりに、私のお願いを一つだけきいてほしいの」


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