混乱と困惑
豪華な扉の前。数人の護衛らしき人物なのか、鎧を身につけた男たちがひどく動揺した様子で武器を持って襲いかかってきた。
カレンが火を纏った拳で一人をなぐると、鎧が小さく凹む。
「すごい力だな、お嬢ちゃん」
オーランドがカレンを褒める。
カレンはといば、あまり嬉しくないような顔で「怪力女とか思ってるんじゃないよね。違うからね」と念を押すように言っていた。
横目にその光景を収めながら、ロイスはも一人に向かって、腕を向ける。途端に多面体を構成する小さな結界が複数発生し、それが盗賊の全身を殴打した。
感覚的に言えば、岩の塊を投げつけられたようなもの。しかもその岩は鎧に当たった程度では砕けない。
鎧は凹み、あるいは砕け、直撃した手足は血飛沫がまう。
「手加減っての知ってるか?」
「してるつもりだ」
オーランドの呆れた声に、ロイスは顔を顰めて答えた。
ふと、カレンに倒された盗賊が、こっそり階段を降りようとしているのを目撃する。
ーーカレンは甘いな。
「ここがお頭さんの部屋なの?」
「そうそう」
などと盛り上がっているカレンとオーランドを無視して、ロイスはその盗賊に近寄ると、足で背中を踏みつけた。
「ぐっ」
カエルのようにうめいた盗賊。
その頭部に軽く足を落とそうとした瞬間、盗賊がつぶやいた。
「ーー話が違うじゃないか!」
と。
ガツン。と音がして、後頭部を踏みつけられ意識を失った盗賊を、ロイスは怪訝そうに見つめる。
「どした?」
オーランドが尋ねてくるが、ロイスはそれに返事もせずに、思考の海に潜った。
ーーなんだ? 何か違和感が……。
まるで知っていたかのように仕掛けられた門の罠。待ち伏せしていた盗賊たち。寝静まっているはずの屋敷の中にいる全身完全防備の盗賊たち。
「話が違う」とはどういうことなのか。
「オーランド」
「なんだ?」
「どこからか情報が漏れてたのかもしれないぞ」
「……へぇ。それは嫌だな」
どこまでも軽い答えがかえってくる。
「でもロイスとお嬢ちゃんについては知らなかったみたいだな」
とオーランドが言う。
「そうだな……」
ーーそういう、意味なのか? 今の言葉は、オーランドだけじゃなかったことに対する情報違いに言及していたのか?
本当に?
ロイスは嫌な予感を感じて頭を左右に振る。
それでも拭い去れない不安感に、とうとうロイスはオーランドに視線をむけて、珍しくも及び腰な提案をした。
「嫌な予感がする。引き返したほうがよくないか?」
カレンが目を丸くした。
「ここまできてどうして?」
「言っただろう。嫌な予感がする。魔術師の勘は、あたる」
カレンが不思議そうにロイスを見つめ、それからオーランドに視線を移した。
「どうするの?」
「ここまできたんだ。とにかく一回お頭の顔を拝んでみようぜ」
「それが嫌な予感がするんだと言ってるだろ」
「大丈夫さ」
軽い。どこまでも。
ロイスはオーランドに近づいて抗議しようとして、しかし脚をとめた。
「野党のかしらは不在の可能性は?」
「それはない」
「なぜ断言できる?」
「俺の情報は間違ってないからだよ」
笑いながらオーランドがいう。
ロイスは少しだけ混乱していた。何かがずれているような気がしてならない。
「そんなに今日倒さないとダメか」
「お前が言ったんじゃないか。他にも仲間がいたら面倒だって。俺も同意見。ここで逃がすのは得策じゃない」
ーー確かに、その通りだ。
だけど。
「ほら行こうぜ?」
オーランドがロイスの背を押す。
お頭がいるという部屋の前まで強引に連れてこられて、ロイスは踏ん張って脚を止めた。
「聞けって。嫌な予感がするんだよ」
「俺はしないから平気だ」
「そういう問題か……いや」
ーーそうだ。どうして何も感じない? お前ならわかるだろう? お前なら。
ロイスは振り返ってオーランドの腕を掴んだ。
高価そうな腕輪。どこで手に入れたのだろうか。見れば指輪だって……。
「オーランドきいていいか。依頼主は強い魔術師が雇われていると言っていたが、ここまで魔術師の気配はないよな。それについて不思議だと思わないか」
「依頼主の情報が間違っていたのかもな」
「直接見たんだろう、領主は。あるいは直接報告を受けているんだろう。それで私兵を失っている。嘘の情報とは思えない」
「じゃあ、領主が嘘を言ったのかも」
「なんのために?」
「んー? だってお前は指名手配されてるじゃないか」
「だったら、それこそそれを知ってるわけないだろう。顔を隠して今日あったばかりだ。それに、俺たちが再会したのだって、偶然ーー」
ロイスの詰問に、オーランドは表情を崩さない。
軽薄に笑ったままだ。
ーーなんだ。これ。
「お前の……お前の情報も完全じゃない。そうだろ? お頭がいない可能性もある」
「だからそれはないって」
「それが間違ってないと言える根拠は?」
言い張るオーランドにロイスは詰め寄った。
ハラハラとカレンがロイスとオーランドを見比べる。
ロイスはしかしそれを見ずに、じっとオーランドを見つめる。
不意にオーランドが笑った。
大きな声で笑って、それから。
真顔になって言った。
「魔術師の中でもお前の勘は一級品だよ。本当に、面倒な奴だな、お前」
瞬間、背後の扉が開き、ロイスはオーランドに押されて部屋の中に後ろ向きに脚を踏み入れた。
「オーラン……っ」
「じゃあな、ロイス」
そこには、常に浮かべる笑顔はなかった。




