過去と疑問
「俺たちはいつもカテリーナの背中を追いかけていた。彼女は優しかったけど、厳しくて、甘えや辛さみたいなものを見せても助けてくれないような人だった」
オーランドはまるでその人物の背中が目の前にあるかのように目を細めた。
「厳しい人だね」
「でも、体調崩した時とかは優しかったよ、料理が下手なくせに、一生懸命お粥を作ってくれてさ、そういう時は本当の母親みたいに思えたりして」
懐かしそうにオーランドは語る。
身振り素振りであれこれと語ってくれる姿は楽しそうで、よほどカテリーナとの生活は楽しかったのだなと、カレンは思った。
「大事な人だったんだね」
「俺たちを拾って、育ててくれた。恩人だよ」
透き通るような瞳に焚き火の炎が反射している。瞬きをするたびに、ゆらゆらと瞳の中の炎が揺れる。
ふと、それを横から眺めながら、カレンは微かな違和感を感じた。しかしそれがどんなものなのか、なぜそんな違和感を感じるのかは判断できないでいる。
カレンが視線を彷徨わせる中、オーランドは続けた。
「ロイスは特に優秀で、カテリーナのお気に入りだった。だからカテリーナが死んだ時、一番ショックをうけたんじゃないかな」
「どうして、亡くなったの?」
聞かない方がいい。そんな気がするのに、思わず尋ねる。
手元のナイフで内臓を取り出し、食べる食べれないの選定をしだしたオーランドはしばらく無言でいた。
「ロイスはさ、特別なんだ。昔から普通以上のことができるやつだった」
唐突の話題転換に疑問を抱きつつ、それは知っているとでも言うようにカレンが頷く。
「だからかな、ある日突然、ロイスはいなくなった」
「いなくなった?」
「カテリーナが売っぱらっちまったんだ」
カレンは愕然としてオーランドの横顔を見上げた。
ーー売っぱらった? それってなに?
人間が人間を売る。そんなことがあり得るのだろうか。カレンにはその辺りの常識がわからない。わからないが、信じていた人に、恩人によって、金銭と交換されるなどというのは、ひどい話ではないか。
流石にあってはならないことのように思えた。
「……どういう、こと?」
カレンの問いにオーランドは無言を返す。
骨を火の中に放って、パチパチと音がカレンの耳をうつ。
「……優秀な魔術師を欲しがる金持ちは多いからな。俺だって似たようなもんさ。カテリーナはそういう斡旋業をしてたんだ。後で知ったんだけどな」
カレンは神妙な顔をして俯いた。想像だにできないことであった。
恩人であると言われる人物が、しかし自らが育てた子供を売るという。カレンには理解できない。それをこともなさげに言うオーランドのことも理解できなかった。
「それが許せなかったんだろう」
いっとう低い声が火の粉の弾ける音を遮る。
「え?」
「カテリーナに裏切られたことが相当気に食わなかった奴がいたんだ。そいつが、カテリーナを殺した」
「そんな……」
「俺はずっとそれを許せないでいるんだ」
その目に映るのは憎悪。燃える炎と同じくらい激しい、憎しみの色。
これまで出会った人間の目から感じたことは一度もないものだった。カレンはごくりと唾を飲み込む。
ーーこの人は修羅だ。この人は……。
唐突にガサガサっと音がした。
草をかき分ける音。それにカレンはびくりと肩をふるわせる。
揃って座っていた二人の正面、焚き火を挟んだ向こうから、ロイスが姿を表した。
「結界は張ってきた。まあ結界内に入れば眠っていてもわかる。これで警戒は問題ないだろう…………どうした?」
神妙な表情のまま固まっているカレン。その姿を目敏く見つけたロイスが不思議そうに首をかしげる。
近くまでやってきて、カレンを見つめたあと、オーランドを凝視した。
「余計なこと話してないだろうな」
オーランドが爽やかに首を振る。
「まさか。ロイスはちょっと潔癖なところがあるよなーって話してたんだ」
オーランドの誤魔化しに、肩透かしをくらったようにロイスは呆れた表情をつくる。
「本人がいないところでそういう話をするのはやめろよ」
「いないからできる話じゃないか」
「その自覚があるなら話すなよ。カレンも変に話をきくのをやめろ。こいつの出鱈目に付き合ってたら、日が登っちまう」
むすっとした顔で、ロイスが言う。
カレンはどうにか笑顔を作って、「ロイスが潔癖なのは私だって知ってるよ」とオーランドの言い訳に付きあうことにいた。
でなければ、あれこれ聞いてしまいそうだった。
ーーロイスも、そのカテリーナという人を殺した人を恨んでいるの? それとも、恨んでいるのは、カテリーナさん?
カレンには正しい答えはわからない。だが、この話はロイスにとって爆弾になりうるものなのだと言うことは理解できた。
カレンはロイスをみあげる。
ーー不思議。今までなんとも思わなかったのに、今はこの人のことが気になる。
孤児になった経緯は? 本当の親は? カテリーナさんに関してはどう思っていたのか。
そして。
ーーそのひとに似てるという私を、どうして連れて歩いてくれるの?
カレンは不思議な感覚を再び味わっていた。
オーランドに感じた違和感とは異なる。もっともっとあたたかい。けれどとても恐ろしい何かの感覚を。




