屋敷と領主
その屋敷は、アルドの中央街の一角に建てられていた。
誰が見ても、特別な豪邸。
建築様式が全く異なるのだ。つい最近建てられたことだけは間違いなく、持ち主に金があるのは察せられた。
その屋敷の一室に案内されたロイスは、フードを深く被り、壁際で腕を組んで立っていた。
視線の先には、落ち着いた様子で高価そうな椅子に腰掛けるオーランドがいる。
二人以外は誰もおらず、広い部屋の中央に置かれた応接用と思われる椅子と机一式が置かれている以外は、特になにもない。
靴越しで感じるのはパイルの立った絨毯の感触。眩しいほどのシャンデリアは最新技術で美しくカットされたガラスが大量に飾り付けられていた。
ロイスはそれらをぐるりとみて、無意識にため息を吐き出した。ここは依頼主の家である。
案内されてから数分。続いていた沈黙をロイスが破った。
「聞いてないぞ」
ロイスの呟きに、オーランドが視線を向けることなく「何が?」と返事をする。彼の視線は、これからやってくる人物が入ってくるだろう扉を見つめていて、しかし耳はこちらへ向いているのだろう。ロイスの話を聞く気はあるらしいと判断して、ロイスは続けた。
「依頼主のことだ」
「つたえなかったか?」
ーーこいつ……。
イラッとしつつも、「聞いてない」と律儀に返す。
「まさか領主だとは思わなかったぞ」
「あれだけの金を出せる相手がその辺の貴族なわけないだろ」
「だからといって、領主と言ったら教会の回者だろうが」
「そうでもないぞ」
呟くと、オーランドがようやくロイスに視線をやった。
表情は相変わらず穏やかな笑みをうかべている。
「神聖都市との距離は遠すぎず近すぎず。たしかにそれなら教会の影響力も凄そうにおもうけどな。アルドは都市として発展しているといっても過言ではないほどの盛況ぶりだ」
「だから?」
「領主だって、少しは悪気も起こすってもんだろ」
つまり、教会に秘密であれこれよからぬことをしている可能性があるということだ。
「だから教会に助けを求めず、こんな形で依頼をするんだと俺は思うね」
オーランドの推測は当たっているかもしれないが、あくまで可能性であることは否定できない。
だからロイスに顔は隠せと言ったのか。とロイスは屋敷に入る前に強制的に被せられたフードを引っ張って、念入りに顔を隠した。
「まあ心配するなって」
と、そこまで言ったところで、唐突に部屋の扉が開けられた。
ーー来客に対する礼儀もないな。
入ってきたやつは碌でもない奴にちがいないと、ロイスは思いながらわずかに視線をあげる。
四十代も半ばといった歳の男。
ビロードのような質感の真っ赤な服に身を包んだ、いかにも金持ちと言った姿。
体型はどちらかというとすらっとしていて、細身な印象を受ける。
その姿がエヴンズベルトで出会った司教に似ている気がして、ロイスの顔が曇る。
ーーこの男が領主……いったいどんな旁若無人な男なのか……。
しかし、ロイスの懸念は当たらなかった。
「お待たせして申し訳ない!」
頭を下げそうないきおいで、入ってきた男は腰をかがめてオーランドに走り寄ったのだ。
それからオーランドの前の椅子に座ると、申し訳なさそうに何度も「遅れてしまって……」「お待たせしてしまって……」と繰り返す。
どうやら気の強い方ではないらしい。
ーーそれに。
よくみれば、目の下にはくっきりと青い隈があった。
「先日お会いしたときよりやつれましたね。領主様」
オーランドが言う。
「はあ、それは……いえ、もう盗賊どもをどうしたらいいのかわからず……」
領主はそう言うとヘナヘナと眉を下げてしまった。
「それで、あの、共に戦ってくださる方がいるとのことでしたが……」
「ああ、ええ。そこの男です」
言って、オーランドがロイスを指さす。
二人の視線がロイスに集中した。
「顔にひどい火傷がありまして、あのままでご容赦を」
オーランドがもっともらしいことを言う。ロイスは無言を通し、なるべく発言しないことになっている。
「はあ、お一人ですか?」
領主が不安そうに言った。
それはそうだろう。仲間を連れてくると言って、連れてきたのは立った一人。それも顔すらみえないため年齢もわからない。
「ご心配には及びませんよ」
胡散臭い、とロイスは思ったが、領主はわずかに安心したらしい。
しかしすぐに顔を曇らせる。
「実は、彼方が実力のある魔術師を雇ったらしいという情報があるのです」
「ほお」
興味深そうにオーランドが身を乗り出す。
「実力のある、ですか。私よりですかね……」
オーランドの問いに領主は首を振る。
「オーランド様の実力は存じておりますが、しかし、実力があるとしか……ただならぬ気配の持ち主で、どんな攻撃をしかけても防がれてしまうのです」
「まさか……私がここに戻る前に人をやったんですか?」
オーランドが詰問すると領主は項垂れた。
領主としてもさっさとどうにかしたかったのだろう。焦ったゆえに、オーランドへ依頼をしながらも別の者を盗賊の元へ行かせて討伐しようとしたらしい。
「申し訳ない」
額の汗を領主が拭う。
「余計な犠牲を生むだけだと言っておいたはずですのに……まあいいでしょう。必ず倒して見せますよ」
「ですが!」
「心配いりません。彼は私と同じくらい優秀な魔術師です。先程領主様ご自身が仰った通り、私の実力は……先日お見せしたままです。私が二人いるようなもの。問題ありません。それに、外にもう一人待たせています。あちらも同じくらいの実力者。三人いれば何も問題はありませんよ」
すらすらと嘘のような本当のような話を領主に披露するオーランド。
ーーよく噛まずに言えるな。
おそらく想定していたのだろうセリフを長々と言ってのけるオーランドに、ロイスは思わず呆れはてる。




