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逃亡と祭壇

 

 ゴーレムというのはその多くが無機物を操る魔術によって動く人形で、基本的には簡単な行動しかとれない。あらゆる感覚も鈍い。視力も嗅覚きゅうかくも触覚もだ。 

 しかし全くないとも断言はできない。


(目は、ない。が、耳が彫られてる……となると)


 声には反応するようになっているかもしれない。その可能性が否定できない以上、声を出すのをこらえるしかなかった。


 しかし──。


 ブンッと風切り音がして、ゴーレムが棍棒を振り上げた。腰をかがめて、こちらをのぞいた無理な姿勢から行われる、破壊の予備動作。

 目をくロイスに構わず、棍棒は躊躇ちゅうちょなくロイスに向かって振り下ろされた。

 アーチの縁を容赦ようしゃなく破壊し、その瓦礫がれきをロイスにむかってふき飛ばしながら。


 ロイスは咄嗟とっさにうしろに飛び退った。

 

「──っ!」


 受け身をとって転がる。

 ごろごろと転がって、それから顔を上げてロイスは愕然がくぜんとした。


「──は……」


 棍棒の直撃をうけたアーチは、フチがごっそりと削られ、叩きつけられた床は半径一メートル以上の円状に陥没かんぼつしている。


(こんなもん、あたったら潰れて死ぬわ!)


 想像しただけで背筋に嫌な汗が流れる。

 ロイスはゴーレムに視線を戻す。とほぼ同時に、そのゴーレムがこちらをた。

 びくりとわずかに肩が跳ねる。

 みっともないと自らを叱咤しったして、ロイスは相手を見据えた。


(ゴーレムは彫刻。ないものはない。目がないなら視力はあるはずがない。なのに場所を完全に把握している。ということは……魔力!)


 魔力を感知し動いている。


 魔術師とは普通の人間とは異なり、魔力を体にたくわえることができる存在。

 このゴーレムは、魔力濃度が高い魔界にあって、魔力を使って動いている物体、あるいは魔力の濃度が高いものを感知しているのだ。

 ロイスは息を吐いた。

 今更声を押し殺しても意味はない。

 

「感知能力の優秀なゴーレムだな……」

 

 魔力を消せばいいと言いたいところだったが、残念ながらそれは不可能。呼吸するなとは言われても無理であるのと同義。


 ロイスはじりじりと小部屋の角に向かって後ずさる。

 唯一の出入り口にはゴーレムが仁王立ち。一見、万事休ばんじきゅうすだが、ロイスは焦らず腰を落とした。

 唐突にゴーレムに向かって全力で走り寄る。

 そしてそのまま流れるように身を屈め、滑るようにゴーレムの股の間をすり抜けた。

 間一髪、ゴーレムとの体格差がこうそうした。

 

 さっと立ち上がり、なんとか部屋を抜け出したロイスは、そのまま来た道を全力で引き返した。



 背後から規則正しい轟音ごうおん、つまり足音がきこえてくる。体格差を考えれれば、間違いなく逃げきるのは不可能だろう。


(この遺跡、無駄にでかいのはこいつがいるからか!)


 どこを見てもゴーレムが通れない狭い空間がないのだ。

 さきほどの部屋以外は。

 

「っ! 誘い込まれたってことか」

 

 落ち着いた声音をよそおって、ロイスは走る。

 鈍い音を立ててゴーレムが追ってくる。振り向いて確認した目測よりも近くにいるような気がした。


(くそっ、遺跡の中じゃなければ、逃げる必要はないのにっ)


 ロイス得意な魔術は防御系統の魔術。

 それをすこしばかり改造したロイス独自の術を【結界魔術】とロイスは呼んでいるが、この結界が石のかたまり程度に殴られようが、びくともしないのは術者であるロイスにはなんとなくわかっていた。


 しかし懸念がある。

 例えば攻撃を受けた余波よはで遺跡が壊れてしまった場合。

 それに、ゴーレムの攻撃は周囲を気にしないらしい。それは壊されたさきのアーチを見るにあきらかだ。そんなもので暴れられ、遺跡を壊されたらたまらない。

 だから逃げる。必死に逃げる。自らの目的のためならば逃げることもいとわないロイスだった。


 いくらか走ったところで、横道を見つけたロイスは、そこに身を滑り込ませた。

 といってもその道もゴーレムが余裕で通れそうな道幅があるのだが。

 その奥に大空間があった。思わず速度を緩める。

 

 巨大なゴーレムが大暴れしても問題のなさそうな大空間。

 

(ここは……)


 天井の高さは驚くほどに高い。ロイスの身長で比較できる高さではない。

 空間を支える数本の柱は驚くほどに太く、円形の巨大な部屋はまるで闘技場だ。

 ゴーレムの動きをさまたげないという理由以外の目的で造られたに違いない。

 部屋の奥には舞台のような小上がりがあって、その中央に寝台しんだいのようなものが置かれている。

 おそらくそこは祭壇さいだん、あるいは何か位の高い──例えるならば王者のための部屋だろう。

 

(王者の部屋。本当にそうならな最悪だな)

 

 妙な想像をしてしまったと一瞬自嘲した。

 ロイスは周囲を見渡す。一度籠城作戦をしてみようとロイスは考えた。結界を張って、姿を隠すのだ。それを実行するにはあまりにも広すぎるが、万が一戦うことになっても、遺跡を破壊せずに済むかもしれない。そんな広さだった。

 そう思いながら祭壇さいだんに近づき、ロイスは一瞬硬直した。


 少女がいた。

 祭壇と思わしき場所に横になって眠る少女。

 年齢は十二、三歳程度だろうか。あざやかな金色の長い髪は絹のようで、ふっくらとしたほおは柔らかそうだ。

 肩は上下しており、すやすやと眠っているのがわかる。

 すやすや。


(……なぜ?)


 ロイスは今度こそ悲鳴を上げそうになった。主に嘆きの方向で。

 目の前には少女。後ろからは轟音が聞こえてくる。近づいてくるゴーレムの足音だ。

 決して前方の少女が虎というわけではないが、前後を恐ろしい何かに挟まれ身動きの取れない状況。そのようにロイスは思った。


(こいつ、見捨てていいのか……)


 放って身を隠せば、標的になるのは彼女なのではないか。そんな思考がチラつく。

 そんなことで悩んでいる間に、背後から響いた轟音。飛び跳ねるように振り返れば、ゴーレムが部屋へと入ってきていた。

 籠城ろうじょう作戦をいまからとっても間に合うだろうか。と悩むが時間はない。まっすぐゴーレムは近づいてくる。

 ロイスは少女とゴーレムを交互にみて、


「ええい! 仕方ない!」


 一言叫ぶと、両手を正面に向け、左右五本の指を組んでささやいた。

 

『──構築こうちく

 

 その一言に呼応するように、両手の先から乳白色の薄い膜のような壁が円形に広がる。

 みるみるうちにそれは直径二メートルを超える円盤に形をす。

 防壁の魔術【ヴァント】。本来地面から垂直に伸びるはずの魔術だが、起点を地面ではなく合わせた両手の先と指定して、発動したロイス独自の【結界魔術】。

 

 そこに、ゴーレムの拳が文字通り飛んできた。


 強烈な音を立ててこぶしは結界に衝突した。ヒビが入ることはないが、その衝撃はすさまじい。

 衝撃波でフードははずれ、外套が翻る。轟音は鼓膜こまくを揺らし、頭がぐらぐらと揺れた。

 そして、そのダメージを受けたのはロイスだけではなかった。


「うひゃあ! な、なに!?」


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