挨拶と交流
魔術師は近接戦闘を得意としない。
それは大きな間違いである。
「青の書」によると、魔術の中には肉体そのものに纏い、脚力、腕力を向上させる技も存在する。これを得意とする魔術師は多く、ほとんどの魔術師がそれによって肉体強化をかけるのだ。
オーランド・アイヒベルクは、そういった肉体強化を得意とする魔術師だった。
身長が高い。それがオーランドを見た時誰もが抱く印象の一つだろう。
ロイスも身長の高い方ではあったが、彼はそれより頭ひとつぶん大きかった。そのためか、オーランドから頭を撫でるという行為を受けたロイスとしては、子供扱いをされているような錯覚を起こした。
それは、昔からそうだった、とロイスははるか昔の記憶を呼び起こして、ぼんやりと思う。
幼い頃から、彼は人を年下扱いして、ロイスの頭をよく撫でた。実際年齢はいくつかオーランドのほうが上ではあったが、その時から、子供扱いするな。と反発していた気がする。
そして月日が流れた今回もまた、ロイスはいつものことのように、かつてと同じセリフを繰り返していた。
「子供扱いするな」
振り解けば、すこし驚いた様子でオーランドが目を瞬かせ、それからニッと笑う。
「相変わらずだなぁ」
「もう十年近く会ってないんだ。相変わらずなんて言い方はおかしいだろうが」
ぶっきらぼうに返せば、さらにオーランドは笑みを深くする。
程よく焼けた肌のためか、そのすっきりとした短髪ゆえか、好青年という印象を与えるような笑顔だ。年齢はロイスより上なのに、なんとなく若くも見える。
「そういう細かいところ気にするところも変わってなくて、俺は安心したぞ」
「バカにしているだろう」
「喜んでるのさ」
飄々としたオーランドを睨みつけたところで、なにも堪える様子もない。眉を寄せてロイスは無意識に渋い顔を作る。
ふとオーランドが踏みつけている人物に目が止まった。
先程のひったくりだ。
そしてロイスの足元にはひん曲がったナイフが転がっている。
先程、カレンをナイフから守った魔術。あれは。
「結界魔術……」
ロイスが思わずつぶやくと、オーランドが苦笑いを浮かべた。
「お前みたいに応用したものじゃない。ただの『壁』だよ」
「……昔は使えなかっただろう」
「十年近く会ってないんだ。変わったこともあるさ」
オーランドは、ロイスの言葉を借りるように、そう言った。
「そんな前からロイスって魔術の応用してたの?」
「ああ、まあそうだな……」
「ん?」
カレンの疑問に答えていると、不思議そうにオーランドが首を傾げた。
「二人は知り合いなのか?」
言われて、ロイスとカレンは顔を見合わせた。
──知り合い、というか……。
「着いてくるから……」
「着いていって良いっていうから」
ロイスとカレンの声がかぶる。
「ちょっと待って、ロイスが着いてこって言ったんじゃない。どういうことよ」
「着いてこいとは言ってない。勝手に着いてきたのはお前だろう」
「聞き捨てならない! 絶対あれはロイスから誘ったのよ!」
「あの場合は仕方なくだろう。お前が一人でなんとかなるなら着いてこなくても一向に構わん」
「そんな言い方ないでしょー!」
「じゃあなんて言って欲しいんだよ」
二人の会話が白熱していく。ここ最近このようなやりとりが増えて、賑やかな旅路になっていた。
それを黙って眺めていたオーランドが、唐突に吹き出す。
「なんだよ」
不機嫌を崩さずに視線をオーランドに向ける。オーランドは肩を震わせて楽しそうに笑っていた。
「なんだよ」
二度目の抗議にオーランドが笑いながら口を開いた。
「いやぁ、楽しそうだと思ってよ。お前人間関係苦手なくせに一緒に旅している子がいるっていうのが面白くてさ。しかもこんな小さな女の子で」
「小さな……そんな小さくないわよ、私」
眉を寄せてたまらず抗議をしたカレン。ロイスも同じくオーランドを睨む。そうすればさらにオーランドは楽しそうに笑った。やがて、声を上げて笑い始める。
甚だ不快でロイスはさらに渋面を作って抗議の視線を向けるが、向けるだけで文句はあまり出てこなかった。
なんだかんだ言われた通りの関係性ができてしまっている。
カレンとの関係は予期せぬものではあったが、事実一緒に旅をしているのだ。
そしてその旅も、真実うまくいっていないわけではない。ロイスが何か話しかけることはあまりないが、カレンから提供される話題はどれも中々におもしろいものが多かった。例えば魔物の生態だとか、魔族のことと言った魔界のこと。それから、カレンは人間界のちょっとしたことに疑問を抱いては、ロイスに何故なのかと尋ねてきた。ロイスとしてはこれまで疑問にすら思ってなかったことを尋ねられて、考える機会になったため、退屈しなかったのである。
そんなことを正直に言えばオーランドにまた笑われるだろうから、黙っているが。
不意にオーランドが瞬きをして、穏やかに笑った。
「せっかくの再会だ。どっかで飯でも食わないか? ご馳走するぜ」
「結構だ」
眉を潜めてロイスは即答する。なんとなくだが、面倒事に巻き込まれる気配がした。完全な勘だが、魔術師の勘は嫌に当たる。
ロイス自身、自分の勘の、特に悪い方への勘はよくあたることを知っている。
久々の再会を喜ぶよりも、この嫌な予感から逃げる方が先決だと、思ったのだ。
ロイスは早速その場から離れようとした。
しかし、そう簡単にはいかない。
さっと腕を肩に回されて、強引に捕まえられる。
「まあ、まてまて。二人の関係も気になるし、お嬢ちゃんも俺たちのこと気になってるだろ?」
オーランドがカレンに顔を向ける。それにならって顔をむければ、顔の前面に「興味ある」と書いてあるカレンがいた。
面倒な展開にロイスのため息が飛び出る。
「ため息をすると幸せが逃げるぞ」
「なんだそのどこぞの教会がいいそうな話は」
ギロリとロイスが睨みつけるが、気にした様子もなく強引にオーランドはロイスを連れて歩き出した。




