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旅券と外壁


「ところで、街に入るのは無理ってずっといってたのに、どうして今回は街に入る気になったの?」


 もうすぐ街というところで、カレンが不思議そうに振り返って言った。

 その言葉を受けて、思い出したようにロイスは懐を探る。そして、ロイスはカレンに小さな木板を差し出した。


「何? これ」


 受け取ってしげしげと見つめる。

 木版の表側に黒字で記されている文字を読み上げて、カレンが首を傾げた。


「通行許可証?」

「旅券だ」

「旅券? 何それ」

「街にはいるための身分証だな」


 神聖都市のように許可証を必要としないような街は稀で、基本的には通行許可証がなければ街からでることも入ることもできない。


「お前にはないだろう」

「そりゃね。持ってるわけないけど……」


 当然魔族のカレンには許可証がないので、このままでは街に入れないのだ。

 今まで通ってきたのは小さな村だったからよかったが、これから向かうのは商業都市アルド。街だ。許可証、旅券がないと入れない。

 カレンが首を傾げたまま木版をひっくり返せば、裏にはエヴンズベルトの紋章が刻まれていた。


「これ、エヴンズベルトの街にこの紋章あったよね」

「エヴンズベルトで作られた旅券だからな」

「そんなのつくる余裕なかったきがするけど……」

「作ってない」


 ロイスの言葉にカレンがさらに首を傾げる。


「よく、裏を見てみろ」


 言われて、カレンが再び旅券に視線を落とす。そして小さくつぶやいた。


「……フリーデ・ディートリヒって何?」

「何じゃなくて、誰、が正解だな」

「……誰?」

「さっきの馬車の持ち主」


 次いで、ロイスは懐からもう一つ旅券を取り出す。


「これも同じ馬車の中で見つけた旅券だ」


 そこには、マシュー・ディートリヒ、と書かれていた。

 手渡されたそれをじっと見つめて、カレンが不思議そうに首を傾げる。


「もしかして旅券が残ってたの? よく残ってたね。食料とかなかったって言ってたのに、全部持って逃げ出したのかと」

「そんなわけないだろう」

「え?」


 カレンの純粋な疑問に、やはり中をのぞかせなくて正解だったと、ロイスは内心でほっとした。

 中にはたしかに何もなかった。食べられるものも。持ち出せるものも。

 いつから捨て置かれていたのかはわからないが、すでにあらゆるものが朽ちていた。食べ物も……人も。

 おそらく野党かなにかに襲われたのだろう。

 そんな想像もしていなかったカレンは、なおも不思議そうに「どういう意味?」と尋ねてくる。


「……たまたま残ってたんだよ」


 いいあらためて、ロイスはカレンを追い越した。


 教える必要はない。


──人間の醜さなんて、しらなくてもいい。


 本当は知ってほしくない。

 そんな想いがあることはロイス自身もまだ気づいていはいなかった。



「とにかく、これがあれば街に入れる」

「いいの?」

 

 それは街に入る危険を冒してもいいのか? ということだろう。

 本当は寄りたいわけではないけれど、期待に瞳を輝かせるカレンを眺めて首を振るのもどうにも気が引けた。


「荷物を丸ごとエヴンズベルトに置いてきたからな……色々買っていく。俺の隠れ家の周りには街も村もないからな」

「……お金ないんじゃなかったっけ?」

 

 そうなのだ。全く金もない。


「……一発仕事を受けて金を稼ぐ。運良く商業と交易の街だ、何か仕事があるだろうからな」


 すこしだけ、ロイスは足を早めた。


 


 ◇ ◇ ◇


 

 旅券は、何の問題もなくロイスとカレンを街に入れてくれた。

 それも当然ではある。旅券といってもたかが木の板切れ。本人と証明する手段にはなってくれない。

 そういうことに魔術を使うという手もあるが、そもそも旅券の発行を教会がやっている時点で、魔術師が表立って関与することはありえないので、魔術的効果のある旅券はない。つまり旅券の捏造など簡単な話だった。

 カレンは街に入った途端に周囲をキョロキョロと見回した。これまで通ってきた村や街とは全く異なる構造の街に驚いているらしい。

 

 アルドは商業と交易における大切な街で、多くの人が住み、多くの人が訪れる。

 かつては小さな街で四角形の城壁があるだけだったという。しかし、時が流れて人が増えるに従って面積が足りなくなっていった。それで、外側に城壁を増築し続けることで、街はどんどん大きくなったのだ。

 その名残が、今も迷路のような城壁の跡として残っている。

 城壁を越えても、また壁があり、その壁を越えてもまた壁がある。

 壁と壁の間は小さな商店街のようになっていて、初めは簡易的なテントのような店が立ち並んでいた。しかし歩みを進めるごとに店は作りをかえ、やがては石造の建物へ。さらに、中央に行くほど頑丈で、巨大な建造物へと姿を変えていいた。


「こんな不思議な街もあるのね」


 カレンが感心した様子で言った。すでに街の中央近くまで来ていた二人。周囲にあるのは大きな建物ばかりで、同時に古い建物ばかりでもあった。


「今まで見た街や村で一番古そうだわ」

「実際古い街だ。昔からある。最近は魔物の出現率も高いから、後半に建てられたものほど高く堅牢な壁になっている」

「でも建物は中央に行くほど高い建物になっているのね」


 高い建物を見上げながらカレンが興奮した様子で言う。


「きょろきょろするな」

「はーい」


 ロイスの投げやるな言葉を受けて、素直に返事をしたカレンだが、そうはいってもあちこちをキョロキョロと見続けている。こればかりは止めろと言ってもやめないだろう。彼女の性格からそんな当たり前のことを理解して、ロイスはため息を吐いた。

 そうして面倒に思いつつ、はしゃぐ彼女の後ろ姿を眺めて、小さく苦笑した。


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