遺跡と出現
森を歩いていると、唐突に開けた場所に出た。
ロイスは「あっ」と思わず声を上げた。
森の木々が低草に居場所を貸しているのだろうか、そこは、鬱陶しいほど生い茂っていた木々がほとんど生えていない場所だった。
見上げれば上空はぽっかりと穴が開いたようになっていて、当然のように月が空に昇っている。
ふらふらとその月光の下に歩み出れば、視線は月を捉えて離れない。思っている以上にロイスも光に飢えていたのだろう。ロイスはひどく光を眩しく感じだ。
ふいにロイスは感じていた視線が消えるの察知した。
文字通り掻き消えた。そんな変化にロイスは片眉をひそめる。その代わりにもっと大きな何かの気配を感じて、ロイスはゆっくりと視線を下げた。
月光に照らされた空間のその奥、再び鬱蒼とした暗い森に差し掛かるであろう場所に、それはあった。
森の巨木に絡みつかれて、まるで自然と一体化したかのような巨大な遺跡。目を細めれば、闇の中に人工的に積み上げられた美しい石の壁がみえる。ところどころ崩れているが健在だ。
ロイスは思わず感激の声を上げた。
「これだ。これを俺は探していたんだ」
抑えきれない感情に、早足になる。
ロイスの気持ちは最高潮にあった。大発見といえる。
しかし、そこでロイスはなんとか一歩立ち止まることに成功した。
(いけない。落ち着け。門番でもいたら厄介だ。静かに……それにさっきの視線の主も近くにいる可能性がある……)
はやる気持ちを抑えて、一旦足をとめ、ゆっくりと遺跡に近づいてみる。
わずかな予感があった。
何かが起きる。そんな予感。
それは勘だったが、根拠のある勘だった。
魔術師の勘というのは、予言にも似た効果をもつとロイスは考えている。かならず当たるということではないが、経験上何かしら意味を持つことが多いのは事実。
だからロイスは自分の勘を信じてるし、今まで信じてきたからこそ生き残れてきた。
その勘が警鐘を鳴らしながらも、進むべきと訴えてくる。
ロイスはごくりと唾を飲みこんだ。
(でかいな)
近づいてみれば、その高さもさることながら、思った以上に遺跡は奥行きのある建物のようで驚く。
どの部分も石で積み上げられていて、木製のものは見受けられない。扉らしきものもなく、アーチ状にくりぬかれた石造りの扉のない門がいくつも奥に向かって並んでいる。その門の高さも、ロイスの身長の三倍はあるだろうか。
再び警戒をし直すように深呼吸をして、ロイスはゆっくりと門を潜り、遺跡の中に入った。
内部はやはり真っ暗で、ロイスは光の魔術を発動させる。
『……光球』
いくつかの発光する球体が宙に浮いて存在を謳う。
それそのものの色や細部を見るならば、この方法を使って周囲を照らし、肉眼で確認する方がよい。
ぼんやりと周囲が明るく照らされた。
天井は高く、内部も奥に向かって広い。
いくつもの柱が奥へ誘うように並び立ち、その広さに、ロイスは自分が小人になったような気さえした。
見上げれば、天井に何かが描かれている。
(巨人……の彫刻か?)
上をみて、前方をみて、周囲を見渡し、後方を見る。そして再び前方に視線を向けた。
まるで神殿のようだと、ロイスは思った。とはいえ、人間が作った神殿のような過美な装飾はなく、ただ隙間なく積み上げられた石の壁が美しい。
そばにある壁にそっと触れてみる。
さわりと手のひらの表面をくすぐるような、水が流れていくような感覚。魔力の感覚がした。
かつて、一人の男がとある剣を片手に魔王を倒した。しかしそれ以降は、数多の勇者……自称勇者たちが魔界に赴き、次代の魔王に立ち向かったが、太刀打ちできずに負け還ることになった。
彼らは正しく負け犬だったが、その都度いくつかの遺跡のカケラを持ち帰り、のちにそこから魔族の文明の奥深さが確認され、彼らはある意味讃えられることとなった。
そのカケラを、ロイスは喉から手がでるほど欲しがった。魔界の魔力の研究、古い魔術の残滓の研究、魔界を構築する物質の研究。魔力を豊富に含んだ物質の耐久度等の性質の研究。ともかく様々な研究に使うことができると確信していたからだ。しかし、手にすることは難しかった。貴族たちが価値も知らずに保管し、魔術師の手に渡らぬようにしたから。
(でも今、目の前に、カケラではなく本体がある)
ロイスはひたすらに魔力の流れを手のひらで感じ続けた。
やがて深く呼吸を繰り返すと、遺跡の奥に目を向ける。
(この先に、何があるんだろうか……)
期待を胸に、ロイスは遺跡の奥へと歩み始めた。
途中いくつかの脇道をみつけつつ、ロイスは構わずまっすぐ進んでいた。
いくらか進んだころ、唐突に突き当たりにぶつかった。
正確には正面に小さな──と言ってもロイスの身長のこれまた倍は高さがありそうな、門扉のないアーチ状の入り口があり、その先に部屋がある。
小さい部屋だ。
アーチの外からみて、部屋の奥の壁の石がはっきり見えるほどに小さい。
こういう場所には何かあるのが定番ではなかろうか。
アーチをくぐり、部屋に足を踏み入れて周囲をみる。
しかし特に何もない。出入り口も今潜ったアーチだけらしい。
(何もなし……か?)
そう思った次の瞬間、ロイスはハッと身構えた。
刺すような敵意。
それがロイスに向けられている。
首筋が粟立つ感触がして、ロイスは周囲を見渡した。
(近いっ! 索敵の術に引っ掛からなかった?)
わずかな焦りが滲み出る。
まるで突然現れたよう。周囲に張り巡らせた害意に反応する魔術、その領域内に、術者に気づかれずに入り込むなど不可能だ。しかし不可能なことが起きている。
荒い息を抑えて、耳を澄ます。
感覚を鋭く尖らせて、キンと意識を張り詰める。
ゴドンッという音。
ガリガリという音
(石を削る音か?)
その音は少しずつ近づいてくる。
ゆっくり、背後から。
ハッとして振り返った瞬間、ロイスは目を見開いた。
「はあ!?」
ロイスは間抜けにも声をあげてしまった。
それほどの驚き。
そこにいたのはいわゆるゴーレム。
石でできた動く怪物で、人形。
それが、ついさっきまでロイスがいた、アーチ状の門の向こう側にいる。そして身をかがめて、部屋の中を覗き込んでいた。
(でかい……!)
冷や汗が額を伝った。
見たこともない。これほどに大きなゴーレムは。
手には棍棒。
ロイスの胴回りの、これまた三倍はありそうな太さの棍棒だ。
ロイスは無意識のうちに、必死で声を押し殺していた。




