都市と旅券
それからしばらく、カレンはずっと黙ったままだった。
おそらく自己の中で情報を整理しているのだろう。そう考えて、ロイスはカレンの無言に付き合ってやることにする。
先程の境界が魔王の仕業。という話。
反応からして全てがそうではないのだろう。やはり、魔王といえど管理できていないこともあるらしい。その辺りも聞き出したいところだ。
そう思い始めたころ。不意に遠くに白い壁が見え始めた。
足元を見つめるカレンは気づいた様子はないが。
──あれは……。
ロイス自身、この街に来るのは人生で二度目だった。それほどには、あまり近づきたくない街だ。
「ロイス。あれが、そう?」
思考の波から、カレンの声が掬い上げる。
ああ。と小さく返して、ロイスは全貌が見え始めた都市の白い壁を目に収めて、小さくつぶやいた。
「あれが、神聖都市、エヴンズベルトだ」
◇ ◇ ◇
白亜の壁に守られた神聖なる都市、エヴンズベルト。
言葉の通り、真っ白な外壁がぐるりと街を覆っている。
定期的に塗り直しているらしいという噂だが、その費用がどこからでているのかはロイスは知らない。
ともかく、膨大な金額でその美しさを保ているその街は、遠くから眺めても、近くから見上げても、たしかに美しいものであった。
ゲートと呼ばれる入り口は一箇所のみ。
その入り口にはすでに数人の人間が並んでいる。
あるものは商人らしく馬車をひき、あるものは大荷物を背負い、あるものは剣を背負い、そしてあるものは、魔術師らしく真っ黒な外套に身を包んでいた。
その列の最後尾に、カレンを伴ったロイスが並ぶ。
「街に入っても大丈夫なの?」
「探査妨害しているしな。魔王に気づかれなければ街に迷惑かけることもないし、大丈夫だろう」
「そうじゃなくて……」
心配そうにロイスの背にピッタリとくっつくカレンを見下ろして、ロイスは小首を傾げる。
「だって、魔術師、嫌われてるって……」
ああ、それを気にしていたのか。とロイスは頷く。
「神聖都市は誰も拒まないという主義のもとに門を開けている。魔術師も一応例外ではない。それに旅券もいらない」
「旅券?」
「旅人の証明書ってとこだな。それがあると、どの街でも簡単に入ることができる。ここで旅券を貰えば、他の町でも入れるんだが……」
そこまで言って言い淀むロイスに、カレンが不振そうな声をあげた。
「何?」
「いや……」
そうだ。運よく神聖都市だったおかげで、身分証なども必要としないが、今後はそうは行かない。カレンの今後を考えるなら、一緒に行動するにしても、置いていくにしても、旅券は必要不可欠。
しかし旅券の発行は誰でもできるわけでもない。
簡単に言えば、身元保証人が必要なのだ。
例えば身内。例えば仲間というように肩書きも登録される。
──それはさすがにいやだぞ俺は…………やっぱり、街の中で撒こう。
薄情と罵られようが、ロイスはそう結論づけた。
先まで一緒に行動してもよいか。と思っていたのが嘘のような変わり身の速さであるが、そこはロイスの性格である。
何事も切り替えが早い。
レイたち勇者一行に同行したときも、そこから喧嘩別れしたときも、それらすべて切り替えの早いこと早いこと。
ロイスの長所であり、絶対的な短所でもある。
「なんでもない。ともかく、魔族とバレなきゃ大丈夫だろ」
カレンにとっては残念なことながら、今後の別行動が確定した瞬間であった。
ロイスは思考を隠すように、なんとなくゲートの通過待ちをする人々を見る。
旅券がいらないからと言って、検問がないわけでもない。まっすぐ立てないような病人や、浮浪者なんかにはそれなりの対応がなされるのだ。
みたところ、そうした面倒そうなのはいない。すぐに通れるだろう。
そう考えて、ふとあることを思い出す。
──そういえば。
神聖都市には、魔物を探知する魔術師が配置されているとかなんとか。噂がある。つまりそういう探知能力に長けた魔術師を教会が飼っているという。これまた妙な矛盾点ではあるが。それは置いておくとして。
魔物を察知する方法がどんなものかは知らないが、魔族や魔物は大気を流れる魔力を体内に蓄えるだけでなく、エネルギーとして変換することで、長寿、身体能力、を手にする。そこを探知しているというのが一番理にかなっている。となると、魔力で探査を行っている可能性が高い。
当然魔力の高い魔族がいれば、一瞬で察知されるはず。
たとえ事象防御の魔術『無名』を張っていても、あれはまだ開発途中の術であるから完全でもない。
カレンをつれて入っときに魔族とばれる可能性も。
ロイスはカレンをチラリと見やる。
──完全じゃなくても、結界張っといて正解だったか。
ロイスは、自身がそこまで気配察知に長けているとは思わないが、その辺の魔術師には劣らないと自負している。
そのロイスからみて、カレンは普通の魔術師の少女に見えた。
つまり結界がうまく作用して探査妨害が機能しているということだ。
「なあ、人間界は魔力濃度が低いが、活動するのに不便じゃないか」
と一応確認のようなものをとってみる。
すると。
「うーん。多少体は重かったけど。ロイスが魔術をかけてくれてからは大丈夫よ」
と何故か誇らしげに少女は笑った。
ロイスはそれに首を傾げつつ、言葉を続ける。
「それなら、結界は意味があったとみてよさそうだな。この街に限っては、そういう結界があった方がいい。魔術師だとバレるのは服装のこともあるから仕方ないが。カレンが魔族とバレるのは流石にまずいからな」
「わかった」
自身の魔力は消費はするが、仕方ないと思うロイスだった。




