喧嘩と離脱
砂塵は晴れ、わずかな風が周囲を漂うだけになった頃、抜き身の剣を引っさげたまま、レイが振り返った。
「これで文句ないだろ」
自信たっぷりな口調で、ニッと笑う。
思わず眉を寄せて、ロイスは周囲を見渡した。
(文句というか、派手にやりすぎだろ)
あちこちにキメラの残骸が、紫の血を飛び散らせて転がっていた。
しかしそれだけではない。地面はえぐれ、木々は薙ぎ倒され、森は見るも無残な状況だ。
聖剣の力は大技が多い。
そうは言っても、派手にやらかしたな、とロイスは思った。
「大技はやめろと言ったよな」
「うるさいな。口出しするなよ」
レイはつっけんどんな態度でロイスから顔を背けた。
どうしたものか、とロイスは本日何度目かのため息をこぼす。
そこに二人の少女が近づいてきた。一人は、先程吹き飛ばされていた茶髪の少女エスター。
もう一人は、少し離れた場所で一人魔物を相手取っていた、長い黒髪を揺らすミランダ。レイの姉だ。
「また喧嘩してるの? レイ、ロイス」
うんざりした様子でミランダが言う。
「こいつが俺のやることに文句ばかり言うから」
レイはここぞとばかりにミランダに不満を訴えた。
「こういうのは文句じゃなく苦言という。お前はもっと慎重になったほうがいいぞ。これでは消耗しただけだ」
(よく考えて技を使えよ)
そう言おうとして、しかし次のレイの言葉にロイスは絶句する。
「なんだよ、俺はお前の言う通りにしただけだぞ」
「は? 待て、誰が何を言ったって?」
「お前が、急げって言ったじゃないか」
ロイスは唖然とした。
キメラと戦う前にロイスはある提言した。それは「なるべく早く魔王の元に行くべき」というもの。しかし、がむしゃらに急げと言ったわけじゃないし、そのために派手な攻撃を連発しろと言った覚えもない。
ロイスは額に手をやって唸る。
「……たしかに急げとは言ったがな……」
「だろーが! そしたら消耗する羽目になった。お前のせいじゃないか!」
「……はぁ?」
「なんだその面は! 俺が間違ったこと言ってるとでも!?」
「言ってるだろうが。魔王と戦う前に疲労困憊なんて馬鹿らしいから、姿を隠しつつ、最短距離を行く方がいい。そうも言ったはずだぞ俺は」
(それをこの勇者ときたら大技ばかり。消耗したのは自分のせいだろう)
ロイスは呆れてとうとう頭を抱えた。
魔界とは、人間界と同じ場所に存在しているもう一つの世界。そこにあるのに、感じられない。触れられない。そういう同一の場所にありながらまったく違う世界。それが魔界だといわれている。
そこに太陽は、月は、海はあるのか。何もわからない。未知の世界なのだ。
それは、かつて一度足を踏み入れたことのあるロイスにとってもそうだった。
例えば、魔界が終始夜であったことは予想外の一つだったと言える。いつまでたっても明けない夜に、のっけから調子を崩された。
それ以外にも予想外な出来事は多々あった。
道と言える道もなく、さんざん彷徨ったあげく、魔物の大群に襲われて序盤から悲鳴をあげること数回。
勇者は疲労が溜まってきていたし、今は勇者の両脇を固めるように立っている二人の少女も、ずいぶん前から疲労を滲ませていた。
それが目に見えてわかっていたので、珍しく人を、彼らを気遣って戦闘を避けてほしいという提言をしたのだ。
ところがレイの行動はそれを無視したも同然のもの。
それで消耗したことをロイスの責任にされたのでは腹も立つ。
「まあまあ、落ち着いてレイ。ロイスも。たしかに騒ぎすぎたかもだけど、勇者の技は大技が多いものよ。仕方ないわ。」
前衛で戦っていたミランダは抜き身の槍に鞘をかけながら、ロイスにだけ見えるように困ったように眉を傾けて見せた。
ここらで引けと、そう言いたいのだろう。
彼女がそう言う理由がなんとなく察せられて、ロイスは黙り込んだ。勇者を敵に回すのは、勇者の後ろ盾である教会を敵に回すと同義。それはよせとミランダはいいたいのだ。
ロイスはミランダに言いくるめられたように、しばらく黙りこくって、それからふーっと息を吐き出した。気持ちを入れ替えるためだ。
その時だった。
「お前、もういいぞ」
唐突にレイが言った。
「…………は?」
「だから、ロイス、お前はもういらないって言ってるんだ」
ギョッとしたのエスターとミランダだった。
「ちょっと、レイ何言って……」
「こいつがいなくなってなにが困る」
レイが横柄に言った。
思わずロイスは眉間を押さえる。
「一番最初に説明したと思うんだが?」
「何を」
(何をじゃないだろ)
大気に流れる魔力と呼ばれる力。それはすべての生き物の内側をめぐる力の源。
しかし魔界はその魔力濃度が人間界と違って濃く、体の害になる。普通に立っているだけでも、高山病のような状態に成ってしまったりする。
ならばどうやって行動するか。
それを可能にしているのが、ロイスの魔術だった。
ロイスが彼らを守る魔術を常に展開していることで、レイたちは動けているのだ。
ただしそれはとてもロイスを消耗させる。
本来ならそれができる魔術師をはじめから同行させるものだから、エスターがそれを担うのかと思いきや、むしろそのエスターから守ってほしいと頼まれたのだ。
要は無策だったわけで。
それこそが彼らの活動の補助という契約内容の一番重要な部分だったはずで、これに関しては最初に何度も説明していたことだった。しかし。
「俺がいないと活動に支障をきたす。そう言っただろう」
「それが本当か怪しいもんだ」
などと言われる始末。
流石に言葉を失うロイスを置き去りに、レイは聖剣を地面につきさして、ロイスに人差し指を向けた。
「仮に本当だとしたって、自分の無能を俺のせいにしようって考えがムカつくんだよ!」
「……はぁ?」
「消耗する消耗するっていうけど、実際消耗するのは自分だろ! それで俺たちの行動にいちゃもんつけやがって」
と肩で息をしながら言うレイである。
(俺が消耗して真っ先に困るのはお前らだって言っただろうが)
呆れて言葉もでない。
レイはなおも演説まがいな弁舌を披露する。
「もともとお前は魔界にいく転移のために仲間にしただけなんだ。攻撃魔術も使えない役立たずのくせに、いちいち俺のやることに指図するな! 俺の言うことが聞けないなら、お前とはもうこれっきりだ、でていけ!」
たしかに、レイの言う通り攻撃魔術は使えないが、攻撃手段がないわけではない。しかしそれを言ったところで、契約違反だから手を出すなと言われるのがオチだろう。
「……俺の言っていることが本当だったら、困るってのはわかってないのか?」
思わず尋ねると、レイはふんと鼻をならした。
「エスターがいる。問題ない」
その言葉に後ろに控えていたエスターがぎょっとした様子で勇者を見つめる。
「どうやって帰るつもりだ?」
「魔王を倒せば魔界は消える。そうすりゃ帰れる」
自信満々にレイは言うが、それが事実だという証拠がどこにあるのか……。
こちらも予想外だったようで、ミランダが唖然として勇者を見つめていた。
(哀れだ)
「本気か?」
「本気さ!」
「いいんだな? 本当に」
「くどい! さっさと出ていけ!」
念を押して尋ねたロイスをレイは煙たそうに追い払う仕草をした。
ロイスは大きく、わざとらしく、はーっと息を吐き出すと、黒い外套を翻す。
同時に浮遊していた全ての光源が消え、闇が周囲を包んだ。
「わかった。じゃあな」
考え直してくれと、すがりつく気はなかった。
もともと仲間だったわけでもない。
ついてきてほしいと勇者の仲間である少女二人にしつこく頼まれて、断るのも面倒で承諾してしまったのだ。
しかしリーダーのレイが不要だ出ていけというならばしかたない。
なんともあっけない別れではあったが。
(もうどうなっても知らん)
ロイスは内心でそう吐き捨てて、一行から遠ざかる。
エスターかミランダか、どちらかが呼び止める声が聞こえたが、ロイスは振り返らない。
闇に身を隠すように、魔術師はその場をしずかに離れたのだった。




