逃亡と口論
「ねぇ!」
土を蹴り上げ、草を踏みつけて走る。
青々とした木々の隙間から漏れる陽の光を浴びながら、ロイスは全力で森を走っていた。
その背中に呼びかける声がある。
「ねぇったら! 村! 大丈夫なの⁉︎」
カレンの声にロイスは走りながら振り返る。
木々の間を踊るように縫うように軽やかに走るカレンの姿が目に入った。
時に倒木を軽やかに飛び超える様子は、並の身体能力ではないことがはっきりとわかるほどに軽快だ。
(なるほど。魔族の身体能力が高いと言うのは本当らしいな)
ロイスは関心しながら、声を張った。
「さっきの結界を残してきた! 時間稼ぎくらいにはなるだろ!」
「それでいいの⁉︎」
と言うのはおそらく、その程度で村は大丈夫なのか。ということだろう。
「むしろこっちの台詞だ! 魔王は村を攻撃すると思うか?」
「しないと思う! パパは人間を殺したいわけじゃないもん! 多分魔物たちは便乗してきただけ!」
カレンがそう断言するが、殺したいわけではないというのは中々奇妙な話だ。なにせ魔族側の子供を殺した人間はたくさんいるわけで、ならば当然人間を恨んでいるだろうから。
人間側からすれば、魔王が人間を殺す気がないというのは運のいい話だが、奇妙さは拭えない。
何より、境界を開ければ魔物がやってくる。それを理解していたのならば、今回の行動で「人間を殺したくない」などという言い訳は通じないものと言えるだろう。
「便乗してくるのがわかっててなんで境界を開くんだ!」
「わ、わかんない! 頭に血が登ってるのかも!」
「それは厄介なことだなっ」
「その魔物たちは放っておいていいの⁉︎」
とカレンが叫ぶ。
ロイスは前方に顔を戻して、叫んだ。
「あの村には警備隊がいるし、旅人の中には戦士や冒険者もいる! そいつらが間に合うだけの時間を稼げればいい!」
「本当なのね!」
「気になるならなんとかしてみろ!」
「できないから言ってるのよ!」
走りながらではどうしても怒鳴り合いのようになるが、仕方ない。とにかく二人は村から、魔王から離れることに全力を出していた。
「にしても、魔王の娘とはな! 確かにやんごとない身分だな!」
「………ごめん」
カレンの声はこう言う時ばかり小さい。それも仕方がないかと諦めながらロイスは走った。
はっきりとした魔王の実力は今なお不明だ。
ただ、魔族の中で最も強い者が魔王を名乗り、そして当代の魔王はすでに数百年、代替わりしていない。それだけ強敵だと言うことは確か。
噂だが、国一つ燃やし尽くした、なんて話もあるくらないなのだ。しかしカレンの言うとおり、人間を滅ぼすつもりが魔王にないのなら、信憑性のないただの噂だったのかもしれない。
(といっても火のないところに煙は立たないか)
それにしても。
「まったく、猶予があるんじゃなかったのか!」
ロイスはここぞとばかりに不満を爆発させた。嘘ではないと断じた手前、まさかそれも嘘だったのかと攻める気持ちもあった。
「ロイスのせいでしょ!」
「はぁ?」
「ロイスが私を結界の外に出しちゃうから!」
カレンが随分と切羽詰まった、半分八つ当たりのような勢いを感じる声で叫んだ。
(結界の外……?)
一瞬考えて、昨日の宿屋でのことだと気づく。
たしかに部屋の外に追い出したときに、結界からも出した。
あれが魔王の探査を除外していたということだろうか、とロイスは予想外の返答に眉を寄せる。
「それならそれでなんで言わないっ」
吐き捨てるように言う。
「話す前に追い出したのロイスでしょ!」
「もっと前に話せ! どうせ話さずにどうにかできると思ってたんだろう!」
「うっ……で、でも! 部屋から追い出されたあとにちゃんと呼んだのに! 大事な話があるって!」
「結界張って音も遮断したわ!」
「最低!」
「こっちのセリフだ!」
そんな怒鳴り合いをする二人の背後で、突然轟音が響く。同時に感じる灼熱の風。
ギョッとして振り返ったロイスは森の向こうで火柱が上がっているのを見た。
「な、何してんだ、あれはっ」
「怒ってるの!」
同じく振り返って確認したカレンが叫ぶ。
怒っているくらいで、あんな火柱を立てられたらたまったものではない。それなりに距離が離れているのに、感じる熱量に肌が焼けそうだ。
遺跡探しにいいな。という理由で、勇者の目的である魔王の実力も知らずに勇者に同行した自分の愚かさを、今になって悔やむ。
ロイスとしては、ギリギリで逃げることも可能だと思ったからこそ勇者に同行したわけだが、相手の魔王があれとは。
先程の火の玉しかり、今の火柱しかり、簡単にやってくれるあたり、正真正銘の化け物だ。
再び前を向いて、速度を上げる。
その時。
茂みから何かが飛び出してきた。
咄嗟に脚を止めて構えたロイスは、現れた姿を目にして驚愕した。
黒髪。派手な鎧。背中の長剣。
そしてこちらを見たそいつの瞳の輝き。
その男は、こちらを見て目を見開いた。
「お前、ロイスか⁉︎」
呼ばれたロイスはというと、こちらも瞠目して目の前の人物を呆然と見つめた。
まさかこんなところで遭遇するとは思わなかったのだ。
そこにいたのは、魔界で別れたはずの勇者だった。




