戦闘と発端
ロイスはレイに雇われた身で、レイはロイスを雇った者。
依頼内容は単純明快。魔界への道を開き彼ら勇者一行を魔界へ連れて行くということ。そして彼らの魔界での行動を補助すること。
それがロイスの仕事であった。
魔界に入る前日に唐突に結ばれた関係で、行動を共にした期間は僅かな間だけだ。それも理由の一つだと思われるが、二人はそれほど仲がいいとは言えなかった。
二人は正反対で、唯一似ているところはお互い頑固だということくらい。変に似たところがあるからなのか相性が最悪だったのだ。
レイがロイスを睨みつけて再度叫ぶ。
「勝手に防御するなって言っただろ!」
「……苦戦してるみたいだったから、ついな」
信頼関係などないが、見捨てるわけにもいかない。かと言って素直にそうは告げるのもためらわれて、ロイスは誤魔化すように冷たく返す。
当然、その反応が気に入らなかったのだろうレイが苛ついた様子で口をひらく。
しかし、言葉を紡ぐ前にそれは小さな悲鳴にさえぎられた。
「きゃぁっ」
一人の少女が吹き飛ばされてきた。
「エスター?」
レイが思わず名を呼ぶ。
普段は後衛を務めているレイの仲間の少女、エスターだ。
エスターはなんとか受け身をとりつつも、ふらつきながら立ち上がる。そこに先ほどと同じ姿の魔物が迫ってきている。
「っどけ! エスター!」
咄嗟にエスターの前に出たレイが、魔物を剣で受け止める──が受け止めきれない。
勢いを殺しきれず、レイはエスターを巻き込んで、共に木と木の間をすり抜け、後方に吹き飛んだ。
「ぐっ!」
したたかに背をぶつけたレイがくぐもったうめき声を上げる。
魔物は、逃した獲物に向かって突進していく。
「くっ!」
体制を立て直そうとするレイだが、しびれた両手がそれを許さない。
動きが鈍く、立ち上がって剣をなんとか構えたはいいが、キメラの突進を受け止めきれるとは到底思えない。ロイスにはそのように見えた。
ロイスは二度目のため息とともに、再び魔術を発動させた。
魔物の鋭い爪がレイを切り裂こうとしたその次の瞬間、魔物は見えない壁に衝突して、そのゴムのように伸縮する壁によって、十数メートル先まで跳ね返される。
その様を目を見開いて見送ったレイは、やがてその端正な顔を怒りに満ちた表情に変えて、再び叫んだ。
「ふざけるな!」
その言葉が何を指しているのかロイスにはすぐに理解できた。
ため息一つして言葉を返す。
「今守らなきゃどうなってたかもわからないのか?」
「う、うるさい!」
「あのな……契約違反なのはわかるが。守ってやったんだ文句を言うなよ。勇者だからなんとかできると言うなら、それを見せてくれ」
ロイスが囁くように答える。
自分の不甲斐なさからレイがイラついているのはわかっていた。手を出さないのが彼のプライドのためなのかもしれないとも思ったが、だからといって見捨てれば後味が悪すぎる。それに、勇者だからと言う理由で信頼など出来はしない。
ロイスは人をほいほいと信頼するような性格はしてなかった。
「なんだと⁉︎」
レイが怒りを顕にする。
「お、落ち着いて勇者様! 今はそれどころじゃ……」
「だまれ!」
隣でいさめるエスターの言葉に、レイは怒鳴り声をあげた。
そして再びロイスに顔を向ける。
「お前は攻撃に参加するんじゃない!」
「してないだろ。防御だけだ。魔界から帰るまでの補助を任されたんだ。防御くらいする」
レイの言葉の通り、戦いは契約外だ。しかし勇者一行からは魔界への誘導役としてだけでなく、魔界での活動補助も任されていた。彼らが魔界で活動できるように最低限できることをするのは、依頼を受けた以上当然のコトのつもりであった。
「余計なことをするなって言ってるんだ!」
レイが再び噛み付くように叫ぶが、何を言われたところで、ロイスのほうにはなんのダメージもない。ただ、大口を叩くなら大丈夫だと安心させてほしいものである。
「わかった、わかったよ。それよりも……」
ロイスは視線を前方に向けた。
先程まで、キメラは一匹二匹という程度だったはずだ。
しかし、今ではその数、およそ十数匹。
わらわらと音がしそうな勢いで集まってくる。
一匹は大したことはないが、数が多くなってきては面倒極まりない。そう思って舌打ちしたところ、ギンっとレイの鋭い睨みが飛んできた。
お前にしたんじゃない。そんな思いで、ロイスは片手を振る。
レイもまた舌打ちをしかえす。まるで子供だ。
「とりあえず、そこのキメラどもをなんとかしてくれ」
「うるさい!」
そう怒鳴ってから、レイが両手剣を上段に構えた。
「今から一掃する。手をだすなよ! ロイス!」
真剣な表情で勇者が言った。
命令口調にイラついて、ピクリとこめかみが動く。文句を言いたくなるのを押し殺して、ロイスは無言で右手を挙げた。了承の態度だ。それでも一言忠告はせずにいられなくて口を挟む。
「温存しろよ。大技で消耗したら元も子もない」
が、それに耳を貸すレイでもなかった。
「行くぞっ」
レイが叫ぶ。
剣に収束していく光。
聖剣の力。
それは巨大な光の柱となって、聳え立った。
黒い艶やかな髪をゆらし、宝石のような緑色の瞳をきらめかせ、勇者は笑う。
そして、剣は勢い良く振り下ろされた。
ほとばしる閃光。
地響きに似た轟音。
そして襲いかかる衝撃。
砂が巻き上げられ、ロイスたちに迫りくる。
それを、繭状の結界を自身に張ってロイスはやり過ごす。
砂塵で視界が奪われるほどの威力。
しかしロイスは感嘆するでもなく、ため息を吐き出した。
(最悪だ、こいつ)




