遭遇と魔王
「いないなら、いないなりにできることがあるだろうが、冒険者たちを呼んでこい。そいつらに守らせる」
「は、はい!」
言って走り去っていく後姿を確認すると、ロイスは再び入口に目を向けた。
と同時に飛んできたカエルを結界で弾く。カエルは入り口で棒を振り回す村人の足元に転がった。
「うわっ」
頭上を飛んでいった魔物が背後から再び飛んできたことに村人が驚きの声を上げる。その村人にロイスはズンズンと近づいていくと、強引に袖を引っ張った。そして引きずるように後ろに下がらせた。もちろん、跳躍してくる魔物を村の外に弾きながら。
「さっさと奥へ逃げろ」
おずおずと怯える村人達だが、ロイスが魔物を結界で弾くのを目撃すると、現状を理解したのか、ひたすら村の奥へ避難し始めた。
何度も跳躍してくるカエルたちを一通り村の外に追いやっていると、魔物も警戒した様子でロイスから距離を取ろうと入り口からぞろぞろと退き始める。それを視界に入れながら、ロイスは必死に頭を巡らせてた。
(あの巨大な境界。閉じることができるか? いや、境界の閉じ方なぞ知らん。カレンの言う通り、誰かが意図的につくりだしたものならば、そいつなら閉じることも可能か?)
冷や汗がこめかみを伝う。
今をしのいだとして、しかしヨウラ村にはもう魔物の脅威にさらされ続ける未来以外はない。
村の崩壊を目にすることになるかもしれない。そんな思いがロイスの胸を締め付けた。
(とにかく、今は村の入り口を封鎖して……)
ロイスが結界を張ろうとしたその時。
強烈な圧力にも似た気配がロイスを襲った。
背中が粟立ち、足元からヒヤリと悪寒が全身を襲う。指先は震え、息すら吐くことができないほどの威圧的な気配。
それはモヤの向こうからぴりぴりと肌を刺した。
ロイスはのろのろと視線をモヤに向けた。
(何か、くる)
いや、なにかではない、とロイスは自分の思考を否定する。それは不明なものではない。ロイスの勘が確定し、そうであると訴えてくる。
これだけの強力な気配をもった魔物など存在しない。
魔界からやってくる者で、この威圧。可能性はただ一つ。
魔族、それも。ただの魔族では無い。気配も、存在感も圧倒的に異なる。そして異なることに気付いたことを後悔していた。
ざわざわと肌を撫でる感覚。
ロイスの勘が告げている。逃げろと。
ロイスは舌打ちをしたい気分になりつつ、モヤを見据えた。
(逃げられるなら、逃げるが、逃げられないからここにいる)
この気配、威圧感。
ロイスの予感は当たる。
ごくりと唾を飲み込んだロイスは、かすれた声で囁いた。
「──魔王……か……?」
ほとんど確信に近い言葉。そしてそのロイスのつぶやきに答えるように、暗いモヤの向こうからそれは姿を表した。
人間によく似た形をした、しかし間違いなく人間ではない気配の持ち主。
黄金の髪。浅黒い肌。体格は巨体と言っていい。二メートルはゆうにこえる背丈に、服の上からでもわかるほど隆起した筋肉。
尖った耳。眼光はギラギラと鋭い。
全身を覆う黒い衣装はカレンの時と同じく見たこともないほど精緻な縫製でできている。
それは、噂に聞く魔王の姿そのもの。
「嗚呼、最悪だ」
そんな情けない声が出る。
自らの不運を呪いたい気持ちになった。
魔王の実力をロイスは知らない。
それもそのはず。魔王は基本的に人間界に現れることはない。魔王と直接対峙した歴代の勇者たちが、ただ「あれは化け物だ」と断言したらしい。と聞いたことがある程度だ。
他の魔族についてもしかり。そうそうお目にかかれはしない。なにせ人間界に干渉してくることは、こちらも滅多にないからだ。ロイス自身二度遭遇したことがあるが、どちらも戦いにならなかったのは奇跡だっただろう。
それほど実力がかけ離れた相手。そこになぜ人間が定期的に魔界に魔王退治のための勇者を派遣するのかといえば、魔物の被害が魔王の仕業だと信じられているから。である。
ロイスはそれを半ば戯言だと思っていたが、先程のカレンの言葉を聞くに、まったく根拠がない話とも言えないようだった。
カレンは、否定してはいたなとロイスは記憶は思い出して笑う。
今は、その真偽について考えている場合ではない。
ロイスは噂程度にしか魔王を知らない。なのに今その魔王と対峙している。
これを不運と呼ばずして、なんと呼ぶのか。
ロイスは魔王から目を逸らさずにごくりと喉を鳴らした。
思い浮かべるのは、打倒魔王を掲げていた男の姿。
(なんでこんなところに魔王がいるんだよ。レイのやつ、倒し損ねたのか)
期待していたわけではないが、多少は手傷を与えていてほしかった。
だがそれも見受けられない。
魔王は万全の状態で人間界に現れた。もしかしたら、魔王と遭遇することもできなかったのかもしれない。
死んだという可能性もなくはない。
一瞬浮かんだ不思議な感覚を首を振って散らし、ロイスは魔王をじっと見つめる。
(しかし、いったい、何をしに?)
ざわざわと胸が騒ぐ。わからない。わからないが、これはまずい状況だ。
魔王はゆっくりと歩いて村の入り口に近づき、そして手前で足をとめた。
その行動にロイスは怪訝そうに眉を寄せる。
(村に入るつもりはないのか?)
そうは思っても、じりじりと後ずさるロイス。正直、まともに戦って勝てる気がしない。攻撃を防ぐことはできよう。それはロイスの結界ならば容易いとは言わずとも可能だと思われる。
だが、村人を守りながらとなると厳しい。
ロイスが退路を懸命に探していたその時だった。
「パパ?」
声がロイスの耳を打った。
振り返り、いつの間にか後ろについてきていたカレンを視界に入れる。
彼女の口から、拍子抜けするほどあっさりとした調子で飛び出た言葉を、理解しようとして頭がからまわる。ただ、瞠目してその顔を凝視した。
なんでここに。とカレンがつぶやく。その言葉を聞いて、ロイスは遅れてようやくカレンの言葉の意味を理解する。
そして、思わず叫んだ。
「ぱ……パパだと⁉︎」




