相違と帽子
村は魔界にいく前と同じように賑わっていた。
相変わらず大通り──といっても、道幅六メートルほどの細い道ではあるのだが──は人で溢れ、店の呼び込みの声が響いている。
道の左右どちらも簡易テントの店は少ない。特に右側は、どこも立派な二階建ての石造りの家が立っていて、一階も二階も食事どころや宿屋として開けている。
左側は、奥行きはあまりない店ばかりで、二階は物置になっている。というのが以前来たときに聞いた話だ。
真上から照らす太陽で、今は通りも明るい。時間が過ぎれば、比較的背の高い建物が集まっているため、通りはすぐ日陰になってしまうだろう。
今が一番の売り時だった。
通りには、ちらちらと魔術師や旅人の姿も見られ、冒険者と思われる体格のいい者も多くいた。
こうなると人の中に埋もれるようなもの。全身黒だろうがなんだろうが、ぶかぶかの外套を着てようがそれほど目立たない。
それをいいことに、ロイスは堂々と通りを歩くと、近場の古着屋に入りこんだ。運よく、店には客がいない。これならば視線を気にせず服を選べるというもの。
防具を買う必要はない。安いもので良いので、古着でもいい。そんなことを思いながら、ロイスは店を見渡した。
「とりあえず、あまり露出するな。頭まで隠せるものを……」
そう言って振り返ったロイスは、ポカンと口を開けた。
いつの間にかカレンが両手に持っていたのは、黒と派手な赤い色で縞々に染められたハイソックス。
赤というより、彼女の着ている服の色とよく似ている……。
(じゃなくて、なんでそんなもの売ってるんだ?)
ロイスが思わず首を傾げると、店主らしき女が声をかけてきた。
「お目がたかい。それは異国の民族衣装でね、舞踊で使うらしいのよね」
「これがいいわ。かわいいもの」
(どんな舞踊だ。というか、民族衣装、それも舞踊衣装を日常着にしようと言うのがすでに問題ありな気がする)
とロイスは思ったが、彼女はそれを何も言わず履き始めた。
「おい、売り物だ。買う前に履くな」
「え? だめなの?」
「あたりまえだろう」
上着などならいざしらず、ソックスなどほいほい履いていいものではない。しかしどうやら魔族の中では店のものを勝手に使ってもいいらしい。というようにカレンの行動をロイスは解釈してとりあえず店主を盗み見る。
案の定、不快そうな表情をする店主。
ロイスはしかたなく店主に軽く謝罪をして、軽い財布の紐を解いた。
(これじゃ俺がこいつの財布みたいじゃないか)
と内心で愚痴る。
そうこうしている間に、カレンはあちこちの服を物色している。取り出した服を放置して、別の服を着る。それもそのままにあちこちのものを身につけて「鏡はないの?」などと聞いてくる。
再びため息をついて、ロイスはカレンの首根っこを掴んだ。そうして乱暴にカレンを制止すると、カレンが手に持っていた上着を一枚支払いの台にのせて、本人は店の入り口に向かって追いやる。
「これと、あとこいつがいま履いてるソックスを」
「ええ、終わり?」
「いいから、ちょっと先に出てろ」
強めにカレンの背中を押して店から出す。これ以上勝手にあちこち触られたら困る。
その後ろ姿を視線で追ったとき、ふと視界に古い帽子が目に入った。
そういえば、買った上着にはフードがついていなかった。そう考えて、ロイスはその帽子も店主に渡した。
古着だったので、値段は随分と安く済んだが、もともと懐はそれほど潤ってはいない。今後はある程度生活を切り詰めないといけない。とそう思いながら、購入したものを持って、店をでる。
が、いない。
眉間に深いシワを寄せて、ロイスは周囲を見渡した。
カレンはすぐに見つかった。隣の店で興味深そうに果物をみつめている。
側によれば、果物屋の親父と話し込んでいた。
「おい、勝手に動き回るな──」
「ねえ、これリンゴって言うんだって。食べたことある?」
「あ?」
言われて手元をみると、かじりかけの林檎があった。
(また、こいつは……)
もはや何度目かもわからないため息ついて、果物屋の親父に値段をたずねる。
「悪いな親父。いくらだ」
「鉄三枚だが……林檎も知らんとは、かわったお嬢ちゃんだな」
などと言われる。そういえばそうだ。
魔界には林檎がなかったのかもしれないが、それにしても無知にもほどがある、せめて林檎ぐらいは知っていて欲しいものだ。
ため息ついて、ロイスはカレンの頭の上に帽子を乗せて、金を払った。
ぽすり。と音をたてて、彼女の頭を帽子がすっぽりと覆う。
カレンは驚いた様子で、顔を上げた。
「これ何?」
「耳。隠せよ」
服屋も果物屋もカレンが外套を被っているから気づいていないが、耳は目立つのだ。どうにか隠さなければならないい。
そう思って購入し、渡した帽子だった。これで多少は隠れるだろう。その髪や目の派手さは隠せずとも、こうして頭さえ覆ってしまえば、意外と注目されないものだ。それは、派手な髪色をしているロイスが、身を持って知ったことだった。
カレンは無言で帽子を抑えている。
背が随分と離れているから、俯かれると表情がわからない。どんな表情をしているのか気になって思ってわずかに腰をかがめると、彼女は妙に嬉しそうに微笑んでいる。
「なんだその顔」
「……別に。ただ、買ってもらったりって初めてだったから……」
(それは随分と殊勝なことだ)
カレンはほんのりと頬を染めて、小声で「ありがと、ロイス」とつぶやく。
一瞬虚をつかれるが、すぐにわずかに微笑んで見せる。
そういう態度をされると満更でもない。そういう気分だった。
カレンは帽子の中に顔を隠してしまったが、照れているのがまるわかりだ。
(やはり、わかりやすいやつなんだな)
ロイスはここ数日で久々の笑顔を顔に浮かべていた。




