猶予と休息
「すごいなぁ。やっぱりロイスって魔術師としては優秀よね。今のも【収納】なのかしら。でも【赤の書】の呪文だし……ってことは【青の書】にあるなにかの術の応用? すごいなぁ、こんなにいろんな術を開発するなんて普通の魔術師には絶対できないものねー」
「褒めてもなにもしないぞ」
「バレたか」
ぺろりと少女は舌をだして笑う。
イタズラ娘が、と思いつつ、ロイスはカレンを凝視する。
やはりどこかに行く様子はない。
本当にロイスについてくるつもりがあるらしい。
ロイスはため息を吐き出してカレンと向き直った。
「そもそもどうして家出なんかしたんだ」
家出の共犯とも言えるロイスが尋ねると、さっと目をそらしてからカレンが答えた。
「……そうね、パパが過保護すぎて?」
(嘘っぽい……)
しかし細かいことはわからない、そう言うことを読み取る技術は残念ながら人間関係を拒絶してきたロイスには、培われていない。
ただ何かを隠していることは明白で、胡乱な視線を隠すことなくカレンをじっと見つめる。その圧に気圧されつつも、カレンは口を開くつもりはないらしく、余所見を続けている。
ロイスはカレンと離れたいのだと直球で伝えることにした。
「父親が追いかけてくるんだろう」
「うん」
「一緒にいたら俺まで迷惑を被るわけだが?」
冷たい言い方だったが、カレンはしずかに首を振った。
「それは平気」
「なんで」
「大丈夫なものは、大丈夫なの」
と説明する気なしの返事がかえってくる。
微妙に青筋が浮かんだことに彼女は気づいたのか及び腰でロイスを見上げた。
「本当に大丈夫。えっと、多分追いかけてくるまでには時間がかかると思うから!」
「ならなんであっちで急かしたんだよ」
「それは……だって魔界だし」
「だから?」
意味がわからず聞き返すが、カレンは再び目を逸らす動作をするばかり。返ってくるのも沈黙だけ。
(目を逸らす時は嘘をついている時……あるいはなにかを誤魔化そうとしている時……って感じか)
ただどうやら口からデマカセを話すほど嘘に慣れていると言うわけではないらしい。
だかr言いたくないことはいわないように心がけているのだろう。
それはそれで結構なことだが、巻き込まれた形のこちらとしては、ごまかすその態度にはイラつかせられるのだった。
「……家出先が人間界なのは何故だ」
「……興味があって」
とまたもや目を逸らす。
これもまた嘘なのだろう。
なんとまあわかりやすい嘘つきだろうか。
ハキハキとした性格をしているくせに、嘘をつくときは言い淀む。目が泳ぐ。視線が合わない。
ロイスは大仰にため息を吐き出した。
嘘と言っていないことが多すぎて、疑う以外になんの感情も抱けそうにない。信用も信頼も到底無理である。
人に本当のことを言わせるのは簡単なようで難しい。誘導尋問のように言葉巧みに言わせることができる者もいるというが、やはりこれもロイスにはない能力だった。
(拷問で言わせるのなら多少はできなくはないが……)
渋い顔をしてロイスはかぶりを振る。
想像したくもない内容だった。そこまでして真実を言わせる必要はない。ただ、ついて来させないようにすれば良い話だ。
「残念だがここでお別れだ」
「残念なら別れなくてもいいよ」
そんなことを言いたいわけじゃないと気づきながらカレンがわざとらしく言う。
「いや、非常に残念だが、さよならだ。じゃあな」
「さよならはもう少し先でもいいと思うのだけど」
「魔族に追われてるやつと一緒にいられるか」
「ここで置いてったら、パパにロイスのこと言いつけるからね。誘拐犯ですって」
サラリと平気な顔をして脅しにかかるカレンである。
「ていうか、女の子をこんな知らないところに連れてきておいて、隙をみて逃げようとしないでよ」
「……」
言い方に不満はあるが、まさにその通りのことを考えていたロイスである。
「やっぱり考えてたのね……。わかりやすいわねロイス」
(お前にだけは言われたくない)
ロイスはカレンを睨む。カレンはというと、にっこりとそのかわいらしい顔に笑顔を浮かべて。
「まさか、放置していくほど嫌な男じゃないわよね」
と一言。
結局勇者と別れても、ため息は尽きないのだった。
仕方がない。
さっと彼女をおいて転移したいところだが、うまくいくかは不明だ。
ロイスは自らの手を眺める。魔力が消費しているのか、わずかにだが体の動きが鈍かった。
魔力量においてはロイスはそれほど多くはないほうだと自覚している。
魔力の消費が激しいからそう簡単にホイホイと転移は使いたくはなかった。
今日は撒くのは無理でも、明日。魔力を回復させた明日なら可能だろうか。
この際しかたがない。そう思って「ふぅ」と息を吐く。
「勝手にしろ」
ロイスはぶっきらぼうに突っぱねることしかできなかった。




