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成立と書庫


 少女は嬉しそうに瞳を輝かせる。

 

「取引成立ね」

 

 カレンは嬉しそうに言う。

 

「本がある場所も知ってるわ。ついてきて」


 言われてロイスは一瞬迷った。

 ロイスにしてみれば、あるかもしれない。という非常に低い可能性だった魔術書で手に入れられる機会を得たわけで。これほどうれしいことはないが。嫌にスムーズすぎる。


「ねぇ、取引は成立でしょ。はやく!」


(はやく? 焦っている。そうだ。さっきから焦っている。なぜだ?)

 

「カレン……なぜこの遺跡にいたんだ? ゴーレムもいるし、危険だろう」


 カレンはさっと目を逸らした。

 

(これは……)


「答えろよ。なぜ急ぐ?」


 しばらく沈黙を守っていたカレンは、やがて、観念したかのように、年齢にあわないしぐさで肩をすくめた。

 

「……ここ、私のパパが管理している場所なの。あのゴーレムもそう。パパが操っていたの。だから危なくはないのよね」


(なるほど)


 納得して、ふとロイスは思考を停止させた。

 そして動き出す思考と共に、嫌な汗が吹き出した。

 

(操っている?)

 

 ゴーレムというのは、命令を聞いて動く人形だが、その構造はゼンマイ式のおもちゃのようなものがほとんどで、操るという表現は似合わない。

 それはゴーレムではない。マリオネット、つまり操り人形だ。そして人形と術者の間には、魔力で常に繋がりができている。

 壁にぶつからずに追いかけてきたことからも、それなりにコントロールされてるわけで。言われてみれば、ゴーレムらしくない。

 ロイスはだらだらと汗を流しながら、少女を見返した。


「あのデク人形を壊したこと、お前の父親にばれてるってことか……?」


 そのロイスの戦々恐々とした表情に、思わずカレンは眉尻を下げて、困ったように笑った。


「うん。ごめんね」

「もしかして、ここに来たりするのか?」

「……うん、多分」


 バツの悪そうにカレンが頷く。

 ロイスは天を仰いだ。つまり、彼女が急いでいるのは、その父親が来るからなのだ。

 

「……一応聞くが……お前の父親、強いか?」

 

「強いわよ」

 

 と元気いっぱいの返事。そんなことまで迷いなく答えてくれなくていい。とロイスは酷い脱力感に襲われた。

 

 ただちょっと遺跡に入るだけのつもりが、ちょっと遺跡のかけらをもらうつもりが、ちょっと魔術について探るつもりが、まさか大人の魔族に、それもこれほどの人形を操作できるやつに見つかってしまうとは。

 しかもそばには、その娘がいる……。

 最悪の場面としかいえない。とロイスはあまりの嘆きに顔を覆いそうになった。これではのんびりと遺跡探索ができないではないか。


「だから言ったでしょ。急いでって。悩んでる時間はないわよ!」

 

 細かいことを聞く時間すら惜しまれて。ロイスは顔を盛大に歪めて頷いた。



 

 カレンが案内したのは、入口からずっと遠い地下道だった。

 乾燥した空気がロイスの唇をカサつかせる。魔界はジメジメしている場所が多いが、遺跡の中はどうにも砂っぽく乾燥が酷い。

 ロイスはカレンの小さな背中を眺めながら、そういえば、と思い出したように尋ねた。

 

「遺跡の方向から、なにか視線を感じたんだが、あれはなんだか知ってるか?」

 

 鋭利な、刃物のように鋭い視線だった。ゴーレムのものでもないし、敵意に似ていたからカレンのものでもないように思える。

 カレンはチラリとロイスを振り返ると、再び顔を戻した。ロイスからは表情が窺えないが、緊張したように背中がこわばっている。

 これは聞かない方が良かったか……とロイスが沈黙していると、やがてぽつりぽつりとカレンが話し出した。

 

「魔物避けの魔術みたいなものよ。この遺跡自体はただの、そう、ただの遺跡。けど一応ね、しっかり形が残っているから、大事にされているの」

 

 その言い分は、ロイスにしてみればすこし不思議な気もした。たしかに魔物は見境もなく物を破壊することがある。それを防ぐために警戒網のようなものを敷いていて、近づいた物を威嚇するというのはわかる。

 しかし、遺跡の目の前でその視線も感じられなくなってしまった。あれではまるで──。

 

「ついたわよ」

 

 ハッとして、ロイスは顔を上げた。

 そこには、ほかの場所にはなかった人間の大きさに合わせた木の扉があった。

 カレンがゆっくりと扉をあける。鍵はかかっていない。ギィと聴き慣れた木製の扉の蝶番の音がして、部屋の中があらわになった。

 小さな小さな部屋。

 その壁一面に、人間が読む一般的なサイズの本がずらりと並んでいた。

 

「すごいな……」

「好きな本をどうぞ。さっきも言ったけど、魔族にとっては大したものは置いてないけどね」

 

 それであのゴーレムはどういうことだ。などと思わなくもないロイスだったが、細かいことは問い詰めまい。

 それよりも、とロイスは壁一面を覆う本を眺めて、その中の一冊をなんとなく手に取る。

 知らない魔術の呪文や内容が描かれていて、それだけでロイスは興奮を隠せなかった。次々と本を取り出しては開く。どれもこれも見知らぬ内容ばかりだ。

 

「ほら! はやくしないと」

 

 背を叩く勢いでうながされ、ロイスはカレンを見た。


(そういえば、カレンも焦っているんだったな)


 彼女の父親がやってくれば、彼女はおそらく人間界に行くことはできなくなる。それはロイスが殺されてしまう。という可能性があるがゆえでもあるし、彼女が単純に連れ戻されてしまうということでもあるのだろう。

 その証拠に、カレンはれた様子で言い募る。

 

「いっぺんに持っていける量じゃないし、さっさと持ってくもの決めて。急がないとパパが来ちゃうかもしれないし。のんびりしてる暇はないのよ」


 ロイスは舌打ちをかました。

 カレンの言うことは最もだ。最もだが、読みたい欲はある。しばらくパラパラとめくっていたが、地団駄を踏むカレンに再び急かされて、ロイスはため息を吐き出した。

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