最初と二人
はじめましての方はじめまして。
ファンタジーに挑戦しました。
よろしくお願いします
「取引しましょ」
少女の声に、魔術師は顔をあげた。
鮮やかな夕焼け色の髪が揺れ、蜂蜜のような琥珀色の瞳が、一人の少女を捉えた。
その瞳に映るのは、美しい艶のある髪を靡かせる、青い瞳の少女。
まるで精緻な人形のように美しいその少女は、華奢な手を差し出して同じ言葉を繰り返す。
「私と、取引しましょう」
魔術師は無言でその手を見つめた。
彼女の唐突な言葉に驚いたからでもあり、またその行動を理解できなかったからでもあった。
幾度か彼女の手と瞳を交互に見やって、魔術師は思う。
(どうしてこうなったのだろう)
(どうして、このような対話をしているのだろう)
すべての始まりは、彼女と出会ったことか、あるいは、足元に転がるゴーレムと邂逅してしまったことか、魔術師には判断がつかなかった。
魔術師は少女から視線を足元へうつした。
巨大なゴーレムの手足、胴、首が転がっている。
それらを分割した斜めの切断面は、滑らかで美しくつるりとしていて、よほど切れ味のよい刃物で切断されたのであろう事を物語っていた。
其の崩れた巨体が、広大な空間と高さを誇る石造りの遺跡に、崩壊していく儚さのような印象を与えている。
魔術師はゴーレムから視線を少女に戻し、再び思う。
(どうしてこうなったのだろう)
ゴーレムを倒したのは、少女を守るためだった。
少女を守ろうとしたのは、ただ、後味の悪い思いをしたくなかったから。
軽率な行動だったのではないか、と今になって自問する。
彼には何もなかった。
愛する家族も恋人も、共に笑いあえる友人も、切磋琢磨できる相手もいなかった。
あったのはただ偏った魔術の才能のみ。
日々は退屈で、探究心にしたがって一人魔術を極めることだけが、彼の人生だった。
それだけの人生であっても、己を見つめるこの美しい少女を、助けを求めてくる彼らを、放って置けなかった。
それは、彼自身も自覚しないお人好しな性格が、彼をそのように動かしたのだろう。
しばらく指輪とゴーレムを見つめて、再び魔術師は顔を上げる。
静かに待っていた様子の少女は言う。
「あなたの力になってあげる。代わりに私の願いを聞いてほしい」
(事の発端はゴーレムではない)
(少女と出会った時か。否、それでもない)
おそらくは数時間前の事。
その出来事を思い出して、魔術師ロイスは頬を引き攣らせた。
◇ ◇ ◇
それは、少女と出会う一時間ほど前のこと。
シンと音もない暗い暗い魔界の森。
闇に覆われた世界。
周囲は巨木に覆われ、足元は立派な根が隆起して地面から顔をだしている。
様々な形の草木が生い茂る暗い森は、鳥も虫も身を隠したかのように見当たらず、鳴き声も全く聞こえてこない。
突然、ミシミシという音に続いて、ズドンっと大地を震わせるような音が轟く。
巨木がなぎ倒された音だ。
砂塵が舞い、数枚の木の葉がひらりと落ちて行く。
その音に、一人森の影に佇む男が顔を上げた、美しい琥珀色の瞳が、落ちていく木の葉をその瞳に映し、ゆっくりと瞬く。
「きたな……」
男がつぶやく。
じっと見つめる視界の先で、一匹の化け物が立ち上がり、咆哮をあげた。
その化物の周りを踊るように光の玉が飛び回る。それは宙を遊ぶようにくるくると舞いながら、化物を明瞭に照らす。
化物の全長は二メートルはあるだろうか。
体色は鈍い黄土色。
形は人型のそれに近い二足歩行だが、頭部には山羊の角があり、尾は獅子によく似ている。体毛は薄く地肌が見えており、浮き上がる筋肉は隆起して逞しい。
鋭利な爪がギラリと光り、それぞれの指が触れ合ってはギリギリと音を鳴らす。
口元からはだらりとよだれが垂れ、グヴゥと唸る様は獣のそれより醜悪。
キメラ、と呼ばれる魔物の類だ。
男は暗闇に身を隠すようにして、キメラの様子を伺ってた。
名を、ロイスという。
ロイスは息を潜めて化物を観察する。
不意に、ロイスの視界に一人の青年が姿を現した。
豪華な黄金の鎧を纏い黄金の剣を手にした黒髪の青年が、ロイスの目の前で化け物と対峙する。
「おいおい、考えなしか」
ロイスは低い声で囁いた。
ロイスの視線の先で、状況は目まぐるしく変わっていく。
足場の悪さを感じさせない軽やかな動きで、黒髪の青年は魔物──キメラの攻撃を避ける。
一方のキメラはヨダレを振りまきながら、青年に向かって突進していく。
やがて、青年が木を背にした状態で剣を構えた。
軽やかに攻撃を避けているうちに、巨木を背負ってしまったらしい。
視線の先で、今まさに魔物と青年が衝突しそうになる。
ロイスは舌打ち一つ打つと、右手の人差し指と中指をクロスさせ、つぶやいた。
『構築』
同時に、魔物は見えない壁にぶつかったかのようにひしゃげ、そして次の瞬間、跳ね返されて吹き飛んだ。
呆然とそれを見送った黒髪の青年。
ぱっと振り返り、ロイスの姿を見つけた途端、盛大に顔を歪めて忌々しげに「クソっ」と吐き捨てる。
その反応にロイスはため息を吐いて、それからゆっくり暗闇から姿を現し、青年のそばに近寄った。
その全身は黒で統一されていた。
黒い防具に、黒い外套。
闇に紛れる全身黒の外見は魔術師特有の服装といえるが、その髪は夕焼け色をしていて、ひどく目立つ。
それゆえに、ロイスは外套のフードをかぶり、その派手な髪色を隠していた。それでも風に揺られて、夕焼けがちらつく。
並び立つと、二人はまるで正反対の色。
一人はきらびやかな衣装に黒い髪。一人は漆黒の衣装に夕焼け色の髪。
ロイスの目の前にたちつ、黒髪の青年の名はレイ。
聖剣に選ばれし勇者。
性格は、楽観的且つ愚直なまでに単純。
一方彼を守る盾を作り出し、 今まさに暗闇から戦場に足を踏み出したロイスはというと、現実主義であり、冷淡に思われやすい淡白な性格だ。
「臨時要員の分際で手を出すな!」
視線が交差しさ瞬間、レイがたまらずといった様子で叫んだ。




