表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

お怒りではない?

 聞き間違えだろうか。

「あの、侯爵さま。本当によろしいのですか?」

 私はおそるおそる確認する。

 立場上、義理の妹だから、やむを得ないということなのかもしれない。そういうところ、すごく真面目で義理堅そうなひとだから。

「ご迷惑でしたら、ミリーお義姉さまには、私から話しておきますので、ご無理はなさらずとも」

「どういうことだ?」

 リチャードの眉が、またつり上がる。部屋が一段と冷えた気がした。

 私は思わずびくりとする。

「えっと。私のエスコート、お嫌なのではないかと。それに、既にお相手がいらっしゃるのであれば……」

 しどろもどろになりながら、私は答えた。

 父と義母はうまく行っている。ここで、リチャードと私が険悪な関係になるのは避けたいところだ。

「そんなことは言っていない。なぜ、姉上は名前で、俺は爵位なのだ?」

「え?」

 どういう意味だろう。

 ミリーのことを、ミリーお義姉さまと言ったことだろうか。

 ああ、そうか。ミリーのなつっこい人柄でつい忘れてしまうけれど、伯爵夫人であり、私よりずっと身分の高いひとだ。

「すみません」

 私はもう一度頭を下げる。

「伯爵夫人には私がお伝えいたしますので」

 言い直しながら、なんか泣きたい気分になってきた。

 暖炉の薪がパチリと音を立てる。

 部屋はだいぶ温まってきたけれど、少しも温かいと思えない。

「違う。えっと。そうじゃない。逆だ」

 リチャードが首を振る。私の様子を見て、困ったような目をしている。責めていたわけではないらしい。

 ということは、逆ってつまり、名前で呼べということ?

「リ、リチャードお義兄さま」

 かなり勇気が必要だった。怒られたらどうしようと思うと、ただ呼ぶだけで、声が震える。

 全身が緊張でこわばった。

「ふむ」

 少しだけ、リチャードの口角が上がる。

 えっと。ひょっとして、笑った、のかな?

「それでいい。俺は、一応、お前の義兄になったのだから、前から侯爵と呼ばれるのに違和感があった」

「……そうなのですね。申し訳ありません」

 私は謝罪する。

 そうか。生真面目に父を父と呼ぶのだから、案外、そういうことを大事にしているひとなんだ。

「だから、そうやって、何度も頭を下げなくてもいい。俺はあまり、女性と話すことが得意ではないだけで、怒っているわけではない」

 そうなの? 今まですごい無愛想だったのは、嫌われてたわけじゃなかったんだ。ちょっとホッとする。

「では、本当にエスコートしていただけるのですか?」

 半信半疑でもう一度確認する。

「あたりまえだ。それとも、他にあてがあるのか?」

「いえ、ありません」

 私はぶんぶんと首を振る。

「それでは、本題に入ろう」

 コホンとリチャードが咳払いをする。

「本題?」

 思わず問い返す。

「夜会に向けての打ち合わせだ。何をしに来たと思っているんだ?」

「打ち合わせ?」

 何のことだろう。

 何か、口裏を合わせるとかしないといけないのだろうか?

「ドレスの用意はしたのか?」

「……まだです」

 そもそも、欠席しようかなと思っていたのだし。ドレスも相談する必要があるのだろうか。

「おそらく、かなりの人間がマリアに注目をする。王太子にも挨拶をせねばならぬ。恥をかかぬように、しておかねばならん」

「はい」

 そんな真剣な顔で言われると、行きたくなくなる。不安でいっぱいだ。

「心配するな。準備をきちんとしておけば、マリアは、社交界の大きな華となれる」

「華にですか?」

 そんなものにならなくてもいいから、とりあえず、みなに恥をかかせないようにはしたいとは思う。無事乗り切ればそれでいい。

「ああ。お前は美しいからな」

「え」

 真顔でさらっと言われて、つい胸がドキリとしてしまう。

 思わず、顔を見るも、リチャードの方は、いたって平常運転で、お世辞でも口説き文句でもなかったらしい。

 そうか。このひと、家族に意外と激アマ路線なのかも。

 たとえ義理でも、妹だから、とにかく可愛いってモードにはいったとか。

 とはいえ、相変わらず、リチャードの表情筋は仕事していない。別に棒読みってわけじゃないから、顔に感情が出せないタイプなんだろう。

「明日から、先生をつけよう。ダンスに、所作、言葉遣い。ドレス代も俺が出すから、お前に一番似合うものを作るといい」

「へ?」

 待って。そこまでしないといけないの? 現在の私、そこまでダメダメってこと? 一応、子爵の娘として恥ずかしくないようには、教育を受けてきたつもりなんだけれど。

「あの……ひょっとして、お義兄さま。私が王太子さまに見初められて欲しいとか、思ってます?」

 血はつながってないけれど、政治的な駒にすることはできなくもない。

 私が王太子に嫁げば、当然、義兄であるリチャードは政治的に重要なポストに就ける可能性が高くなる。

「そんなことは、全く思ってはおらん。殿下は、政治家としては優れてはいるとは思うが、失礼ながら男としては信用してない。そもそも、婚約者候補は何人もいるにもかかわらず、結局きめかねているというのは、優柔不断にもほどがある」

 ふん、とリチャードは鼻を鳴らす。

「婚約者候補がたくさんいらっしゃるのに、夜会で嫁捜しをするんですか?」

「まあ、殿下としても、今の候補者は全てに派閥があって、政治的にやりにくいと感じているんだろうがね」

「はあ」

 とりあえず、王太子殿下は、女好きか引っ込み思案のどっちかなのかな。リチャードの様子から見ると、ひょっとしたら女好きなのかもしれない。

「殿下に見初められる必要はないが、それくらいの気概で行くといい。そうすれば、良い相手がみつかるだろう」

 リチャードは口の端を上げる。

 どうやら、微笑んだようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ