襲いかかる魔物
翌日の朝、フィーネがいつもの通り、グリザスの健康状態のチェックをしに部屋を訪れた。
「おはようございます。グリザス様。」
「おはよう。フィーネ。いつもすまない。」
ベットに鎧姿で腰かけるグリザスの手を、いつものごとく握り締めて、健康状態をチェックしてくれる。
フィーネはニコニコしながら。
「問題なしーー。癒しのパワーを送ります。」
癒しのパワーが握られたフィーネの手から感じられて、身体が温かくなる。
グリザスは礼を言う。
「有難う。」
「いえいえ。ねぇねぇ。グリザス様。私、人のオーラについて大分操れるようになってきたんだよ。チュドーンについても何だかわかるようになってきた気がする。」
チュドーンはフィーネが相手にしがみつき、力を使って相手のオーラを爆発させることが出来る。オーラが爆発させられた人間は、一気に持っていた力を使い果たして倒れてしまうという類のものらしい。
そんな話をしていると、庭に面した窓が急に赤々と明るくなった。
グリザスは何事だと、窓を開けてみれば、宙に浮いた見るも不気味な魔物が3匹、赤々とした目でこちらを見ている。
身体はドロドロな緑で魚のような形をしていた。
魔物達は不気味な声で。
― グリザス…見つけたぞ ―
― 洞窟へ帰れ ―
― お前の罰は終わっていない ―
グリザスは魔剣を手に窓から飛び降りる。
魔物どもに斬りかかった。
魔物は真っ赤な口から毒液を吐いてくる。
グリザスはかろうじてそれを避ける。
剣で魔物を下から斬り上げる。
― ぎゃああああああー ―
魔物の一匹が真っ二つになる。
その時であった。
― この小娘をかみ砕くぞ。―
ふと見やれば、フィーネが立たされて、その背後から魔物が牙をむき、今にもフィーネに噛みつこうとしている。
「フィーネっ。」
フィーネは涙を流して。
「怖いよ…グリザス様っ。」
毒液でも吐かれたら、フィーネは終わりだ。
グリザスは動けなくなった。
もう一匹の魔物がグリザスの左肩に噛みついてきた。
「ぐあああああっーーー。」
左肩の鎧が砕ける。バキバキと音がして、激痛が襲う。
フィーネが叫んだ。
「駄目――――っ。」
自分の背後に居る魔物のしっぽにしがみつく。
チュドーンをやる気だ。
グリザスは叫んだ。
「やめろっーー。王宮が吹っ飛ぶぞ。」
「だ、大丈夫っ。ええええい。ちゅどーーーーーーーん。」
魔物のオーラが大爆発を起こす。
しかし、その爆風は一筋の炎になって一気に天に向かって登っていき、周りには広がらなかった。
魔物がばたっと地に落ちて、すうううううっと消えてしまう。
グリザスは自分を攻撃してきた魔物に向かって、魔剣を振るい、真っ二つに叩き斬る。
斬った魔物の姿もすううっと地面から消え。静寂が戻ってきた。
グリザスは左肩の痛みのあまり、地に倒れこんだ。
フィーネが駆け寄ってくる。
「グリザス様っ。」
「大した事はない…。」
騎士団寮からも爆発の音を聞いて、見習い達が飛び出してきた。
門の方から今、帰って来たのか、クロードも走ってくる。
「何があったんです?」
フィーネが叫ぶ。
「おっかない化け物に襲われたんです。グリザス様がっ、聖女様呼んできますっ。」
王宮に走っていってしまった。
クロードがグリザスを抱き起してくれた。肩の状態を見てくれる。
「肩が…破損が酷い。」
ギルバートがまじまじと見つめ。
「やばいんじゃないのか。破損どころじゃなくて、食われてるぞ。」
聖女リーゼティリアが王宮からフィーネと共に走ってくる。
屈みこむとグリザスの状態を見て、
「これは良くないわ。私が肩に力を送るから、クロード。この薬を飲ませてあげて。」
金の小瓶に入っている薬をリーゼティリアはクロードに手渡した。
フィーネが泣きながら。
「グリザス様っ。死なないで。死なないで。」
グリザスの手を握り締めて、癒しのパワーを一生懸命送ってくれる。
リーゼティリアもグリザスが魔物に食われてしまって、えぐれた肩に両手を翳し、力を送ってくれる。
― 痛い…たまらなく… 苦しい… ―
それでも、ひどい傷のせいで、グリザスは痛みに苦しんでいた。
クロードは近くにいたギルバートにグリザスの身を起こし、背を支えてくれるように頼む。
そして、グリザスの口元を兜をずらしてあらわにし。
「しっかり歯が残っているんですね…。もっとボロボロかと思ってた。口、開けられますか?」
骸骨の口を開けようとするが、力が出ない。
クロードが顔を近づけて、そっと閉じられたグリザスの歯と歯の隙間をこじ開けるように舌を差し込んできた。
霞む意識の中、グリザスはそんな事をクロードにさせる事に、申し訳なさを感じる。
死霊の骸骨の口に舌を差し込むなんて、気分のいいものじゃないだろう。
慎重に気を使ってくれているのか、グリザスの歯を破損させないように、丁寧に舌でこじ開け隙間をつくる。
口に金の小瓶の薬を含むと、その開かれた歯と歯の隙間にゆっくりと流し込んで…
痛みがすっと取れていく。
リーゼティリアが、更に力を籠めると、齧り取られた骨が形成されていく。
クロードはそれに合わせて、肩の鎧の修復魔術を使う。
「精霊たちよ、破損したグリザス・サーロッドの鎧を治したまえ。」
小さな時計が現れ、逆方向に針が少し進むと、鎧が元の通りに戻った。
カイルが近づいてきて、心配そうにクロードに向かって。
「これで大丈夫なのか?クロード。」
クロードは頷き、
「もう、大丈夫だと思う。」
フィーネが今度は安心して泣きだす。
「うわーーーん。良かった良かった。グリザス様、死んじゃうんじゃないかと。」
リーゼティリアもグリザスの様子を見て。
「これで安心よ。それにしても、何に襲われたの?フィーネ。」
「魚の化け物っ、洞窟に帰れってグリザス様に言ってた。」
他の騎士団見習い達も心配そうに周りに集まって。
「魚の化け物??」
「ひえええっーーー。」
「王宮の庭に入ってくるなんて。」
皆、ザワザワ騒ぎ出す。
グリザスが200年間囚われていた洞窟の魔物が連れ戻しに来たのか。
グリザスは身を起こすと、
「俺は帰らないとならない。皆に迷惑はかけられない。」
リーゼティリアが叫んだ。
「帰る必要はないわ。貴方は十分。罰を受けた。いえ、貴方を罰するというのなら、私も同罪。貴方達、黒騎士を送り出してきたのは王家と私、聖女なのですから。」
― いや、違う…。王家、並びに聖女様の為に身を挺して、守り罰を受けるのも、マディニア王国の黒騎士の定めだ… だが…駒のような黒騎士にそのように言って貰えて嬉しい… ―
その心は口にはできなかった。
その時、王宮の方から背の高い見覚えのある人物がこちらへ歩いて来た。
ディオン皇太子だ。
見習い達は皆、慌ててひざまづき騎士の礼を取る。
「グリザス、200年前の過去に演武会の時に引き戻された件、それから聖女への付きまといの誹謗中傷の手紙の件、俺に報告は無かったな。」
グリザスも騎士の礼を取りながら。
「報告する必要はないと思ったからです。」
ディオン皇太子は断言する。
「お前への悪意、王家への悪意。そして、聖女への悪意…明らかにそれを感じる。今回の件もだ。クロード・ラッセル。それから、騎士団の未来ある見習い達。」
「はいっ」
皆、返事をする。
「グリザス・サーロッドを全力で守れ。高貴な姫君だと思ってな。皇太子命令だ。」
見習い達は。
「守るのはOKだけど、姫君じゃないよな。」
「うん。間違っても姫君じゃないーー。」
「やはり胸がたわわに実った姫君じゃないと。」
とか、小さい声で話していたが、胸がたわわにの辺りがディオン皇太子に聞こえたのか。
「何だ。胸がたわわに実っているってどういう事だ?」
フィーネがディオン皇太子に、言わなくていいものを。
「そういえば、お兄ちゃん達、収穫祭りをするとか言っていたよーー。何の収穫祭りだろう??」
全員が真っ青になる。
婦女子の胸をどうこうしたら、わいせつ罪で捕まってしまうので、控えめな収穫祭りをやろうと、朝、食堂で話していたのをフィーネに聞かれたらしい。
ちなみに控えめな収穫祭りとは、まー、今度の休日に発売される、いえないような女性の描かれた絵姿が、ランダムに封入された袋を皆で買ってきて、交換しようという、祭りなのだが。
クロードがギルバートに小さな声で。
「俺が留守のうちに、何て話が進んでいるんだよ。混ぜろよ。」
「わりぃ。今朝決まった事でさ。」
ディオン皇太子が呆れて。
「罪を犯して捕まるような事をしなければ、大目に見るが。なんせ若いんだしな。
あまり大っぴらにやる事は許さん。騎士団の風紀が乱れる。」
しかし、小さな声で。
「こっそりやる分にはかまわん。あまり締め付けても、かえって良くないからな。」
リーゼティリアはそんな皆を見て笑っていた。
グリザスはディオン皇太子に。
「ありがたいお言葉ですが、自分の身は自分で守れるように精進します。」
ディオン皇太子は頷いて。
「やっかい事が増えたな。封じられた魔王の復活の対処も大変なのに、アマルゼの呪いの対応もせねばならんとは。これも宿命なら、どちらも解決してみせる。俺は破天荒の勇者だ。」
グリザスは思った。
ディオン皇太子殿下は眩しい。
この男が王になった時にこのマディニア王国は最盛期を迎えるだろう。
そして、クロードやフィーネ、聖女リーゼティリア。
騎士団の見習い達…
皆に心配して貰って。何て幸せなのだろうと。
守られてばかりはいられない。
俺も皆を守りたい。決意を新たにするグリザスであった。