心が温かくなる…
王宮を訪ねれば、皇太子殿下の部屋へ案内される。
扉の前で声をかける。
「グリザス・サーロッド参りました。」
「入れ。」
豪華な装飾のある広い部屋に入れば、ディオン皇太子が、剣を手に立っていた。
透き通るような緑に草木の装飾が鞘や柄に施された、聖なる光を放っている剣である。
「聖剣ですか。それは。」
「ああ、そうだ。俺は破天荒の勇者だからな。」
「聖なる剣を持っている者を他にも見ました。」
グリザスの疑問にディオン皇太子は頷いて。
「聖剣は7つある。普通は1つのはずなんだが、7つも揃えなければならぬ災厄が待っているのであろう。それはそうと、要件があって呼んだ。」
「何でしょうか。」
「今週の日曜日の話は知っているな。王国の騎士団の騎士達が剣の演武を見せる事になっている。お前も出演しろ。」
剣の演武とは、真剣を使って剣技を観客に見せるイベントの事である。
観客は王族と高位貴族で、一種の娯楽であった。
そして、演武の相手は自分と同等な力を持っていないと、上手くいかない。
相手が気になる所だ。
「俺の相手は誰なんです?」
「安心しろ。相手は俺がしてやる。そして、もう一人。二対一だ。お前ならこなせるな。」
ディオン皇太子は楽し気にニヤリと笑う。
その時、部屋の中央の床から魔法陣が現れて、一人の男が出現した。
長い赤毛の、黒服を着て、頭に羊の角を持つ異様な姿の長身の男が、燃えるような赤い大剣を背負って立っていた。
「よぉ。ディオン。何だ?会わせたい相手って。」
ディオン皇太子は、グリザスの肩に手をかけて紹介する。
「グリザス・サーロッド。日曜日の演武の相手だ。」
赤毛の男は自己紹介をする。
「ミリオン・ハウエルだ。ふふん…。聖剣持ち二人を相手に大丈夫なのか??」
グリザスをじろじろと眺めてから、ディオン皇太子に向かって。
「こいつ、死霊だろう…。相変わらず、変わってるな…ディオンは。」
「俺は破天荒な勇者だ。使える者はなんでも使う。グリザス。荷が重いなら断ってくれてもいいぞ。」
「ご命令ならば、お相手させて頂きます。」
ディオン皇太子は満足そうに。
「それじゃ決定だ。命令する。日曜日の演武、俺とミリオンを相手に出演するように。以上だ。そうだな。演武前のリハーサルは前日だな…追って時間は知らせる。下がってよい。」
王宮を後にし、騎士団の寮の部屋に戻る。
聖剣を相手にするのだ。普通の剣では駄目だろう。少しでも良い剣はないものか…。
ベットに腰かけて悩んでいると、クロードが夜の鎧の清掃に来てくれた。
グリザスが立ち上がると、クロードは鎧を布で丁寧に磨いてくれる。
磨きながら、日曜日の演武イベントについて話しかけてきた。
「そういえば、もうすぐ騎士団の演武イベントですね。楽しみですよ。俺達見習いも見物させて貰えるんで。正騎士になると王宮の警護があるから、見物させて貰えないんですよね。非番なら頼んだら見物させて貰えるでしょうけど。見習いのうちの楽しみですかね。」
クロードに悩みを話してみる。
「演武で、ディオン皇太子殿下とミリオンという男の相手を同時にすることになった。」
「えええええっ??凄いじゃないですか。あの二人は国で一、二番を争うと言われている強者ですよ。あ、ローゼン騎士団長も同等に強いですけどね。」
「剣がな…。聖剣相手に俺の剣が持つかどうか。」
グリザスの言葉にクロードは。
「ううううん。俺の聖剣を貸せればいいんでしょうけど、聖剣は人を選ぶから、他の人は使えないんですよね。」
「お前、聖剣を持っているのか?」
「え?言ってませんでしたっけ?俺も聖剣持ちですよー。神様、7つの聖剣を作ったみたいで、選ばれちゃったんですよね。一つはディオン皇太子、二つ目はミリオン・ハウエル、三つめはローゼン騎士団長。四つ目は俺で、後、二つはフォルダン公爵令嬢二人が持っています。最後の一つだけ持ち主不明ってところで。っと話はそれましたね。俺の実家に行って一つ借りてきますよ。よさそうな剣を。」
― そういえば、魔国の王族とか言っていたな… -
「お前には助けられてばかりいるな…。礼をしなければなるまい。」
「お礼なんていいですよ。グリザスさんは仲間であり、指導者でもあるんですから。」
騎士団見習い達は、剣技の授業の時はグリザス指導官と呼んで、指導を仰いでくれる。
しかし、講義を受けている教室や、寮で見かけた時は、グリザスさんと呼んで仲間扱いしてくれていた。まぁ…勉学が遅れ気味で、クロードだけでなく、他の見習い達も色々と助けてくれるようになった。
講義が理解できているか、小試験がたまにあるのだが、試験前は授業が終わった後にも、皆、目の色を変えて情報交換し、勉強する。
皆の熱意に負けて、講師のゴイル副団長まで残って重点的に試験に出そうな所を、教えてくれたりした。
― 試験勉強をしている死霊なんて俺位なもんだろうな… -
最近…ふと…思う事がある。
自分が殺したアマルゼ王国の騎士や兵士にも、色々とやりたい事があったはずだ。
愛する人や、大切な人が居て、共に過ごしたかったはずだと。
当時は考えないようにしていた。沢山、殺すことが国の為になるはずだから。
死んだはずなのに、このように幸せでよいのであろうか…
自分が本来、行かなければならないあの世に。きっと地獄であろう。そこへ行かなくてよいのか。
翌朝、いつもの通り、フィーネが体調を管理しに来てくれた。
手を握り、癒されれば身体の疲れが取れて気持ちがいい。
癒しが終わるとフィーネは嬉しそうに。
「グリザス様。見て見て。」
小さな熊のぬいぐるみを見せて来て。
「お父さんとお母さんに買って貰ったの。タダカツベアだよーー。今、大人気なのーー。欲しかったんだーー。」
「タダカツベア??」
「そう、タダカツベア。可愛いでしょー。」
何て事はない、大きさが手に握れるくらいの小さな熊である。
クロードがやってきたので、フィーネはクロードにも自慢した。
「おはようございますー。クロード様っ。見て見てーー。タダカツベアだよ。」
「あ、ほんとだ。タダカツベアだ。可愛いね。買ってもらってよかったね。」
タダカツベア…ああいうのがフィーネは好きなのか。
フィーネにも礼をしたいと思っていたのだ。何とか買う事は出来ないだろうか。
しかし、クロードにあまり頼み事をするのも気が引けた。
頼りっぱなしで本当に申し訳なくて。
そして決意した。今日の夜に街へ買い物に行くと。昼間出歩くよりは、目立たないだろう。
騎士団の午前中の見習い指導、午後の講義がいつものように終わると、部屋にクロードに向かってメモを残して、街へと出かけたのであった。
タダカツベアは、職人タダカツが心を込めて作成する縫いぐるみの事である。
タダカツベアの売っている場所が解らないので、道行く人に聞いてみた。
「すまぬが…タダカツベアの売っている店はどこであろうか。」
話しかけられた若者は悲鳴をあげて逃げていった。
夕闇が迫る中、見るからに異様な黒騎士が話しかけてきたのだ。間違いなく幽霊とかその部類に間違われたのであろう。
ああ。目立たないかもしれなかったが、そろそろ幽霊とか死霊が歩き回る時間帯だな…と。
困っていると、背後からクロードに声をかけられた。
「俺を頼ってくれていいんですよ。グリザスさん。」
「来てくれたのか…。俺は駄目だな。もう一人では何も出来ん。」
「一緒に行きましょう。タダカツぬいぐるみ店なら、まだ開いているはずです。まいりましょう。」
本当なら、騎士団見習いは、夜間外出禁止だという事を忘れていた。
自分は正騎士扱いだが、クロードはまずいのではないか。
クロードはにっこり笑って。
「皆、抜け道を使って、こっそり遊んでいますよー。さぁ急いで買い物をして帰りましょう。」
しばらく歩いて行くと、商店街に出た。
道行く人達は、びっくりしたような顔をしてこちらを見てくるが、クロードが一緒なので。逃げる事はしない。
タダカツぬいぐるみ店に着くと、二人で中に入った。
タダカツベアというぬいぐるみが沢山、大小置いてあり、夜だというのに、人も沢山居て、ぬいぐるみを選んでいる。
しかし、異様なグリザスの姿を見て、人々は驚いて固まった。
店を慌てて出て行く客もいる。
平然とクロードはグリザスに説明してくれた。
「タダカツ様が作る本物はものすごく高いんですが、複製は庶民でも手が届く値段です。」
山と積まれたぬいぐるみを見て回る。
どれをあげたらフィーネは喜ぶのだろうか。
視線を遮られた棚の向こう側から声が聞こえてきた。
カップルがいちゃついているような…そんな声で。
「可愛いでしょう。タダカツベア。私、大好きなのよ。」
「可愛さは私は理解できないが、君が言うからには可愛いのだろうな。こういう物が王都では流行っているのか…。」
「ええ。もう大人気なのよ。あ…もう私、本当に幸せ…こうしてデートできるのですもの。」
「私も幸せだよ。愛しているよ…私のフローラ。」
明らかにキスでもしているような雰囲気が感じられる。
って…クロードと二人で顔を見合わせた。
このバカップルって…良く知っている人物なんじゃ…。
まずい…
見つからないうちに店を出なくては。
出口へクロードと共に向かおうとした時、そのバカップルにばったりと鉢合わせしてしまった。
「クロード・ラッセル。グリザス・サーロッド。こんなところで何をしている。」
ローゼン騎士団長が、三つ編みを後ろで一つに縛っている金髪の若い子と手を繋いで、唖然としたように声をかけてきた。
クロードが慌てて。
「これは騎士団長、そしてフローラっ。こんばんは。そしておやすみなさい。」
「逃げるな。」
グリザスが慌てて、説明する。
「ローゼン騎士団長。申し訳ない。俺の買い物に付き合って貰った。クロードに規則違反の罰を与えないで欲しい。」
ローゼン騎士団長は腕を組んで。
「騎士団の規則を知らないのか?正騎士が見習いに付き添ってなら、夜間外出も許される。」
クロードが思い出したように。
「そうだった。だから今回は罰則は適用されませんよね。」
「その通りだ。ところで、グリザス・サーロッド。お前に妻子がいるとか、女性がいるとかそのような事はないと思うが?何故、このような店に用事があるのだ?」
不機嫌にローゼン騎士団長に聞かれて。
「聖女見習いのフィーネに礼をしようと…。いつも世話になっている。」
「あのいまいましい聖女見習いか…」
どうもローゼン騎士団長はフィーネにいい印象を持っていないらしい。
クロードが小さい声で。
「ところで騎士団長こそ、フローラと棚の陰でキスなんてして…」
ローゼン騎士団長はぎろりとクロードを睨みつけ。
「口外したらどうなるか…解っているんだろうな。」
いつの間にかフローラと呼ばれた女性がいないと思ったら、袋に入ってリボンをつけた大きすぎて頭が飛び出ているタダカツベアを持ってきて。グリザスに手渡してきた。
「複製品だけど、これをフィーネちゃんにね。だからこのことは内密にお願いします。私はフローラ・フォルダン公爵令嬢です。クロード・ラッセルとはお姉様がクロードの婚約者ですし、幼馴染で知り合いですわ。そしてローゼンシュリハルト・フォバッツア公爵の婚約者です。お見知りおきを。」
「口外するつもりはないが…。受け取っていいんだろうか。」
「どうぞ、受け取って下さいませ。」
大きなタダカツベアを貰う事になってしまった。
ローゼン騎士団長はフローラと共に先に店を出て行った。
クロードがふうと息を吐いて。
「ローゼン騎士団長ってお堅い人なのに、フローラに対しては甘々なんだな。」
「ああ…意外だ。」
ともかく、フィーネが凄く喜ぶだろう。
そう考えたら、心が温かくなった。
帰りに騎士団見習い達にあげる菓子折りを数個買った。
皆に配ったら喜ばれるであろう。
夜空の星がチカチカ綺麗で…
しかし街灯の灯りに照らされた大きな熊を抱えている、不気味な黒い騎士姿の死霊と共に歩く青年を見て、
?????って思う通行人の視線も気にならない程、グリザスは幸せであった。