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とんでもない事になってしまった。

見覚えのない天井がぼんやりと見える。豪華な金の葉を模した模様の天井を見つめながら、我に返って慌てて身を起こそうとすれば、近づいてきたのは聖女リーゼティリアで、

「大丈夫?目が覚めてよかったわ。ずっと眠っていたから…」

背に優しい手の感触を感じる。

その手に助けられて、ゆっくりと身を起こすと、一人の男が近づいてきた。黒髪の背の高い若い男である。

「目が覚めたか。グリザス・サーロッド。」

「お前は誰だ?」

「俺はマディニア王国、皇太子ディオンだ。」


何とも言えぬ覇気を感じる。200年前のマディニア国王や、王子にこのような覇気を感じる人物はいなかった。だが、どことなく面影があるのは間違いなく、その血を引いているのであろう。

ベットの上の応対は失礼に当たる。慌てて床に足をつけて立とうとする。

ボロボロの黒の鎧を着たままで、兜で顔を覆った姿である。苦しめていた身体の痛みが無くなりはしたものの、足に力が入らなかった。


ディオン皇太子は、

「そのままで良い。グリザス。それにしても、200年も帰国するのにかかったとは、どこでどうしていたのか。それにお前の経歴も何も解らない。なんせ昔の事なのでな。レポート用紙に出自から現在までの行動を詳細に書いて、なるべく早く報告するように。」


- 報告の必要があるのか…?? -


続けて皇太子は。

「次の任務先だが、騎士団で騎士見習いの指導に当たって貰いたい。動けるようになったら、さっそく騎士団寮にお前の部屋を用意してある。そこへ移ってくれ。」


- ????? 騎士見習いの指導員だと? -


自分はもう200年前に命を落とした、死霊である。

何故、この男は平然と普通に帰国した騎士に対する話をしているのだ?


返事に困っていると、聖女リーゼティリアがにっこり笑って。

「王族の命令は絶対です。このマディニア王国に貴方は帰っていらっしゃいました。

これからも王国の為に尽くしてくださいね。」


そして、リーゼティリアが一人の少女を手招きして、俺の目の前に呼んだ。

「この子は、フィーネ。聖女見習いの子です。これから毎朝、貴方の身体の状態を良くするよう管理してくれるわ。」


フィーネと呼ばれた少女はおさげをしている金髪の10歳くらいの少女である。

ぺこっとお辞儀をして。

「フィーネです。毎朝8時にお部屋に伺います。ですからその時は起きていて下さいね。健康管理は10分位で終わりますから。」


ディオン皇太子はにやりと笑いながら。

「返事は?勿論、王族命令に逆らう気はないだろうな。」


ぐっと足に力を入れて、ふらふらと立ち上がり、跪いて、騎士の礼を取り。

「承知しました。皇太子殿下。」


満足したようにディオン皇太子は、部屋で控えていた家臣の者に。

「クロード・ラッセルを呼んで来い。」


しばらくするとクロード・ラッセルであろう、黒髪の若い青年が部屋に入って来た。

「皇太子殿下。騎士見習いクロード・ラッセル参上しました。」


ディオン皇太子はクロードという男に向かって。

「このベットにいる男はグリザス・サーロッド。200年ぶりに帰国した男だ。」


クロードが驚いたように、自分の方を見て来た。

それは驚くだろう。ボロボロの黒い兜と鎧に覆われた、いかにも人間でない死霊が目の前にいるのだから。


ディオン皇太子はさらに言葉を続ける。

「騎士団見習いの、剣技の指導者に任命した。騎士団寮に住むことになるから、お前が世話をするように。」

クロードはグリザスに近づいて来た。

観察するようにグリザスを見た後に、

「まずはそのボロボロの鎧と兜を新調しないとですね。見た所、死霊ですから、脱がせるわけにもいかない。修復魔術で治すしかないでしょうか。」

ディオン皇太子は頷いて。

「修復魔術で治してくれ。それから毎夜、毎朝の鎧兜の掃除と、破損のチェックを頼む。」

「承知しました。ディオン皇太子殿下。」


そしてクロードが、床から立ち上がったグリザスに向かって。

「歩けますか?それとももう少し、ベットでお休みになりますか?」

「大丈夫だ。歩ける。寮まで案内してくれ。」

「解りました。その前に、鎧兜を新調しましょう。ちょっと立っていて下さい。」


ディオン皇太子、リーゼティリア、フィーネが見守る中、クロードはグリザスの前に立つと、呪文を唱え始めた。


「精霊たちよ。グリザス・サーロッドの鎧、兜を元の状態へ戻したまえ…」


巨大な時計が宙に浮かび上がった。


凄い勢いで針が回転する。逆方向へと。


みるみるうちに、壊れた鎧や兜の傷が無くなっていく。


そして、綺麗な新品同様の黒の鎧兜に包まれて。


グリザスは驚いた。このような事が出来るだなんて、200年経てば色々と便利になるものだ。


ディオン皇太子は感心したように。

「さすがだな。クロード。」


クロードは頭を下げて。

「お褒めに預かり光栄です。それでは、失礼します。グリザスさん。いきましょう。」

騎士団寮は王宮の庭に立っている、騎士見習い達が住む建物らしい。

だが、その前にクロードが言うには。

「あちらに騎士団の事務所があります。そこにローゼン騎士団長がいらっしゃいますから。御挨拶をしてから、寮に行きましょう。」


ローゼン騎士団長? 俺を止めようとした金髪の美男の騎士か。確か聖剣を持っていたな。


事務所に入り、2階の騎士団長室の前へ行くと、クロードが扉をノックする。


「失礼します。クロード・ラッセルです。グリザス・サーロッドをお連れしました。入ってよろしいでしょうか?」

「入れ。」


許可をもらったので、中に入れば机に書類を置き、書き物をしているこの間の金髪の騎士が顔を上げて立ち上がり。


「グリザス・サーロッド。私がマディニア王国、騎士団、騎士団長のローゼンシュリハルト・フォバッツアだ。」


自己紹介をすると、不機嫌に。


「そこのソファに腰かけたまえ。」


勧められるままに、クロードと共にソファに腰かける。


対面に騎士団長は座ると。


「君の騎士団入団即、正騎士扱いは、異例中の異例だ。普通は騎士見習いを半年間経て、適性試験を合格して初めて正騎士になれる。今回は騎士団正騎士扱いの上、見習いの剣技を指導する指導者として仕事をするようにとの事だ。

それで、給与の事だが。一月、金貨3枚、支度金として金貨2枚を支給しよう。それとは別に。真剣と盾、指導用の模造剣を支給する。住まいは騎士寮の一室。見習い達とは違い、部屋は広めにと考慮してある。


仕事は明日の9時、王宮の庭にて、騎士見習いの剣技の授業がある。その指導をしてもらいたい。ゴイル副団長が明日は共に立ち会ってくれる。見習い達20名の、氏名経歴書はここにある。」


書類の束を渡される。

「それを見て明日、顔と照らし合わせるように。何か質問はあるかね?」


- 死霊の入団こそ異例中の異例だと思うが…。 -


「給与も貰えるとは有り難い話だ。質問はない。」


ただ、金貨1枚がどれくらい、価値があるのか解らなかった。


クロードが察したように説明してくれる。


「金貨3枚は普通の騎士の給与と同等です。俺達。見習いは金貨1枚ですから。

まぁ住まいと食事が保証されているので、金貨1枚でも生活していけますけどね。」


ローゼン騎士団長は立ち上がって。


「それでは退出したまえ。君の腕は、近衛騎士団を鉄棒一本で、あしらっている事から、期待している。聖剣でも斬れなかった。さすが戦を経験している者は違うな。」


「戦なぞ経験しないに限る…。それでは失礼する。」


「失礼します」と礼をするクロードと共に退出する。


そして、寮に案内された。広めの部屋と言っていたが、壁際のベットに、机が窓際にあり、そこには紙とペンがしっかりと置いてある。衣装をしまうクローゼットや、戸棚とかあるが、個人的に今は荷物はない。


クロードが説明をしてくれた。


「ソファとか、テーブルとか他に欲しいものがあったら言って下さい。部屋の備品は不便なき手配するよう皇太子殿下に言われていますから。ああ、もう夕方ですね。それでは明日、8時15分すぎに鎧の清掃をしにまいります。8時にはフィーネが来ますので、よろしくお願いします。では失礼します。」


礼をしてクロードが出ていった。


怒涛のように話が進んで、疲れを感じ、ベットに腰かけるも、やる事があるのを思い出す。

ディオン皇太子殿下に経歴書と200年間何をしていたのか報告書を作成するように言われていたんだったな。


窓際の机に座り、設置されているランプを点ける。


孤児で育って、ろくに教育を受ける機会がなかった。


独学でなんとか読み書きは出来るが、字を書くのは苦手である。


だが仕方がない。羽ペンを手に真剣に取り組み始めた。


そして真剣に取り組んでいたら、夜が明けてしまった。



書き上げた書類は3枚にも渡ったが、字が上手に書けなかったのと、所々、消した跡がある。

非常にまずいのではないのか…。


朝、8時にフィーネが来た。

「おはようございます。おわっ????グリザス様、寝てないでしょ??」

「どうして判る?」


「だって、オーラがどんよりしてます。曇り空のようです。」

「その前に死霊だからな。当然だろう。」


鎧に覆われた手をぎゅっと握り締めてくれて。


「癒します。」


フィーネの手から光があふれ出す。温かさが、身体の中に流れて来て、とても疲れが取れて癒される。


「ありがとう。楽になった。」


「いかに死霊と言えども、いえ死霊だからこそ、無理をしてはいけません。今日の夜は必ず寝て下さいね。」


10歳の子供に説教をされてしまった。


グリザスはフィーネに向かって。


「一つ頼みがあるのだが、聖女様の紋章が欲しい。聖女様に一つ譲ってくれるようにお願いしてくれないか?」


フィーネは目を丸くして。


「聖女様の紋章って何ですか?聖女様をあまり困らせては駄目ですよ。200年ぶりに転生して、復讐をやめてくれて、今、旦那様と幸せに暮らしているんですから。」


「結婚しているのか…。幸せならいう事はない。聖女様が幸せだと、国が栄えるからな。」


「そうなんですか?」


「ああ。聖女様は神様に愛させている。だから国に幸せを与えてくれると言われている。聖女様の紋章は200年前は当たり前に店とかで売っていたんだが…。今はそれも無いだろう?」


グリザスの言葉にフィーネは頷いて。


「はい。見たことがありません。リーゼティリア様が聖女様っていうのも最近判明したばかりです。聖女様ってお伽話の世界だったんですから。確かに200年前、聖女様が火炙りになった後、病で沢山の人が死んだり、農作物が育たなかったって物語に書いてありました。聖女様って凄いんですね。」


「聖女様は俺の信仰だ。いや、200年前に生きていたこの国の民のほとんどが聖女様を信仰していた。だから、偽物だという事を信じ込まされた人々が、聖女様を憎んで火炙りに賛成した事には納得できる。信じていただけ、憎しみも倍増するからな。」


グリザスは普段、無口である。これだけ、饒舌に話をしたのは初めてだった。


フィーネは納得したように。


「紋章の件は、聖女様に頼んでみます。だから、グリザス様はくれぐれも無理はしないように生活して下さいね。」


念押しした後に、フィーネは失礼しますと部屋を出ていってしまった。


クロードが鎧を綺麗にするために、入れ替わりに部屋に来た。


「おはようございます。では、鎧を綺麗にしましょう。」


布で鎧を丁寧に拭いてくれる。


「本当は魔法を使って綺麗にしてもいいんですが、こういうのは手で磨くものだとディオン皇太子殿下に言われたものですから。確かにそうですよね。鎧は身体を守ってくれる大事なものですから。心を籠めないと。」


グリザスは今ならクロードに素直に礼が言えるような気がした。


「色々とありがとう。お前のお陰で助かっている。」


「いえ、どういたしまして。」


鎧磨きが終わると、クロードは窓際の机の上に置いてある紙に視線を向けて。


「書き終わったのなら持っていきますよ。報告書。ディオン皇太子殿下に回収してこいと言われているんで。」


「それなら頼む。」


報告書を手に取ってクロードは叫んだ。


「うわっ…読めない…これ…まずいですよ。皇太子殿下にダメ出しされますよ。」


「やはりそうか…。学がないんでな…。どうしたらいい。」


「それではこうしましょう。夜に鎧の掃除にきますからその時に俺が代筆します。字は練習した方がいいですよ。書く事って多いですから。」


「ああ、そうさせてもらおう。」


「それから、見習い指導だけでは時間が余るでしょう?俺達と一緒にゴイル副団長が教える授業を受けてみたらどうです?人生勉強ですよ。」


- まさか死霊になってから、勉強する羽目になるとは -


「勉強をした方がよさそうだな。200年の空白以前に、元々学がないので非常にまずい。」


「では、そろそろ時間です。参りましょうか。」


とんでもない事になってしまった。


聖女に看取られてあの世に行くはずだったのだが…


流されるがままに、何故か今、仕事や勉強をすることになってしまった。


これからどうなるのであろうか?

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