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聖女様との約束

遠い昔、マディニア王国という王国がありました。

その王国は隣国のアマルゼ王国と戦をしている最中でした。


マディニア王国は他国へ攻め込む時は、黒騎士達を集めた黒騎士団を結成し、攻め込みます。

マディニア王国に取っての黒騎士の意味は、他国へ戦に向かう騎士の事。

王宮を守護する騎士は白騎士と呼ばれ、区別されていました。


その黒騎士の中でも最強の男に、グリザス・サーロッドという男がいました。

グリザスは金髪碧眼、無精ひげを生やしたいかにも歴戦の戦士という感じで、

他の黒騎士達より強さはひときわ抜きんでておりました。


そんな黒騎士、グリザス・サーロッドのお話です。



ハァハァ。

息が上がる。何人、今日は殺しただろう。

グリザスは黒の鎧を血で濡らしながら剣をふるい、襲い掛かるアマルゼ王国の騎士や兵士達を、何人も斬り殺していた。


広がる戦場、立ち上る煙。

血にまみれた敵味方の死体。


幾度、目にした事であろう。


ああ…まだまだだ。もっともっと殺さねば…。


グリザスはマントを翻し、走り出す。


押し包む敵の兵士の身体を、素早い動きで斬り裂く。あたりに悲鳴があがる。


飛び散る血が兜から出ている頬に、ぺしゃっと着く。


垂れる血をグリザスは平然と舌で舐めた。


その瞳は狂気に満ちている。


その時である。

矢がグリザスに向かって10数本放たれた。


見事に剣を振るい全て叩き落とす。


背後にでかい岩があり、その上から網が投げられた。


グリザスの身体に覆いかぶさり、まとわりつく。


「やったなっ。」


「黒騎士グリザスを捕まえたぞ。」


口々に兵士達が騒ぎ立てる。


油断したつもりはない。だが、ふいをつかれた。


「死ねっ。グリザスっ。」


兵士の一人が鎧の隙間からグリザスの腹を貫く。


鋭い痛みがグリザスを襲う。目の前が暗くなる。


他の兵士がグリザスの首を剣で斬り下げた。首は飛ばなかったが、血が噴き出す。


他の兵士達もさんざんグリザスの身体を剣で斬り裂く。


血まみれで地に倒れ、彼の意識は闇に沈み、黒騎士グリザスは死んだはずだった。



次に意識を取り戻したのは暗い洞窟の中だった。


身体中が痛くて痛くて、そして苦しい…。


どこからか声がする。


「グリザス・サーロッド。われらアマルゼ王国の民はお前を許しはしない。

永遠に呪われた世界で死霊となってさまようがいい。それがお前の罰だ。」


身を起こすと頭から顔、身体全体が黒の鎧に包まれている。


洞窟の奥から唸り声がした。


ふさふさの白い毛におおわれた一つ目の巨人たちがグリザスに近づいてくる。


飛び起きて剣を構え、そして斬りかかった。


動くたびに身体が痛む。じくじくと…そう、まるで腐っているように。


ものすごく身体が重かった。


かろうじて剣で斬りかかれども。一つ目巨人に片手で振り払われる。


どおおおおおおおん。壁に背から激突した。


息が止まるような痛み…いや。もう死んでいるのだ。


息などしているはずはないのに。


身を起こすと、再び一つ目巨人に斬りかかる。


今度は踏まれた。


骨がきしむ音がする…。


ぐあああああっーーー。悲鳴をあげる。


何度も何度も一つ目巨人たちに傷めつけられる。


酷い痛みと苦しみが彼を襲う。しかし、もう死んでいるので死ぬことが出来ない。


- これが俺に与えられた罰なのか。永遠に続く罰… -


それからのグリザスは洞窟を彷徨い、色々な魔物に痛めつけられた。


痛みがひどくて起き上がれないときもある。


真っ暗ではないうっすらと灯りがある洞窟…しかし、永遠に抜け出せない地獄。


その身を踏まれるたび、叩きつけられるたび、グリザスは苦しみに耐えた。


普通なら頭がおかしくなっているであろう。いかに死霊といえども。彼は強靭な精神力を持っていた。


そんな地獄の中、ふと思い出すことがある。


アマルゼ王国に旅立つ前にマディニア王宮の庭で、黒騎士達は、マディニア王と聖女に祝福を受けて旅立つ風習があった。


あの美しき金髪の聖女に最後に会ったのは…


「グリザス・サーロッド様、貴方様にご武運を…」


マディニア王は皆を集めて、その前に立ち激励の言葉を演説するが、彼女は大勢の黒騎士の一人一人に声をかけて、武運を祈ってくれる。


そして今回はそんな聖女と世間話をする機会があった。


「貴方様は確か、グリザス様…」


王宮の廊下で声をかけられる。


「これは聖女様。俺の名なぞ良く覚えていたものだ。」


聖女はほほ笑んで。


「私は一人一人の名を覚えるようにしています。貴方様は特に有名ですから。」


「有名という事は人殺しをそれだけ多くしているって事だ。俺の手は血でまみれている。」


その言葉に悲しみも後悔もない。


自分は戦でしか生きられない人種だという事を良く解っている。


聖女は右手を優しく包んでくれて。


「負けた国は酷い扱いを受けると聞いています。私には貴方様を非難する事はできません。どうか貴方は生きて帰ってきてください。私は祈る事しかできませんわ。」


聖女の手は温かった。


騎士の礼を取り、ひざまづく。


「聖女様、俺は必ず生きて帰りましょう。その時は祝福してくれますか?」


聖女は頷いて。


「勿論です。祝福致しますわ。必ず祝福致しますから。約束ですよ。」


ふと聖女の顔を見ていたら、何だか嫌な予感がした。


その嫌な予感は、戦先で当たる事になる。


剣を振るってアマルゼ王国で戦っている最中に、聖女が火炙りにされたという話を聞いた。

何でも偽聖女だったという罪でさばかれたというのだ。


約束ではなかったのか?


必ず出迎えてくれると…


孤児で育ち、人の愛情も受けた事がなかったグリザスに取って聖女との約束は心の灯だった。


- 人の事は言えぬな…。俺も死霊となってこんなところを彷徨っている… -


ふらふらと立ち上がる。再び襲い掛かる魔物に無駄だと知りながらも剣を持って立ち向かうグリザスであった。


どのくらい彷徨っていたであろう。


どのくらい時がたったであろう。


死ぬことも出来ずに洞窟を彷徨って…

化け物たちに嬲られ、持っていた剣もボロボロで、黒の鎧も痛んでひび割れて…


それでも死ぬことも出来ずに苦しんでいたとある日。


洞窟の彼方から光が見えた。


ひきつけられるように外へ出てみれば、そこは一面、花畑で。


日の光が暖かく降り注いでいた。


洞窟から抜け出せたのだ。


もう、その頃のグリザスは自分が何者かも思い出せなくなっていた。


強靭な精神力もボロボロで…


ただ、行かなくてはならない。自分は行く所がある…。


それだけは覚えていて。ふらふらと花畑を歩き出した。



この町は見たことがある。


そんな気がしただけで…頭が痛んだ。


周りに人間が沢山いるが、遠巻きに自分を見て、ひそひそしている。


だが、行かなくては…


重い足取りを引きづって、行かなくてはならないと思う場所へ向かった。


その巨大な宮殿を見て、首を捻る。


自分が行きたかったのはここだったのか?


そこへ入るには立派な鉄の門があった。


「邪魔だ。」


がしゃんと音がして鉄の門が倒れる。


いつの間にか、白銀の鎧を着た騎士達に囲まれていた。


- ああ、この鎧は宮廷守護の騎士団の鎧だったな… -


唐突に思い出す。


その中でひと際、金髪碧眼の美しい男が前に進み出て。


「死霊が昼間から化けて出てくるとは、ここを通すわけにはいかん。」


金色に輝く剣を手に襲い掛かってきた。


- ここでやられる訳にはいかん -


重かった身体が、痛む身体が…なんて言ってられない。


斬りつけて来たその切っ先を背後に飛んで避ける。


今、剣一つ手に持っていない状態なのだ。


倒れた門の棒を引きちぎる。


こんなに力があったのか…その棒で応戦しようと構える。

相手の騎士は馬鹿にしたように。


「聖剣を防げると思っているのか?」


そういって斬りつけて来た。


ガキンっと音がする。


「何っ????」


相手の騎士が目を見開く。


その鉄の棒に気を込めて、聖剣を跳ね飛ばした自分に驚いた。


だが…身体が重い…。


急がないと…急いで行かないと。


その騎士を無視して、フラフラと宮殿に向かって走り出す。


行手を阻む騎士達を、鉄の棒で殴りつけていく。


あっけなく皆、倒れていった


さっきの聖剣の騎士が背後から追いかけてくる気配がする。


宮殿の庭へ、俺は駆け込んだ。


- そうだ…最後に聖女様と話をした廊下はあのあたりにあった… -


記憶がはっきりと甦る。


聖女様はもういない。だが俺は…祝福を受けないと…


あの廊下は昔と変わっていなかった。そしてそこに…聖女は立っていた。


昔と違い、眼鏡をかけ髪を一つに束ねて・・昔は髪を流して白い巫女服を着ていたが…

地味な赤いドレスを着て立っていた。

イメージは変わっても…俺には判る。


お前は…聖女 リーゼティリアだ。


リーゼティリアは俺を見つめると、躊躇なく近づいてきて。


「貴方様はグリザス・サーロッド。」


「良く…俺だとわかったな…」


「貴方の姿を見たら思い出しました。どうか顔を見せて…」


顔を見せる事はもう出来ない。死んでしまって腐りきってしまったから。


グリザスは騎士の礼を取り、ひざまづく。


聖女リーゼティリアは優しく微笑んで。


「おかえりなさい。約束通り会えましたね。祝福を与えます。」


温かな光が身体に降り注ぐ。


- ああ、俺は…これでやっと楽になれる… -


瞳は遠い昔に腐って解けてないというのに、涙がこぼれる。


そのまま床に手をつけば、リーゼティリアが心配そうに背を撫でてくれて。


「大丈夫…もう安心よ…。私が貴方様を癒します。身も心も…私は聖女…。

200年ぶりに会えた…。我が国の為に命を散らした黒騎士様。」


「最後に膝を貸してくれぬか。お前に看取られたい。」


「ええ…。」


床にリーゼティリアは腰を下ろして、俺の兜に覆われた頭を膝に乗せてくれた。

心から満たされて…幸せを感じたまま、俺は意識を手放した。





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