気の進まない必要なこと
前回のやり取りの続きです。
「いやですよ!追加報酬を渡されたとしてもそこだけは絶対に嫌ですよ!」
「そこをなんとかぁ、お願いできない?」
姐さんは受付カウンターに身を乗り出して上目遣いに言ってくる。
「前にもこんなことがありましたけど、あの時は危うくそこのアブナイ組織に拉致られそうになったんですよ!なんでよりによっておれをそこに行かせようとするんですか!」
あれ以来おれは中古で安い武器を買い、いざというときのためにすぐ動けるように毎日素振りを欠かすことはない。そんなときはあまり来てほしくはないのだが。
姐さんは一瞬黙り込んだが、姿勢を正し軽く咳ばらいをしながら表情を引き締める。
「それは完全に此方の不手際だったわ、あの時は向こうさんが妙に静かだったから、特に何も問題はないだろうと思ってたのよ」
「だったらどうして!」
「役所の方もかなり手を焼いているのよ。ほらあそこの人たちってほとんどが貴族出身であまり自分の手を汚したくない人たちの集まりなのよね。それに書類仕事が大半だからいざ荒事となると咄嗟に対処できないインドアばかりなのよ」
「汚れ仕事の中の汚れ仕事は全部こっちに押し付けられると?向こうも人手を増やせばいいでしょうに…」
ため息交じりに悪態をつく。
「役所の方は裏通りから先については完全に把握しきれていない所があるみたいなのよ。いつの間にか新しい建物が立ってたり、無断で部屋が改造されていたり。おまけにそこに居を構えている犯罪組織が役所の一部に通じていたりと言う噂もあるしで、完全に手出しができないみたいなの。いわば斥候もやらされているってわけ」
「だったら尚更行きたくないですよおれは!」
「それに最近はそこに不法投棄される残飯だったり薬物だったりが更にそこ周辺の空気を悪化させているみたいなの。ただでさえ悪い空気がさらに悪くなるし、それが表通りにまで影響したらこの街の信用に関わって来るわ」
「それならそれなりに腕の立つ人を連れてきてくださいよ、おれにはあそこを渡り歩くほどの実力はないですよ」
姐さんは少しばかり申し訳なさそうな様子で言う。
「腕の立つ冒険者はほとんどがダンジョンに行って死ぬか一山当てに行ってるわ。掃除なんてあまり収入にならないし彼らにとってはあまり張り合いが無いもの。それに裏通りの掃除となったら彼らでも近づかないわ」
「はぁ…、知ってたけど改めて聞かされるとため息しか出てこねぇ…」
この前のことがあるからあまり近寄りたくない。あの時は運よく掘り出し物を探しにアヤシイお店に来ていた冒険者が近くに来たから事なきを得たが、二度目はないだろう。
「現状これを頼めるのは今は君しかいないの、役所の方からも報酬が支払われる手はずになっているし、私からも手の空いている冒険者には何人か声をかけてみるわ。安全のために裏通りを掃除する前にこちらに一旦戻って彼らと合流するという事でどうかしら?」
そう言われて少し考える。おれとしては一人であの危険な通りを掃除するのは勘弁だった。けれどおれより腕の立つ冒険者何人かが一緒にいるとなればその分おれの身の安全は保障されることになる。問題は俺自身が彼らと上手くコミュニケーションを取れるかどうかだ。
「君と一緒に行かせても問題なさそうな人たちに絞るつもりだからさ、報酬はその分山分けにされちゃうけど一人当たりの額としては決して安くはないと思うわ。どう?」
姐さんはちょっと申し訳なさそうな様子で確認を取る。
「わかりました、表を一通り掃除したらまたここに戻ってきます」
「という事は裏通りの剣も引き受けてくれるのかしら?」
姐さんはほんの少し目をキラキラさせながら聞いてくる。
「えぇ、もうそれでいいですよ」
おれは案外乗せられやすい性格なのかもしれない。こういう風に語られたら断るのが難しい。
「では、今度こそ行ってきますね」
「ええ、行ってらっしゃい。報告を待ってるわ」
そうして俺は今日の仕事に出かけて行った。
表通りの掃除に行きます。