ミズハ
コンビニからの帰り道、夏休み明けの薄い財布にとどめを刺した零は満足げな笑みを浮かべ、クリームどら焼きにかじりついていた。
「小倉以外は邪道だと思っていた時期が私にもあったのよ。でもやるわねコンビニスイーツ、あなどれないわね。白玉もクリームも小倉との相性バッチリじゃない」
ホクホク顔でどら焼きにかじりつく零。外聞はあまり気にしていないのか口の端にクリームがついている。まるでちっちゃいお子様だ。
「ほらここクリームついてるぞ」
俺は自分の口の端を親指でぬぐい汚れの位置を教えた。
「今はどら焼きで忙しいの。とって!」
っんっと、零はこちらを向いてきた。
宙に浮いているので目線は大体同じ位置だ。ちっちゃいほっぺをいっぱいにしてほおばっている。ついついほっぺをぷにっと押したくなる気持ちを抑え親指で拭ってやる。
指についたクリームを食べようとしたら零になめとられてしまった。
「私のクリームよ!誰にも渡さないわ!」
ふんすと鼻息を吐く零。見た目に反してとても食い意地が張っておられるようだ。
はーと一息はき、空を見上げる。
…にしても正直夢の世界に来て一番の驚きが身近にあるとは思いもしなかったぜ。
室内から見た以上の無数の種類の謎生物が宙を舞っており、左右を見回せば猫や犬サイズの現実世界では見たことのない生物が路地裏に道路に塀の上に、いたるところを我が物顔で歩いている。この景色にはなれそうもない。
零曰く、こいつらが夢玩具なんだそうだ。こいつらは俺たち人間の夢を…感情を食い生きているらしい。もしありさが魔法を使っていなければこいつらでは食いきれないほどの感情があふれ出し、無理にそれを食おうとした奴が巨大に成長し、そいつに操られてしまうそうだ。
阿部先生のように。しかし零の説明通りだとすると阿部先生は欲望がありさ並みということになる。あふれ出る感情の種類がダイレクトに行動に移されるそうだ。つまり性欲だ。魔法を使ってありさはあれなのだから先生はその限りではないだろう。きっと鋼の肉体と精神力の持ち主なのだろう。今までにああなったことがなければだが。
さて、仕事の件だが大きく分けて2つあるようだ、
1つめは、夢の世界で異常成長してしまった夢玩具の対処とその元となる人間への対処
2つめは、夢の世界で零の12人の姉妹を探しだし保護することだそうだ
前者は主に今のように街をぶらついたりして街をパトロールすることがメインだ。零がサーチ魔法で異常がないか調べている為俺はそのサポートだそうだ。つまり、横に付いて一緒に散歩をすればいいそうで、今回は現実で阿部先生から追い払った夢玩具への対処をしに行くらしい。何をするやらだ。
後者は俺がいないとできないことらしい。夢遊戯になれる人間には特徴があり零のように力のある人型の夢玩具を引き寄せられてくるそうだ。俺にはわからないが零には俺から後光が指して見えるらしい。
それ、欲望とか人の感情を食料にする夢玩具的にどうなの?と聞いたところ。むしろ珍しくていい。私のような人型にとっては珍味!と言い放っていた。同じ理由で俺には周りに漂っている夢玩具たちはくっついてこない。力のあまり強くない者にとって俺の後光はきつ過ぎるらしい。
表現するのがはばかられたので触れていなかったがすれ違う人という人と皆、体中に夢玩具をひっつけて歩いている。だから俺の目にはうごめく人型の何かが街を歩いているように見えるのだ。こんな地方都市の街中で俺以外の人たちもこの光景が見えていたらパニックになっていただろう。こいつらはそうやって人にくっついて夢を見せるそうだ。またまれに強い感情の持ち主は自らの夢を見るらしい。…たぶんこれはありさのことだろうな。
「リュウジ現実に戻ってもこれを私に貢ぎなさい」
最後のどら焼きも口に入ったようだ。零は風になびくレジ袋とパンパンに膨れた頬を見せつけ俺に命令してきた。
苦笑いを浮かべ応じた。
「仰せのままに姫様」
零の小さな口に手を伸ばし口の端を拭ってやった。
拭いてやったばかりなのにまた同じ所をクリームで汚していたのだ。
クリームを自らの口に運ぶが今度は止められなかった。
「おいしいわよね」
「ああ、うまいな」
クリームはいつもより甘い気がした。
しばらく歩き続けると零が俺の背中にまとわりつき腕を伸ばし指さした。
「あっちよ。そこの角を曲がって左、たぶん公園ね、そこにいるわね。ちょうど人もいないようだしリュウジが暴れても変質者に間違えられる心配はないわ、よかったわね」
「はいはい、よーござんした。夢玩具は人間に見えないとかずりーよな。ほかの人から見れば俺が一人で暴れてるように見えるんでしょ」
「人払いの魔法はかけておいてあげるからすねないの。行くわよリュウジ」
「まかせろ、行くぜ零!」
俺は全力ダッシュで零を背負いながら走る。…なんかしまらんなあ。
角を曲がる、人どころか角を曲がるまでウジャウジャいた謎生物たちも消えていた。
「夢玩具も追い払ったのか?」
「違うわ、公園にいる夢玩具が原因ね。初めての相手としては大物よリュウジ」
「そうか。でも零が何とかしてくれるんだろ。任せたぜ!」
俺の背中には頼もしい相棒がいるんだ。問題はないはずだ。
「ええ、サポートは任せたわ」
零の了解を受け俺はさらに加速する。この道を左に曲がってっと。
まるで羽のような重さを感じない零を背負い公園まで走りぬいた。
公園には魔物がいた。市営の割と大きい公園なのだがその魔物は公園の入り口からでも視認できた。
「あれは…なんだ?」
「キリン…、いえ、ゾウかしらね。翼が生えているけれど」
苦虫をかみつぶしたような表情で零は見たままの光景を口にした。
本体は像だと思う。その像の背中に開脚しきったキリンがくっついており、4本の足がプロペラのように回転している。そのキリンに白いペガサスについているような翼がついており飛んでいた。空中にいるので正確ではないが5m以上ある気がする。
俺はは思わず絶叫した。
「なんか思ってたのと違うんですけど!」
「私もこんな大物初めて見たかもしれないわ!」
俺の横に浮いている零に視線を合わせると冷汗をかいていた。
おい、うそだろ、まさかあのキメラ零より強いのか!
青い顔をこちらに向け零は口を開いた。
「冗談はよしてちょうだい。私の方が強いわ………万全の状態なら」
「…小声で何て言った零。俺の聞き違いかな?」
「……リュウジ落ち着いて聞いてね。あなたに半分あげたあのどら焼きね。時間を止める魔法の100倍は魔力を使うのよね」
「いやいや待てよ零。外魔法は大気中の魔素を使うんだろ?なら球切れは起きないんじゃないか?」
「ごめんなさい説明不足だったわね。その魔素を私の魔法に変換できる限度があるの、リュウジにわかりやすくするとMPね。私のマックスが100ならあのどら焼きに90弱ほど使ったわ、それにこれまでに使った分を引いて残り3ポイントあればいい方かしら」
「……」
俺はあえて言葉を発しなかった。
俺と零はキメラから視線を外さずじりじりと後退を始める。
「なあ零。慢心って言葉知ってるか?」
「ねえリュウジ、虎の威を借る狐って言葉知ってるかしら?」
俺たちはキメラから視線を外さずじりじりと後退を続ける。
俺たちはタイミングを合わせたわけでもなく左右に散った。
「「相棒、後は任せた(わ)」」
くしくも掛け声までかぶってしまった。
俺は全速力で公衆便所に向かい走り出した。
直線距離50mほどだろう。自慢じゃないが俺は運動が苦手だ。50m8秒台だ。先ほど颯爽と公園に駆けつけた的な見えを張ったが本当は鈍足でしたすいません!
ひーひー言いながら後ろを振り向くと、
キメラさんがこっちら向かって突っ込んできていらっしゃるじゃないですか!
キリンプロペラの風圧が、ゾウとキリンの戦慄きが、鞭のようにしならせるゾウの鼻、鉄骨を振り回すかの如くキリンのヘッドバット、こんなおぞましいものを直視した俺は、
「うあああぁぁぁぁーっ」と発狂しながらも思考を巡らせる。
涙も鼻水も涎も汗もシモの方も穴という穴から液体をまき散らしながら走り続ける。
こういう場面でこそクールな発想が命を救うんだ!かんがえろ、考えるんだ!リュウジ!
俺には何ができるんだ考えろ!俺も魔法が使えるじゃないか!ぶっつけ本番!何もしないよりましだ!
俺は鈍足ながらの全速疾走をしながらイメージを固める。
最強の自分を、より速く走れる自分を、このキメラより早くとにかく逃げ切らなくては死んでしまう。
思い浮かんだのは長身の黒人、長い手足から生み出される強靭なバネ。柔らかな関節。脹脛のしなやかな張り。無敵の内臓。おれないスピリッツ。そしてちょっとの茶目っ気。
俺は、…俺は、ベン・ジ○ンソンだ!
イメージが重なったとたん俺の体は柔らかな光に包まれた。
視線が高くなった。
呼吸が苦しくない。
手足のふり幅が大きく素早い。
なにより体が軽い!
俺は全力で走り抜けた!
後ろを振り返るとやや距離を開くことに成功していた。
わずかだが俺の方が早いようだ。
このまま便所まで逃げ切ってやるぜ!
人類最速となった俺は個室を目指し爆走する。
鉄棒も雲梯も砂場もジャングルジムもあまりの俺の速さの為、視界の端に残像として映るのみだ。
便所5m手前、入り口が二つ、右か左か!このさい男女どちらでも構うものか!
俺はわずかに近い左の入り口に向かった。
速度を落とさずに侵入し、一番奥の個室に華麗にクイックターンを決め速度を殺し切り、入った。
「はー、はー、はー、やったやったぞ!俺はやったんだ!逃げ切ったぞ!あの巨体じゃあ入ってこれないだろ、ざまあみやがれ!」
全力疾走中は気にならなかったが、体が悲鳴を上げている。
腕も足も、体中が痛いし、臭い。肺も心臓もはち切れんばかりに脈動を撃ち続けている。
「……リュウジなの」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返ると零が便座に腰かけていた。
「ここ女子トイレよ。男子はあっち」
鼻をつまみながら零は壁向こうを指さす。
「臭くてすいませんね。こっちとら無我夢中でしたから、自分の命以外のものはかなぐり捨てましたから!」
俺は涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになった顔面で言い返した。
零は鼻を抑えたまま会話をしてくる。
「リュウジ、あのキマイラはどうしたの?私の予想だとこのトイレにたどり着く前にあなたはあれに捕まっていた筈なのだけれど?」
「ああ、何も問題ないぜ、逃げ切った!奴なら便所の外だ!」
親指をたて精一杯の笑顔で答えた。
すると零は気まずそうな表情を作り、
「グッドラック」
俺に親指を立て返しすぅーっと元からその場にいないように霧みたいに消えていった。
俺は不吉な予感と共に振り返った。
するとそこには、
壁も扉もお構いなく通り抜けてきたキメラの鼻先が目の前にあった。
……ゲームセット、積みかなこれは。
そう、俺は事前に得ていた情報を生かし切れなかったのだ。
1つ、夢玩具は人間以外の物体を自分の意思で通り抜けられる
2つ、力の強い夢玩具は夢遊戯に引き寄せられる
1について確証はないがその場面を目撃していた筈だ。これまでの零の行動を見ていればわっかたかもしれないことだ。姿をあらわしたり消えたりそのたびに時間を止めていてはMPの無駄遣いだ。ならばよりお手軽な方法をとるはずだ。例えば壁抜けこれが当たる。つまりこれは、零の能力ではなく夢玩具の能力だったわけだ!零はさっきも消えたように見えたが便器の中に沈んでいったのだろう。
「失礼ね。リュウジじゃないんだからそんなことしないわ。壁向こうの男子トイレの個室にいるのよ」
「……」
2については言うまでもないだろう。MPが切れかかっているとはいえ時間を止められるなんてチート能力の持ち主が俺と一緒にしっぽを向けて逃げるような相手だ。間違いなく強い夢玩具だろう。ならば話は簡単だ。夢遊戯は強い夢玩具を引き付けるらしい。零は姉妹探しに俺を使うつもりでいたのだろうが、まさかこんな形で俺を使うことになるとは思ってなかったろうな。
……しばらく思考しているがキメラが襲ってこないな?
俺は閉じていた瞼をうっすら開けようとした。
「いつまでびびってるのよヘタレリュウジ。早くキマイラをかたずけなさい。今の私には無理だけどあなたならできるわ。強く自分を保つのよ。サポートは任せなさい」
立場は入れ替わったが相棒からの助力は期待できるようだ。たぶん。
ここで引いたら男じゃないっしょ!
俺は思い切り目を見開いた。
そこには俺と同程度までサイズダウンしたキマイラがたたずんでいた。
「それはリュウジあなたの後光の力よ。あなたのオーラを浴びた荒ぶる夢玩具は本来の姿に戻っていくのよ。効果はあまり強くないから触れあえるくらいの至近距離で数分浴び続けさせないといけないのだけれどね!」
零は一気にまくしたてると疲れたように一つ大きく息を吐いた。
「!まさか零が足止めを」
「そうよ、計画通り…、といかないまでも次点で合格点を貰える仕事はしたわよ。私はぼちぼち限界よ。もう一度言うわ。リュウジ自分を強く保つのよ。そうすれば必ずあなたも、わたしも、その子も救うことができるわ。私を信じてその子に触れなさいリュウジ」
そういうと零の魔法の拘束が解けたのかキマイラが動き出した。
「まかせろ、俺が全部救ってやる」
俺は手を伸ばした。ゾウの鼻をやさしくなでるように。
俺にはお前に敵意はないのだと伝えるように。
俺とキマイラが触れあっている箇所を中心にまばゆい光があふれた。
視界は光に覆われ何も見えないない。
やがてキマイラの感情だろうか。複雑な気持ちが俺の中にあふれこんできた。
”俺はこんな筋肉ダルマになりたかったわけじゃない!”
”俺はタンクトップなんて着たくないんだ!”
”人を見た目でキャラ付けするんじゃねえ!ぶっ飛ばすぞ!”
”見るんじゃねえ!俺の心を覗くんじゃねえ!”
魂の声が聞こえる。これはこの夢玩具が食べた阿部先生の心の叫びだろうか。
真っ暗なこの空間を俯瞰している俺にも狂おしいほどの猛々しい思いの波が打ち付けてくる。
”俺は教師になりたかったわけじゃねえ!”
”俺には人を教え導くような立派な志があるわけじゃねえんだよ!”
”なあ、あんたならわかるだろ!”
”俺のガキの頃にそっくりな見た目のあんたにならよう。”
なおも阿部先生の魂は嘆き続けている。
どうすればいいんだ。俺の声は届くのか?
「おにいたん、ぱぱを助けてあげて、おねがい、ぱぱ、ずっと泣いてるの。でも僕の声も手も届かないの。おねがい、おにいたん」
いつのまにか中性的な顔立ちの美少年……いや、美少女だろうか。彼女が俺のパーカーの裾をつかんで見上げていた。
ボブカットの髪形に零が身に着けているようなドレス。
いや、正確には違うか、ワンピースタイプのものを身に着けていた。
俺は屈んで目線を合わせ優しく語りかけた。
「君は俺が触れていた夢玩具なのかい」
「そう、おにいたん、そうなの。僕は夢玩具、ぱぱの苦しいって声が聞こえたから慰めてあげてたの、でもね、僕の力だけじゃ足りなかったみたいなの。おねがいおにいたん、ぱぱをいしょにたすけてほしいの。おにいたんといしょならぱぱをたすけられるの!」
舌足らずなしゃべり方ながら俺に強い意志をぶつけてきてくれた彼女は袖を握る手にさらに力を入れ俺に訴えかける。
「ぱぱがおれにそっくりっていってる子は僕なの。僕はぱぱのりそうのすがたなの。ぱぱはずっとじぶんにうそをつきつづけて、つかれちゃったの。それで僕がよばれたの」
”何で俺はこんなにごついんだ!”
”なぜ俺にこんなに厳しいトレーニングをさせるんだ!”
”痛い、苦しい、やめてくれ!俺が何をしたというのだ!”
「僕はいつから夢玩具になったかわからないくらいまえから、ずっと、ぱぱみたいになげき、かなしみにみちてきた人間さんの感情をたべてたきたの。ともだちたちは胃がもたれるからそんなげてものいらないなんていってたの。でもみんな、僕より先におなかいっぱいになっていなくなっちゃたの」
”やめてくれ!ぶたないでくれ!言いつけ通りにするから!”
”僕をぶたないでよ!とうさん!かあさん!”
”ぼく、いいこになるから。”
”こんな男女みたいなぼくなんてぼくじゃないんだ!”
景色が映りだす。これが俗にいう心象風景だろうか。
道場の片隅でうずくまって泣きはらしている小さな子供がいる。
ボブカットの髪形に華奢な体つき。俺の裾をつかんでいる彼女にそっくりだ。
彼が阿部先生なのだろう。今の姿からは想像もつかないが。
休憩時間中だったのだろうか、胴着を着込んだ男たちがしだいに道場を埋め尽くす。
阿部先生は師範代と思はれる男性に投げ飛ばされている。受け身もとれていない。あれでは大怪我をしてしまう。
「おい!いい加減にしろ!その子泣いてるじゃないか!」
師範代と阿部先生の間に割って入った。
しかし、師範代は俺がいることなど気にも止めず、零が壁をすり抜けるようにすうっと俺を抜けていき阿部先生を投げ飛ばす。
先生の悲痛な呻きが道場に響き渡る。
弟子たちはみなみて見ぬふりをしていた。
「ふざけんじゃねえよ!こんなのってねえよ!」
鼻水が垂れる。声が震え目が潤む。
何もできない自分のふがいなさに腹が立つ!
「ぱぱのためにないてくれるの?おにいたん」
この子に泣き顔を見せないように、つかまれているのと逆の手で目を覆い俯きうなづいた。
「おにいたんにおねがいがあるのきいてくれる。ぱぱのために泣いてくれたおにいたんにだからできるおねがいなの」
「なんだい、いってごらん」
「僕もぱぱのこの感情をたべきれなくておなかいっぱいなの。もうすぐみんなのところにいかないといけないの。でもねこのまま僕がいなくなっちゃうとあふれでた感情がぱぱのところにかえちゃうの。そうなるとこんどはおにいたんたちが現実ですくってくれたみたいにたすけることができなくなっちゃうの!だからね!」
続きのことばを聞きたくはなかった。
俺は阿部先生もこの夢玩具もどっちも救いたくなっちまった。
でも俺は無力だ。俺の力じゃどっちも救えねえ!
「そんなかおしないでおにいたん。おにいたんのおかげでぱぱをたすけられるんだよ。おにいたんがいなかったら僕はぼうそうしたまま、こうやって僕をとりもどせないまま、きえちゃって、感情もぱぱにいちゃって2人していなくなっちゃうところだったの」
彼女は俺を見つめ上げてきた。揺るがぬ決意を瞳に秘めて。
「だからおねがい。僕をおにいたんの浄化の光でおくってほしいの」
「それで本当にいいんだね」
「うん、おにいたんにあえたときからきめてたの。…ごめんなさいおにいたん。もうひとつだけわがままきいてほらってもいいの?」
「いってごらん」
彼女は投げ飛ばされ続ける先生を見つめてから俺にお願いをした。
「ぼくがいなくなったあともぱぱをみてあげてほしいの。ぱぱ、みためはとってもつよいけど心はとってもよわいの。ぼくがいないとまたすぐに心がぱんくしちゃうの」
「ああ、わかった約束だ。俺と零が今後も先生を見守っていくよ」
なんなんだよ!夢玩具って!なんでこんな人間臭いんだよ!
何か方法はないのかよ!
「ふふ、おにいたん、みおくるがわがそんなかおしてると僕、あんしんしてたびだてないよ。おにいたんは、これからもぼくみたいな夢玩具をたすけてくれるんでしょ。僕はね、おにいたん、あなたにであえてすくわれたんだよ。…おにいたん、そろそろおねがい。僕もうこっちにとどまるのがつらくなってきたの」
彼女両手を広げ俺に抱き着いてきた。
俺も優しく抱き返した。
「ふふ、あのねおにいたんぼくね。ホントは早く、みんなのところに行きたかったんだ。でもね僕の最後の宿主がぱぱだったんだ。ぱぱは僕が人間だった頃のきょうぐうにあまりにそっくりだったからおどろいちゃったんだ。それでね、いっしょにいるうちに心残りになっちゃったの。僕が無理してでもたべないとぱぱが夢玩具になっちゃうから」
「そうか。…うん、よくがんばったよ。えらいよお前」
俺は彼女の頭をなでた。やさしくやさしく。
「ああ、僕もほんとうのぱぱとままにも頭をなでてもらいたかったな。ああ、なんだかあったかいや。すごくねむい。このまま目をとじるとたぶんおわかれだよ、おにいたん。ああ、できることなら、ぱぱをみまもりたかったな…」
その言葉を最後に彼女は砂のように消えてしまった。
「うっうぅ…」
声にならない俺の叫びと共にこの光に満ちた空間も闇に閉ざされるように沈んでいった。
~
「……、……、」
体中が痛い、重い、そして何かが俺の上にのているようだ。
「……、……ジ」
「……ジ、リュウジ、起きなさいリュウジ、目を覚ますのよ」
パアン!パアン!と俺の頬を乾いた音が響いた。頬がひりつく、往復ビンタを貰っているようだ。
「……痛いよ、零。そんなにされたら現実に帰ったとき頬が腫れ上がっちゃうよ」
倒れた俺に馬乗りになり必死な形相の零がいた。
どうやら俺は気を失っていたらしい。
「良かったわ。本当にに良かった。リュウジが無事で」
俺に覆いかぶさり喜びを表現してくる零。
「今の俺はぐちゃぐちゃのびちょびちょで臭いぞ」
「いまさら何言ってるのよ!ここは公衆トイレよ!そもそも汚いの!気にしないわ!」
「そっか、……ごめんな、約束を守れなくて、」
「え?」
「夢玩具救えなかった。先生を救うために自分が死ぬんだって言ってて、説得できなくて、俺無力で、情けなくて、先生を見守ってほしいって約束して、……もっと先生のこと自分で見守っていたかって言って……、…」
声が震えて、鼻水もでてくる。ぐちゃぐちゃな顔は真っ赤に腫れててみっともなくて、嗚咽が止まらない。
「ちょっと待ってリュウジ、確認させて」
俺はうなずく。
「会話ができたってことは人型を取った夢玩具だったのね」
うなずく。
「何か約束を、一方的ではないお互いが納得した決め事は何かしたかしら」
うなずく。
「これが最後の質問よ。その夢道具は何か未練を口にしたかしら」
うなずく。
「それなら可能よ!最高よリュウジあなた!その成仏した子をこっちに呼び戻せるわ!」
零は勢い良く立ち上がり俺に手をさしのべる。
「手伝いなさいリュウジ!これは夢遊戯にしかできないことなの」
まだ俺にしてやれことがあるのかもしれない。
俺は手をつかみ立ち上がった。
悔やむときは今ではない。やれることを全部やってからだ!
「あいつの未練、晴らしてやれるんだな!」
「もちろんよ!そうと決まったらさっそく準備よ!」
ずんずんと便所から出ていく零。
……、なんか、キャラ違くない?
「こっちが素なの!文句ある!」
「ないです!すいません!」
「早く来る!ノロマ!間に合わなくなるわよ!」
「はいただいま!」
俺は便所を足早に出る。
外は晴れ渡っておりぽかぽかだ。
随分と長い間便所にいた気がするため、今がまだ正午前という感覚がなくなっていた。
零は木の棒を拾い六芒星をかいていた。
「この真ん中に座りなさい!」
「はいただいま!」
俺はすぐさま命令に従う。
早く動こうと思うだけで全身バキバキに痛い。
ベン・ジ○ンソン走りの付けだろうか。全身が筋肉痛だ。
「よーく聞きなさいリュウジ。大切なのはイマジネーションよ。あなたのその子を思う気持ちが大きいほど成功率は上がるの。わかった」
六芒星の周囲の円周外によくわからない模様を書き込みながら叫んでいる。
「わかった。魔法の基本は想像力。どれだけ思いを込められるか。だろ!」
「分かってるじゃないリュウジ!まずその子の姿を思い浮かべて!そしてその子への思いを込めるの!そして次が大切よよく聞いて!私が渡したペンダントは持ってるわね!」
「ポケットの中にある!」
「えらいリュウジ!そのペンダントから連想して!その子に似合う装飾品を!その子だけの宝石〈アンティーク〉を!そしてその子に名前を付けてあげて!あなたが宝石主よ!」
零は文字を書ききったのか力尽きたようにどっかり座り込み俺を眺めている。
俺は目をつむり意識を集中する。
彼女の姿を、瞼に映すように
揺るがぬ不動の魂をもつ瞳
可憐な乙女の様であり、
一本筋の通った骨太な気概
彼女は願った、父の心の安らぎを
彼女は願った、己が命よりも
先生と自分の境遇を重ね
しかしただ一つの心残、
彼女の未練は像より重く
彼女の思いはあのキリンのようにどこまでも羽ばたく
イメージしていた彼女が純白の翼に包まれた。
羽根をモチーフにした装飾品、ブローチ。
銀細工の精巧な造り、
その中央に彼女の心をはめる。
彼女の宝石(アンティ-ク)はペリドット
その優しい緑の輝きは平和と愛を願うためのもの
俺の頭にフレーズが浮かんだ。
不思議なことに俺はそのフレーズを口にした。
「今ひとたびの花を咲かせよ!」
六芒星からあふれ出す光を瞼ごしに受け取った。
太陽からの光量などとるに足らない激しいものだ
しかし、まぶしくはない。
俺は目を開けた。
そして確信した。
成功したのだと。
砂と消えた姿が再びよみがえる。
華奢な体にボブカット、
中性的な顔立ちに、
舌足らずの喋り方
俺は彼女と再会できた。
「あれ、おにいたん?ここは?」
戸惑う彼女に駆け寄る。
「お帰り!ミズハ!これからは、ぱぱをずっと見守ってやれるんだぞ!」
俺は彼女をいや、ミズハを抱きしめた。
ミズハ何が何だかわからないようで呆けていたが、次第に状況を理解したようだ。
おにいたーんと涙声で抱き返してくれた。
二人しておーいおい、しばらく泣き続けた
その様子を私は微笑んで眺めていた。
そして立ち上がり、発光を止めた魔法陣から銀細工を拾い上げた。
羽根をモチーフに、中央に宝石をはめたブローチだった。
「私のペンダントも素敵だけれどこれも素敵ね」
優しく握りこむと二人のもとに向かった。