目覚めと説明回
「……、……、」
体が重い、何かが俺の上にのっているようだ。
「……、お兄ちゃん起きて」
「うう、後5分」
「いい加減起きないといたずらしちゃうよ」
そう言うと、もぞもぞと下腹部目指してありさが毛布の中へ入ってきた。
「はい、起きます。今起きますとも」
今まで寝ていたのはうそのような速度で毛布をはねのける。すると、俺の股間を凝視する義妹と目があった。
「おはよう、お兄ちゃん今日は一段と元気だね」
「……おはようありさ、変なこと聞くけどいいかな?」
「?どうしたのお兄ちゃん」
股間を凝視するありさに俺は疑問をぶつけていく。
「俺は昨日ありさの部屋で寝てなかったっけ?というか昨日あれから大変だったんだぞローションまみれの部室の掃除とか、ローションまみれのお前を担いで帰ったり。人に見られないように気を使ったりさ」
「?何言ってるのお兄ちゃん。今まで寝てたんだし昨日は自分の部屋で寝てたんでしょ?そもそも私のベットにお兄ちゃんが寝転がってたら寝かさないよ?それにローションまみれって何!そんなエッチな夢見るくらい欲求不満ならありさが解消させてあげようか」
先程より股間に近づきすー、はー、すー、はー、と深い呼吸を続けている。
いつも通りのありさだ。…これがいつも通りはそれはそれで問題だが…。
…ということは昨日の出来事は夢だったのか?
そんなばかな!はっきりと何があったか覚えている。夢ならおぼろげな覚え方になるはずなのだから。
「夢玩具、この単語に覚えはないか?」
「だから何言ってるのお兄ちゃん?エロゲのやりすぎで中二病になっちゃった?お兄ちゃんがエッチな目を向けてもいい義妹はありさだけだよ。さあ起きようよ!遅刻しちゃうよ!」
満足いくまで堪能したのかありさは俺の股間から離れ起き上がり、俺に手をさしのべてきた。
俺は納得いかないが、ありさの手を取り起き上がった。
「新学期二日目から遅刻はよくないよな」
「?大丈夫お兄ちゃん。今日から新学期でしょ?」
「は?いやだって昨日新学期だっただろ?」
「本当に大丈夫お兄ちゃん?今日は本当に変だよ?熱があるの?大丈夫?」
青い顔をしてあわあわし始めるありさ。俺のおでこに手を当てたり、ベットに押し倒し、毛布を掛けてくれたり大慌てなようだ。
心配してくれるのはありがたいがパ二クリすぎだろう。
そんな姿を見たので俺は逆に冷静に考えることができた。
もし昨日の出来事が夢だったならば零も俺の妄想ということになるわけだ。いや、ありえないだろう。キャラが濃すぎる。ありさにも負けない濃さが彼女にはあったのだから。おい、聞こえてるんだろ、答えてくれ零。
………沈黙か、ってことはマジであれは夢だったのか!いやはや、現実とは小説よりも奇なりってやつだなこれは。
「お兄ちゃん水枕持ってきたよ!学校にはお休みの連絡しておいたからね!ちゃんと寝てるんだよ。私も本当は一緒に寝て看病してあげたいけどずる休みしちゃうとパパもママも感がいいんだかすっ飛んで帰ってくるんだよね。二人きりの生活を続けるためにもお兄ちゃんも寂しいだろうけど我慢しててね。午前授業だしすっ飛んで帰ってくるからね。いってきます!」
「あ、ああ、行ってらっしゃい。気を付けて」
てきぱきと俺の看病をこなしすっ飛んで出かけて行った。今作ってきたのだろうおじやが土鍋から湯気を上げ食欲を掻き立てる味噌の優しい香りが立ち込めている。
あのブラコンが治ればどこに出しても問題ない引く手あまたな最高の女の子なのにもったいない。
「本気でそう思ってるの?ありさちゃんが他の男に取られても後悔しないのかしら?」
いつからいたのか零がベッドに腰かけクスクス笑っている。
しかし俺はもう驚いたりはしない。何となくだが出てくるならこのタイミングだと思っていたからな。
「出てくるのが遅いんじゃないか零。俺が呼びかけても反応しないし、昨日の出来事は夢落ちかと思った」
「あらごめんなさいね。リュウジが一人になるのを待ってたのよ。こっちのありさちゃんがいると話しづらいのでね。ま、とりあえず夢の世界にようこそリュウジ。夢の案内人こと時を極めし忘却の魔女、長姉の零が歓迎するわ」
「歓迎どうも。よっせっと」
おざなりに手を振り返事をしつつありさが載せてくれた濡れタオルを取り起き上がる。
「体調はいかがかしら?悪いのならよこになっていいのよ?」
「いや問題ないよ。昨日…いや、現実での出来事か、…ああ、紛らわしいな!」
頭をボリボリと掻く。説明をしようとしたが言葉に出すと紛らわしい。
昨日のことが現実で今起きてるここが夢?訳が分からなくなってくる。
「リュウジ!落ち着いて、いったん思考をやめてちょうだい」
「声を荒げてどうかしたか?」
「リュウジが今していた思考はとても危険なの。このまま続けていたら夢と現実の区別がつかなくなって、現実のリュウジは二度と目を覚まさなくなるわ」
「!まじか。それ死んじまうじゃん俺。あぶねえ。てかそんなこと前もって説明しといてくれよ零」
「ごめんなさいね。こっちで説明した方がいろいろと分かって貰い易いと思って省略していたわ」
「頼むよ零」
情けない声が出たがこれは仕方ないだろう。朝からいきなりSANチェックされたんだから。
「気分を直しておじやでも食べたら?おいしそうよ。ありさちゃんはいいお嫁さんになるわね」
サイドテーブルの土鍋をお盆ごと取り、蓮華で掬ったおじやをフーフー冷まして俺に向けてくる。
若干恥ずかしいが、おじやのおいしさの前には大して気にならなかった。
それに俺に食べさせている零の顔が幸せそうにゆるんでいたのでそれを見ていた俺も優しい心持になれた。
「ご馳走様。食べさせてくれてありがとう」
「お粗末様。後でありさちゃんにお礼を伝えるのを忘れないことね」
カチャカチャと音を立て空になった土鍋に食器類を入れて、零はサイドテーブルに置いた。
「では軽くレクチャーしましょうか。ここが夢の世界である証拠を」
パチンっと零が指を鳴らした。すると彼女の手にはどら焼きが乗っていた。それを半分に割って片方を俺に手渡してきた。口にするとほのかに甘く軽く塩気も効いていて上質なこしあんを使ったなめらかな口当たりのどら焼きだった。餡だけではなく生地もしっとりしていて口の中でとろけるようだ。そして餡と生地が互いを殺すことなく見事な調和をもたらしている。俺が今まで口にしたどら焼きの中では間違いなく一番うまかった。
「うま!なにこれどこで売ってるのこれ!」
「私の思い出のどら焼きよ。このどら焼きを口にしてからは世界観が変わったわ」
恍惚の表情を浮かべ目じりも口角もだらしなくたらす零。
確かにこのどら焼きを口にしたらスーパーの1つ100円くらいのやつは口にできないな。
「めっちゃうまいけど、これのどこがレクチャーなんだ?」
「鈍いわねリュウジ、あなた何か今口に入れたいものはないの?」
「しいて言えば渋めの緑茶かな」
「ん~、いいわね。じゃあ想像して渋めの緑茶の味を、湯呑に入って湯気を立て、青葉のような香りを、…イメージできた?なら私がしたように指を鳴らしてごらんなさい」
俺は目をつむりイメージする。湯気を立てる緑茶の姿を、…だめだ、河童寿司のお茶しか思い浮かばない…。物は試しとパチンと指を鳴らす。すると、
「まずいわね。粗茶にもほどがあるわよ。そもそも緑茶じゃないじゃないこれ。でも初めてにしてはよくできたわねリュウジ」
俺のイメージしていた河童寿司の湯呑に口をつける零の姿が目に映った。
「…もしかして俺が出したのそのお茶?」
「そうよ、リュウジも飲む」
湯呑を手渡してくる。それを受け取り口をつける。確かに河童寿司のお茶っぽい味がする。
でも何か違う。薄いとか濃いとかではなく何かが違う。
「考えてるところ悪いのだけど間接キスよリュウジ」
「その系統のからかいには反応しないことにしたから無駄だぞ零」
「あらそう、残念ね」
クスクスと全く残念そうには見えないいたずらな笑みを浮かべている。
なおも悩む俺に仕方わないわねと零が助け舟を出してくれた。
「リュウジ答えを教えてあげる。それはね、思いの強さなのよ」
「思いの強さ?」
「ええそうよ。私はどら焼きが好きなの。人の感情を食べるよりずっと好き。あなたにも分けてあげたどら焼きは特に、あの日あのときあの場所でどら焼きをもらって食べたことはきっとこれからも私の中で色あせない思いとなって残り続けていくわ。だから私のどら焼きはおいしいの。それに対してリュウジはたぶん口が乾いたからさっぱりしたいなくらいの思いで緑茶を出したでしょ?その差が味の再現度に影響したのよ」
零にしては珍しく力説してくれた。つまりこの夢の世界ではイマジネーション力によって俺も魔法を使えるってことなのか。
一人納得してうなずいていると零が説明を続けていく。
「そのとおりよリュウジ。もし自分がいるのが夢の中か現実か分からなくなったら何か思い浮かべて指を鳴らしなさい。そうすればどちらかわかるから。慣れてきたらイマジネーション力だけでも魔法は使えるわ。指パッチンは発動!て思うキーになってるだけよ」
「了解だよ零」
「それじゃこのままいろいろ説明していくわよ」
俺はうなずいた。
「まずはそうね~、外魔法と内魔法を説明するわ。私たちがいる夢の世界では空気中に魔素が含まれているの。この魔素の元は人の感情なのよ。夢玩具がいるから魔素があるのか魔素があるから夢玩具いるのかはわからないのだけれど私たちは切っても切れない関係なの」
「ふむふむ」
「魔素を用いて魔法を使う、つまり外的要因により魔法を用いるから外魔法というの。私やリュウジが使えるのはこっちね」
「ほーほー」
「それに対しありさちゃんが使うのは内魔法ね。これは外魔法の逆で自分の感情を魔力に返還して魔法を使うの。魔素が大気にない現実では個人的には人間に内魔法は使ってほしくはないのだけどありさちゃんに限ってはたぶん大丈夫でしょう」
「うーん、それはどういう意味だ」
「内魔法は感情を魔力として使うの。使いすぎると普通は廃人になるはずなんだけど…、ありさちゃんは無限に湧き出るリュウジ、あなたに対しての感情を魔力に使ってるみたいなの。というか、魔力に変換していなければあなたありさちゃんの性奴隷にされていたと思うわよ」
「……」
「あの子思考がドピンク一色よ。あそこまで性欲が強いなら普通は理性で抑えきれずに性犯罪者一直線よ」
「……」
日頃から俺を見る目がヤバいなとか、やたらボディータッチが激しかったり、寝込みを襲われそうになったり、洗濯前の下着をあさられたり思い返せばありさは俺には直接手を出さずにグレーラインで堪えてたんだな。魔力で欲望を発散させながら…、適当にあしらってやってたけどもう少し相手してやるかな。
ありさのことを考え少しブルーのなってしまった。
「余計なお世話かも知れないけど今のままでいいと思うわ。変にやさしくするとどこまでも付け込まれて骨までしゃぶられるわよ。女の子ってリュウジが思ってるよりもずっと肉食なのよ」
「ありさを女子の基準にしない方がいいと思うが…」
俺の引きつった顔の反論を零はクスクスと笑い軽くいなしてくる。
「程度の差はあれどね。私だって肉食だし内気そうに見える子もその内側はけだものよ」
がおーと両手を上げ軽く握りこぶしを作り獣のポーズを取る零。
…この見た目の女の子がこのポーズとるとかわいいな。めちゃくちゃ頭をなで回したくなる。
俺の感情を読んだのか零が頬を染めてごまかすように口を開いた。
「えーと話が逸れたわね。この魔力なんだけどね、人間はどちらか一つしか使えないの。外魔力は素質がものをいい、内魔力は努力がものをいうの。素質のある人間が夢玩具と契約を交わすことで現実と夢の世界を行き来するもの〈夢遊戯〉になれるのよ。一方内魔力は才能のない一般人が血のにじむような努力の末にようやく手にすることができるものなのよ。今のありさちゃんを見ていると信じられないかもしれないけれど幼い頃は地獄のような日々だったはずよ。でも彼女の支えは割と身近にあったのかも知れないわね」
「ありさを甘やかしてあげたい!抱かれてもいい!」
「突然何を言い出すのよあなた!とめはしないけれど、現実に帰ってからしなさい。こっちのありさちゃんは魔法とは一切関係ない一般人なのだからね」
「あ、だからありさがいなくなるまで反応してくれなかったんだな」
「そういうこと、理解してくれてうれしいわ」
喋り付かれたわ何て呟いて零は指をパチリ、紅茶とクッキーを出した。
ティータイムね、なんて言って俺の分も用意してくれた。紅茶もクッキーも市販品よりははるかにうまい。語彙の少ない俺でも褒められるくらいにうまい。香り高い紅茶。この香りはアッサムだろう。そこにバターをふんだんに使ったサクサクほろほろのクッキー、相性抜群だ!
「おほめに預かり光栄よリュウジ。ちなみに魔法で作ったものはカロリーないからいくら食べても太らないわよ」
「世紀の大発明じゃないのそれ!どうにかして商品化できないの!」
割と真剣みのある俺の剣幕に若干引きつつ零は教えてくれた
「無理ね。原料は魔素だもの。これは夢の中限定商品よ。こっちでいくら稼いでも現実には持ち越せないわよ」
「あ、…そなの」
「それと逆にリュウジのお金をいくら使おうとも現実には反映されないから貯金全額使っても問題ないわよ」
「まじか!零!エロゲ買い占めに行くぞ!付いてこい!」
「あなた感情の起伏が激しすぎよ!さすがありさちゃんの兄をやっているだけあるわ」
「いやー、てれるな」
「褒めてはいないからね」
わざとらしい頭を掻くしぐさにくぎを刺されてしまった。でも金を気にせずに買い物ができるって素敵だな。
「夢だからって無茶をしてもいいわけじゃないのよ。忘れないうちに伝えるわね。夢の中で負った怪我は現実世界に持ち越すのよ」
「ラノベみたいに魔法を使って無双したりは?」
「それもダメ!あなたは主人公じゃないのよ!こっちで死ねば現実でも死ぬし、こちらでの居心地が現実以上に快適なものになれば現実で目覚めることがなくなりいずれ死ぬわ。だからこっちで魔法が使えるからって無茶しちゃだめよ」
「了解」
残念だけど仕方がないか。死にたくはないし、現実にはありさが待ってる……、俺ありさの隣で寝てなかったか。ダラダラ嫌な汗が流れてきた。猛烈に目覚めたくなってきた。
「まだ駄目よリュウジ。こちらに来てもらった目的をまだ果たしていないじゃない」
そういえばそうだった。仕事とやらをまだ何するか聞いてなかったな。
「そう、仕事よ。さあ立って、出かけるわよ。」
零は宙に浮くと俺をせかしてきた。
「だらだら雑談しながら説明してくれてたのになんで急に急かしてくるんだ。てかどこ行くんだ?」
「それはね!」
ためにためて零は言い放った。
「コンビニよ!約束通りどら焼きを買ってもらうわ。有り金全部使ってね」
小首をかしげ可愛くおねだりすると机上の俺の財布をとりふよふよ漂いながら部屋を出て行った。ドアをすり抜けて。おばけかよ!まあ浮いてるしそんなに違いはないのかな。
「ちょ、まてよ、俺まだパジャマ!」
「お兄ちゃん!はーやく!先に行っちゃうわよ」
少し離れた位置から零の声が聞こえた。おそらく1階にいるのだろう。
ありさだけでも手一杯なのに零のような妹が出来たら俺はもうてんてこ舞いだろう。
でもかわいい妹たちに囲まれるのも悪くはないな。
「早くしなさいロリコン!いつまで待たせるのよ!」
…妹に蔑まれるのもいいなあ。二次元限定だと思ってたけどリアルでもいいものだ。何かがたぎってくるな。
「いい加減にしなさい、この変態!早く降りてこないと首輪を繋げて引きずるわよ」
はい、女王様―、と返事をしたいがさすがの俺でもこれ以上は後で後悔しそうなのでやめておいた。
「すぐ着替えるちょっと待っててくれ」
零からの返答を聞き立ち上がる。時刻は11時を指していた。ありさが家を出てからだから3時間ほど時間がったたようだ。もっと会話していた気もするがまあこんなものだろう。私服に袖を通し何気なく窓の外を見てみた。今日も青空の見えるよい天気だろうか。
しかし外の景色は俺の予想外のものだった。それは…
空を覆うはずの雲は一つもないのに、見たこともない奇妙奇天烈な生物たちが無数にうごめきあい、クソ暑い日差しを遮っていたのだ。
「うーわ、なんだあれ」
人は素で驚くと思考が停止するらしいことを今日俺は知った。