先生に襲われて
阿部先生は無言のまま近づいてきた。
気のせいか大変鼻息が荒く、筋肉がいつも以上に膨れ上がっている気がする。
目も血走っていて、口から涎もたれている。
間違いなくこの状態で町を歩いたらお巡りさんが寄ってきてしまうビジュアルに仕上がっていた。
正直に言って正気を疑うビジュアルだ。
俺の勘だがまた魔法だか何だかの訳の分らんもんに関係していると予想する。
もしそうだとしたら俺にはどうすることもできないぞ。
「零!どこにいる!」
反応は無い。
あのやろうさっきは俺の事守るとか言ったのに早速放置かよ。
「せ、先生。暴力は良くないと思いますよ。決して不純な行為をしようとしてた訳じゃないんです。本当です」
「……」
やはり問いかけても反応が返ってこない。
まずい、このままじゃ先生がこっちに来る。
ありさを背負って逃げられるとは思えない。
せめて俺に注意をひきつけるか!
「先生!どうしたんですか。何か答えて下さいよ」
俺からも一歩、また一歩近づく。
効くか分からないが不意打ちで一発お見まいしてやるぜ。
あと一歩、踏み込んだら金○を蹴りぬく。
卑怯と言われようが構うもんか。どんれだけ鍛えた体でも鍛えられない部分があるならそこを付くだけだ!
ここだ!くらえ金的蹴り!
思いっきり右足を蹴り上げた。
阿部先生は避けることなく俺の蹴りを受けた。
完璧だ。つま先で蹴り上げてやったぜ!悶絶確定病院直行コース!
「……」
「う、うそだろ!」
阿部先生は血走った目で俺をとらえ何事もないように立っている。
信じられない、俺ならあの勢いで蹴られたら泡吹いて倒れるぞ!!
「…イタイ」
どす、鈍い音と衝撃と共に腹部に激痛がはしる。
どうやら阿部先生の左こぶしが俺の腹にねじ込んでいるようだ。
腕が動いた事に全く気付けなかったぞ。
「うっ」
胃液がこみ上げてきた。
昼飯食ってたら吐いてただろうななどと場違いなことを考えつつ腹を押さえ倒れこむ。
だめだろこれ、俺こそ病院行かなきゃだぞこれは!
「オマエカライイニオイスル。オマエ、ウマソウ」
蹲る俺の真上から不穏な単語が飛んできた。
見上げるとちょうど阿部先生の股間あたりに視線が行ってしまった。
そして俺は戦慄した。これが恐怖というものだとこの時初めて知ったと言っていい。
股間がもっこりしている。
それはもうエクセントリックなパレード並みに力強くだ。
そして、俺の事をいい匂い、旨そうと言っている。
…考えたくはないが命より貞操の危機なのかもしれない。
「ケツムケロ」
「え!!!」
うそだよね先生、うそだと言ってよ先生。
俺の悲しみの心の声など無視して阿部先生は蹲る俺を押し倒し、女豹ポーズを取らせてきた。
あれ、おかしくない。このポーズは女の子がするもので男はしないものじゃないだろうか?俺の疑問など無視して突然音楽が流れ出した。
てれてれてれてれ、うっ!は!うっ!は!うっ!は!ヤラナイカ!
「…」
言葉を失った。
なおも音楽は流れ続ける。
うっ!は!うっ!は!うっ!は!ヤラナイカ!
「やらねえよ!」
思わず突っ込んでしまった。
「モウガマンデキナイ」
ガチャガチャと後ろで音が鳴る。
ヤラナイカ!に気を取られている内にさらに状況は悪化してしまった。
うそだと言ってよ。誰か助けてくれ!
貞操の危機はありさで経験済みだけどこれは別次元の危機だよ。
ほられる!
俺の肛門が断裂してしまう~。
しかし恐怖と痛みで身動きの取れない俺にはどうすることもできなかった。
阿部先生が徐に覆いかぶさってきた。
荒い息遣いと共にあの暑苦しいくらいムキムキな肉体の温もりが伝わってきた。
悪寒が止まらない。
鳥肌が止まらない。
女性目線だと興奮しきった男はこう感じるのだとしたら男はオオカミだっていわれている訳が今理解できた。
俺のズボンに阿部先生の指が係りずり降ろそうとしてくる。
「いーやぁー」
乙女のような叫び声が出た。
パチン、指を鳴らす音が聞こえた。
「リアルでBLはやっぱり頂けないわね」
「零~」
相当情けない声が出てしまう。
しょうがないよね。本当に怖かったんだから。
「よかったわねリュウジ。襲う側が美少年だったなら見学させて頂くところだったわよ」
今リアルでBLは無いって言ったじゃん!
「俺の事守ってくれるんじゃ無かったの!」
「ごめんなさい。今のリュウジがどれだけやれるのか確かめようと思ったの」
ふふ、と意地悪気に口角を三日月のように上げて微笑む。
「それにしてもまさかあんな下品な方法をとるなんて思わなかったわ」
「な、何だよ!男相手には最も効果的な攻撃だぞ!」
っと強気なことを言いましたがこっちこそごめんなさい。全力を注いで金的蹴りをかまして返り討ちにあうなんて情けない目に会いました。
「まあおかげでリュウジが戦闘面では役に立たないことがわかったわ」
「…」
何も言い返せないよ。
「リュウジ、出来るだけ距離を取った方がいいわよ。そろそろ動きだすわよ」
零が指差す先、恐怖と闘いながら後を振り向くと物凄い近い距離に阿部先生の興奮しきった顔があった。
「ひぃー」
恐怖のあまり声が出た。
血走った目。
涎を垂らしている口。
歪んだ顔。
今なら分かる。
女の子が良く使う生理的に受け付けないという奴が!
「ふふ、まだ大丈夫よ。時間をとめてあるの。だから動かないわよ」
この場でただ一人冷静でいる零はどこかこの状況を楽しんでいるように微笑んでいる。
「笑ってないで助けてくれよ」
「あら、時間を止めてあげたじゃない。私が手を出さなければ今頃初体験出来てたわよ」
阿部先生×リュウジとか勘弁してくれ。
もちろんその逆も然り、攻めも受けも遠慮したい。
「恐いこと言うなよ。腰が抜けて動けないんだよ」
「あらあら、情けないわね。それでも私の主人なのかしら」
零は青い顔をした俺に軽口を叩きつつ引っ張ってありさの傍まで運んでくれた。
……それはいいんだが。
「リュウジはそのポーズのまま見てなさい」
「出来れば寝かせたり座らせたりして貰えると助かるんだけど」
俺は雌豹のポーズのまま尻を気絶しているありさに突き出していた。
これが阿部先生なら飛びかかってきただろう。
いや、意識があればありさも飛びかかってくる気がする…。
「さあ、宴の始まりよ」
零は尊大に言うと再び指を鳴らした。
パチン、その音と共に阿部先生が動き出す。
「ウヴォー」
獣の雄たけびのごとく声を上げ先生は床に倒れこんだ。
今見てもゾッとするよ。
あれにのしかかられて、ほられる寸前だったんだからな。
「完全に乗っ取られているようね」
「やっぱり、先生は正気じゃないんだな?」
「ええそうよ、彼は夢でも見ているみたいに今の自分の行動をぼんやりと眺めているだけでしょうね」
良かった。本当に良かった。
阿部先生が気の狂ったただのホモって落ちじゃなくて。
あれが先生の通常営業だとしたらどうしようかと思ったぜ。
「ウー、シリガナイ」
勢いよく倒れたのに痛みを感じている仕草など微塵もなく立ち上がる阿部先生。
その際に見てしまったが、ズボンもパンツもずり落ちて膝のあたりで止まってるぞ
つまり…
「なかなか立派なものをお持ちね」
「気分が悪くなってきた」
「ふふ、それはいけないわね。でもリュウジ、あれはあなたに魅力を感じたからあんなに立派になってしまったのよ」
「悪寒が走るようなことは頼むから口にしないでくれ。それよりあれ、どうにか出来ないのか?」
「あれってなにかしら。わからないわ」
「だからあれだよあれ」
くそ、絶対分かってるのに俺の口から言うまで何もしないつもりだな。
会話をしている間にも阿部先生は「ケツケツ」呻きながらずり落ちたズボンを上げもせずチョコチョコと近づいてくる。
この様子だけ見ると俺だけでもありさを連れて逃げ切れたのではないだろうか。
しかし、問題はそこじゃない。
阿部先生の小股なチョコチョコ歩きと連動してビックマンモスがブラブラしてる。
もうそれを見るだけで俺の気力がゴッソリ持ってかれてしまう。
「頼む零。もう先生を直視できない。ここまで不快な気持になったのは初めてかもしれない。頼むから先生の息子を見えないようにしてやってくれ」
「ああ、そういうことね。最初からそう言ってくれればいいのに。はい、これでどう」
パチン、零が指を鳴らす。
するとどうだろうか。
先生のマンモスは見えなくなった。確かに見えなくはなったけど…
「俺が言った意味とはだいぶ違うぞ!」
「あら、そうかしら。ご注文通りにちゃんと見えなくしたわよ」
「だれがモザイクを当ててくれと頼んだ!」
そう、なぜかモザイク先生が阿部先生のマンモスを覆っているのだ。
「ふふ、こうしてみると何かのプレイみたいで面白いじゃない」
ふざけているのか本気なのかわからない零。
どっちにしても玩具にされている阿部先生が不憫すぎる。
正気に戻った時この事を覚えてたら俺ならもう高いとこから飛び降りたくなるよ。
「いい加減お遊びはやめましょか」
「いや、零が一人で遊んでたよね!」
「なんのことかしら?」
「というか本当にいい加減先生がこっちに来ちゃうだろ。なんとかしてくれよ!」
「不安なら見てごらんなさい」
余裕の笑みを崩さない零だが何かリアクションを起こさないと幾らあの歩き方でもこっちにつくぞ。
しかし視線を向けるとさっきより後ろに下がっている気がする。
いやそれどころか、マケルジャンクションのような見事なムーンウォークをしているように見えるぞ。
「床を見てみなさい」
「ん?」
零の指示に従い床を見るとベルトコンベアーのように床が動いていた。
阿部先生が一歩足を踏み出すとその分、床が動き結果としては前に進めずバックしている。
「魔法って何でもありだな!」
「そうでもないのよ」
零はこれだから素人は見たいな若干俺を小馬鹿にしたようなそぶりを見せた。
「出来ることは出来るけど、出来ないことはどこまで行ってもできないのが魔法なのよ」
「よくわからんが、とにかくすげーってのは分かった」
「まあ、その認識で間違いはないわ。それじゃ彼の観察にも飽きてきたし、決着をつけましょうか」
零は両手を頭上に上げると球体を創り出した。
ありさが出したものより大きく、光を放つ球体ではなく水の球体のようだ。
その水は荒々しくうねっており、まるで激流の川をそのまま球体にしたこうなりますよとでもいう印象を受けた。
でも待てよ、この水弾阿部先生にぶつけるんだよな?
「これでお終いよ」
零が頭上の水弾を放とうとする。
「ちょ、待て零。そんなもん当てたら阿部先生木っ端みじんにならないか?」
「最終的には気を失うだけよ。それともその方がリュウジのお好みかしら?」
「いや、ならいい。邪魔して悪かった」
「あらそう。なら今度こそ行くわよ」
「ああ、頼む」
零が大丈夫というなら信じよう。
見た目だけだとあれが当たれば木っ端みじんになりそうだが零が大丈夫と言ってるんだから大丈夫なんだろう。
先生、あなたに恨みがあるわけじゃ…んだから止めない訳じゃないからな。成仏しろよ南無南無。
俺が無駄な思考をしている間に零は水弾を放った。
水弾はそれほどスピードはなくよけようと思えば俺でも避けられる程度のものだ。
しかし「ケツケツ」呻いて避けるそぶりも見せない先生には間違いなく当たるだろう。
そして俺の予想道理、先生に水弾は命中した。
べちゃ、粘着質な音が鳴った。
水弾が弾けると、とろみのある液体で全身をコーティーングした阿部先生を中心にして大きな水たまりが完成していた。
「ウヴォー」
雄たけびと共に受け身も取らず顔から倒れた。
しかし、べちゃっと粘度の高い音が鳴ったので怪我はないだろう。たぶん。
その阿部先生だがこちらに向かおうと立ち上がろうとしているが滑ってしまい身動きが取れないようすだ。
「なあ零」
「なにかしらリュウジ」
「やっぱおまえふざけてるだろ」
「そんなことはないわよ。私はいつだって真面目よ」
「じゃあなんで先生あんなんになってんだ?」
阿部先生はヌルヌルの体でヌルヌルの床から立ち上がろうと努力を続けているが腕を立て上体を起こすことすら難しそうだ。
それでも動き続けるため一人でローションプレイを楽しんでいる人に見えてしまう。
いや…、きっと俺の心が汚れているからそう見えるんだろう。
「あら、楽しそうじゃない。それにこのまま満足するまでローションで遊んで貰えれば彼を無傷で助けられるわよ」
まさかとは思っていたがあの液体ローションなんだ。
魔法を使ってローション玉をぶつけるって絶対遊んでるよこの子!
「いや、先生すでに心に重傷を負っていると思うよ」
「大丈夫よ。今起きたことは覚えていても夢と思うでしょうし、それに後で記憶をちょっと弄って彼の見ている現実との整合性も持たせるわ」
「さらりと怖いこと言ってるよな。所でこの後どうするんだ」
ローション遊びでどう先生を救うことになるのか展開が読めない俺は零に訪ねた。
「ふふ、見ていれば分かるわよ」
「そうかよ」
俺に教える気はないみたいだ。
ならこのまま見学させてもらうよ。
産まれたての子馬のように立ち上がろうと必死だが結局床に伏せてしまっている。
べちゃ、べちゃっと阿部先生が奏でる粘着質な水の音が部室に響く。
いつまでやってんだろうと眺めていたら動きが穏やかになってきた。
穏やかにはなったが変わらずに動き続けている部分もある。
阿部先生は腰を熱心にゆすり動かし続けている。
…まさかとは思うがそういうことなのか?
いや、まさかな。
「零、先生は何をやっているんだ?」
「見たらわかるでしょ?床オ『いわせねぇよ!』」
やっぱりそうか!
聞くんじゃなかった!
にやにやと俺をからかうような顔を浮かべた零は再び口を開く。
「あなたが聞いたんじゃない。だから、床オ『いわせねぇよ!』」
「なに興奮してるのリュウジ?もしかしてあなたもやりたいのかしら。ふふ、やっぱり男の子ね。いいわよ、リュウジにもたっぷりかけてあげるわ。」
阿部先生にぶつけたのと同じローション玉を作る零。
「違うから!頼むからそれをこっちに向けないで!」
女豹のポーズのまま必死に懇願する俺。
「あら残念。リュウジの痴態が見れると思ったに」
本当に残念に思っているのか怪しい笑みを崩さずに零はローション玉を消した。
良かったあっさり消してくれて。危うくヌルヌルにされるところだったぞ俺。
「そろそろかしら、彼をよく見ておきなさい。欲望が満たされるその時をね」
「やだよ!なにが嬉しくて先生の痴態を見なきゃなんだよ」
「ウウ」
零に文句を垂れたその時。芋虫のように腰をくねくねとゆすり続ける阿部先生に変化が現れた
熱心に動かし続けていた腰の動きが止まり、痙攣したようにピクピクと体を震わせたかと思うと今度は力が抜けたように弛緩して動かなくなってしまった。
そして、BGMのように流れ続けていたヤラナイカ!も止まった。
「逝ったようね」
「ああ、いっちまったな。で、これからどうなるんだ」
「暴走する宿主の欲望を満たした夢玩具は現実から去るわ。もう彼は本来の彼よ」
「そうなのか。先生が元に戻るならいいけど、で、夢玩具ってなんだ?」
「ふふ、その答えはまた後で教えてあげるわ」
そう答えるとまた姿を霧のようにして消えてしまった。
姿を消す前にしていた零の表情から嫌な予感しかしない。
零と会ってまだ間もないがあの顔をした零を見た後はろくな目には合っていない気がする。
「うー」
阿部先生が目覚めたみたいだ。
獣のような呻きではない寝起きの声が上がる。
顔を上げて周りを見回し、あ、目があった。
「小町か。お前そんな恰好して何してんだ。というかなぜ俺はこんなとこで寝てたんだ?それにヌルヌルするぞ」
「いえ、あの…」
困惑する阿部先生。
あんな先生になんて言えばいいんだ!
今あった事を言っても信じないだろうし、なにより先生の沽券に関わる問題だぞ。
というか、零こうなることを分かって姿を消しやがったな!
こういうときのために記憶をいじるんだろ!
俺に丸投げするなよ!
「どうした小町?」
先生、あなたこそどうにかした方がいいですよ。
「いえ、あの…」
「何か知っているなら教えてほしい。先生怒らないからな」
如何にもな教師っぽいセリフを吐いて起き上がろうとする阿部先生だが…
「ぐぁ」
なかば予想道理に立ち上がることは出来ずべちゃっと粘着質な音を奏でた。
そしてどうしてそうなったと言いたいほど最悪のポーズを取った。
それは、女の子座りをしたまま仰向けに倒れたのである。
もちろん下半身はこちらにコンニチワしている。
唯一の救いはモザイク先生が仕事をしていることだ。
「あの、先生、大丈夫ですか?」
「…」
先生からの返答はなかった。
勢いよく滑ったから頭でも打って気を失ったのかもしれない。
先生には悪いが正直助かった。
この場を切り抜ける言い訳は思いつかなかったからな。
しかし安心する俺に今日何度目か分からない危機が降りかかる。