妹背エリその4
そして時は進み新学期初日、私は自室にいました。
「うう、怖いよ、都会怖い」
私は意気込みむなしく引きこもりかけていました。
ここが地方都市なんて嘘っぱちです。
電車に乗れば満員ですし、どこに行っても人の群れ、
外を歩けばガラの悪いお兄さんたちから絡まれますし、
バイト先では注意されてばかり、ダメダメです。
「言わんこっちゃないですエリ。施設を出るときの強気のあなたはどこに行ってしまったんですか?」
「だってこんなに人があふれかえってるなんて聞いてないよ。地方じゃないのここ?」
「地方都市ですエリ。あなたの住んでいた所は超の付くド田舎です」
エリは知らなかった。
学校までの通学路、誰にも出会わなかったり、
最寄りのコンビニまで1時間以上かかったり、
学校のクラスメートが10人ほどなのも、
それが普通だと信じていたのだ。
高校入学し、クラスメートが20人、2クラスになりそれが都会の学校なのだと思い違いをしていたほどだ。
生来の内気な性格と人見知りが出てしまい、この街での生活を始め1月あまり、全く馴染めてはいなかった。
「ごねてないでいきますよ。今日から新学期です。先生方に挨拶に向かいますよ」
「ううぅ、行きたくないですぅ。ずっとお布団の中にいたいですぅ」
六花は掛け布団をはぎ取りたたき起こした。
登校するまで時間はあり多少ぐづついても問題はない。
「ああもう、寝癖がすごいです。せっかくきれいな髪してるのにもったいないですよ」
「綺麗なんかじゃないよ、道行く人、みんな変な目で見てくるんだもん。じろじろ私を見て、笑ってるんだよ」
「そういう思考はしないって、おかあさんとの触れ合いで学んだんじゃないの」
「だって、実際にみんなそういう目を向けてくるんだもん」
仕方のないことかも知れなかった。
エリのビジュアルはとても目を引く。
銀髪のストレートヘアー、アニメキャラのようなオッドアイ、色素の薄い肌。整った顔立ちに、小柄ながらにグラマラスな体形をしている。エリは六花のひいき目なしに美少女なのだ。
ゆえに街を歩けば男女とわず、いやでも人目を惹く。
ひと夏のアバンチュール目的でナンパもされる。
コンビニのバイトでも人目を惹き、彼女のレジだけこんだり、お客さんからちょっかいをかけられたり、仕事に支障が出るほどだ。店長はお客さんが増えるのはうれしいけど…と何とも言えない顔で注意をしてくる。
身近に友達もおらず一人で生活を続け、心細かったエリは人に酔ってしまったのだ。
「学校で友達でも作りましょうよエリ。ここは田舎じゃないから見た目でエリのこと判断する子ばかりじゃないはずですから。…エリに色目を使うクソガキは殺しますが」
掛け布団をはがれなおも布団にまるまるエリを六花はゆすった。
「そうだよね、友達できるか不安だけど頑張らなきゃだよね。何のために施設を出たのか分からなくなっちゃうもんね」
「その意気ですエリ。身だしなみを整えてください。ゴハンは私が作りますから」
のそのそ立ち上がりありがとうと言いエリは洗面台に向かった。
新学期1日目からこれで大丈夫でしょうか?と不安に思う六花は台所に向かった。
「行ってきます!」
エリは無人の部屋に挨拶をしてドアを閉めた。
施設ではバスが施設まで来ていたので徒歩での通学はこれが生まれて初めてだった。
真新しい制服に袖を通したエリは元気に階段を下りていく。
学校からは徒歩10分ほどの高好位置のマンションの二階それが彼女の家だ。
「どんな生活が待っているか楽しみです六花」
「朝とはテンションが大違いですよエリ」
「背中を押してくれたのは六花ですよ。学校で友達を作る!これも私の目的です」
「頑張って、私も陰ながら応援しています」
前の学校では話はするが、友達と呼べるほどの人物が作れなかったエリは密かに転校と共に高校デビューを決め込む夢を持っていた。
歩き出して5分、
学校まで5分ほどの距離でエリは、
「やっぱり無理!みんなじろじろ見てきます!友達どころか虐められます!田舎もんがどの面さげてこの学校に来やがったって!怖いようぅ、おうち帰りたい」
ひよっていた。
「まだ歩き始めて5分ほどです。まだ学校にもついていませんよエリ!頑張ってください!すぐ学校に付きますから!」
怖い、無理、みんな私を笑ってる!おうちかえるぅ。
エリは俯き視線から逃れるようにとぼとぼ歩いていた。
そんな時だった。
「うわ!妹食い(いもキラー)だ!」
その声を聴いたのは、
私に向けられていた視線はなくなりました。
私は疑問に思い周りの視線の元凶に目を向けました。
彼は周りの生徒たちの視線を独り占めにしていました。
視線にさらされ続けてきた私にはわかります。
嫌悪や憎悪、嫉妬や殺意、好意を感じるものは一つもありませんでした。
その視線を浴びる彼は笑顔を浮かべていました。
私には信じられませんでした。
人の視線が怖くはないのか?
なぜ笑っていられるのか?
不思議でなりませんでした。
彼を眺めていると、やがて友達でしょうか、男子生徒が近寄り合流しました。
彼に密着している彼女とも親しげに話しているようです。
彼には友達もいるようです。
私は衝撃を受けました。
周りの視線などお構いなしで談笑する彼の姿に。
その私にはない強い心にひかれてしまいました。
彼とお話がしたい。
友達になってほしい。
自然と心から思いました。
「早速いい出会いができたみたいですねエリ。彼に感謝してくださいね、もう学校に付きましたよ」
六花の声で気が付きました。
学校は目の前です。
私への視線をすべて奪った彼は校門をくぐりました。
いつの間にか私は学校についていました。
「エリ、一目ぼれですか?恋する乙女みたいな顔してますよ?」
「違うもん。妹食いさんとお友達になりたいだけだもん!」
六花のからかいにぷりぷり怒った私はつい声を出してしまいました。
周りの視線が私に向きます。
みんなが見てきます。
独り言をしゃべる変な女だと笑われているのでしょう。
しかし、違っていました。
「あなたもあの男に洗脳されたのね!大丈夫よ!保健室まで連れて行ってあげる!」
私の近くにいた女生徒が話しかけてくれました。
「っえ、あ、あの、だ、大丈夫ですぅ」
やんわりと断りました。
彼女はなおも心配そうに、私をいたわり「空気感染もするのね」なんて呟き去っていきました。
ここで私は気が付きました。私に向けられている視線は一様に、同情や哀れみ、憐憫といった私の身を案じるものばかりということに。
「落ち着きましたかエリ、少なくてもこの場にはあなたを変な目で見る生徒は一人もいませんよ。前から言っているでしょあなたはかわいい女の子だって、かわいい女の子を笑う人なんていませんよ」
で、でも…
信じられませんでした。
でも確かに、マイナスな感情はむけられていません。むしろ、みんな心配してくれているみたいです。
「エリ、学校に行きましょ。遅刻してしまいますよ」
うん、学校に行こう。
私は歩きだしました。
私の心から彼が離れてくれません。
どうしてか彼のことばかり考えてしまいます。
会話したことも、あったこともありません。
ついさっきのぞき見しただけです。
この胸の高鳴りは何なんでしょうか?
こんな気持ちになったのは初めてです。
彼の姿ばかりが浮かびます。
でも顔をあわせて会話なんてしたら何を話していいやら、
そもそも恥ずかしくてお顔を正面から見るなんてできません。
この気持ちは何なんでしょうか?
「それは恋ですよエリ。初恋ですね」
これが恋?
この胸が痛いほどの高鳴り、
体が熱くなってのぼせてるみたいで、ポッポします。
思考がうまくまとまりません。
この気持ちが恋というのでしょうか?
私は赤くなり立ち止まってしまいました。
「ちょっとエリ!なに立ち止まってるんですか!みんなあなたのことみてますよ!人見知り発動しないんですか!」
六花の言葉は耳に入りません。
私が職員室に付いたのは、遅刻ギリギリの時間でした。
職員室では書類の訂正や修正。挨拶を済ませました。
そこで私は彼、妹食いさんのことを聞きました。
先生の間でも彼は有名でした。
高等部の2年生で、私と同じクラス、
彼は小町リュウジさんというそうです。
妹のありささんと仲の良すぎる兄弟として学校の話題になっているそうです。
生徒たちの間では妹が被害者で兄であるリュウジが、嫌がる妹を無理やり従わせているという噂が立っているそうです。
私は少し覗いただけなので断言できませんが私には逆に見えました。
嫌がる彼に無理矢理妹の方がくっついていってみえました。
私はなぜか怒りを覚えました。
よく知りもしないのに憶測だけで人に悪感情を向ける人たちに。
向けられたその人が何を思い感じているのか少しも考えていないような人たちに。
先生は、「ま、噂話だけどな」なんて笑っていましたが、これは笑い話なんてものではありません!
彼の心が強いからなにもないように見えますが、同じ視線にさらされ続け笑っていられる人はどれだけいるでしょうか?
私は彼と友達に…いえ、分不相応ですがお付き合いをさせてもらえたらどんなに幸せかと柄にもなく笑ってしまいました。
「エリには笑顔が似合いますね。その顔で好きですなんて言われたら男なんていちころですよ」
六花にからかわれつつ、説明してくれた先生、担任の阿部先生にお礼を言い職員室を出ました。
明日から私の学園生活が始まります。
どうやったらリュウジさんとお近づきになれるのでしょうか?
私の胸には不安と期待でまぜこぜな気持ちが渦巻いていました。
その後私は学校見学の最中にリュウジさんとお会いしました。
自販機の前で困っている私にやさしく手を差し伸べきてくれました。
このとき確信しました。
私は彼、小町リュウジさんを好きだと、
彼は私が目指しているおかあさんのように、困っている人に手を差し伸べられる人であり、私と違い悪感情を込めた視線を向けられても動じない人なのですから。
さらに彼は、私と同じ夢遊戯かも知れないと六花は言いました。
うっすらとだけどお姉さまの魔力を彼から感じるというのです。
これはもう運命なのでしょうか?
本日、夢の世界で彼のおうちに向かうため六花は彼にGPSを魔法で作り取り付けました。彼の視界外から近づきズボンに取り付けました。これで夜、止まっているポイントが彼のいる家と分かります。
私と六花はサムズアップして家路につきました。
その途中私は思い返していました。
初めて彼と会話したあのとき、もっと強い自分でいられたなら、お友達になってくださいでも、学校案内一緒に回ってくださいでも、何でもいい、彼ともっと話がしていたかったなあと。
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