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夢の世界の宝石  作者: ぼじょばに
12/23

妹背エリその2


 また少し時間がたち、今日は施設長の誕生日だ。

 彼女は次第に自室にこもる日が増えてきていた。

 痛み止めは貰っていたが、あまり効果はなかった。

 横になっていても背骨が床にあたり鈍く痛む。

 どうやら骨にまで転移してしまったらしい。

 あまり効かない痛み止めだが、飲まないよりはましだ。

 起きている時間も意識はおぼろげだ。

 こうなってくるとガンの進行が遅いこの老いた体に感謝しなければいけない。

 最近エリがまた少し明るくなってきたのだ。

 私との交流から始まり、施設内で無関心を決め込んでいた会話の輪に入っていったりし出しているのだ。

 この大事な時期に私がいなくなってはいけない。

 またエリがふさぎ込んでしまう。あの子には涙は似合わない。もういっぱい悲しみを味わったんだ。これからは笑っていなくちゃいけないんだ。

 せめてエリが高校生になるまでは、もう少し大人になるまでは頑張らないと。

 彼女は自分の体の限界を知りつつ気丈にふるまっていた。

 施設は赤字経営で彼女の人柄だけで回していたようなものだった。

 彼女が亡くなったら担保になっている施設は土地ごと業者に買い取られてしまう。

 ゆえに彼女は一人痛みに今日も耐えるのだ。

 職員たちはこのことを知っている。知らないのは子供たちだけだ。

 しかし、エリはこの事実を偶然ながら知ってしまっている。

 しかし、そのことを彼女は知らない。


 エリは誕生日のプレゼントを持ち、施設の代表として彼女の部屋に向かっている。

 今日は体調が良いがもう自室から出ることは彼女にとって負担でしかないのだ。

 それほどに彼女は衰弱していた。


「おかあさん…」


 エリは施設長室に向かう道すがら声を漏らしていた。

 彼女と親しい子供は皆彼女のことを母と呼んでいる。

 実の両親の記憶があるものないもの問わず、このことからも彼女の施設内での存在の大きさがうかがえる。

 

「私を置いていかないで…おかあさん」


 エリの手には真っ赤なカーネーションの花束が握られていた。

 子供たちで小遣いを出し合って買ったものだ。

 少ない小遣いをためみんなでお金を出し合い購入したものだ。

 お花の世話が大好きだった彼女を思いみんなで購入したものだ。

 花壇の花々は施設長が動けなくなってからも子供たちが世話をしている。

 花壇には芍薬(しゃくやく)が咲き乱れている。

 施設長が好きな花の一つだった

 エリも芍薬の花が好きだ。

 思えば去年の今頃だったのだろうか。

 ぼーっと、花壇の花を眺めているときに彼女から話しかけられたのは。

 私は自分一人でも寂しくはなっかた。私はみんなとは違うから。

 人間ではないのだから。

 そんな考えは、彼女との触れ合いの中で氷塊の雪解けのように徐々に薄れていった。

 子供のころまでとは言わないが、人を信じれるようになった。最初からこの人は私のことを笑ってる、蔑んでいるんだと。疑わないようになった。それでは私のこの見た目を忌みし、避けていった人たちと同じではないかと彼女は気が付かせてくれたのだ。

 私はお母さんが大好きだ。

 もっとずっと生きていてほしい。

 みんなで笑って支えあって生活していきたい。

 将来はおかあさんのような子供を導いていける大人になりたい。

 だからおかあさん、私たちともっと一緒にいてほしい。

 私、立派な大人になるからそばで見守っていてほしい。

 かなわないと知りつつも思いはあふれ出す。

 施設長室の前についた。

 最後におかあさんと会話したのは1週間ほど前だ。

 その時よりやつれていたらどうしよう。

 不安になり弱気な自分が顔をのぞかせる。

 そうじゃないでしょエリ!今日はおかあさんの誕生日なの。このカーネーションで私たちの感謝を伝えるのよ。


 トントンと軽くノックする。返事はない。眠っているのかもしれない。

 私は音をたてないように扉をスライドさせた。

 室内は片づけられており簡素なベットが一つ置いてある。

 病院の個室を連想させる。

 お母さんは眠っていた。

 薬があまり効いていないのか険しい表情を浮かべている。

 しわだらけな顔。枝のように細い腕。土気色をしていて生気のない肌質。

 おかあさんはもう限界なのかもしれない。

 私たちのために頑張って生き続けていてくれているけど、もう限界なのかも知れない。


「おかあさん誕生日おめでとう。真っ赤なカーネーションだよ。とってもいい匂いがするよ。おかーさん。ねえ、聞いてる」

 

 返答はない。音のしない呼吸音だけだ室内に響く。

 私はおかあさんの手を取り両手で包み込んだ。


「おかーさん、わたしね、おかーさんみたいな大人になりたいんだ。私みたいに拗ねちゃってる子にさ、手を差し伸べる大人になりたいんだ。だからさ、おかーさん。私が大人になるまでそばで見守っててよ」


 涙がひとりでに流れ出る。無茶なお願いだってわかってる。

 いつ旅立ってもおかしくはないのだから。


「去年よりも芍薬が咲き誇ってるんだよ。おかあさん好きだったでしょ。私と一緒に見に行こうよ。窓からだって見えるよ。今が見ごろなんだよ」


 返答はなかった。私の鼻をすする音が室内に響く。

 そっとおかあさんの手をベットに戻し背を向ける。


「カーネーション飾らなきゃだよね。せっっかくのお花が台無しになっちゃうよね」


 花瓶を手に私は部屋を出た。戦うおかあさんの前で今の顔でいたら失礼だ。流し台で花瓶に水を汲み顔も洗う。

 鏡には水滴をたらす笑顔の私が映っていた


「ただ今おかあさん、水組んできたよ」


 私は静かに部屋に入った。

 おかあさんは眠っているままだった。

 手早くカーネーションをさし、窓枠に飾った。


「綺麗でしょおかあさん。起きたら鑑賞してね。それじゃあ、そろそろ行くね。また来るよ、おかあさん」


 退室しようと歩を進めると、


「ううぅー」


 お母さんが胸を押さえて苦しみだした。


「おかあさん!!」


 私は慌てて駆け寄った。

 おかあさんは、「はぁー、はぁー」浅い呼吸を繰り返ている。

 わたしはベットに備え付けてあるボタンを押した。


「おねがいはやくきて!おかあさんが!おかあさんが!」


 ボタンはお世話になっていた病院への直通のナースコールだった。

 救急車が到着までには20数分かかるだろう。

 それまでおかあさんは持ってくれるのだろうか。


「えり、いるのかい」


 弱よわしい声を息も絶え絶えに発し、必死に私に方へ手を上げようとするおかあさん。


「おかあさん聞こえる!私はここにいるよ!救急車も、もうすぐ来るから。頑張って!」


 私はその手を握りこみ答えた。


「よかった、まだ…いたんだね」


 浅い呼吸をを繰り返し、エリに語り掛ける。


「えりのことば…きこえてたわ、わたしもえりとみたかったわ…芍薬の…はな」

「うん!見ようよ今からでも!窓を開けるだけでいいんだよ!私たちが育てたんだからね!」


 返答は浅い呼吸が返ってくるのみだった。


「おかあさん!おかあさん!」

「ごめんねえり…わたし…がんばったんだけど…もう…げん…かい、みたい」


 皺くちゃな手から人肌の温もりがなくなっていく。

 私は今にも折れそうな手を強く握りこむ。


「おかあさん!待って私たちまだおかあさんに何も恩返しできてない!死んじゃやだ!おかあさん!」

「じゅうぶんもらったさ…あんたたちのげんきなすがた…みせてもらったわ」


 ほのかに握り返してくれた手から力が抜けていく。


「ごめんねえり、そばでみまもって…あげ…ら」


 力が完全に抜け落ちた。私の手からおかあさんの手が力なく落ちる。

 ぬくもりも感じない。


「まって!まってよ!おかあさん!」


 呼吸の音も聞こえない。

 …いやでもわかる。母は死んだのだ。

 人生という長い旅の終着点。

 ただそれをむかえたのだ。


「うそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだうそだ」


 おかあさんはまだやり残したことがたくさんあるはずだ!

 私は知っている!私たちと同じよう大切にしていた孫やひ孫の存在を。

 遠くにいて会えないとぼやいていたことを、

 施設にお孫さんたちから電話がかかってきても、ろくに会話もできないのに気丈にふるまう姿を。

 私たちとだって沢山の約束も思いでも全部ほおって旅立っちゃうなんてなっとくできないよ。

 神様いるなら聞いて下さい。わたしの全部を上げます。だからおかあさんを、連れ戻してください。理不尽に対処できる力を私に下さい!


「いい子に育ちましたねエリ」


 その言葉と共に私がまばゆい光に包まれた。

 そして、私の横には女の子が立っていた。

 金の髪をなびかせる翡翠(ひすい)色の瞳の少女、着物を着こなす彼女は、


「神様なのでしょうか?」


 その姿に私は口を開いていた。


「いいえ、神様はあなたです、エリ。初めまして、いえ、また会えたわねって言ってもいいのでしょうか」


 こんな状況なのになぞかけを少女はしてくる。神様はあたし?


「願いましょうエリ、あなたの望みは何?」

「私の望み…」


 私は夢想した。施設の花壇の前で芍薬の花を前にお花見をする私たちの姿を。

 私がいて、施設のみんながいて、職員さんもいて、

 おかあさんの家族の皆さんもそろっていて、

 車いすのおかあさんがその中心にいる姿を、

 梅雨入り前の5月の休日、

 前日はまさかの雨、芍薬が倒れないかなんて、施設内であわあわしちゃって

 翌日には初めてみんなそろって、お孫さんにひ孫さん、勿論息子さんに娘さんも駆けつけてくれて、

 ビニールシートなんて敷いちゃって、

 大人はお酒を、私たち子供はジュースを、おかあさんはこれが一番おいしいのなんて言っちゃって甘酒を飲んでる。そんな風景を。


「素敵な光景ですね。その光景に私も追加でお願いいたします」


 少女は微笑みを浮かべたのち、まくしたてる。


「その光景を強く念じてください。その光景は現実にあるものなのだと!おかあさんの生死も皆さんの都合も関係ありません。その光景は現実なのだと強く念じてください。思いが通じれば現実になります」


 少女に言われるまま私は強く思いました。

 柔らかな日差しの下、みんなの笑顔を。


「奇跡の代償はとても大きなものになります。エリ、あなたはその願いをかなえればもう人間ではなくなります。私たちのように夢を揺蕩(たゆた)うものになります。その覚悟はありますか?」

 

 私はうなずいた。この夢想の現実を実現できるなら私はどうなっても構わない。


「覚悟は固いようですね。では私の手を握ってください」


 彼女はおかあさんを挟んで私の対面に移動した。

 彼女は右手でおかあさんの手を包み左手を私に向けた。

 呼応するように左手でおかあさんの手を握り右手を彼女に差し出した。


「イメージしてください。あなたの理想の光景を、再現度が高ければ高いほど成功率は上がります。私を信じて頂けますか、エリ」


 彼女は私を見つめてきた。

 私は見つめ返し、うなずいた。


「目を閉じていてください。それでは参ります」


 私は瞳を閉じた。

 徐々に彼女とつないだ手に熱がこもってきた。

 とても暑い、熱された鉄板以上の熱量だと思う。

 しかし痛みはない。むしろ気持ちがいいくらいだ。


「………」


 なにか彼女がつぶやいている。聞き取れないが、

 祝詞のように、温かな気持ちがわいてくる。


 やがて変化が訪れた。

 冷たく硬くなっていたおかあさんの手には温もりがともり始めたのだ。


 そして私の手を握り返してくれた。


「ああ、えり、なのかい?何が起こったんだい?私はさっきまで見渡す限り一面の花畑の中をかけまわっていたような?」


 お母さんが口を開いた!肌の血色がよく呼吸も苦しそうじゃない!おかあさんが生き返った!


「〝お〝か〝あ〝さ〝ん!よかった!よかったよ!」


 たまらなくなり私はおかあさんに抱き着いた。涙と鼻水で汚れた顔を押し付けて、


「まったく、しょうのない子ね。お母さんがいないとまだだめなのかい?」

「うん!うん!もう少しだけ一緒にいてください、おかあさん」


 おかあさんは細い腕で腰に手をまわし、ポンポンしてくれた。


「もうひとりのエリにもお礼を言っておいてもらえるかしら?素敵な魔法をありがとうって、まだまだ生きるわよエリ、後悔なんてしたくないの、もちろん付き合ってくれるわよね」


 グチャグチャな顔でおかあさんの胸元を汚し私は強く強くうなずいた。


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