1 推しとバレンタイン
わたしは宮田誠花。
持ち前の根暗さと、それを少しは隠そうとしたために発達した愛嬌だけはある笑顔。それが功を成して類は友を呼んだ友達に囲まれ、日々楽しく学校生活を送っている女子高生である。
唐突だけど、もしも「高校生活を送るうえで1番大事なものは?」と問われたら普通は何と言うんだろう。「友達」か「仲間」か、具体的にはクラスメイトや部活のメンバーだろうか。「朝起きる力」とか「参考書」とか何でもいいとしたら。
私なら「生きがい」と答えよう。もっと言うなら「推し」こそ私の生活を支えるものだ。
大抵「推し」と言ったら、漫画やアニメのキャラクターだったり、アイドルだったり、非現実的な世界の人間の場合が多い。
でも、私が推しているその人は声優でもなければ、テレビに出演する芸能人でも雑誌でよく見る人気モデルでもないし、三次元や二次元アイドルでもない。ましてや甲子園で話題になったイケメンとかでもない。
日本中を探せば他に似ている人はいるかも知れないけど、ただ1人しかいない私の推し。背が高くて、焦茶短髪で、もうマジで私の理想を体現してますってほどスタイルがいい。神様が私の理想を造形してくれたのかってくらいに、理想オブ理想の推し。
その人はバスケ部に所属していて、腕も足もちょうど良く筋肉があり身体のバランスが最高にきれいだ。そのうえ頭も良い。得意であろう教科は数学では、この前も提出してもしなくてもよい難問課題を他の誰よりも早く解いて数学の先生を少し驚かせていた。
私のような小心者にとって、バスケ部員は何となく怖い。背が高くて声がデカくていかつさはマックスハートプリキュアである。
しかし、私の推しは違う。背は高いけど声は穏やか優しみボイスで、体育会系ガチ勢特有のガツガツハキハキした感じは無い。顔は少し濃い方なんだけど、表情が柔らかいしあの声だから、初見のいかつさなんてもうどこかに吹っ飛んでしまった。
ちっぽけな高校生の私にとって、スタイル、頭脳、性格全てが良い彼、高井宏太郎は私の高校生活1年目の最推しなのである。
同じクラスだけど、正直な話この10ヶ月で話したことは殆どない。大人数で話している時に少し言葉を交わしたくらいで、しかも自分が何を言ったかすら覚えてない。性格は客観的に見てなんとなく知ってるけど、優しいくて良い人でやっぱり好きだ。雰囲気からして好きだ。推しが大好きだ。
もちろんここでいう「好き」というのは色恋の話ではない。推しに対する好感度の問題であり、付き合いたいとかは全くない。微塵もない。ただ後ろから足首とか肘から指先までの筋肉とか首とかを見ていたいだけなのだ。自分がかなり気持ち悪いことを思っていることは自覚している。だから本人や周りの人にはバレないようにこの好きを大事に抱えているのだ。
ここまで一心に高井君の話をしたのには訳があって。犬が棒にあたるって話くらいにはくだらない理由なんだけど、今日が高校生活初のバレンタインデーだということに関係している。
この日に普通の人は推しに何か送るなどするらしい。お菓子だったりブランドものの衣服だったり、相手が喜んでくれそうなものを贈るだろう。
そしてもちろん、私も推しがいる人間の1人だから何をできるか色々長々と考えた。
手作りお菓子は貰っても困るかなぁ、あげるとしても勘違いされないように「推しています」とか言うべきか。いや待てって宮田。うちの学校クラス替えないよ? あと2年は「よく分からないけど高井を推している」変な奴って思われて過ごすとか悲しくない?
待て待て、そもそもプレゼントは相手に喜んでもらうことが大切だぞ。私が何かあげたところで嬉しいだろうか? 微妙なところだ。私ならクラスの人からお菓子もらったら嬉しい。でも話さない人とかもいるしそういう人から手作りは困る……答えでた! 答えでたじゃん! 市販のお菓子をあげるしかないじゃん?
いや冷静になれって宮田。決めるのにはまだ早いぞ宮田。考え始めたばかりじゃないか宮田。バレンタインデーってことはつまりみんながお菓子を持ってくる。うちのクラスはまとめて男子にあげるし、高井君は部活のマネさんから貰うだろう。あー、バスケ部のマネさん可愛いんだよなぁ。あの子って部員みんなの分用意してそうだしなぁ。自分なんかが高井君にあげてもきっと嬉しくないだろう。
よく考えたら高井君に市販のお菓子あげても、他の人にあげなければやっぱり恋愛的に好きみたいに見えるよね。特別さが他人に気づかれないようにするには、みんな分用意しといて高井君だけなんか中身特別みたいな……え、無理。だるい。もうバレンタインデーは友達とクラスで男子にあげるやつだけでいいかな。こっそり匿名で市販のお菓子あげても、ちょっと怖いだろうし
……と。とにかく色々考えたのだ。結果、私は高井君に対して何もしないと決めた。お前の推しへの気持ちはその程度かと言われたら返す言葉もありませんが、臆病チキンにはやはりできなかった。そうだったのだ。
今年も友達と家族にあげて、クラスや女の子に適当に配って、貰ったお菓子を食べてきゃっきゃうふふと楽しむバレンタインデーになるんだなと思っていた。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
私の友達呉島桃花は、私と同じくらい性格が曲がっていて気がおけない話しやすい友達である。
彼女は私が高井君を推していることもどこが好きなのかもすべて話している相手だ。
「それで高井君には何もしないんだ?」
彼女は亜麻色のふわふわした髪と小柄で女の子らしい見た目とは裏腹に中々厳しいことを言ってくることがある。
私はうんとうなづいた。さっき高井君が友達といたときに聞こえた話だけど、どうやら高井君は本日用事があるらしい。土曜授業で学校は午前だけだから遊びに行こうって話だったけど、高井君は外せない用事があるらしくパスしてた。
今日用事があるってことは、もしかしたら彼女持ちだったかもしれないじゃん。やっぱり何もしない方が良かったってことだよ。と、1人合理化するように貰ったお菓子を食べながら言った。しかし、桃花からは予想外の言葉がでてきた。
「つけてみれば? どうせ暇でしょ。推しへの気持ちはその程度ならいいけど、やっぱり気になるでしょう?」
桃花はニヤリと笑った。
付ける? 漬ける? 尾ける……?
後をつけるという意味の"つける"だとわかったのは彼女が私のお菓子用の紙袋にお菓子入れてからだった。