64:さよなら、JKぐらし
さて。
俺が経験した二度目の高校生活は、これでおしまいだ。
振り返ればあっという間で、退屈している暇なんて少しも無かった。
ノルニル達のによれば、ラスト・ウィザードの退場と共に、オミネ・チカコの人生に立ちふさがっていた『死の運命』の消滅が観測されたそうだ。
これでもう、彼女が異世界に転生することはない。
期日よりは少し早かったけれど、運命の分岐点ってのはどう変わるか分からないもんだ。
とにかく、『変革力』も手に入って、俺のクエストは無事完了。
また一歩異世界転生に近づいたって訳だ。
その後の私立木之花女子高等学院がどうなったかというと。
チカコと『Kana』を助けた後、俺はすぐに姿を消したので、よくは知らない。
後始末を担当したブリュンヒルデの話によれば、こんな感じ。
「んー、まあ、なんだかんだあんまり変わってないみたいよ? 大浴場の爆発もボイラーの事故ってことで片付けられたみたいだし。『悪霊』騒ぎも有耶無耶のまま終息しちゃって……まあ、この世界じゃ魔法なんて信じるのは、思春期の子供達だけってことだよねえ」
なんだそりゃ。せっかく頑張ったのに、あんまり意味なかったな……
ブリュンヒルデは、大型テレビで動画配信を垂れ流しながら、コーヒーをすすりつつ。
「まあ、オミネ・チカコについては、大分いい暮らしになったみたい。あの二人……後藤ちゃんと豊橋ちゃん? とか、友達もちょっとは出来たみたいだし。前みたいに、いじめの対象にもなってないっぽいよ」
……そっか。
それが聞けただけで、十分だな。
俺も自分のココアを飲みながら、電子書籍のページをめくる。
「流石に『潰す会』も無くなってたしね。あ、保健室の先生がいなくなったことだけは、ちょっと騒ぎになったみたい。そもそもあの人、履歴書とか戸籍とか、全部でたらめだったんだってさ」
マジか。魔法使い、意外とずさんだったな。
いや、むしろ神の偽装工作が神がかってるだけなのか?
「上手いこと言った感出さないで。んで、後は、例の花井香奈ちゃん、だっけ?」
「……アイツはまあ、わりとどうでもいいけど」
「なんか、学校辞めたみたいよ。『悪霊』事件の真犯人って噂に、耐えられなくなって。よそに転校してやり直すとかなんとか?」
だからどうした。
自業自得だよ、そんなの。
「……そんな顔しなくても大丈夫だよ、清実ちゃん。君のせいじゃないって」
「うるせー、別に責任とか感じてないし」
「まーたそうやって強がり言うんだから。たまにはブリュンヒルデお姉様を頼りなよ? 担当転生阻止者のメンタルケアも、一応仕事のうちなんで」
いきなり頭をグシャグシャとされて、危うくココアをこぼしそうになる。
畜生、またそうやって急に女神ぶる。
「なんかねー、結構みんな噂してたよ。『夜見寺来香』って何者だったの? ってね」
あの騒ぎのどさくさに紛れて転校手続きしたんだ。
噂ぐらいは残っても、長くは続かないだろうけど。
「……あんな別れ方で、良かったの? オミネさんのこと」
俺は残りのココアを飲み干すと、タブレットの蓋を閉じた。
「話せることなんて何もないし。そもそも、俺はもう海良寺清実に戻ったんだ。女体化はしばらくごめんだね」
言いながら立ち上がって、階下へ降りる。
メゾン・ヴァルハラの一階にある食堂には、いつも優しい寮母さんがいて、おいしいものを用意してくれる。
幸せな環境だ。窮屈な女子寮生活とは大違いだよ、マジで。
「優香さん、すいません、なんかオヤツありま……んっ!?」
「あら、清実くん。どうしたの、おかしな顔して」
「いや、おかしな顔っていうか、その……優香さん、その制服は……」
メゾン・ヴァルハラの寮母こと、後方支援型チートを習得した転生阻止者、皆瀬優香さん。
泣きぼくろとちょっと大きめなお尻がセクシーな未亡人(願望)。
そんな彼女が……どういう訳か、私立木之花女子高等学院の制服を着ている。
ベージュのブレザーに赤いチェックのプリーツスカート。
ちょっと丈が短いから、間違いなく俺が改造したヤツだ、けど……
優香さんには、少しだけ、ほんの少しだけ小さかったみたいだな。
……色んな所がはみだしそうになってて、悩殺力が凄まじいことになってる。
これはR18タグ待ったなしのヤツ。
「あ、バレちゃった? 私、通ってみたかったのよね、ハナジョ。この制服に憧れてたの」
「えっと、あー……よ、よくお似合いです、ね」
なんだろうな、ついこの前まで、飽きるほどこの制服を着た乙女を眺めていたはずなのに。
やっぱこれはアレかな? ギャップ萌えってヤツなのかな?
「ああ、そうそう、清実くん。今朝ポストにお手紙が入ってたのだけど……これ、清実くん宛よね?」
キッチンカウンターから、優香さんが差し出してくれた一枚の封筒。
宛名には、『夜見寺来香』の文字。
「……ですね。ありがとうございます」
俺は、食堂で一番日当たりの良い席に座ると、素っ気ない白の封筒をしげしげと眺めた。
切手はないし消印もない。
誰かが直接投函したものだろう。
差出人の名前は――『御峰千賀子』。
(……ブリュンヒルデのヤツ。余計なことしやがって)
こんなことをやらかすのは、アイツしかいないだろう。
きっと、わざとチカコに後をつけさせたのだ。
もしくはもっとシンプルに、ボディーランゲージで案内したのかもしれない。
どちらにせよ。
少しは感謝しないといけないだろう。
例え今は、俺の部屋のテレビを占領して、相変わらずぐーたらとナントカフリックスを漁っているとしても。
……手紙には何が書いてあったかって?
そんなの、想像つくだろ。
たっぷりの文句とお説教と、それから少しだけ、愛の告白だよ。