57:学園ゴーストバスターズ
俺とチカコは、三日間、『祟り』に遭遇したという生徒達に聞き込みを続けた。
大抵はチカコの顔を見るなり、逃げ出すか泣き出すか怒り出すかの三択だったけど、なんとか俺がたしなめて、慰めて、時にはだまくらかして話を聞き出した。
それは単なる事故だろって話から、あからさまな作り話まで、色々あったけれど。
ついでに言うと、チカコは「死者」の中に目撃者がいないか、調べようとしてた。
でも、
「……どうしてかしら。校内に全然いないの。まるで何かに怯えてるみたい」
(もしかして、ブリュンヒルデのせいか?)
「あー。多分みんな、『向こう』に連れて行かれる! とか思ってるんだろうね。あたし、こう見えて死者の導き手やってるんでー」
なんでちょっとドヤってんだよ。
知ってるよ。
……忘れてたけど。
とにかく。
生徒達の話には、確実にヤバいのがあった。
そういう話に決まって現れるのは、黒い影。
(それが、誰も正体を捉えられなかった『悪霊』、なんだろうな)
捉えられるはずない。
異世界から一瞬だけ湧いて消えるモンスターなんて、想像すらしないだろ。
俺もよく分かってないぐらいだ。
昼休み。
俺とチカコは、いつものように裏庭の木陰で、聞き込みのメモを並べていた。
俺はいちごチョコチップメロンパンをむしゃむしゃ――失礼、ちまちまとやりながら、
「……分からないね」
げんなりと呟いた。
チカコは、スマホに書いたメモと、ノートに並べたメモ入り付箋紙を見比べている。
「もしも、同じ『悪霊』が起こした事件だと言うなら……規則性とか、共通点があると思うのだけれど」
「だよね。呪われた土地に近づいたとか、悪霊が封印されている人形を壊したとか、そういうの。定番だし」
被害にあった場所、時間、被害者の学年やクラス、部活、住所……
共通するのは、「チカコと話した」「見た」「聞いた」「近くにいた」ことがある、ってだけ。
(もう何でもチカコに結びついちゃうんだろうな、被害者の子達は)
それでも、何か他に共通点があるはず。
俺の直感が間違っていなければ。
(『悪霊』の裏にいるのは、普通の人間だ。身バレしたら困る程度の)
異世界の神とか、知性のない怪物とか、突発的な災害とか、そんなんじゃない。
身を隠してコソコソと他人を傷つけた挙げ句、チカコに罪を着せるような、ただの人間。
(チカコに恨みのある人間……あるいは、被害に遭う前から、チカコを邪魔だと思ってるような人間)
聞き取りをした子達の中に犯人がいるんじゃないか?
被害者ヅラってのは、一番の隠れ蓑だし。
でも、見分ける方法がない。
そもそも犯人はどうやって異世界のモンスターを操ってる?
というか、モンスターの存在をどうやって証明する?
それができなきゃ、本当の意味でチカコの冤罪は晴れないんじゃ?
いや、そんなことはどうでもよくて……要するに。
真犯人を止めれば、チカコの『死の運命』は回避できるのか?
……むむむむ。
「――あ、いた! 夜見寺さん……と、オミネさん」
顔をあげると、女の子が二人、こちらに歩いてくるところだった。
「えと……後藤さん、と、豊橋さん」
おせっかい系美少女の後藤晶子さんと、毒舌ロリ美少女の豊橋萌絵さん。
二人とも、俺が転校してきたばかりのときに世話をしてくれた人。
(確か、二人ともチカコのことを避けてたんじゃなかったっけ)
アイツはマジでヤバイとか、近寄りたくないとか呪われるとか、言ってたような……
「ねーねー、ヨミちゃん。萌絵もまぜてよー。おもしろいことやってるんでしょ?」
と尋ねてきたのは、豊橋さん。
クイクイと袖を引っ張ってくるあたり、この人ホントあざといな。
俺がお姉様好きじゃなかったら、とっくにハートを射抜かれてるぜ。ふう。
「面白いこと、って……なに?」
「ちょっと夜見寺さん、とぼけないでよ。転校生が悪霊の正体を暴こうとしてるって、学校中で噂になってるんだから」
後藤さん、いつの間に俺の隣りに座ったの?
かわいいお弁当箱まで広げてさ。
「えっと……ちょっと待って。二人は、その、『悪霊』の事件はチカコが原因だって、思ってるんじゃないの?」
「えー? うーん、まあ、思ってるけど……でもー、そうじゃない方が面白くなーい?」
だから、おい、豊橋さん。
もう少しオブラートに包んでくれよ。
「ちょっと萌絵ちゃん、そうじゃなくって……えっとね。うちら、正直ガチだって思ってたけど……でも、もしホントにオミネさんが自分でやってるなら、こんな警察みたいな? 捜査とか、めんどくさいこと、しないんじゃないかな、って。そしたら、じゃあ、何が本当のことなのか、気になってきたっていうか」
なるほど。後藤さん達の言いたいことは分かった。
どうやら、『悪霊』に襲われるかもしれない危険を冒した価値はあったみたいだ。
少しずつ、学校の空気が変わり始めている気がする。
「……そっか。ねえ、チカコ。二人にも、調査を手伝ってもらおうよ」
「待って、来香。言ったじゃない。私の近くにいると危険なのは、事実なのよ。これ以上誰かを巻き込む訳にはいかないの」
チカコは首を縦に振らない。
流石は転生候補者。
この責任感、まさにヒーロー気質だぜ。
正直、俺だって同じことを考えないわけじゃないけど……でも、チカコの命には代えられない。あと俺のバラ色ハッピー異世界転生ライフ。
「だいじょうぶだよー、危なくなったら、ちゃんと逃げるし!」
「それに、あれでしょ? 夜見寺さんがハリウッド仕込みのスタントで助けてくれるって」
うん。……うん?
「なんか設定盛られてるけど、清実ちゃん」
(……まあ、その、なんだ。正体バレるよりはマシじゃん?)
適当な言い訳するよりは、噂に乗っかっていった方が楽だし。
むしろ助かる。うん。
どーも、帰国子女兼ハリウッドスターです。
トムって呼んでね。クルーズでもいいよ。
「あのね、チカコ。今の状況、正直わたし達二人だけじゃ手詰まりなんじゃないかな。後藤さん達の意見も聞いてみたくない?」
「それはそう、だけど……」
チカコは、それでもまだ、悩んでいるように見えた。
「近道があるなら進もうよ、チカコ。早く事件を終わらせるのが一番の安全策だよ」
俺の言葉に、チカコが顔をあげる。
「本当にいいの? 後藤さん、豊橋さん」
「もー、まじめだなー、チカちゃん。萌絵、ダメって言われてもからむつもりだしー」
「一応ね、罪滅ぼしみたいなところもあるからさ。リスクは引き受けるつもりだよ、オミネさん」
二人の言葉に。
チカコの覚悟は、決まったようだった。
「……ありがとう。それじゃ、今の状況を説明するわよ」
メモを見ながら、コンパクトな解説。
後藤さんと豊橋さんはふむふむと耳を傾けて。
「なんか……アレだね。『全部オミネさんのせい』ってフィルターを外すと、全然違って見えるね」
「えーわかんなーい、みんな怪しく見えるー」
ちょっとー! せっかく俺も啖呵切ったのにー!
「あ、香奈ちゃんだー。この子も被害者だったんだねー」
「え、豊橋さん、『Kana』さんのこと知ってるの?」
「萌絵ね、前に香奈ちゃんに誘われたの、『潰す会』入らない? って」
おい! 待て待て!
イジメの標的本人を前にして、何言っちゃってんの!?
普通に傷つくだろ、それは!
「……『潰す会』?」
「あっ、ごめんね、チカちゃん、ええとね、『潰す会』っていうのは」
「豊橋さん! 解説は、その、しなくていいから」
気まずい沈黙。
ああもう、マジ勘弁してくれ。
「……大体、察したわ。こういうの、最低な気分ね」
だよな。
と頷く訳にもいかず、俺は黙ったまま。
「……一応聞いておくけど。彼女――香奈さんは、ポルターガイストに遭って成績が下がったのを私のせいにして、『潰そう』としてたのね?」
「うん、なんか、そんなようなことを言ってた、かな?」
逆恨みも甚だしいな。マジで。
「あ、この子と、その子と、あと、あっちの子も、香奈ちゃんに誘われてたよー」
「ちょ……萌絵ちゃん、オミネさんの前でそういうのは」
「いえ。大丈夫よ後藤さん。今更気にしないわ」
オイオイオイ、そんなに色んな人に声かけてたのか……
なんだ、『Kana』は『千里眼を潰す会』の宣伝部長なのか?
それとも『Kana』自身がそんなにチカコを恨んでるのか?
(……ん? あれ、ちょっと待てよ。被害者達の名前、どこかで……)
俺は懐に忍ばせていたクローンスマホ達の中から、『Kana』のものを取り出した。
この前のインタビューのときに複製しておいたものだ。
みんなには見えないようにこっそりと、連絡先リストをチェックする。
(やっぱりだ。『Kana』の周辺の生徒がだいぶ巻き込まれてる)
付箋紙に書かれた名前――捜査対象になった生徒達の名前を一つずつリストと照会していく。
……八割ぐらい、『Kana』の連絡先に入ってる。
これ、どういうことだ?
そんなに顔が広そうには見えなかったぞ。
というか、正直あまり印象にも残ってない……
(被害者を片っ端から『Kana』が勧誘していった? それとも……『Kana』の周りの子ばかり巻き込まれた?)
俺は手早く、これまでに送られたメッセージの内容をチェックしていく。
(……初めは、『Kana』の友人ばかり被害にあってた。『潰す会』が結成されてからは、新しい人達への勧誘メッセージが増えてる……)
つまりこれはアレだ。
もしかして……悪名高きマッチポンプって奴じゃないか?