51:その女、危険につき
オミネ・チカコは確かに美人で、頭が良くて、運動もできる。
ついでに言えば、少しひねくれててユーモアだってある。
(普通だったら、クラスのアイドルか学校のマドンナ、って感じだよな)
見えないはずのものが見える。良いものも、悪いものも。
たったそれだけで、除け者になるなんて。
「ねえ、夜見寺さん。オミネさんと友達になったって、ホント?」
だから、チカコがいなくなった隙を狙って、こんな風に話しかけてくる子がいても、俺はあまり驚かなかった。
「うん、面白い人だよね」
「いやいやいや、違うよ夜見寺さん、あの人はガチだから」
いかにも親身に語る彼女は、後藤晶子さん。
ショートボブが似合う俺のクラスメート。ちなみに家庭科部所属らしい。
チカコが美人系なら、後藤さんはかわいい系。
小動物みたいに親しみやすい笑顔とつぶらな瞳がキュート。
うーん、流石ハナジョ。みんなかわいいなあ。
「確かにみんな、初めはネタだと思ってたんだけど、マジでオミネさんと揉めて、呪われた子とかいるんだって!」
「呪い? おフダを買わないと不幸になるとか?」
セールストークも行き過ぎると困ったもんだ。
まさかマッチポンプなんてしてないよな、チカコ。
「ううん、なんか、寮の掃除当番サボったとかで、オミネさんと揉めた子がいたんだけど……『黒い影が憑いてる』とか『何かおかしなことしなかった?』とか脅されて。言われた子、ホントに怪我して、学校来れなくなっちゃったんだって!」
チカコが呪ったっていうか、それ、チカコの警告を無視したからじゃないの?
単に自業自得なのでは……
とは言っても、まあ、そういうことがあったんなら、避けられちゃうか。
いや、でも待てよ。なんかおかしいぞ?
(そもそも、彼女が見ている『もの』って、一体何なんだ? マジで怨霊が人に祟ってんの?)
「え、清実ちゃん、亡霊とか信じてるの? えーうそーしんじらんなーい」
お前こそ超自然的スピリチュアルの動かぬ証拠だろ。
てか、どうでもいいけど、一度死んだ人間と女神がする話題じゃないな……
「死んだ人間の魂は、死者の国であるヘルヘイムか、戦死者達の楽園であるヴァルハラ、どっちかに転移するので、この世界には存在しませーん」
(……わかったような、わからないような)
「この世界ってね、魂だけじゃカタチを維持できないのよ。肉体以外の媒体が少なすぎて」
……まあ理屈は良いや。
幽霊はこの世界にはいない、それが事実だとして。
じゃあオミネ・チカコが見ているものは一体何だ?
「こっち側の世界。ええと、死後の世界、または異世界だね。君達が言うところの」
(……異世界は現実世界と重なり合って存在するけど、世界同士は干渉できない。何故なら位相がズレているから)
「お、正解! よく憶えてたね」
転生阻止者になってすぐ、ブリュンヒルデから聞いた知識だ。
どうも理解しづらいロジックだけど。
ざっくり言えば、二枚の紙にそれぞれ書かれた絵は、お互いに繋がったり触れたりできない、ってことだ。
向こうの世界にいるブリュンヒルデは、こちらの世界に干渉できない。
そんな彼女の手足となって働くのが、俺のような転生阻止者。
現実世界と異世界の「狭間」に立って、両方に手が届く存在。
まさか、この知識が役に立つとは思ってなかった。
(じゃあ、オミネ・チカコが見ているものと、その『怪我』は関係ないってことか。霊体が階段から突き落としたとか、話しかけてきてビックリしたとか、そういうのではなく)
「普通はね」
なんだよブリュンヒルデ。含みのある言い方すんなよ。
「何よ清実ちゃん。自分だってよくやってるでしょ」
……他の転生阻止者が、姿を隠してその子を狙ってた?
(おい待て。他の転生阻止者がチカコを守ろうとしたってのか? クエストのバッティングなんてあるのか!?)
「……起きてないね。今確認したけど」
すごい。便利だな、ヴァルキリーパワー。
一瞬でデータベースも検索完了かよ。
とはいえ、転生阻止者犯人説もハズレか。
じゃあ一体、何が彼女の周りで事件を起こしてるんだ……?
「……夜見寺さん? どうしたの?」
「え、あ、ごめん、ちょっとボーッとしてて。その、怪我した子って、もう全然学校来てないの?」
「なんかね、保健室登校してるみたいだよ。本人はオミネさんの顔を見るのも嫌で、なんなら学校辞めたがってるらしいけど……先生も親も反対らしくて」
エリート校の闇ってやつか?
成績の良い生徒は辞めさせたくない。
生徒同士のいざこざが醜聞になるのも避けたい。
……とかね。怖い怖い。
(逆恨みで誰かに刺される……って可能性もあるか)
「チカコちゃんを恨んでる子の方が、普通にいそう。転生阻止者とか召喚者なんて、そんなポンポンいないからね」
分かるけど、女神自身が異世界とか魔法を否定するなよ……なんか切ない。
と、後藤さんは不意に表情を切り替えて、
「ね、ところでさ。夜見寺さんって、アメリカで彼氏とかいたの?」
吹いた。
ブリュンヒルデが、盛大に。
「えっ……と、いや、特には」
「えーそうなの? 夜見寺さんメッチャ可愛いし、おっぱい大きいし、彼氏とか普通にいそうなのにー」
俺も危うく吹き出すところだったけど、ギリギリで堪えた。
女子高生になるのも楽じゃないな……こういう話題、どうやって切り抜けるのが正解なんだろ。
「あ、それとも女の子が好きなの?」
また吹いた。
ブリュンヒルデが。
「あ、え、ええ?」
「あ、ごめんね、ビックリした? うち、小学校からハナジョだからさー。そういう子も普通にいたんだよね」
あーなるほど。そういうものですか。
まあ俺は女の子が好きなんですけど、今それ言うと違う意味に取られそうな……
いや、別にそれはそれでいいのか? ん?
「えっと。後藤さんは? 彼氏とか、彼女とか、いるの?」
「えー、うちー? 今は特にいないんだけどねー」
とかなんとか、話をそらしながら。
(保健室登校の女、か。会えば何か分かるかな?)
俺はこっそりと、そんな事を考えていた。