50:霊を見るオンナと神を見るオンナ
いやホントまったく、信じられるか?
「なってみますー? 女の子」
試着してみますー? 的な気軽さでスクルドは言うけども!
女体化だぞ! 女体化!
いやまあこれもロマンっちゃロマンっていうか? 異世界転生の際に手違いで異性になっちゃいました的な? そんなことになった暁には、もうあれやこれやがわっしょいわっしょいでどっかんどっかんっていうか?
……よし、落ち着こう俺。
まずは落ち着いて一言、
「おっぱいのサイズは選べる?」
「清実ちゃん……」
ブリュンヒルデ、ドン引き。
でもウーさんは頷いてくれる。
「英雄は色を好むからのう。若い男の考えることなぞ、ワシの時代から変わらんわい」
だよな! 流石だぜウーさん!
「いや、清実ちゃんは、なんかこう……シンプルに性欲っていうより、もっと屈折してる感じがするんだよね」
「おいやめろ、人の嗜好を分析し始めるな」
いくらなんでも恥ずかしいだろうが。
「えーと、じゃ、とりあえず、なってみましょっかー」
スクルドはあっさりと言って、俺の胸に手を当てた。
手袋に包まれた小さな手が、にわかに光を放ち始めて
「とっても痛いですけどー、我慢してくださいねー」
「え、ちょ、ま」
……その後のことは、語りたくない。
というか、語れないんだ……マジで走馬灯を見たから。
曰く、仮の身体は魂のカタチを象る器なので、性別や外見を変える場合は、体内に特殊なパーツ? というか、マジックアイテムを埋め込む必要があるらしい。
で、そのアイテムを体内に埋め込む方法が、普通に「切り開いて埋めて閉じる」だけ、っていうね。
(普通に外科手術じゃねーか! 麻酔無しの! なに興奮してんだよスクルド、オイ!)
まあ悶絶した甲斐あって。
ついに俺も、念願の巨乳美少女にジョブチェンジできた訳ですよ。
もうね、すっごい。ヤバイ。
マジ肩こりハンパない。辛い。
肋骨にへばりついた脂肪がこんな重量物だなんて、知らなかったよ……
(てか頭痛してきた。怪我も病気もしない仮の身体なのに)
休憩時間を知らせるチャイムが鳴り響く。
次の授業は何だったっけ。
とにかく、さっさとオミネ・チカコと親しくならないと。
(彼女を守る。死の原因も探る)
「両方」やらなくっちゃあならないってのが転生阻止者のつらいところだな。
とか言ってみたりして。
……反射的に断っちゃったけど、やっぱりオミネさんのお札、買っといたほうが良かったかな。
仲良くなれたかな。
「辛そうね、夜見寺さん。頭痛かしら?」
「あー……うん、少し」
夜見寺さん。
そう、それが今の俺の名前。
で、うつむく俺の顔を覗き込んできたのが、オミネ・チカコ。
今回の転生候補者。
お札のセールスが趣味の霊感少女。
近くで見ても、その美しさは翳りを見せない。
(まつげ長いなー。というか目が大きい)
なんて例えれば良いのか分からないけど、その辺のアイドルなんてメじゃない、って感じ。
こんな顔なら、何時間見てても飽きないだろうな。
「やっぱり、お札貼っておいたほうが良いんじゃない? あなたの背後で、女騎士の亡霊が面白そうに笑ってるわよ」
このアグレッシブな商魂が無ければ、本物の深窓の令嬢なのに。
(『白馬に乗った女騎士の亡霊』って……どこから突っ込めばいいんだ)
とりあえず、ブリュンヒルデは生きている。
生きて、俺の背後で笑っている。
「いやー、あたしも結構、長い間地上をウロウロしてたけど、ここまでバッチリ認識されたのは久しぶりだよー。彼女の眼、多分特別製だね」
(感心してないで、あっち行ってろよ)
「だって面白くて。清実ちゃん、おっと失礼、来香ちゃんの女子っぷりがさあ」
人のことをさんざん邪悪とか言ってるけど、お前も大概だからな。
そりゃ亡霊だと思われるわ。
神聖さゼロだもん。むしろマイナスだもん。
「気さくで親しみやすいお姉さんだと思われたってことでしょー?」
(ポジティブにも程がある)
とにかく俺は、クエストの方に集中することにした。
勤勉さが取り柄なので。
別に、オミネさんいい匂いだな、とか思ってないし。
彼女が『心停止』を起こす理由。それを探って、阻止しなければ。
「わたし、あまり身体の強い方じゃなくて。オミネさんはそんなことなさそう」
「私? そうね、風邪とか引いたことないわね。このお札のおかげで」
あはは。
だからお札のセールスはやめろっつうの。
ていうか、めっちゃ健康優良児じゃねーか。
持病とかじゃないとすると、他には……
「……その。オミネさんは」
「チカコでいいわ。私も……来香、って呼んでいい?」
俺は頷いてから、
「チカコは、その。幽霊とかが見えるの?」
「ええ、そうみたい。逆に聞きたいんだけど、来香には見えないの? その、後ろでニヤニヤしてる女騎士が」
見えてます。何ならおしゃべりもできます。
と言いたい気持ちをグッとこらえて。
「すごいね。本当に霊感があるんだ」
「……簡単に信じてくれるのね。もし話を合わせようとしてくれてるなら、大丈夫よ。慣れてるもの」
言って、オミネさん――チカコは、自嘲気味に笑った。
「慣れてる、って?」
「気持ち悪いとか、嘘つきとか、頭おかしいとか。みんな同じよ。もう少し気の利いた悪口ってないのかしらね」
なるほど。人間関係は入り組んでそうだ。
普通は見えないものが見える、なんて、他人に理解できる訳ない。
どおりで教室のみんなは、遠巻きにこっちを見てくるわけだ。
これだけの美人だってのに。
まあ……俺だって、こんな幽霊みたいな身分になってなきゃ、鼻で笑ってるところだけど。
「わたし、前に大きな事故にあったことがあるの。その時、神様を見たよ」
「へぇ……私、神様は見たことないわ。どんな感じだった?」
大変セクシー&ダイナマイツで露出過多でした。
いやホント、これはマジ。目に焼き付いて離れないもん。
「あまりはっきりとは憶えてないけど、女性だったと思う。なんだか忙しそうだったよ」
「幽霊達の処理も大変でしょうしね」
冗談めかして、チカコが言う。
「来香って、なんだか不思議ね」
「そうかな」
「背後霊を差し引いても――あなた自身が、何かを秘めているように見える」
彼女の白い指が、俺の長い髪に触れた。
ついでに、ふわりといい匂い。
ちょっと、ドキドキする。
「光って、弾けて、明るくて、激しい……春の雷みたいな」
「えっと。ありがとう。褒めてくれてる、よね?」
不意に、チカコが笑った。
吐息を漏らすように、控えめな仕草で。
「こんな話をしても、全然動じないのね。ボーっとしてるのか、器が大きいのか」
おっぱいは大きいよ。スクルドに調整してもらったからね!
「動揺してるよ。チカコ、いい匂いだし」
「そういうところよ。……本当に、面白い人ね」
あら。気が合うね。
俺もそう思ってたところだ。
「私は霊を見たオンナ。あなたは神を見たオンナ。面白い組み合わせよね」
「だね、いい感じ。わたしはロザリオ売ろっかな」
くすり、と二人で笑う。
正直、この数分で、俺はオミネ・チカコのことがちょっと好きになっていた。
もちろん友達として。
だって俺――わたしは、女の子だし。
(おい、笑ってんじゃねえよブリュンヒルデ)
「馬鹿にしたんじゃないよー、なんか、青春だなって」
絶対馬鹿にしてるだろ、それは。




