46:誰が一番悪いのか?
銃口から吐き出された弾は、俺の手のひらで火花を散らしながら潰れていった。
「忌々しい手品だ、ガキめ」
「槍度島は、これから死ぬより酷い目に遭う。槍度島を野放しにしてた警察もズタズタになる。目的は果たせたろ」
エザワはしつこく銃爪を弾いた。
その都度、放たれた銃弾は潰れていく。
「コイツはオレが殺す。それだけだ」
「……その後は?」
銃声が止む。
弾が切れたのか。それとも、エザワが手を止めたのか。
「全てを終わりにする」
エザワが口にしたのは、『死の運命』。
それこそ、ウルザブルンが予知した結末。
俺が止めなければいけないもの。
「そういう訳にはいかない。お前は死なせない」
「オマエは、どうしたいんだ? 銃弾も効かない無敵の力で、被害者も加害者も、全員の命を助けて、それで満足か? 博愛主義の神様気取りか?」
俺は笑った。
「そんなにいいヤツに見えるか?」
「悪党ぶるのはやめろ。……オレはあの人を守れなかった。あの人がいない世界には、いたくない。それがオレの望みだ」
エザワの目は、妙に静かだった。
まるで死を前に、悟りを開いたみたいな。
「じゃあ何か? 今度はお前が、センセーを置いていくのか。お前に惚れた人を」
「……ただの同情だ。彼女の人生に、オレは必要ない」
俺はエザワの拳銃を掴み取った。
生身だったら火傷しそうなほど熱くなった銃身。
「確かにお前は恋人を守れなかったヘタレで、怒り狂った復讐鬼で、人間を死ぬまで拷問にかけるサイコパスだ。でも、お前がやったことに、救われた人がいる。価値を見つけた人がいる」
銃を奪って、放り捨てる。
「お前に希望がなくても、お前に希望を見出した人がいるんだよ」
エザワの表情が、にわかに強張った。
凪いでいた瞳に、火が灯る。
「黙れ。これ以上邪魔するなら、今度こそ殺す」
宣言とともに繰り出されたエザワの拳は、俺の顎を見事に捉えた。
もちろん仮の肉体は、脳震盪なんて起こさない。
でも、俺は後ろに退いた。
「ケッ、やってみろ! 自分のパンチは銃弾より強いって自信があるなら、な!」
「抜かせ、ガキが」
やっぱりエザワにはチート能力なんて必要ないんじゃないか。
そう思うほどのフットワークとパワーだった。
油断したら、疾風迅雷で強化した動体視力でも追いきれないかも。
「どうした、エザワ! まだ俺は死なないぞ!」
怒涛の攻めを受け流しながら、俺はじりじりと後退していく。
ロイヤルスイートが誇る、四方津湾を一望する大窓へと。
「俺を殺さなきゃ! お前は死ねない!」
「うるさい、黙れ、黙れ――」
エザワの手が、俺の首を捉えた。
窓ガラスに背中を叩きつけられる。
当然、強化ガラスなのだろうけど……残念ながら、仮の肉体よりは頑丈じゃない。
「死ねッ、死ねッ、これで、全部、終わりだ、全部、全部、全部――ッ」
何度もぶつかるうちに、白くひび割れていくガラス。
「そうは行くかよ」
俺は呟いた。
そうだ。終わらせない。
俺は自分のやりたいことをやる。
そのためなら、エザワの人生なんて知ったことか。
「落ちろォ――ッ」
一際強い衝撃とともに。
俺は、宙に放り出された。
でも、降り注ぐガラスの破片の中、エザワの腕だけは掴んで離さない。
「クソ、オマエ、はな、せェェェェェェッ」
「嫌だね。お前は、絶対に、死なせない」
そうして。
四方津湾の海面に叩きつけられるまで、エザワ・シンゴはもがき、叫び続けていた。
腹の底に溜まっていた絶望を吐き出すかのように。