45:カリスマ動画配信者、降臨
四方津グランドホテル最上階、ロイヤルスイートルーム。
そこは最早、ロイヤルのロの字も無いような、酷い有様だった。
「お、お、おおおおお、お前ッ! ど、どうや、どうやって、ここにッ!?」
そこら中に穿たれた弾痕、ばら撒かれた薬莢、飛び散った鮮血、こびりついた肉片、などなど……
豪華だったはずのインテリアは、とっくに殺人現場のそれに変わっていた。
ここがホテルを舞台にしたお化け屋敷だったら、星五つの最高評価をつけてやりたい。
「……見て分からないか? これは全部、お前の同僚達の血だ」
足を踏み入れると、びっちゃびっちゃと、耳を覆いたくなるような音を立てる大理石張りの向こう。
「さあ。代償を支払ってもらうぞ。槍度島武志」
ぶち破られたドアの奥に、二人の男がいた。
「お前はオレから、大事な人を奪った。奪ったものの分だけ、苦しめ」
一人は、血と硝煙にまみれた悪鬼羅刹。
「ひ、ひぃぃぃぃっ、い、いや、嫌だっ、いやだぁあああぁぁああぁあああぁぁっ」
もう一人は、涙と鼻水にまみれた犠牲者。
そして俺は、招かれざる第三の男だった。
「おっ! おおおっ! 盛り上がってますねえ!」
「――ッ!?」
穴を開けた紙袋をかぶり、自撮り棒にくくりつけた大量のスマホを振りかざす俺。
スマホのレンズには、最上階の全てが映り込んでいた。
「はいどーも皆さん、こんにちわ! 地獄の底からやってきた! HELLちゃんねるです! 僕の名前は紙袋マン、よろしくね!」
なぎ倒された警官達も、荒れ切ったインテリアも。
血みどろの復讐鬼も、全裸のまま椅子にくくりつけられた哀れな刑事も。
(部屋の隅で失神してるデリバリーサービスのお姉さん四人は映らないようにしておいた。無関係だし)
「オマエ――一体、何をしてる」
「何って正義の動画配信者ですよ! 世間を賑わす連続殺人犯の正体を追え! ってね。いやー、ついに犯行現場を捉えちゃいましたねえ。どうですか調子は? え? あとはこの全裸おじさんを拷問して殺すだけですか!?」
エザワが何か話すよりも、槍度島が喚くほうが早かった。
「お、おおい、アンタ! 配信者だかなんだか知らないがッ、た、た、助けてッ! こ、ころ、ころころ、殺され、殺されるぅ!」
「ああ、かわいそうに、怯えきっちゃってまあ。え、あなた、被害者さん。え? お名前は?」
にじりよるレンズに向かって、槍度島が唾を飛ばす。
「や、槍度島だっ、槍度島武志!」
「ご職業は?」
「刑事ッ、警察官だ、正義の味方だぞ!」
「えー、正確には、四方津市警の生活安全課にお勤めの槍度島武志警部補、と。一体どうしてこんなことに?」
「し、知るか、俺が何したっていうんだっ」
「え? 何もしてない? 心当たりは一切ないのに、こんなことになってしまったと?」
「ああああ、そうだっ、そうだよ! 俺は、ただの、しがない刑事だ!」
俺は一度、レンズを自分に向けて、
「なるほどぉ、被害者側の主張はこのようになっていますが、どうですか、エザワさん?」
今度はエザワ・シンゴにレンズを向けるが。
「オマエから殺すぞ」
危うく自撮り棒をへし折られそうになった。
バカ、やめろって。
くくりつけてあるのは、お前が撃った警官達からお借りしたスマホだからな。壊すなよ。
俺はくるりと転身して、槍度島へと近づく。
「と、このようにエザワさんはかなりキレてらっしゃいます。もう一度聞きますよ、槍度島警部補? エザワさんは『大事な人を奪った』と主張していますね。本当に心当たり、ありませんか?」
「な、な、ななな、ない」
「本当にぃ~?」
さて、これは褒めるべきか、怒るべきか。
ここに至っても真実を語らないのは、クズ警官仲間をかばっているのか、それとも本気で憶えていないのか?
「なるほど、そういうことでしたら、やっていただきましょう! エザワさん、まずは死なない程度に一発、お願いします!」
俺のキュー振りを待っていた、とは思わないけど。
エザワは、警官から奪った拳銃の銃爪を弾いた。
「――――」
槍度島の足の指が、一つ吹っ飛ぶ。耳をつんざく悲鳴。
「さ、どうですか槍度島警部補! 思い出されましたか?」
「お、お、おおお、お前ら! イカれてんのか!? な、なんで! ごんな、ああ畜生、いでえ、いでえよぉぉぉぉ」
人の泣き声というのは大体どれも不快なものだけど、おっさんのそれは格別だった。
振りまかれる涙と鼻水がかからないように、俺は一歩退く。
「ホラ、槍度島警部補! 思い出したでしょ!?」
「いでえ、いでえ、いでええよおお」
「……仕方ないな。じゃあこれ、ヒントです」
俺は懐から、何枚もの写真を取り出した。
シゲの兄貴から提供してもらった、「いざという時のため」の奥の手。
(槍度島が繰り広げた、乱痴気騒ぎの一部始終)
もちろん十八禁! しかも綺麗に槍度島だけを特定できるようなアングル。
ヤクザ怖いなー、マジで。こんなん出されたら、泣き寝入りしか無いじゃん。
てか、今更だけどコラだったりしないよな?
まあとにかく、それをヒラヒラさせながら。
「ほら、思い出しました? あなたが今までやってきたこと」
「いだ、あ、こ、これ、こんな、なんで、オイ、知らねえよ、こんなのウソだ、捏造だ、俺はこんなことやってない」
痛みに震える槍度島の目の焦点が、わずかに戻る。
今度はエザワのブーツが、槍度島のみぞおちにめり込んだ。
肋骨が折れる鈍い音。
「ご、あ、う、嘘です、ごべんなざい、嘘づきまじだ……ぜんぶ、わたしが、やりまじだぁ」
「おっと、あっさり認めましたねえ」
顔をグジュグジュにしながら、槍度島は罪を告白し始める。
初めはほんの軽い気持ちだった、気付いたら引き返せなかった、今は反省している……
だが。
「いや、ホラ、教えてくださいよ。なんでエザワ・シンゴが怒ってるんです? あなたは誰を殺したんですか? 憶えてるでしょ? あなたが全部やったんだから」
俺は続けた。
それでも、槍度島は答えなかった。
いや、答えられなかったんだろう。
ただ、そうすれば助かるんじゃないかと信じて、余罪を吐き出し続けるだけ。
(そうか。憶えてないんだ。コイツ)
もしかしたら、あのヤクザも。社長も。チンピラも。大学生達も。
どいつも、こいつも。
エザワ・シンゴの彼女のことなんて。
今、この瞬間。
俺は多分、エザワの怒りを理解できたのかもしれない。
「そろそろ警察が来るよ、清実ちゃん」
――ブリュンヒルデの声が、俺を現実に引き戻した。
「さっき清実ちゃんが壊したエレベーターは諦めて、非常階段使ってる。あとヘリも出動したって。一番早い奴らが、あと五分ぐらいで到着予定」
俺は手元のスマホで、HELLちゃんねるの視聴者数を確認した。
六桁に到達してから、まだ数字は増えている。
さすが現役の指名手配犯。ちょっとSNSで呟いたらこれだ。
素晴らしいキラーコンテンツだぜ。
(槍度島は罪を告白した。もう、死んだも同然だ)
そろそろ頃合いだろう。
「おおっと、盛り上がってきたところですが、どうやらお時間のようです! 連続殺人犯の正体を追え! お楽しみいただけましたか? 証拠写真がよく見えなかった方、リンク貼ってあるんで、ぜひ拡散してくださいねー」
言いながら、俺はエザワが構えた銃口を手で塞いだ。
槍度島の眉間を狙う銃口を。
「……この辺で、終わりにしよう。エザワ・シンゴ」
ヤツはまたしても、銃爪を弾いた。