44:ここでようやくふりだしに戻る
という訳で、俺はエザワ・シンゴにホールドアップされたってわけ。
え、 ホールにいた刑事達はどうなったかって?
半分は散弾銃で腕をふっとばされた激痛で気絶して、残りの半分は電撃喰らって失神したよ。
さて、もう話を進めていい? 27話は読み返し終わった?
ああ、大丈夫。終わるまで待ってるから。
…………
うん。という訳で、最上階のロイヤルスイートに向かうエザワを見送った俺は『霧子くん』と三回目のバトルを始めたんだ。
「クソ! ていうかお前、なんで俺を狙うんだよ! 召喚者は、転生候補者を殺すのが仕事だろ!」
その辺に落ちていた拳銃を拾って、アンダースローで『霧子くん』に投げつける。
獅子面の盾が、それをあっさりと弾いた。
「キミが邪魔しなきゃ! 彼はこのまま転生するんだッ」
クソ、ウルザブルンが示したタイムリミットのことまで知ってるのか。
マジで『ユミル様』もウルザブルンを覗いてるのか?
「おっかしいなー、ヴァルハラの外部からは干渉できないはずなんだけど」
(どうせ、どこかにセキュリティホールでもあるんだろ)
お役所仕事なんてそんなもんだろ。偏見だけど。
突っ込んできた『霧子くん』の刃をかわしながら、掌底で反撃。
それも盾で受け止められる。
固くて痛い! 俺の手が痛いってことは、本当に魔法の盾なんだな。
「とにかく、霧子くんの言う通りだよ。このままだと、エザワくんの転生は止められない」
「ああ分かってるよ、畜生」
時間が迫っている。
でも、クソ! 俺のチートは雷魔法と物理無効だけだ。
同じ魔法で攻められたら、どうやって勝てばいい?
「清実ちゃん、大丈夫だよ。全然勝てるよ」
(マジか、ブリュンヒルデ! どうすればいい?)
「あたし、知ってるから。君の武器は、魔法だけじゃないでしょ」
……畜生。
ホント、こういう時だけ女神っぽいこと言うの、やめろよな。
(もう、やるしかないか)
実のところ、策はある。
さっきの実験で思いついたんだ。
ただ、上手く行くか、分からない。
これまでの小細工と違うのは、ミスったら今度こそアウトってことだ。
万が一、魔法のナイフで喉を切り裂かれれば、仮の肉体は滅び、中に込められた俺の魂は二度と甦れない。
完全な死。
異世界転生なんて、夢のまた夢。
「大丈夫。出来るよ」
ああ、そうだろうな。
何しろ、俺には戦女神の加護があるんだ!
とはいえ、『霧子くん』の刃から逃げ回りつつ、魔法に集中するのは結構な曲芸だった。
イメージ的に言うと、高速道路を横断しながら音ゲーの最高難易度ノーミスを目指す感じ。
そんなの出来る訳ないって?
ホントだよな。我ながら驚きだよ。
「――これで最後だッ」
『霧子くん』の必殺コンボは、本当に格ゲーみたいなムーブだった。
牽制のシールドバッシュから、胸を狙った一突き、回し蹴り、からの飛び後ろ回し蹴り、ダメ押しに頸動脈への一閃。
全ての技があまりにも正確で、容赦なく俺の急所を狙っていた。
人間とは思えないほどの速さと正確さ。
(でも)
その全てが俺には見えていた。
中級魔法、疾風迅雷は脳も視神経も加速させる。
そして見えているなら、防ぎようもあるし、覆しようだってある。
俺自身が折れない限りは。
俺は、首筋を掠めた刃を無造作に掴み取った。
「清実ちゃんッ!?」
「――いいよ、訂正してやるさ、『霧子くん』。お前は卑怯者じゃない」
俺はニヤリと笑いながら、紡ぎあげた魔法を解き放つ。
「ただの間抜けだ」
ふっ――と。
音もなく、『霧子くん』の背後に光の球が浮かび上がった。
バチバチと不穏な音を立てて放電する浮遊体――上級魔法、浮遊球電。
遠隔操作で超高圧電流をぶつける、必殺の攻撃魔法!
「どっちが間抜けだ――ボクに魔法は通用しないッ」
『霧子くん』が左手に構えた盾が、素早く背後をカバーする。
高速で飛来する高エネルギー体さえ、獅子の牙を前に敢えなく消え去る――
だが。
「ホントかよ?」
俺が放った浮遊球電は一つではなく、そして一方向からでもない!
「なんの、これしき――ッ」
俺の集中力と魔力の全てを注ぎ込んだ、必殺の多重発動は、さながら雷電で出来た津波のようだった。
しかし。
わずかにタイミングを、そして角度をズラした絶え間ない連続攻撃ですら、獅子面の盾は全てを喰らい尽くしていく。
(盾は、な)
予想通りの結果だった。
確かにあの盾には、俺の奥の手すら完璧に防ぐ力がある。
何故なら、「魔法を打ち消す力」と「自動的に防御する力」があるから。
(だから、俺の連鎖電撃だけじゃなくて、至近距離からの散弾銃も、頭上から降ってくるガラスの破片も防げたんだ)
でも、それを構えている『霧子くん』は違う。
背後からの波状攻撃を押さえるために、左半身の自由を奪われてる。
(そして、右手の「自動的に急所を狙うナイフ」に右手を引っ張られてるせいで、身動きが取れない)
俺は掴んだナイフを引き寄せながら、『霧子くん』に向かって踏み込む!
「このっ、小細工ばかり――ッ」
「なんとでも言ってくれ」
残された僅かな魔力を、指先に集中させて。
放ったのは、デコピン。
「あだだだだだだだだだだッ」
ただし、雷電障壁を纏わせた、一撃必倒の中指だ。
頭蓋を通して脳を直撃した電流が、『霧子くん』にもスリラーを踊らせる。
放り出されたナイフと盾が、ガランガランと音を立てる。
そいつらを蹴り飛ばしたら、試合終了。
「……気は済んだか、『霧子くん』」
「ぐぐぐぐ……くうう、く、くやひい」
感電の余波か、『霧子くん』の呂律が怪しい。
言いたいことは、十分伝わるけど。
「もう邪魔するなよ。じゃあな」
「ま、まふぇ!」
無視して、上層階に続くエレベーターを呼び出す。
「ヒミは、どうしへ、エジャワ・ヒンゴを助けようとするんにゃ!? ひゃれは、この世界れは、生きていへない、規格外のひとだ!」
俺は、切り替わっていくエレベーターの階層表示を眺めながら。
「それが俺の仕事だから。報酬を貰うためだよ」
「報酬のためにゃら、人殺しの猛獣を、この世界にときはなっへもいいのか!?」
ああもう、ホントにめんどくさいな。
「うるせえ。正義がどうとか語りたいなら、まず勝ってからにしろっつの」
「にゃん、だと……っ」
バッサリと切り捨て、やってきたエレベーターに乗り込む。
そこでようやく、俺は尻餅をついた。
「マ、多重発動、マジでしんどい、な……」
魔力を使い果たしたせいなのか、全身を包む恐ろしいほどの倦怠感に辟易する。
果たして、こんな状態でエザワ・シンゴを『死の運命』から救えるのか?
「よく頑張ったね、清実ちゃん。あと少しだよ」
ブリュンヒルデの言う通り。
悩むほどの時間はなく、エレベーターはついに四方津グランドホテルの最上階に到着した。
ロイヤルスイートルーム。
悪徳外道のクソ警官、槍度島警部補が待つ場所。
「今回のクエストは、これから、ここで、終わるから」
「……ああ。そうだな」
そして、エザワ・シンゴの運命がたどり着く、最後の場所。