42:エレベーター・アクション
「清実ちゃん! 来たよ、エザワくん!」
「どわぁ! いきなり叫ぶな、ビックリするだろ!」
テーブルに頭打っただろ。痛くないけど、恥ずかしい。
俺はごそごそと、テーブルの下から這い出した。
「いいから早く早く! このバカ騒ぎに紛れて、エザワくん裏口からご入店だよ!」
立ち上がってみて、見えた風景は。
一言で言えば、地獄絵図だった。
いい大人達が揃いも揃ってヨダレとオシッコを垂れ流している様子は、なんかこう、申し訳ない気持ちになる。
あと、結構匂いがキツイ。
「おええ……」
「ほら、こっちこっち! 東側の非常階段から登り始めてた!」
「え、マジで? 徒歩で?」
回復魔法で腹の切り傷はふさがったとはいえ、相変わらず化け物じみたスタミナだ。
いくら転生候補者だからって、お前はトム・クルーズかっつうの。
俺は、全体にほんのり焦げ臭い宴会場をあとにして、エレベーターホールへと戻った。
「中層階まで先回りだ。エレベーター使うぞ」
「え、エザワくん階段だよ? フォローしなくていいの?」
「どうせ大した数はいないんだ。それぐらい自分でなんとかできるだろ、あのキラーマシーンなら」
ホテルの構造上、最上階のロイヤルスイートに向かうためには、まずは中層階まで登って、エレベーターを乗り換える必要がある。
地上からスイートに続くルートの中では、そこが一番開けた空間になる。
きっと刑事達もたっぷり詰めているだろう。
こっちの方が問題だ。
エレベーターの上りスイッチを押して、待つこと三分。
……チーン。
という音と共に、エレベーターからヤクザ五人組が登場。
「よお、お巡りさん。俺らの友達がこっちに来たと思うんだけど、見てねえか?」
「あっちの宴会場。オシッコ漏らしてたよ」
「……はあ?」
訝しむヤクザの顎に、帯電パンチ!
「コイツ――ッ」
腰から銃を抜こうとしたもう一人の手を上から押さえて、頭突きをお見舞い。
腹を狙って突き出されたバタフライナイフは、手のひらで弾く。
「――嘘だろ?」
折れた刃先を、呆然と見つめる三人目のヤクザ。
コイツの股間には膝を叩き込む。
四人目はメリケンサックをつけたボクサーだった。
鋭いショートフックだけど、お生憎様。
受け止めた手から放った、極小雷電でテクニカル・ノックアウト。
「お見事お見事! いやー、上達したねぇ、清実ちゃん」
(サンキュー。でもまだ終わってない)
そして最後の一人は。
「やあ、また会ったね」
「……じゃあな」
閉まる自動ドアに任せて、俺は身を翻すが。
「逃さないよ、ビリマン!」
魔法のナイフと盾で武装した漆黒極悪暗殺魔法少女こと『霧子くん』は、ドアの隙間から滑り出して襲いかかってきた。
……ところでビリマンって、それ、俺のあだ名? もっとひどくなってない?
「うわー、ビリマンって。清実ちゃん、ビリマンだよ。ヤバくない?」
「あだ名を、やめろ、殺し屋女ッ」
霧子くんの三連撃は、正確に急所を突いてきた。
喉、胸、腹――俺は必死でかわすが、相変わらずとんでもなく鋭い攻撃だった。
(でも、やっぱおかしいぞ)
「え、何が? あだ名のセンス?」
以前、別のクエストで殴り合ったときは、ここまで俊敏じゃなかった。
まさか「リベンジの為に特訓した」とか言うんじゃないだろうな?
「うるさい! キミこそ、撤回しろ!」
「は? 何を?」
「ボクを、卑怯者呼ばわりしただろッ」
したっけ?
「忘れるなァァァァァァッ」
マジギレの一閃を紙一重に回避しながら、俺は極小雷電を頭上に向けて放った。
バチンッと炸裂した蛍光灯が、『霧子くん』の頭上に降り注ぐ!
が。
『霧子くん』は一瞥すらせず、獅子面の盾を頭上に掲げてみせた。
ガラス片が落ちる、パラパラとした音。
「また小細工かッ! この卑怯者め!」
(なんだ……今の?)
見もせずに死角からの攻撃を防いだ、だと?
いくら特訓したからって、そんなカンフーマスターみたいなこと、出来るのか?
(魔法で反射神経をブーストした俺でも、多分、無理だ)
「うーん……まあ、勇者の中には出来る人もいたよ。マッサージ屋のおじさんでさ、目が見えないんだけど仕込杖の達人っていう」
(それは違うジャンルのヤツだろ!)
俺は『霧子くん』の切っ先から、バックステップで逃れつつ、もう一度上りスイッチをオン。エレベーターにイン。
今度は内側から、『閉』ボタンをオン。
「待て、決着を――」
「うるさい、また今度な」
閉まりかけのドアに『霧子くん』が顔を突っ込んできた。
そのまま、エレベーターの中に入り込もうとしてくる。
「決着を、つけてやるッ」
ええい、うっとうしい。
俺は彼女の首筋を、ソフトタッチで撫でてやった。
「ひっ――ひひひっ、ひゃめッ」
意外と愛らしい声をあげる『霧子くん』を容赦なく突き飛ばす。
ごろんごろんと転がっていく彼女の姿は、ドアが閉じると見えなくなった。
「……なに、今のセクハラ攻撃」
「実験だよ。盾の性能を試したくて」
「うん? あー……なるほど?」
いまいちピンときてないブリュンヒルデは捨て置いて。
上昇を始めたエレベーターの階数表示を見つめながら、俺はようやく一息ついた。