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転生者が多すぎて異世界に転生できなかった俺は、他人の転生を阻止することにした  作者: 最上碧宏
第2章 美少女JCコスプレイヤーの転生を阻止せよ!
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26:きみのためなら死ねる

四方津市上空、630メートル。

東京で一番高い建物と同じ標高から、夜の底で光る街をペガサスの背から見下ろす。


気流が安定する高空まで上昇して、四方津湾からペガサスをかっ飛ばすこと、五分。

市の中心部まで戻ってきた俺は。


「エリカちゃんは、この座標の直下! さ、急いで清実ちゃんッ」

「急げってお前、いや、嘘だろ、マジで言ってんのか――ちょま、あ、イテッ、わ、あああああぁぁぁぁああぁぁぁッ」


ブリュンヒルデから喰らったケツへの一撃で、ペガサスの背から突き落とされた。


「がんばってええぇぇぇぇぇぇ……」


ドップラー効果で小さくなるブリュンヒルデの声援。

そして重力と暴風。

もみくちゃにされながら、必死にあがく。


「ちょ、ま、おま――どうしろ、と!」


仮の身体(ウイルド)は物理的なダメージは受けない。

それは分かっている。だけど。


(こういうのは――また別だろ!?)


悲鳴をあげようにも、風が強すぎて呼吸すらままならない。

あれ、今の俺は呼吸もいらないのか? えっ? マジで? すごくない?


とか、考えている間に。


「――ぁぁああぁぁぁぁああああああああああああッ」


着地。

というか、墜落。


「――――!?」


しかも、どれだけの奇跡なのか。

袋小路で対峙していた、ウノハラ・エリカさんと謎の大男の間に。


巨大なハンマーで叩き潰されたような衝撃に、全身が悲鳴をあげる。

でもこれは錯覚。


今の俺の肉体は、こんなことではまったくダメージを負わない。

膝も腰も背骨もメキメキ言っている気がするが、それは俺が「そういうものだ」と思いこんでいるから。


(大丈夫――立てる、やれるッ)


余計なことは考えなくていい。

今はただ、エリカさんを守るだけ。


俺は立ち上がり、大男の前に立ちはだかった。


「な、あ、だ……ええっ!? なんだお前――だ、誰だ!?」


流石にうろたえる大男。

とんでもなくいかつい。二メートルに届こうかという身長で、シャツの肩もパンパン。

髪も短くて、何かのスポーツに打ち込んでたタイプだ。


(ヤバい。体重が違いすぎるな……素手で勝てるか?)


まして相手は手元にナイフを持っている。

ビニール袋に包んでいるけど、うっすら鋼が透けていた。


……よし。どうにかしよう。


「何に見える?」

「え、え……う、宇宙人」


意外と面白いやつだな。

でも採用。今回はその設定で行こう。


「よく見抜いたな、地球人!」

「……は?」


同じセリフが、大男とエリカさん、両方から漏れた。

まあそうだよな。


「私はヴァルハラ星系第六惑星フレイアからやってきた銀河連邦治安維持執行官キ・ヨーミ! 地球人ウノハラ・エリカは銀河連邦の条約下において保護された希少種である! 彼女に害をなす行為はすなわち銀河連邦に対する反逆行為であり、治安維持執行官の執行対象となる! 我がギンガ・ボルトによって灰になる前に、武器を収めて速やかに立ち去ることを推奨する!」


電波がゆんゆんと溢れそうな台詞を、真顔で叫ぶ。

念の為、設定は、この前読んだ古いSFの設定を丸々いただいただけだ。

俺のオリジナルじゃない。


「……な、何言ってるんだ……?」


大男は、完全に狂人を見る目で俺を見始めた。

だよな。分かる分かる。


でも|俺が上空から降ってきた《・・・・・・・・・・・》という事実が、ヤツの理性にヒビを入れていた。

あとは、そのヒビに楔を打ち込めばいい。


「言っても分からないか!」


叫びとともに、俺は雷電ライトニング・ボルトを放った。

手のひらに生まれた紫電が、近くにあったゴミ箱を爆砕する。


「な――今の、ビーム!?」

「見たか! これがギンガ・ボルトだッ」


科学の力じゃなくて、魔法の力だけど。

まあ似たようなもんだろ、偉いSF作家も言ってたし。


「クソ、なんだ、それ……オイッ、ふざけるな、何が宇宙人だッ!」


ありゃ、ダメか。

大男、逆ギレ。未知のものに触れると攻撃的になるタイプ。

お前みたいなヤツがいるから本物の宇宙人がやってこないんじゃないか?


「お前だろッ! この変態! お前が、お前が『俺のエリー』に殺害予告なんかしたんだろ!」


それは俺じゃなくてツゲタニ・ユウスケ君のやったことだし、当人は散々脅された挙げ句、自動車に轢かれて港の倉庫にほったらかされてるし、そろそろ勘弁してやってほしい。


いやそもそもお前のエリーじゃないだろ。彼女の存在は彼女自身のものだろうが。


という説明を聞いて、理解できる状態では無さそうだ。

大男、目が完全にイってるし、口からちょっと泡吹いてるし。


「――あれ、ちょっと、何してんの清実ちゃん?」


ブリュンヒルデが上空からゆったりと舞い降りてくる。


「なんで先制しなかったの? 上空からバーンって、雷でさ」

(あのな。お前の方がよっぽど発想が邪悪だぞ、ブリュンヒルデ)


中学生の目の前で、大男が消し炭になったり、痙攣して小便漏らしたりするシーンは避けたいだろ。

そんなん、トラウマものだぞ。


「かわいそうに! エリーがどれだけ怯えてたか! ああ、僕のエリーッ!」


ツバを飛ばしながら、こちらの襟首を掴んでくる。

スゴい握力だ。リンゴぐらい潰せそう。


「お前のようなクズが、エリーに触れるなんて! 許さないッ! 許しがたいッ!」

「……あー。いいから、少しは――」


畜生、うまくいかないもんだな。

俺はげんなりとした気持ちで。


「――話を聞けよ、この馬鹿ッ」


疾風迅雷ライトニングスピードを発動した。

体内電気の増幅で加速した身体で、大男の手を振りほどく。


「――――ッ!?」


大男が驚いたのは一瞬。

鍛えられた反射神経が、すぐに反撃へと転じようとする。


だが。それはあくまで生身の人間のスピード。


(遅いっ)


ナイフが奔るより早く、俺の拳が、大男の顎にクリーンヒットした。

全身のバネを使った、渾身の一撃。


「だッ、がッ――効かんッ! 効かんぞッ! お願いだエリー! 僕にチカラを――」

「うるさい黙れ聞きたくない!」


男の拳は速くて重かった。華麗と言ってもいいぐらいのコンビネーション。

生身だったら絶対かわせない。


だが、強化魔法のかかった俺は、男が放った五発の打撃すべてにカウンターを合わせた。

顎に二発、膝を踏みつけ、鳩尾にも二発。

流石の大男も、膝がぐらつく。


さらに顔面に何発か叩き込んで、背中に回り込んで蹴りを入れて、脚で抑え込む。

ここまで一呼吸。


我ながらとんでもない瞬発力。

魔法、恐るべし。


「お前の妄想に付き合ってられるかッ」


とどめに、出力を絞りに絞った雷撃サンダーボルトで大男を痙攣させると。

そのままエリカさんを振り返る。


「110番っ!」

「は、はいっ」


彼女は慌ててスマホを取り出し、通報する。

俺はその隙に、デカブツを全体重で押さえながら、


「オイ。いいか。余計な口を叩くな。訊かれたことに答えろよ。お前も召喚者サマナーか?」

「はあ? さ、さまなー?」


もう一発、最小雷撃プチ・サンダーボルト。潰れたカエルのような悲鳴。


「ユミルってエッチなお姉様の手下なのか、って訊いてるんだ」

「ちょ、なんだよ、一体何の話だよっ」


このリアクション。嘘をついてる感じじゃない。


じゃあコイツ、ただのストーカーか。

いや、ただのストーカーってのもおかしな表現だけど……


「もういいや。手荒なことして悪かった。寝ててくれ」


三発目の魔法で、ついに男は失神した。

小便はもらしてない。セーフ。


念の為、近くに留めてあった自転車を五台ぐらい上に載せておく。

ふう、やれやれ。


「あの! ありがとうございます! キ・ヨーミさん!」


いつの間にか電話を終えたエリカさん。

キラキラと目を輝かせながら。


「すごいですねさっきの! ギンガ・ボルト! 宝具みたい! ていうか、銀河連邦治安維持執行官ってすごい! ホントにいたんですね! 私今読んでた小説とおんなじで! これ! これこれ、この本! キャー! サインもらってもいいですか!? あ、ごめんなさい私めっちゃ早口でごめんなさいオタクっぽくて」


ごめん、一つ言わせて。

なんだよキ・ヨーミって。知るかよ。その小説の作者に聞いてくれよ。俺も昔読んだけどさ。

とにかく俺に訊かないでくれよ。俺が名乗ったんだけどさ。


「え、なになに? キ・ヨーミ? 銀河連邦? 何の話?」


変な所に食いついてくるブリュンヒルデ。うるさい黙ってろ。


「ああ……すまない、保護対象との会話は禁じられていて……」

「あ、そうなんですね……ごめんなさい。でも私、本物の宇宙人さんとお話できるなんて、嬉しくって」

「ちょ、清実ちゃん、ナニソレ! 宇宙人って……うぷ、ぷぷぷぷ」


……あークソ、どんどん恥ずかしくなってきた。

マジで何なんだよキ・ヨーミ。アホか。何が銀河連邦治安維持執行官だよ。

せっかくこんな美少女とお近づきになるチャンスだっていうのに。


「ここで見聞きした情報は、他言無用でお願いしたい。活動に支障が出ては困るので」


なんでこんな、特撮ヒーローみたいなこと言わなきゃいけないんだ、畜生!


「は、はい! 約束します、誰にも言いませんっ! あまねく同胞の平和と秩序の為に!」


とびきりの笑顔で、小説に書いてあったハンドサインをかざすエリカさん。

俺も同じハンドサインを返す。


「ありがとう」


いい人だなあ、エリカさん。しかも可愛いし。テンションちょっと不安定だけど。


――間もなく、遠くパトカーのサイレンが聞こえてきて。


「――エリカッ!!」


それより早く走り込んできたのは、ものすごくゴツいアメリカンスタイルのバイク。

そこから転げ落ちるように、シノブさんが駆け寄ってくる。


「お姉ちゃん!」

「大丈夫だったか!? 怪我は!?」


言いながら、シノブさんはエリカさんを抱きしめた。

力いっぱい、全力で。


少し息苦しそうにしながらエリカさんは、


「平気だよ、お姉ちゃん。その人が――その、助けてくれて」


こっそり逃げようとしていた俺を指した。


「……お、まえ――?」


俺の顔を見た時の、シノブさんの表情ったら。


(だよなあ)


さっきまで港の倉庫でモメてたスカジャン姿のチンピラが、なんでここに? どうやって?

何のために?

溢れ出る疑問に、シノブさんはほとんど放心している。


(……出くわす前に逃げようと思ってたのに)

「思ったより速かったねえ、ウノハラ・シノブ。こっちはどう誤魔化そっか?」


お気楽なブリュンヒルデ。

お前さっき助けてくれるって言ってただろ。


……俺は少しだけ考えた挙げ句。


「あー……どうも、はじめまして(・・・・・・)。俺は、たまたま(・・・・)、妹さんが襲われている所に出くわしたので、犯人を取り押さえたんです。とにかく、妹さんに怪我がなくてよかった」


そらっとぼけることにした。

シノブさんに対してはもちろん、エリカさんに対しても。


「そ、それは……どうも」

「あ。そう、そうそう、そうなの! ええと、ね、この人が、たまたまそこを歩いてて(・・・・・・・)


シノブさんは、自分のアウトローっぷりを妹には知られたくないだろう。

エリカさんは、「銀河連邦の治安維持執行官は身分がバレてはいけない」と知っている。


つまり、秘密は守られた。


(これでみんなハッピーってわけだ――俺も含めて)


やがてパトカーが到着し、ストーカーは引っ立てられていく。

みんなの注意がそちらに逸れるタイミングで、俺はブリュンヒルデの手を握る――


「すまないが、君」


と。

シノブさんだけが、俺から目を離さなかった。


「妹を助けてくれたお礼をしたいのだが(・・・・・・・・・)、名前を聞かせてもらえないだろうか?」


食らいついたら離さない、ブラックドッグ……

やっぱりこの人、恐ろしいな。


とはいえ俺も流石に、アウトロー刑事に個人情報は渡したくない。

ネットに流されるより、ある意味何倍も怖い。


「秘密です。お互いに、ね」


言って、俺はすぐそばの路地に滑り込んだ。


「おい、待て――待ってくれッ」


あとを追いかけてきたシノブさんが見たのは、人影のない路地だけ。


その時にはもう、俺はブリュンヒルデと共にペガサスにまたがり、夜空へ舞い戻っていたから。


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