22:転生阻止者は勇者じゃない
シノブさんが移動していることはクローンスマホですぐに分かった。
移動の方向を見れば、あまり時間がないことも分かる。
彼女はまっすぐユウスケくんの家に向かっている。
すぐに行動に出るつもりだ。
(しかし、いくら妹がかわいいからって、殺害予告出した人間を私刑にかけるか?)
……まあ確かに、気持ちは分からなくもない。
俺にも妹がいる。かわいいというか、恐ろしい妹ではあるけれど。
アイツに何かあれば、俺だって同じことをしないとは言い切れない。
(でもシノブさんは、警官だろ)
むしろ逆か? 警官だから、大した罰則も受けない連中に腹が立っているとか?
……いずれにせよ、俺みたいな死人はともかく、現役の警察官が私刑なんて真似をしたら、ろくなことにはならない。
もしバレたら、一番迷惑するのはウノハラ・エリカさん本人のはずだ。
「――せっかく死の運命から救っても、それじゃスッキリしないだろうが!」
「何ブツブツ言ってんのよ、清実ちゃんったら」
ペガサスを飛ばしながら、ブリュンヒルデがこちらを振り返った。
「あのね、清実ちゃん。一応言っとくけど、死の運命を阻止する以外の、こういうのは転生阻止者の管轄外よ? 実際、今あたしオフタイムよ? スマホでフリックスしてていい?」
「うんうんそうだな、いやー流石ブリュンヒルデ! 美しくて賢くて義理人情に厚くて頼もしいパートナーがいて俺は幸せだよ、愛してる。それで? あと、どれぐらいで港に着ける?」
一瞬、ペガサスががくんと高度を下げた。
何すんだ。危うく舌を噛むところだったぞ。
「ちょ、ちょちょちょちょちょ、なに君、もー、なに、どこで覚えてくるの、そういうヤツ! ホントにティーン? 毛も生え揃ってないキッズのくせに! くせに!」
「なに言い出してんだよ。真っすぐ飛んでくれ」
俺は仕方なく、スマホの位置情報からざっくり移動時間を計算する。
ユウスケくんの位置、シノブさんの位置、そして俺達の位置、それぞれの移動スピードと距離。
移動する点P問題を実用する日が来るとは。
「真剣に悩んでるとこ悪いけどさ、清実ちゃん」
「悪いと思うなら話しかけないでくれ」
「転生阻止者の存在は、こっちの人に知られちゃダメだからね?」
久々に聞いた気がする。
ブリュンヒルデの真剣な声。
「魔法とか、その辺は何とかごまかせるかもしれないけど――『異世界転生』が実在する、って地上に知られたら、あたし達のやってることなんて水の泡だよ」
「……分かってるよ」
それは、俺だってぞっとしない。
(……もし本当に異世界への転生が叶うなら、どれだけの人間がこの現実世界に残りたいって思う?)
実際の所、転生には条件があって『死後はみんな異世界でハッピーライフ!』とは行かない。
俺は今、それを身をもって学んでる。
でも、他の人達はまだ知らない。
知ったところで『僅かな可能性があるなら、それに懸けたい』と思っても不思議じゃない。
「身元がバレるような真似はするな。余計なトラブルには首を突っ込むな、ってことだろ」
「分かっててコレ?」
ブリュンヒルデは、呆れた様子で手綱を揺らしてみせた。
「……フィルギアって、北欧神話では『守護霊』みたいな意味なんだろ?」
「まあ、こっちの世界ではそんな風に解釈されてるみたいね」
「じゃあ、そういうことだよ」
俺はそれだけ言って、再びシノブさんのクローンスマホに目を落とした。
彼女の車は、ユウスケくんの家のすぐ近くまで迫っていた。