14:転生できなかった俺の新生活
俺はつねづね疑問に思っていた。
「一度死んだ人間が蘇ったとして、どうやって暮らしていくんだ?」
みんな考えたことあるだろ。
あのヒーローとか、あの悪役とか、死亡届が出て戸籍も無くした人間が、この現代社会をどうやって生き抜くのか。
まあ普通にホームレスやってるヒーローとかもいたけど。
俺の場合はこうだ。
「雇い主がなんとかしてくれた」
やっぱり神ともなると、やることが違う。
普通に、戸籍なんかあっさりちょろまかせるし、ついでに現世に家とか持っている。
その名も『メゾン・ヴァルハラ』。まんまだな。
転生阻止者が現世で活動する時の拠点、らしい。
まあ外観は、若干幽霊屋敷っぽい洋館、というか。
寡作な画家が首吊ってそうというか、近くの住人からは避けられていそうな雰囲気ビンビンというか、タバコを憶えたばかりの中学生が庭先にたむろっていても違和感ないというか。
誰かツタぐらい掃除しろよ、とか、本当に電気ガス水道通ってんの? とか。
言いたいことはたくさんあったけど。
それでも、慣れない出来事の連続でヘトヘトに疲れていた俺にとっては、楽園に違いなかった。
実家よりも広い部屋、清潔で柔らかいベッド。
アンティークな窓から差し込むキラキラとした朝日。
時計は気にしなくていい。慌てて学校に行く必要はないんだから。
「ふわあ……あー、寝た。マジで寝た」
正直、転生阻止者になって一番良かったと思った瞬間かもしれない。
もそもそとベッドから起き上がって顔を洗い、クローゼットを覗く。
誰が揃えてくれたのか、多種多様な洋服の数々。
(学ラン、ブレザー、三つ揃いのスーツ、ロックTシャツに穴あきジーンズ、半袖短パンと野球帽、着流しに羽織、執事服にメイド服……メイド服!?)
なんかちょっとジャンルが偏ってる気もするが、誰の趣味かは敢えて訊くまい。
敢えては訊かないけど、あとでブリュンヒルデは問い質す。
とにかく一番奥の方に埋まっていた、まともに見えるジーンズとスウェットを着てから顔を洗い、食堂へ。
そう、食堂だ。
ありがたいことに、食事の世話も見てくれる人がいる。
「あらあら。おはよう、清実くん。お寝坊さんね」
寝ぼけ顔の俺に向かって、食堂の主は柔らかに笑ってくれた。
俺はペコリと頭を下げて。
「おはようございます、優香さん」
「昨日は大変だったでしょう。もう少し寝てても良かったのに」
彼女は、皆瀬優香さん。
泣きぼくろがセクシーな未亡人(推定)。
「部屋が明るくて、目が覚めちゃいました」
「あら、カーテンつけわすれてたかしら。後で少し部屋に入ってもいい?」
「あ、はい、ありがとうございます」
パッと見は物腰穏やかな美女で、暴力とは無縁って感じだけど。
この人も転生阻止者らしい。
どうやら、一口に勇者といっても、求められる素質や能力は多種多様で。
彼女の場合は兵站ーー具体的には勇者達の食事を用意するチート能力を手に入れたんだとか。
確かに、そういう異世界転生もの、あったわ。読んだことある。
ブリュンヒルデ曰く、優香さんは自分から転生を拒んで転生阻止者になったのだとか、なんとか。
多分、なんかワケありなんだろう。大人の女性だしな。
まあ昨夜会ったばかりで、詳しい話をズケズケと聞けるほど俺のハートは強くない。
はっきり言えるのは、優香さんが用意する食事はとてもおいしいということ。
昨日の夜食とかね。
「はい、朝ごはん。いっぱい食べて、元気出してね」
それから、優香さんが発した言葉は、なんか普通のワードなのに、どことなくエッチな感じになるということ。
「元気だしてね」とか、「おやすみなさい」とか。
ただ、塩鮭定食を差し出してくれただけなのに。
「い、いただきます」
「はぁい。めしあがれ」
ついでに言っておくと、黒のVネックセーターから覗く彼女の胸は……いや、やめておこう。
なんか、女性に会うたびにおっぱいの話してると、俺がおっぱいしか見てないヤツみたいじゃないか。
そんなことない。俺はそんなおっぱい星人ではない。
そんなことないからな。ホントだぞ。
……気になる方の為に言っておくと、優香さんのお尻はかなり大きめです。
「ぅおはよお~、ふぁ」
「あらあら、ブリュンヒルデさん、寝癖ひどいですよ」
信じられないほど間の抜けた挨拶。
きしむ階段を降りてきたブリュンヒルデは、大きなあくびを放つ。
例の鎧ではなく、なんか見たことないキャラもののパジャマ姿で、枕を抱えて。
ていうか子供用じゃないのか、それ。
「うぬっふ……うー、優香ちゃん、なんか軽めのやつ、ちょうだい」
「はぁい、ちょっと待っててくださいね」
「あい、分かりましたぁ……」
言われたそばから、ブリュンヒルデはテーブルの上に腕を置いて顔を埋めた。
……これが齢一五〇〇を超える戦の女神なのかと思うと、俺はなんだか悲しくなってきた。
「おい、起きろよ、ブリュンヒルデ」
「んー……むり」
「子供かよ。てかなんでそんな朝弱いんだ」
仮にも神だろ。
「だってさあ……君達、作っちゃったじゃん」
「何の話だ」
「映画のさあ……オンデマンド? サービス? なんとかフリックス? あれ、やばいと思うよ。人類史上もっともやばい。寝れない」
神も徹夜する面白さ。説得力はあるけど威厳は無い。
本格的に寝息を立て始めたブリュンヒルデは放っておいて、俺は残りの朝食を楽しむことにした。
「あのー。よろしいですかー、清実さん」
「うおっ、え、あーっと、スクルドか」
不意に声をかけられて、俺は危うく味噌汁をこぼすところだった。
「はあい、運命と未来を司る女神、スクルドちゃんですー」
冗談なのかそうじゃないのか判別しにくい、のったりとした挨拶。
相変わらずサイズの大きすぎるローブを持て余しながら、スクルドが照れたように笑う。
「あらぁ、おはようスクルドちゃん。朝ごはん食べてく?」
「わぁい、ありがとう優香さん、いただきますー」
キッチンの皆瀬さんに向かって小さく手を降った後、こちらを振り返って、
「えーへへー。司る、ってなんかカッコよくないです?」
「……うん、まあ」
照れるなら言うなよ、と思ったけれど、すごく嬉しそうなので指摘は止めておく。
「早速ですがー、新しいクエストを持ってきーましたー」
「ブリュンヒルデ、寝てるんだけど」
「清実さんがー、後で説明しておいてくださいー」
やだよ。ていうか立場が逆だろ、それ。
「今回はですねえー、なんとー、とってもかわいいJCさんのー、転生を阻止してもらいまーす」
どこからそういうスラングを覚えてくるんだ、この女神達は。
俺は塩鮭を箸で切り分けながら、視線で続きを促した。