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 あとで聞いた話である。


 王都の一角にその屋敷はあり、その屋敷の奥、石造りの牢の中で一人の兵士が今まさに死にかけていた。

 兵士の横に転がっているのは手槍と呼ばれる武器である。柄の先に刃物が付いていて、突くことも払うこともできる。

 牢には死にかけている兵士の他に三人の人物がいた。三人のうち一人は、豪奢な近衛の将軍の鎧を身につけ兵士の前にしゃがみ冷たい目で死に行く兵士をじっと眺めていた。兜は脱いでおり、黄金でしつらえたような見事な金髪をむき出しにしている。年齢は三十半ば。加齢によって衰えつつある美貌はまだ目元に引っかかっている。男の名は近衛将軍ズラィ。代々近衛将軍位を継いでいるバリマ男爵家の現当主だ。そして石造りの牢があるこの建物はバリマ男爵家の邸宅だった。

 三人のうちの一人はズラィの副官であり、ズラィの斜め後ろに立ち、ズラィからは見えない角度で沈鬱な表情で兵士を見ていた。

 最後の一人は、部屋の反対側に立っていた。膝まである灰褐色のマントを纏いフードを目深にかぶってその正体を隠している。だが隠しようのない魔力が全身に満ちており、ただ者でないことは明らかだった。体格は不自然なほど大きく、マントやフードの下に鎧兜を着込んでいることが分かる。

 ズラィが見守る中、死にかけている兵士が、最後の息を吐き、その身体からわずかな力みも抜け、手が垂れ着ていた鎧が小さく音を立てた。

 死にかけた兵士から死んだ兵士に変わった直後、兵士の口が小さく動いた。

 わずかに開いた歯の間から、ずるりと黒い固まりが滑り出た。

 そのまま死体の頬を滑り石畳の上に落ち、ぺちょりと音を立てる。

 血の塊などではなかった。なぜならその黒い固まりは、石畳の上で動いていたからだ。

 黒い固まりは粘性生物のように鎌首をもたげ周囲を見回すような動きをする。鎌首の中心にひときわ黒い点があり、そこがこの不気味な生物の感覚器なのかも知れなかった。

 副官が息を呑む。

 黒い固まりを興味深そうに見ながらズラィが


「これが、そうなのか?」


 返事をしたのは鎧兜の上から灰褐色のマントとフードを着込んでいる人物だった。


「そうです。門外不出の秘術によって我が主が産み出した魔法生物です」


 そう言って灰褐色の男は黒い固まりに歩み寄り、その上に手をかざした。

 コードが実行され、魔術(スペル)が発動する。

 灰褐色の男の魔術(スペル)によって産み出された炎は一瞬で黒い固まりを焼き尽くした。

 安堵の表情を浮かべた副官とは異なり、ズラィはあからさまに不満げな口調で、


「なぜ隠す? そのようなことで秘密同盟の信頼など築けぬぞ?」

「……かの魔法生物は人の体内から出るとすぐに変質し危険なものに成り果てる場合もあります故」

「ふむ」


 ズラィは顎を撫でる。それから、


「……愚か者であればそのような言質で騙すことができるかも知れぬが、私に対しては不可能だと心得よ。そもそも体内にいなければ変質してしまうのであれば、どうやってここまで持ってきたというのだ? お前たちの国からここまでは遠いぞ。変質せずにどのように持ってきたというのだ?」

「専用の容れ物(・・・)を用意しております。そのためだけの奴隷でございます。人の中に入れておかねば変質してしまいます故」


 おぞましい答えにズラィの目にイヤな熱が籠もった。


「ほう……あの馬車に積まれていた『女達』はそのためのものか」


 隠しようのない興奮に鼻孔を膨らませたズラィに、表情一つ変えることなく灰褐色の男は頷いた。


「さようでございます」

「……良かろう。納得しよう。それにしてもグレードを上げる魔法生物とは……驚くべきものを産み出したな、聖法局は」


 副官が意を決したように


「閣下、命と引換に、でございます」

「はは。忘れたのか、ベルリ。戦士は常に命を賭すものだ。グレードを上げて敵を倒せるのであればこの魔法生物を望むものはいくらでもいるだろう」


 それからズラィは灰褐色の男ーー聖法局の者に対して、


「うむ。我らは互いに良き同盟者となるだろう。これでバリマ男爵家の義務は果たされ、聖法局も魔王への対抗手段を手に入れる」

「聖法局は常に人類のために行動しております。もちろん我が主も」

「分かっている分かっているとも。不死王への対抗手段としてこの国を聖法局に明け渡すこともまた人類のため、となればやむを得まい。そしてそれによってバリマ男爵家の存在意義も実現される。まさに一石二鳥だ」


 ズラィの副官はその横で悔しそうに


「……ヴィカム様さえご健勝でいらっしゃれば」

「言うなベルリ、もう遅い、遅いのだ。あの方はすでに戦う力を失い、当主もお辞めになられた。ヴィカム殿がいない以上、他に手段はない。我がバリマ男爵家は建国の王より授かったその使命を果たさねばならんのだ、なにをやったとしても。それでバリマ男爵家が地上から消え去ろうとしても」


 芝居がかった口調で副官にそう言ったズラィを冷めた視線で灰褐色の男は見つめていた。

 ズラィは灰褐色の男の方を向いた。


「それではガハド殿、予定通りはじめよう」

「了解いたしました」


 ガハドと呼ばれた男は頷いた。そしてその足下、口から魔法生物を出し、息絶えた兵士の身体には傷一つなかった。


次回更新は木曜日の予定です。気に入ったらブックマークをよろしくお願いします!

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