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       @


 あとで聞いた話である。


 その日の夕刻のことだった。

 『彼』は、王城から滑り出てきた一台の馬車を認識し、さらにその扉に小さく描かれた家紋を確認し動き始めた。

 日が傾いたせいで大きく伸びた影の中に隠れながら馬車のあとを一定距離で付いていく。

 二匹の駿馬が引くその馬車はかなりの速度で走っていたが、『彼』は武装をしたまままったく苦もなく追うことができた。


(……変だ。なぜだ。なぜ俺にこんなことが出来る?)


 思考はまるで紗を掛けたように鈍くぼんやりとしている。

 それでも『彼』がかろうじてまだ覚えている自分自身は、こんな風にできる体術も巡航の魔術(スペル)も持っていなかったはずだった。

 にもかかわらず、今自分はそれを実現している。


(……これじゃあ、まるで……Aグレードみたいじゃないか)


 Aグレードであれば、中隊長になれる。中隊長は二百人を指揮し、一般兵の『彼』にとっては神のような存在だ。そもそも『彼』が所属する組織はわずか千人の大隊規模で、中隊長はわずか五人しかおらず、その上はすぐに組織の長である。レベルも重要であるが、レベル差が無いならばAグレードの武器魔術を使える者はBグレードの兵士五十人と互角以上に戦えると言われている。

 『彼』はAグレードのように動いている自分に満足しながら走り続ける。

 一方、そもそも『彼』は今自分が何をしているのかは分かっていなかった。ただ一つ、命じられたことを行っている、ということだけわかっていたが、命令そのものも誰が命令したかも覚えてなかった。

 だが、それでいい。それで構わないのだ。

 『彼』の身体を動かしているのは『彼』の中に入ってきた別の『何か』で、その『何か』が命令を覚えているのだから。

 気がつくと、馬車は人通りの少ない一角に入っていた。

 『彼』は走る速度を上げた。なぜ上げたのかはわからなかった。多分『何か』に必要だったのだろう。

 気がつくと『彼』は槍を手にしていた。柄を短く切った手槍である。背中に背負っていたものをいつ取り出したのだろうと首をかしげる。

 そんな『彼』の思考とは関係なく、『彼』の身体は突然、地面を蹴って跳んだ。

 軽々と五メートル近くを飛翔し、一撃で馬車を引く駿馬の一頭の首を断った。太い筋肉につつまれた馬の首をたったの一撃で切断したのだ。自分でも信じられないくらいの凄まじい腕だった。AグレードどころかAAグレードに匹敵するかも知れない。

 首を失った馬体は血を吹き出しながら横倒しに倒れる。

 馬車が激しく軋み音を立て大きく弧を描きながら停まった。

 馬車ごと倒れなかったのは御者の腕がよほど良かったからだろう。

 馬車の木の扉が開き、三人の兵士が武器を手に飛び出してきた。

 『彼』は手槍を手に立ったままだ。

 兵士達は『彼』を取り囲む。

 その動きから三人が三人とも手練れだと言うことが分かる。中でも一人は中隊長クラスだ。


「ひどいことをする」


 そう言いながら若い人物が最後に馬車から降りてきた。

 一目でただ者ではないことがわかった。おそらく護衛と思われる先に出てきた三人の兵士以上だ。

 ああ。これだ。

 と『彼』は思った。

 これを始末するのが『何か』の仕事だ。

 『彼』の口角が自然につり上がった。

 手槍をゆっくりと持ち上げる。


 口から自分のものとは思えないしゃがれた叫びがほとばしり、殺戮が始まった。


次回、金曜日に更新予定です。

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