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 おっぱいを目で追ってしまった際の罰だが、話しあって『蹴り』で妥協してもらった。だから今日からマリアベルは蹴りを練習するという。なんだこのシャルル=アンリ・サンソンか山田浅右衛門のような処刑に対する情熱は……。マリアベルは何になろうとしているのか。

 ともあれこうして話は付いたのだった。

 僕とマリアベルは婚約。結婚までには一年間の猶予。浮気したら蹴られる。浮気の判断は相談。一方、マリアベルは巨乳を目指す。なお、マリアベルは王位継承権第二位の王族であり、一方僕はアルドロス先生の秘蔵っ子とはいえ、一般人だからこの婚約は二人だけの秘密。

 マウントポジションのまま、誓約の指絡みを行ったあと、ようやくマリアベルが僕の上からどいて、手を差し伸べて僕を立たせてくれた。

 怖いけど本質的に優しいいい子なのだ。

 逆の言い方をすると、本質的に優しいいい子だが実は怖い。ストーカー気質、というべきか。

 僕達が服に付いた土を払っていると、今まで僕とマリアベルしかいなかった裏庭に三人目が現れた。

 もっとも塾の裏庭に来るのは僕とマリアベルとあと一人くらいだったので驚きもしなかった。実際、思った通り三人目の影はイザヤだった。素振り用の木でできた剣を持っている。

 ミエガラル王国のたった一つの騎士団団長の三男で、同い年で気のいい奴だ。

 イザヤは僕とマリアベルの顔を交互に見て、にっこりと笑った。


「その顔は……上手くいったのかな?」


 マリアベルが不機嫌そうに返事をする。


「いってないわよ!」

「おや。それは失礼」

「すっごい中途半端な感じで終わっちゃったんだから、もう」


 僕はイザヤに近づいてこっそりと確認する。


「告白のことイザヤは知ってたのか?」

「マリアベル様が昨日からずっとそわそわしていたからね」


 騎士団長の息子であるイザヤは王家に対する尊崇の念をちゃんと持っているので、マリアベルに対しては常に様付けである。


「そっかぁ」

「ギルくんが気づかなかったのはしょうがないよ。僕はマリアベル様が鏡を前に告白の練習しているところも見かけたから。うまくいったときとうまくいかなかったときの二バージョンあるんだ」


 騎士団長一家も王宮の一角に居を構えているためそういうこともあるらしい。つまり二人は真の幼馴染みなのだ。

 イザヤの暴露にマリアベルは慌てて


「だ、黙って!」

「はははは。ゴメンゴメン。マリアベル様があんまりかわいかったものだから」


 さわやかにそう言ったイザヤを僕は思わずまじまじと見てしまった。こいつ()転生者なんじゃないか、と思ったのだ。見た目通りの年齢ではないのではないか、と。だが、単に育ちのいいすごくさわやかな奴だっただけのようで、


「このあとは? 僕はここで剣魔術の練習をするつもりなんだけど」

「私は王宮に戻るわ。体術の先生に蹴りを教えてもらおうと思って」


 なんで蹴り?という顔でイザヤは首をかしげたが、育ちがいいからから疑問は口に出さなかった。必要なら周りが教えてくれると思っているのだろう。一方、さらに育ちがいいはずのマリアベルが口が悪いのはなぜだろう。やはり育ちではなくてもっと本質の問題だからだろうか。


「それなら王宮まで送るよ」と当たり前の様にマリアベルに告げた紳士イザヤと、当たり前の様にそれを受け入れた淑女マリアベルをよそに、俺は少し考えてから


「俺はアルドロス先生のところに行ってくる。午前中で御前会議は終わったはずだし、帰ってきてるだろ」


 するとマリアベルが顔を近づけ


「浮気はダメよ。今日からゲルド先生のおっぱいをガン見するの禁止だから」

「浮気って……それにゲルド先生は人妻だろ! 人のものに興味は無いんだ! そこまで複雑な変態じゃない! これまでも見たくて見ていたわけじゃなくて、なんとなく視線がそっちに行くというかなんというか」


 僕をまったく信用してない目で睨んでから、マリアベルはイザヤと一緒に去った。

 二人が見えなくなってから僕も裏庭から塾の正面に回り、改めてやけに立派な扉を勝手に開けて建物に入った。

 この建物を僕達は塾と呼んでいるが実際はアルドロス先生の研究所だった。地上二階建てで地下にはかなり広大な実験室もある。もともとあらゆる知識を持つと噂される王国最高の頭脳にして原典コードの所有者として名高い賢者アルドロスーー王国の最高顧問という公式肩書きも持っている彼が、魔術と世界の研究のために作ったもので、出資者は女王その人でアルドロスの下で王国の研究者が二十人ほど研究を続けている。巨乳の人妻ゲルド先生もその一人だ。ちなみにゲルド先生の夫もこの研究所で働いている。小柄ですごくいい人だ。

 研究所の三棟ある建物の一つは内閣府の機関も兼ねており、政府の人間が詰めて内政についての政務を行っている。おかげで下働きの人間まで入れるとここで働いている人間の数は百人近い。

 本来は教育のための施設ではないため、僕達のような未成年の学生が教わるような場所ではない。

 だが、ある日賢者アルドロスは王国の田舎を調査している時、当時八歳だった僕と出会い、「この少年を自ら教える」と宣言し、この半分公的な施設の一部を作り直し教育のための場所を作った。著名な魔術師である賢者アルドロスが教師のまねごとをはじめたと聞いて、女王が第二王女を、騎士団長が息子の一人を賢者アルドロスに預けるようになり、それからここは一部の者達に『塾』と呼ばれるようになったのである。

 もともと田舎の農民の子であった僕はアルドロスからこの『塾』内に一室を与えられ、そこで生活しているので、ここは僕の家でもあった。

 もちろん天才アルドロスがどこの馬の骨とも分からない子どもを拾ってきて近くに住まわせはじめたのでさまざまな噂が立った。

 アルドロスは現在四十二歳。二十代から天才の名を欲しいままにしていたので、騎士階級出身とはいえ代々続く上級貴族というわけではない王国の重鎮としては驚くほど若い。

 彼が持つ原典コードは『戦車』のコードである。

 この世界のあらゆる技術は、コードと呼ばれる特殊なイメージを組み合わせた魔術(スペル)で紡がれる。武術も、火を放ったり雷を落としたりという文字通りの魔法も同じだ。田植えであっても魔術(スペル)が存在する。コードを正しくイメージすると、自分の身体が勝手に動いたり、世界や事象を改変することができるようになるのだ。

 コードは魔術(スペル)の元であり、これまでにさまざまな種類が開発されてきた。

 一方、原典コードと呼ばれるコードは特殊で、それぞれの原典を持っているのは世界にたった一人で、使えるのも本人のみ、というレアっぷりだ。

 アルドロスの『戦車』は援軍という特殊な効果を持つ。魔術(スペル)に追加効果を与えることができるのだ。通常なら、追加効果のコードを加えた魔術(スペル)を産み出し実行しなければならないのに、その必要が無く、複数の魔術(スペル)を援軍として組み合わせることができるアルドロスの原典は非常に強力である。

 原典を持つ魔術師はそれだけで最上級魔術師の扱いをされる。

 加えてアルドロスは政治、科学、医学、農業とあらゆる分野に精通しており、まさしく万能の人として、この国で万人の尊崇を集めていた。

 そんな賢者アルドロスの弟子である僕の立場は複雑だった。賢者アルドロスが可愛がって贔屓しているガキ、というイメージなのである。つまりやっかみと侮蔑の対象だ。レベルが80を越えているアルドロスに対しては手が出ないが、僕なら手も口も出せる、と言うわけである。

 それには僕が庶民出身ということもあるだろう。研究所にいる人たちは下働き以外は騎士階級以上出身なのだから。

 賢者であろうと出身ばかりはどうにもならない。

 だから僕は研究所内の言動には常に注意しており、今日も僕は研究員や下働きの人と廊下で行き交う度に目礼を交わしながら、アルドロスの部屋をまっすぐに目指し、一番奥にあるアルドロスの研究室の扉を躊躇無く開けた。

 開けた瞬間、目に飛び込んできたのは肌色。所々白だったり黒だったり。

 複雑に絡み合った二人分の肢体が僕の二メートル先にあった。白だったり黒だったりは脱ぎかけの衣服(下着含む)である。

 絡み合った肢体はお互いをむさぼるのに夢中で僕に気づかない。

 僕はため息をついた。

 アルドロスと、お相手は確か先月新しく入った若い美人の研究員だと思う。

 ようやく美人研究員が僕に気づき、悲鳴を上げようとしたその口をアルドロスが吸った。

 悲鳴が途絶え、アルドロスの舌と手が玄妙に動き時間をかけて悲鳴があわやかな嬌声に変わっていく。

 それからアルドロスは口を離し、


「……客が来たようだ。続きは後ほど」

「……そんなぁお願いですから」


 僕の存在を忘れたようにねだるようにすがるようにアルドロスを見上げた研究員に、


「悪いね。この埋め合わせは必ず」


 脱出する機会を失っていた僕は扉の前で頭を下げた。


「お邪魔をして申し訳ありません。ただ緊急の用事があり先生に申し伝えなければ、と」

「うん。分かってるよ」


 ここで美人研究員は諦めた。

 脱ぎかけていた服を前で押さえると、アルドロスに優しく口づけし、


「きっとですよ」


 と言ったあと、身を翻し扉の方に向かった。

 通りすがりに僕の耳元で、


「……せっかくうまくいっていたのに邪魔したの絶対許さないから」


 とつぶやく。

 それに反応したのは僕ではなくアルドロスだった。


「おい。聞き捨てならないぞ。ギルハルディは私の大切な弟子だ。彼を尊重できないのならもうここには来なくていい」


 美人研究員は愕然と振り向いた。

 アルドロスが先ほどとはうって変わって冷たい目で美人研究員を睨んでいた。


「え?」

「出て行きなさい。今すぐ。もう君はこの研究所のいる資格はない」


 アルドロスがぶっきらぼうに顎をしゃくる。


「あ、あの……」

「二度言わせるつもりかな? 無作法なだけでなく愚かでもあったのかい?」


 恋人の変化に呆然と立ち尽くす美人研究員に僕がこっそりと、


「大丈夫です。あとで先生に取りなしておきますので、今後ともよろしくお願いします」


 僕の言葉に美人研究員はとにかくここにいるよりは、と慌てて扉を開けて出て行った。

 美人研究員の気配が消えたあと、僕はもう一度ため息をついた。

 顔を向けると先ほどの殺気さえ感じられた表情が嘘のようにアルドロスがニコニコしている。


「ったく……」


 僕は美人研究員が忘れていった黒いスケスケのパンティを拾い上げると、それをアルドロスに押しつけながら、


「いい加減にしろ、お前は」

「え? ダメだった?」

「いいわけないだろ」

「いや、だって最近研究所でお兄ちゃんのことを悪く言う奴がいるから、お兄ちゃん優先だってことをちゃんと伝えないといけないかな、と思って」

「俺が言ってんのはその話じゃない。その話もそうだが、とっかえひっかえしすぎだ、ってことだ」

「だってもてるんだからいいじゃん! 向こうでも彼女がいたお兄ちゃんとは違うんだ!」


 四十二歳のこの国の最高頭脳が半泣きで叫んだ。

 そう。アルドロスは僕の弟なのである。正確にはアルドロスの前世が僕の前世の弟なのである。そのことを知ったときは驚いた。アルドロスがたまたま僕が育った地域の灌漑事業の視察で訪れ、僕が持っている元の世界の知識やあとここだけの話僕の原典コードについて、賢者と呼ばれるアルドロスなら何か知っているに違いない、と思い訪ねたところ分かった衝撃の事実だった。

 憲二郎ーーアルドロスもひどく驚いていた。

 もともと向こうの世界でも仲が良かった兄弟だった。僕が長男で憲二郎が次男、一番下に妹が一人。母が早くに亡くなったせいで僕が憲二郎と妹を育て上げたようなものだ。だから、大学時代に父も亡くなり、憲二郎がTVの裏方の仕事について家を出て行くまでは同じ家に住んでいたし、三十過ぎても兄弟で週に一度は会っていた。

 そんな仲が良い兄弟だったから、こっちに生まれた僕が農民の家の子でしかも五男で、苦労していることを知って驚いたアルドロスが半ば強引に僕を引き取ってくれたのだ。実の両親は幾ばくかの金銭を受け取り、いい厄介払いができたと喜んでアルドロスに僕を引き渡した。

 アルドロスの方が先にこっちに生まれたので弟のくせに僕よりも圧倒的に年上である。だが、一度兄弟として築かれた関係は、こっちの世界でも変化することなく、相変わらず僕は兄であり、アルドロスは弟だった。

 僕は椅子を引っ張り出すと、腰を下ろし、服を整え終わったアルドロスに


「女関係はとにかく後腐れ無いようにしろ。それから、さっきの女はああいう理由で首にするなよ。取りなすって言っちゃったし、頼むよ」

「……わかったよ。まぁお兄ちゃんに言われたらしょうがない。もともともうしばらく付き合うつもりだったしね。うん。美人だろ?」

「まーな」

「ふふん」

「なんで自慢げなんだよ……で、どうだったんだ、会議の方は? 何か決まったのか?」


 僕はアルドロスに会うために来た最大の核心に入った。別にここに弟の情事を邪魔するために来たわけじゃないのだ。

 アルドロスもすぐに察して、まじめな顔になった。


がんばります! 気に入っていただければぜひブックマークを……。

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